これまでも、これからも変わらない大切なこと-これからの時代を担う先生方に向けたメッセージ-

※記事の一番下に雑誌記事の現物(PDF)があります。

1.はじめに

今から18年前の平成15(2003)年8月15日に水前寺共催会館で行われた熊本県中学校英語教育研究会(以下「中英研」)の研修会で講演をさせていただいたことがあるなどの関係から、今回本誌に寄稿させていただく機会を頂戴しました。筆者は中英研にとっては部会者でありますが、中英研の活動と全く無縁な者ではないと思っています。それは、筆者もかつて埼玉大学教育学部附属中学校在職中に埼玉県中学校英語教育研究会の本部事務局を7年間務めていたからです。

 

その筆者も、あと1年余りで定年を迎えようとしており、最近は自分のこれまでの経験を後進に伝えることにも関心を持って日々の実践を行っています。そこで、今回は中英研のこれからの時代を担う先生方に向けて話をするつもりで本稿を書き進めさせていただこうと思います。

 

2.新学習指導要領について

いよいよ来年度から新しい学習指導要領が施行されます。そこには、育成を目指す資質・能力の三つの柱として「知識・技能」、「思考力・判断力・表現力等」、「学びに向かう力・人間性等」が示されています。また、外国語科の目標には「外国語によるコミュニケーションにおける見方・考え方」が新たに組み込まれ、指導の方向性として「主体的・対話的で深い学び」を目指すように謳われています。さらに、現行の高等学校学習指導要領と同様に、中学校でも具体的な指導法として、「授業は英語で行うことを基本とする」ということが求められています。

 

一見するとこれらはまったく新しいことのように思えますが、『中学校学習指導要領(平成 29 年告示)解説 外国語編』をよく読むと、改訂の基本方針の根底に流れていることは決して新しいことではなく、むしろこれまでも大切だとされながら、なかなか教育現場で実行されてこなかったことを、新たな切り口から説明しようとしているのだということがわかります。したがって、まずは学習指導要領をしっかりと読み込み、学習指導を行う上で大切にすべきことは何であるかを改めて理解する必要があります。もしこれをお読みの先生が今自分の進むべき道に迷っていらっしゃるのだとしたら、ぜひ原点に戻るつもりで学習指導要領を読み直してみてください。そこに書かれていることをしっかりと理解すれば、自分の学習指導、さらには教育活動全般をどのように改善していったらいいかの道筋が見えてくると思います。

 

3.授業を英語で行うことについて

道徳の教科化や小学校における外国語科の新設という大きな変化に隠されてしまったためか、来年度から中学校でも「授業は英語で行うことを基本とする」という重大な事柄が示されていることはあまり話題になりません。もっともそれは、すでに多くの中学校の先生方が英語で授業を進めているという意識を持っていらっしゃるからかもしれません。しかし、実際には挨拶や生徒に指示するときだけ英語を使うことがそれにあたると考えていらっしゃる先生も少なくありません。それは、新任時(当時は県立高校教諭)から授業を英語で行うことを実践し続けてきている筆者が、これまで数多くの先生方の授業を見てきて感じていることです。

 

新学習指導要領によれば、授業を英語で行う目的は「生徒が英語に触れる機会を充実するとともに、授業を実際のコミュニケーションの場面とするため、…」であると考えられます。つまり、前半からは授業で教師や生徒が使う英語すべてが教材になることが、後半からは授業中のすべての場面がコミュニケーションの機会となることが読み取れます。

 

前半の目的に照らすと、教師ができるかぎり英語を使うことはもちろんのこと、生徒も英語を使うことが大切だということがわかります。いくら教師が英語を使って授業をしていても、生徒がそれを聞いているだけで英語を使わなければ目的は果たせません。つまり、英語の時間は常に教師や生徒が英語を話す声が教室から聞こえてくる授業にする必要があります。一方、後半の目的からは、いわゆる「コミュニケーション活動」と呼ばれる設定された活動だけでなく、授業中のあらゆる場面をコミュニケーション活動にする必要があるということがわかります。例えば、遅刻した生徒にI'm sorry, but I overslept. と言わせたり、教科書をロッカーに忘れた生徒に Can I go to the locker? と言わせたりすることも、実際に英語を使う場面を授業中に位置づけることにつながります。

 

授業を英語で行うことに不慣れな先生は、まずそれをしっかり実践している先生の授業を見せてもらい、どの場面でどのような英語が使われているか、生徒にどのような場面で英語を使わせているか等をつかんでください。身近にそのような先生がいない場合は、各地で行われている公開授業や研修会に参加したり授業DVDを見たりすることをお勧めします。そして、学んだことを1つでも多く自分の授業で実践してみてください。そうすると、先生の授業が変わり、生徒が変わります。

 

4.入門期指導について

令和2年度から小学校でも教科としての英語学習が始まり、今さら中学校において入門期指導を議論する必要はないように思われるかもしれません。しかし、けっしてそのようなことはありません。むしろ、以前よりも丁寧に入門期指導を行う必要性を感じます。

 

そもそも入門期指導ほど“アンタッチャブル”なものはありません。個々の先生が独自の内容と方法で教えており、モデルとなるような指導計画もないからです。また、入門期の指導について学ぶ研修会もめったに見かけません。この点について、筆者の勤務校(以下「本校」)では今から90年以上前にすでにシステマチックな入門期指導が確立されており、今日まで代々それが受け継がれてきています。それは、大正12(1923)年にハロルド・E・パーマーが本校の前身である東京高等師範学校附属中学校を氏が提唱する「オーラル・メソッド」の実践校にしたからです。以来、氏の著書の1つである The First Six Weeks of English (1929)に示されている指導計画を元に、入門期の約1ヶ月半は教科書を使わずに「聞くこと」「話すこと」のみの指導を系統的に行ってきています。そして、それによって本校の生徒は英語の音や構文の基礎・基本を耳と口で習得しています。

 

筆者がここで入門期指導のあり方について強調するのは、筆者自身が本校に来て初めてその大切さに気づかされたからです。それまで自分がいかに入門期の指導を雑に行っていたかを大いに反省させられました。そして、実際に丁寧に入門期指導を行うと、英語の運用力をしっかりと身につけ、英語学習を意欲的に行う生徒が多くなることに気づきました。したがって、これからの時代を担う先生方にもそのことに気づいていただきたいと思っています。

 

ただ、本稿で入門期指導の詳細について語るにはあまりにも紙幅が足りませんので、ここでは先生方が現在行っていらっしゃる入門期指導をご自身で点検する項目を示したいと思います。

  ① 文字に頼らずに音声中心の指導方法で語彙や文型を導入している。 

  ② アルファベットは「名前」だけでなく「音」も教えている。

  ③ つづりと発音の関係の基本を教えている。

  ④ 英語学習の目的について生徒に考えさせている。

  ⑤ 予習よりも復習を徹底的にさせている。

 

上記のうち、④と⑤は特に指摘せずとも多くの先生方が実行されているかもしれません。しかし、①~③はどうでしょうか。筆者の調査(2014-18年に埼玉大学教育学部の「英語科指導法A」で指導した計約300名の学生にアンケートした結果)によれば、自分の中学校時代に②と③の指導を受けた人は約10%、①は0%でした。つまり、しっかりとした入門期指導を行う英語教師はまだまだ少ないということがわかっています。なお、各項目がなぜこの時期の指導として大切なのかということは、後述する筆者のホームページで説明していますので、そちらをご覧ください。

 

5.自立した学習者を育てることについて

「自立した学習者」とか「主体的に学習する生徒」などの表現は、教育関係の論述には欠かせないキーワードとなっているので、「そんなことばは聞き飽きた」という先生も少なくないかもしれません。しかし、コロナ禍による臨時休業や分散登校等によって、学校で指導できることには限りがあることや、家庭学習をしっかりできるかどうかが学力向上を左右することがはっきりした今、自立した学習者を育てることが改めて注目されています。

 

新学習指導要領でも、「主体的・対話的で深い学び」という部分にそれが表れています。「深い学び」を行うためには、まず「主体的な学び」が必要だということです。そして、主体的な学びを行うためには、個々の生徒が「学びに向かう力」を身につける必要があるとしています。

 

この点について、本校では平成14(2002)年から「四輪駆動仮説」という学習理論を掲げて指導を行っています。これは、生徒の学習が進む様子を自動車が四輪のすべてを駆動することでより力強く進むことに例えたものです。その「四輪」とは、「授業」、「家庭学習」、「授業以外での良質なインプット」、「英語を使った独自の楽しみ」の4つです。授業や家庭学習は英語学習の基本ですが、その他に生徒が自分の意志で学ぶ活動が必要だという考えから来ています。

 

ここで言う「授業以外での良質なインプット」とは、授業以外で聞いたり読んだりするオーセンティックな英語教材を指します。本校では前者をNHKラジオ『基礎英語1~3』、後者を学年毎に配付する副読本(主にオックスフォード大学出版のもの)としています。一方、「英語を使った独自の楽しみ」とは、勉強とは思わずに英語に触れることを指しています。例えば、洋楽を聞いて歌ったり、洋画を見て台詞を真似て言ったりすること等がそれにあたります。

 

これらは本校で英語学習に成功した生徒に共通することを整理したものですが、今後益々重要になっていくであろうことだと考えられます。ただ、この考え方に対しては、「生徒の自主的な学習に頼りすぎである」という批判の声も聞こえてきそうです。しかし、筆者はそのような“授業絶対主義”のような教師の意識こそ見直す必要性を感じます。授業で教えることと生徒が自らの意志で学ぶことの比率を変えなければ、すなわち生徒が自らの意志で学ぶ比率を上げなければ、これからの時代の生徒の「学び」は保障できなくなると考えるべきでしょう。

 

6.おわりに

以上が筆者がこれからの時代を担う先生方にお伝えしたいことです。若手や中堅の先生方を主なターゲットにして書いた関係で、やや上から目線の論調で話を進めたことはご容赦ください。

 

なお、ここまで述べたことの詳細や紙幅の関係で取り上げられなかったことなどは、以下の2つの拙著ホームページで紹介しています。お時間のあるときにでもお立ち寄りください。

 

①「次世代を担う先生方のための英語学習指導」

 (https://norysjhsenglishteaching.jimdofree.com/)

  筆者が個人的に実践してきたことや本校の学習指導のほぼすべての内容をご覧いただけます。学習指導要領の解説もあります。

 

②「目から鱗が落ちる英語学習」(https://norysnoworries.jimdofree.com/)

  本校で生徒に教えている内容を一般向けに紹介しているページです。授業に使える「目から鱗…」のアイデアもあります。

 

(『英語教育』第51号、2021年3月、熊本県中学校英語教育研究会)

 

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熊中英研「英語教育」寄稿文2020(肥沼).pdf
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