英語科紹介

◇イントロダクション

筆者が令和4(2022)年3月まで勤務していた筑波大学附属中学校(以下、「本校」とする)の英語科は、前身の高等師範学校附属尋常中等科が創立された1888(明治21)年から英語教育を行い、すでに130年以上の実績を持っています。その間に東京高等師範学校附属中学校、東京教育大学附属中学校という時代がありましたが、教科の伝統は変わらずに引き継がれてきています。現在は常勤教員4人に加えて非常勤講師2人と非常勤のALT1人が職務にあたっています。ここでは、いくつかのキーワードで区切って本校の英語科について紹介しましょう。

 

なお、先述のとおり同校はすでに筆者にとっては“前任校”となってしまっていますが、本ページでは「本校」という表現を使い続けます(修正するのが面倒なので…汗)。

 

ところで、一般的には附属高校も同じ学校だと思われていますが(筑波大学附属中・高等学校として紹介されることが多いため)、附属高校は附属中学校と同じ敷地内に50メートルほど離れて建っている別の校舎にあり、正門、グラウンド、体育館、プール等の施設は共同で使っているものの、附属中学校とはまったく別の組織です。したがって、英語科もまったく別の先生方(常勤7人+非常勤数人)で構成されています。

 

あと、ついでにご紹介しておくと、”日本一の東大進学率校”として有名な学校は兄弟校の「筑波大学附属駒場中・高等学校」です。人数では開成高校が一番ですが、進学者率では筑駒(略称「つくこま」)が一番で、なんと毎年約60%の生徒が東大に進学します。よく同じ学校だとまちがわれますが、あちらは中高一貫の男子校で、教員組織にも中高の区別はありません。

 

◇第2の家族

一般的な学校では教員は1つの(大規模校では複数の)職員室で全員が仕事をしていると思いますが、国立大学の附属校では教科毎の準備室に分かれて仕事をしている場合が多く(筆者の前任校の埼玉大学教育学部附属中学校もそうでした)、本校もそのような学校の1つです。

 

したがって、勤務中はほぼ一日中、常勤の4人が一緒に英語科準備室で過ごしています。一緒にいる時間は自分の家族よりむしろ長いくらいで、「第2の家族」と言ってもいいくらいの仲間です。もちろん、ただ長い時間一緒にいるだけでは仲良くできるとはかぎらないのは家族関係と一緒です。幸い、本校の英語科は同僚からも生徒からも、そして外部の方々からも、「仲がいいですね」と言っていただけるほど人間関係が安定しています。

 

それは、もともと英語科の教師というのはコミュニケーションを教える立場にあるので、コミュニケーションを良好にするためのノウハウに敏感であるということもあるかもしれません。本校の場合は、さらに後ほどご紹介する各メンバーの人柄によるところが大きいでしょう。

 

◇66人のバトン

「66人」とは、1888年の開校以来本校に勤めた常勤の英語教師の数です(ちなみに筆者は58人目)。もちろん、全員の名前と在籍期間もわかっています。130年以上もの歴史のある学校で、こんなことがわかっている学校はおそらくほとんどないでしょう。それがわかっているのは、本ホームページでも紹介している「英語科教官列伝」のおかげです。それがどういうものであるかという詳しい説明は同ページにありますから、ここでは省略します。ぜひご覧になってみてください。

 

それを見ていただくと、本校にはこれまでに日本の英語教育史を語るのに欠かせない先輩教員がいたことがわかります。中には一般の方にも知られている先生もいます。その中の何人かをご紹介すると…。

 

※数字は「英語科教官列伝」の着任順番号、( )は在職年

●28. 岡倉由三郎(T13-S2)…明治の思想家・岡倉天心の弟。イギリスから Direct Method(直接教授法)を持ち帰って実践した。NHKラジオ英語講座の初代講師。

●38. 池永勝雄(S16-S33)…戦後の英語教育を牽引した。元語学教育研究所所長。全国英語教育学会第2代会長。パーマー賞受賞者。

●40. 外山滋比古(S22-S24)…元お茶の水大学教授であるとともにエッセイストとしても活躍。2020年に亡くなるまでに150冊以上の本を残した。『思考の整理学』は250万部のベストセラー。

●45. 田﨑清忠(S30-S41)…元横浜国立大学教授であるとともにNHKテレビ英会話講師を16年務めた。2022年の時点で90歳を越えてもなお、毎日のようにご自身のメーリングリスト登録者(筆者もその一人)にメールを送り続けていらっしゃる。

 

他にも「英語科教官列伝」をご覧いただければ、みなさんがご存じの先生がいらっしゃるかもしれません。

 

◇月刊『英語教育』発祥の地

英語教師や英語教師を目指す学生なら一度は目をとおしたことがあるであろう大修館書店の月刊『英語教育』。筆者も大学時代からお世話になっています。実は、英語教育関連で最も権威のあるこの雑誌の編集局が1952年の創刊当時は本校英語科にあったということはあまり知られていません。もしかしたら、現在の大修館の編集部の方もご存じないかもしれません。創刊当初は「東京教育大学編」となっていたようで、実際の編集会議は本校の英語科準備室で行っていたそうです。

 

筆者がなぜそれを知っているかというと、注文をせずとも『英語教育』が毎号無料で本校英語科に届けられている理由を調べたからです。英語教育史を研究されている本校OBの伊村元道先生(50番、日本英語教育史学会会長)の書籍の中にその記述があってわかりました。

 

そのような事情もあって、英語科準備室の書棚には月刊『英語教育』のバックナンバーが初期のものを除いてほぼ全巻がそろっており、それらはすべてきちんと合本製本されているので状態もきれいです。おそらく日本のどの図書館や大学の英語教育研究室にも負けない”お宝”ストックでしょう。もしかしたら、発行元の大修館書店にもないものがあるかもしれません。

 

◇新たな時代の幕開け

筆者が着任した1995(平成7)年度以降現在に至るまでの直近四半世紀の英語科の動向を、4人の教科主任の時代に分けてご紹介します。なお、( )内の番号は『英語科教官列伝』の着任順番号です。

 

① Mr. Ishii 時代(1995-2005)

1991(平成3)年に久保野りえ(54番)、1994(平成6)年に蒔田守(56番)、そして1995(平成7)年に筆者(58番)が着任したことで英語科が新たな時代に入りました。若手(中堅?)3人の加入で一気に教科主任となり、生徒から "Mr. Ishii" と慕われた石井光太郎主任(51番)の元で、それまでにない英語科の動きが加速されました。

 

それは、それまでの英語科教員のほぼ全員が東京教育大学(現筑波大学)または東京大学(東京高等師範学校との兼任者に多い)の出身者で固められていたところに、他大学の血が入ったことが一番の理由でしょう。つまり、石井を除く3人が東京教育大学(筑波大学)以外の出身者であるということです。また、3人のそれぞれが公立学校(久保野は東京、蒔田は神奈川、筆者は埼玉)の経験があったことも大きかったと思われます(石井は大学を卒業して即本校に着任)。さらに、1998(平成10)年には蒔田が、2004(平成16)年には久保野がパーマー賞を受賞し、全国にその名をとどろかせることになりました。

 

1996(平成8)年度から毎年開催になった研究協議会で積極的に多くの公開授業を行ったことは、本校英語科をより広く全国に知ってもらうよい機会になりました。最初の頃は40名程度であった参加者が年々増えていき、数年後には100名を越えるまでになりました。そうなると普通教室では参観者が収まらなくなり、公開授業を図書館で行うようになったのもこの頃です。

 

② Macky 時代(2005-2016)

2005(平成17)年に石井が退職して蒔田が主任となり、植野伸子(62番)を迎えて新たなステージに進みました。それは、4人全てが東京教育大学以外の出身者となったこととも無縁ではないでしょう。

 

約10年間続いたこの時代は、本校英語科の"新黄金時代"と言っても過言ではないと思います。4人とも学会や研究会等に積極的に参加して本校の研究成果をアピールするとともに、各種研修会等の講師も過去20年間で4人合わせて約300回務めました。

 

毎年11月に行われる研究協議会への参加者も増え続け、150人を越えるようになったところで会場を全体会の行われる育鳳館(約600人収容の講堂)のフロアーとし、参観者全員が座って授業を見られるようにしました。その中で最も参観者が多かったのが蒔田と筆者で公開授業を行った2011(平成23)年で、291名に三方をぎっしりと囲まれて授業を行いました。

 

③ Nory 時代(2016-2022)

2016(平成28)年に蒔田が退職して栖原昂(64番)を迎え、2017年には久保野が中途退職して中島真紀子(65番)を迎えてこの体制が始まりました。教科主任は2015年に蒔田の定年により肥沼に移っています。パーマー賞受賞者2人が相次いで去ってやや地味になったと思われていますが、4人の結束は以前にも増して強くなったように感じます。

 

2017年度から始まった本体制の最も大きな特徴は、それぞれが豊かな個性の持ち主でありながら、その個性がぶつかることなく見事に融合していることです。お互いにそれぞれの個性をよく理解し、その個性を認めた上で、それを上手に引き出すようにお互いを尊重し合って仕事をしています。

 

そしてそれは、2020年冬から春にかけて降りかかってきた新型コロナウイルス感染症対策のための臨時休校でさらに強固になったように思います。それは、「ロイロノート・スクール」というアプリを使ったオンデマンドの授業を配信するために、4人がそれまでにないくらい一致団結してそれに対応したからでした。その様子は「ロイロノート遠隔学習指導」のコーナーに詳しく書かれています。

 

④ Nobuko 時代(2022-)NEW

2022(令和4)年3月に肥沼が定年退職し、新たに高杉達也(66番)を迎えて現体制がスタートしました。これまでも“陰の英語科主任”と言われ、英語科の元気で明るい雰囲気をリードしてきた植野の下で新たな4人の体制がスタートしたというわけです。彼らの今後の活躍にご期待ください!

 

【特別限定公開】英語科プロモーション・ビデオ2020

本校に入学することを希望する小学生とその保護者に対して行う学校説明会(令和2年度はweb上)で本校英語科の魅力をアピールするために筆者が作成した「英語科プロモーション・ビデオ2020」を令和2年度及び3年度の研究協議会に参加なさる方限定で公開しました。全体は2部構成になっており、第Ⅰ部は「英語科の歩み」、第Ⅱ部は「授業の実際」です。上記のとおり元々は宣伝用に作成したものですが、本校英語科のすべてが凝縮された内容となっているので、英語教師の方や英語教師を目指す学生に見ていただいても面白いだろうと思っています。製作時間50時間以上、さらに調整・修正に10時間以上かかっている大作(?)でした。

 

残念ながら現在は公開していませんが、筆者が講師を務める研修会等では参加者の方々に見ていただいています。いつかみなさんもそれを目にすることがあるかもしれませんね(笑)。 

 

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