まえがき

「先生の指導は、例えて言えば『遊びのないハンドル』のようなものだね。」

 

今から25年ほど前(注:平成24年当時)に前任校の同僚の一人に言われたこのことばは、当時の私の生徒に対する姿勢と生徒との人間関係をよく表していました。26歳のときに高校教師から中学校教師へ転身した私は、高校生とはまるで異文化の-いや、「異星人」とも言える-中学生の指導に戸惑っていました。特に、自分が担任しているクラスの生徒との人間関係がしっくりいきませんでした。また、他のクラスの生徒と比べると自分のクラスの生徒は覇気がない、まとまりがない、事件がよく起こる、等の現象が見られました。その時、私はそれらを表向きは生徒のせいにしていましたが、心の奥底では原因の一端が自分にもあることがわかっていました。それは、冒頭の同僚のことばに表れているように、私の杓子定規で余裕のない指導が生徒を息苦しくさせていたのではないかということでした。また、生徒の状況を正しく見極めて指導せず、成り行きに任せて対処療法的に生徒に接していたことも大きな原因の1つであろうと感じていました。しかし、それがわかってはいても、当時は自分をどのように変えたらいいのかということがよくわかりませんでした。

 

その後、現任校に転勤してからも状況はそれほど変わりませんでした。その上、現任校では2年生と3年生の間にクラス替えがなく、2年生で学級経営がうまくいかないと、その後も生徒が卒業するまでその状況に耐えなければなりませんでした。例えば、ある学年では、クラス替えをした直後にとった「よりよいクラスを作るために」というアンケートに「担任を変えろ!」などという書き込みがあり、それがトラウマとなったことも一因となって、その生徒たちとは彼らが卒業するまで関係がギクシャクしていました。

 

その私が、50歳を過ぎた今は自分のクラスの生徒との関係を楽しめるようになりました。そして、これはあくまでも個人的な感覚で手前味噌ではありますが、ここ数年間に担任したクラスの生徒は、たいていが明るく元気で、授業や行事等への取り組みの意欲も高く、生徒同士の人間関係も安定しています。しかも、そうした生徒との関わりを他の先生方にも見てもらいたいとさえ思うようになりました。かつて自分と生徒との人間関係や生徒たちの生活状況に悩んでいたのがまるで嘘のようです。

 

では、なぜそのような過去の状況が改善できたのでしょうか? 最も大きな要因は自分の生徒に対する姿勢を変えることができたからだと思っています。それを端的に表すならば、生徒のことを心から愛することでした。そして、どんなに厳しい指導をしようとも、それは生徒のことを真に考えてやっているということを生徒にもわかるように表現することでした。実は、それを可能にしてくれたのが、これまでに出会ってきた授業運営や生徒指導の上手な先生方の存在でした。それらの先生方には教科の指導技術が上手であるということ以外に、次の3点が共通していることに気づいたのです。

 

  ・生徒が自分の考えや気持ちを自由に発言できる雰囲気を作っている。

  ・力強く生徒を引っ張っていながら生徒に寄り添う姿勢をもっている。

  ・生徒が達成感や成就感を得られるような具体的な行動目標を提示している。

 

また、これらは私が過去に出会った、学級担任としてすぐれた指導力を発揮している多くの先生方にも共通していることでもありました。そして、これらこそが当時の自分に一番欠けていたことでした。そこで、自分の指導を改めて見直し、少しずつではありますが、それらの先生方が大切にされていたことを自分なりに表現するように努めてみました。すると、新たに担任した学年の生徒が以前とは異なる集団に成長するようになりました。さらに、次の学年でも前回と同じかそれ以上の成果が現れ、自分の指導がよい方向に進化できたことを確信できました。

 

さて、以上のように学級担任として情けない過去の経験をもっている私ですが、だからこそ同じような悩みをかかえている若い先生方や一部の中堅・ベテランの先生方がいらっしゃれば、その状況を改善してきた私の経験を役立ててもらえる方法があるのではないかと考えるようになりました。そこで、毎日の学校生活の中で誰もが担任学級の生徒と関わる場面の1つである帰りの会(本校では「終礼」と呼びます)の実践を紹介しようと考え、手始めに1年生の担任をしていた5月のある日に生徒と交わした内容を書き起こしてプリントにし、同学年の担任の先生方に配ってみました。そして、その後も「今日は気合いを入れて話をするぞ!」と思って臨んだ終礼のときはその度にその記録を作って配りました。残念ながら、各回ごとにはそれほどの反応は無かったのですが、年末にそれまでの12回分を1冊の小冊子にして配ったところ、多くの先生方から「今までにない貴重な実践の紹介ですね」という大きな反響があました。さらに、いつの間にかそれが校外の教育関係者の目にも留まり、それらの方々からも好意的な感想を送っていただきました。ほめられると嬉しいもので、2冊目を1年生の学年末に発行したところ、それも好評でした。こうなるともうやめられません。3冊目を2年生の7月末、4冊目を2年生の12月末、5冊目を2年生の学年末、6冊目を3年生の前期末、7冊目を卒業式後に発行し、最終的には計68回分の実践集となりました。

 

そこで、より多くの方々にこの記録を紹介できればと考え、思い切って1冊の本にまとめることにしました。ただ、内容や紙幅の関係で、オリジナルの実践記録をそのまま一般教育関係書籍として発行することはできないことがわかったので、自費出版の実践集として発行することにしました。

 

ここに載せたものは私とクラスの生徒たちが平成21年4月から平成24年3月までの3年間で終礼時に交わした会話の実際の内容、つまりすでに発行済みの7冊の小冊子を合体させたものです。本書は理論やハウツーを紹介するものではなく、一人の教師と担任学級の生徒たちとの生の記録です。この実践がどれほど生徒指導に有効であるのかということは客観的に検証したわけではありませんが、そこに記された教師としての私の語りかけと生徒の実際の発言や表情、必ずしもねらいどおりには行かずに悩みながら指導し続けた私の葛藤の記録は、きっと本書を読まれた先生方に共感していただけるものと思います。そして、そこで感じ取られたことが先生方の今後の生徒指導に少しでもお役立ていただければ幸いです。

 

なお、本書を発行するにあたっては、この実践記録の意義を当初から認めてくださっていた学年主任のAA先生と英語科のBB先生、CC先生、DD先生、それを本にすることを強く勧めてくださった副校長のEE先生に深く感謝申し上げます。そして、何よりも私の問いかけに明るく反応してくれ、時にはつまらないにも辛抱強くつきあってくれた私のクラスの生徒たちに感謝します。

 

平成24年4月

 

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