(6) 遺跡の発掘から学んだこと

ここまで筆者が遺跡の発掘のアルバイトで経験したいろいろなことを紹介してきました。今回はその最終回として遺跡の発掘から学んだことをお話しします。

 

① 歴史に対する認識が変わった

 遺跡の発掘のアルバイトに参加する以前は、筆者にとって「歴史」とは社会科の科目の1つとして学ぶもの以外の何物でもありませんでした。歴史小説を読むでもなく、大河ドラマを見るでもなく、歴史というのはそこから何か大切なことを学び取る対象であるという認識がありませんでした。

 ところが、遺跡の発掘を経験したことによって、歴史に対する認識が変わりました。それを上手く論理的に説明するのは難しいですが、簡単に言えば自分の「興味の対象」になったということでしょうか。特に、遺跡の発掘は小説やドラマとちがって、自分で歴史の“証拠”を直接目にすることができます。4,000年前の土器が土の中から出てくれば、4,000年前の人々の暮らしぶりに思いを馳せることができるわけです。

 筆者は基本的に“理系”の人間で、好きな教科は理科と数学です。英語も文学を楽しむより文法を論理的に分析する方に興味があり、拙著一般向けホームページ『目から鱗が落ちる英語学習』も筆者が関心を持っていることを紹介しているものです。したがって、遺跡の発掘によって実際に昔の人が使っていた住居跡や土器などを自分の目で見たことで、歴史の中にも自分の興味を引くことがあるのだということに気づいたというわけです。

 項目名から、筆者は「歴史から生き方を学ぶことができるようになった」のような内容を期待されたかもしれませんが、実はあくまでも歴史の中にも具体的な証拠から学ぶことがあるということになります。

 

② 大人との付き合い方を学んだ

 大学生も立派な「大人」ですが、それまで付き合ってきた大人は両親と学校の先生がほとんどで、一般の大人の人との濃い付き合いをしたのはこれが初めてでした。よく、「アルバイトは社会勉強に良い」と言われますが、そのとおりだと思いました。

 遺跡の発掘現場は、教育委員会の担当責任者の人以外は基本的にアルバイトの作業員ばかりです。そしてその多くは考古学を専攻する大学生と地元で募集されて来た一般人です。大学生は専門であるかどうかを除けば筆者と同じ立場・年齢の人たちでしたから付き合い方は特に気にしませんでしたが、一般のアルバイトの人たちとの付き合いは気を遣いました。

 もちろん、気むずかしい人が多かったということではなく、自分の親と同年代くらいの人生の“先輩”の人が多かったので、それをきちんと踏まえた接し方をしなければならなかったということです。そこで、話す時はきちんとした敬語で話すようにし、チームを組んで仕事しなければならないときも“先輩”たちを尊重した態度で接するようにしました。

 そうすると面白いもので、“先輩”たちも筆者のことを自分の子供か孫のようにかわいがってくれ、いろいろな話もしてくれるようになります。一見するとつまらないおしゃべりをしているようなときでも重みのある話が出てくることもあり、多くのことを学ばせてもらいました。

 

③ 製図技術を学んだ

 (2) 仕事の内容 及び (4) のめり込んだ遺跡の発掘 でもお話ししましたが、遺跡の発掘作業をさせてもらったことで身についた技術の1つが、製図を描く技術でした。

 芸術的な絵を描くということはあまり得意ではありませんが、方眼紙にきちんとした数値による点を落とし込むということには才があったようで、製図機器の使い方も比較的早くマスターし、正確な製図をすることができるようになりました。また、遺物整理で図面のトレースをさせてもらったことも細かい作業をする技術の習得に役立ったと思います。

 そこで習得した技術は自分の将来の仕事-つまり教職-で生かされることはありませんでしたが、思わぬことろで役に立ちました。

 その1つが自宅の新築です。実は、これまでに1996年と2005年の2回自宅を新築したのですが、2回ともその設計に関わりました。具体的には、自分がこのような間取りの家にしたいという設計図を方眼紙に書いて建設業者に示すという作業です。1回目の家は、そうして描いた平面図及び立面図に対して、ほぼその図面どおりの家を建ててもらいました。また、室内の作り付けの棚やカウンターなどのデザインも方眼紙に描いてそのとおりに作ってもらいました。2回目の家は最初から一級建築士の建築デザイナーが関わったので、そこまで自分の希望どおりになりませんでしたが、話し合いを行う際はよく図面を示して自分の希望を伝えました。

 もう1つは2つ目の家の庭の設計・施工でした。最初に作ったのが花壇です。簡単なものでしたが、きちんと図面を描いて、それに合った部品を購入して造りました。次に造ったのが、煉瓦と枕木を使った疑似線路風の遊歩道です。こちらは、庭の図面及び完成した予想図を方眼紙で描画して設計図とし、それに合わせて実際の作業をしました。その作業のときは、遺跡の発掘でやったように水糸を方眼に張り巡らし、簡易水準器も使って煉瓦と枕木を正確に水平に置く作業を行いました。

 実は、定年退職を機に新たにその庭のほぼ全面をウッドデッキにしてしまう計画を立てて設計図まで描いたのですが、そちらはまだ実現していません。

完成した直後の庭の線路風遊歩道

※左上は完成したばかりの花壇と鉢植えの木

今も残る花壇と後に植樹したカナメモチ

※線路型遊歩道の枕木は10年目くらいに一度新しいものに交換しましたが、再び朽ちかけており、近々新しいものに交換する予定です。


 

④ 作業器具の呼び名を学んだ

 これは遺跡の発掘から学んだこととは直接関係のないことですが、印象深かったことなので紹介しておきます。

 発掘現場ではシャベル(スコップ)のことを「えんぴ」、小さなシャベルのことを「いしょく」などと呼ぶことは過去の記事でも紹介しました。実は、他にも一般的な名称とは異なる呼び名のものがあるので、ここでそれを一挙に紹介しておきましょう。もっとも、それらは発掘現場特有のものではなく、昔からそのように呼ばれてきたもののようで、単に自分が知らなかっただけのようです。

 

◇えんぴ…「円匙」。大きなシャベルやスコップのこと。元は旧日本陸軍が使っていたことば。

◇いしょく…「移植」。「移植ごて」の略語。小さなシャベルのこと。園芸で植物を移植する際に使う道具から。

◇じょれん…「鋤簾」。鍬に似た道具で土砂やごみをかき集める道具。「和製スコップ」の異名も。

◇てみ…「手箕」。じょれん等でかき集めたものを拾うちりとりのような道具。以前は竹製であったが、今はプラスチック製が一般的。

◇ねこ…「猫」。「猫車」の略語。手押し一輪車のこと。工事現場の狭い猫足場を通るための運搬用車から。

◇ユンボ…「yumbo」。パワーショベルのこと。フランスのシカム社の製品呼称から。

えんぴ

移植ごて

じょれん(鋤簾)


てみ(手箕)

ねこぐるま(猫車)

ユンボ


 

<おわりに>

他にも当時「遺跡の発掘をやってよかったなあ…」と感じたことがあったと思うのですが、なにせ40年も前のことなので忘れてしまったこともいっぱいあります。新たな資料が出てきたり、何か思い出したりしたら、本ページを更新したいと思います。

 

なお、ここまでの話がどう自分の英語教育の役に立ってきたのかという明確な要素はわかりません。しかし、教師の仕事を遂行するには、教科の知識や教える技能だけでなく、いわゆる“人間力“も重要な要素です。筆者の場合、この遺跡の発掘というアルバイトを行ったことは、自分の人としての幅を広げるために大いに役立ったと思っています。

 

では、ここまで筆者の個人的な話に付き合っていただきまして、ありがごうございました。

 

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