4. 理論に裏打ちされた指導過程を考えること

筆者は、自分の研究の対象として多くの教員の授業を見てきましたが、授業の「名人」とそうでない教員のちがいの1つに指導過程の組み方があります。

 

「名人」の授業では、すべての指導場面において指導過程が英語科指導法にも示されている理論に裏打ちされたものになっているので、安心して見ていられます。一方、そうでない教師の授業では、「なんでそういう流れで指導するの?」とか「なんでそこでそれをやるの?」という疑問や違和感を持つことがあります。後者の教師の授業では、その“ちぐはぐさ”が指導の効果を低めていると考えられます。そこで、代表的な指導場面を2つ取り上げて、理論に裏打ちされた指導とはどういうものかを議論していきまましょう。

 

(1) 「聴覚心像」を構築する文型の口頭練習と言語活動

例えば、一般動詞の過去形を導入した際に、次のような文を口頭練習させる場面を想像してください。

 

 I studied English last night.

 

この文を口頭練習させる場合に、導入した文を黒板に書き、キーとなる studied または -ed のところを色を変えたり下線を引いたりして強調して、それを "Repeat after me!" と教師が言って、生徒が一斉にリピートしています。筆者はこの場面に出くわすと、ものすごい違和感を感じるとともに、その教師に改善を望みたくなります。

 

「えっ? どうして? 私はいつもこの方法だけど‥」と思った方もいるでしょう。しかし、この指導方法は言語学習理論に則っていないだけでなく、結果として生徒にほとんど力を付けさせられない指導方法なのです。それはなぜでしょう?

 

この指導の問題点は、黒板にリピートさせたい英文が残ったまま生徒にその英文を言わせていることです。つまり、生徒は英文を「言っている」のではなく、「読んでいる」だけなのです。この指導の目的は何でしょうか? 新しい文型の語順や特徴を覚えてもらうことですよね? ところが、この指導で生徒がやっていることは、教師が英文を言い終わるのを聞いて、黒板に書いてある英文を単に音声化しているにすぎません。その時に生徒は構文も過去形に変化している部分の重要性も考えていません。

 

この指導でこの活動(練習)を終えてしまっては、結局は生徒は黒板に示されている過去形を目で見ただけで、自分のものにはできません。これは英語科指導法の理論で言うところの「聴覚心像」(acoustic image)ができていないからです。つまり、歌で言えば、歌詞を見たことはあるが歌は歌えないというのと同じです。おそらく、授業が終わって生徒にその英文を言わせてみたら、読めたのに言えない生徒が少なくないでしょう。次の時間に言わせてみたら、多くの生徒が言えないということが起こる可能性が高いです。

 

口頭練習をさせる場合は、一度英文を黒板に書いたのだとしたら、段々とそれを消していき、最終的には英文がなくても、ヒントとなる語や導入に使った絵などで言えるようにすることが大切です。 

 

同じようなことは、新文型を使ったコミュニケーション活動の典型的な例にも見ることができます。例えば、上記の過去形の文を使って、次のような活動を生徒にさせたいとします。

 

  A: Did you study English last night?

  B: Yes, I did./No, I didn't.

 

  A: What did you do last Sunday?

  B: I watched a movie(played tennis, went shopping, etc.)

 

ペアやグループなどで活動させる際に、活動させやすくするために手製のワークシートを用意する教師も多いでしょう。そのワークシートには上記のような英文と質問文の変えてもよい要素や仲間の答えを記入する欄が設けられています。実は、この活動にも筆者は大きな違和感を感じます。

 

先述の文型練習のところでも述べたので、違和感の対象がおわかりでしょう。そうです、ワークシートに生徒が言うべき英文がすべて書かれていることです。活動させてみると、一見して生徒は活発に活動しています。しかし、よくよく観察してみると、生徒は相手と話しているのではなく、ワークシートに書かれている英文をただ読んでいるだけです。質問する方も答えを言う方もそうです。これでは、この活動をさせる意味がありません。

 

「そんなことを言ったって、私の生徒は英文が書かれていなければ言えないんだから、仕方ないでしょう。」そんな声が聞こえてきそうです。ちがいます。それは教師がその英文を言えるように生徒を訓練していないだけです。言えるようにしてあげればいいだけです。何も見せないで言わせろというのではありません。絵やヒントとなる単語を与え、それを頼りに生徒に対象となる英文を言わせるようにすればいいだけです。ワークシートに活動の“保険”として英文を載せたければ、その英文は裏面に印刷したり、上下に分けて活動中は二つに折って見えないようにする方法があります。

 

口頭練習もコミュニケーション活動も、対象となる文型を生徒に身につけさせることを目標としているわけですから、元気に「読んでいる」ことで満足していては、生徒に力を付けてあげることはできないのだということを改めて強調しておきたいと思います。

 

(2) 行う意味のある音読

音読は、視覚で得られた文字情報を音声化する活動です。したがって、ほとんどの教師が教科書本文の音読を授業で行っているでしょう。ただ、音読を行う意味はそれだけではありません。勤務校では、音読を「生きたことば」でコミュニケーションするための基礎を支える活動だと考えています。したがって、音読は「読むこと」ではなく「話すこと」の評価項目に入れています。

 

その音読を、いつ、どのように行うかということは教師によって多少のばらつきがありますが、ぜひとも押さえておきたい基本的なルールがあります。それは、「意味を理解してから音読する」ということです。

 

かつての訳読式授業でよく見られた「〇〇行目を読んで訳せ」という授業は、この基本ルールからもはずれています。意味を理解しているかどうかを確認する前に音読させるのは、単に文字面を記号を読むように音声化できるかを診ているに過ぎません。英検の3級以上の二次試験で、渡されたカードをまず黙読してから音読させるのも、この基本ルールに則っているからです。

 

そうすると、授業中に教科書の本文を音読する活動がどこに入るかは自ずと限定されます。例えば、新しく学んだページでは、モデルの音声を聞いたり、教科書の内容を確認(日本語訳とはかぎりません。英語のQ&Aも含みます)したりする活動の後ということになります。まず音読をしてから意味を確認するという指導過程は論理的ではありません。復習のページでは、モデルの音声を聞いたりして、前時に学習した本文の内容について思い出させた後に音読することになります。

 

また、先述のとおり、音読は「話すこと」の基礎を支える活動とも考えられますから、単に発音やリズムに気をつけて行わせるだけでなく、本文の場面や内容に合わせた読み方も生徒に意識させたいものです。その際には、教師の方から読み方のモデルを示してもいいでしょうし、会話体のページでは登場人物の心情を生徒に考えさせて読み方を工夫させてもいいでしょう。後者の場合は、生徒からいろいろな解釈の読み方が出てきて、それを生かしてあげると、生徒が生き生きと音読を行います。

 

音読を中学校でしっかりやってきた生徒とそうでない生徒では、高校の授業で音読をさせたときの発音やリズムの英語らしさに大きなちがいがあることが、以前に高校で授業をしたことがある経験からわかっています。また、「話すこと」の活動を行わせたときに、自信をもって話すかどうかということにも影響を与えています。初学者のうちにぜひ音読をしっかり指導してください。

 

 

 次へ 5. 指導案を書き、事前に授業全体をイメージすること

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