(2) 小説の登場人物-竜崎伸也[警察官僚]

書籍で出会ったロールモデルの第2弾は、小説の主人公です。具体的には、今野敏著『隠蔽捜査』シリーズの主人公である、竜崎伸也という人物です。

 

今野氏と言えば、『安積班』シリーズ、『警視庁強行班係・樋口顕』シリーズ、『ST 警視庁科学捜査班』シリーズなどの数々の警察もの小説で有名で、いずれもテレビドラマ化されている人気シリーズです。中でも、『隠蔽捜査』シリーズは、それまでにはなかった警察のキャリア官僚を主人公に据えるという異色の作品で、こちらも何度かドラマ化されています。

 

 同シリーズは、『隠蔽捜査』(2005年)と『果断 隠蔽捜査2』(2007年)が新潮社から単行本として発売されて人気が出たことから、第3話からは月刊『小説新潮』で分割掲載されてから単行本化されるという形が採られています。上記2作以降は、『疑心 隠蔽捜査3』(2009年)、『転迷 隠蔽捜査4』(2011年)、『宰領 隠蔽捜査5』(2013年)、『去就 隠蔽捜査6』(2016年)、『棲月 隠蔽捜査7』(2018年)、『清明 隠蔽捜査8』(2020年)、『探花 隠蔽捜査9』(2022年)が出版されています。また、竜崎以外の登場人物に焦点をあてたスピンオフ短編集として、 『初陣 隠蔽捜査3.5』(2010年)、『自覚 隠蔽捜査5.5』(2014年)、『審議官 隠蔽捜査9.5』(2023年)もあります(いずれも年は単行本発行年)

 

◇人物像

前置きが長くなりましたが、筆者がこの小説の主人公である竜崎に魅力を感じる点は、その人物像です。東大法学部を出た警察庁のエリート官僚であるというそれまでにはなかった主人公で、「東大以外は大学ではない」などと言ったり、世間では常識とされる多くのことに無頓着であったりします。原理原則を大切にし、それ以外は不必要なものであると信じています。したがって、同僚からは「変人」と言われたり、妻からは「唐変木」と呼ばれたりしています。

 

そして、ある事件をきっかけに、警察内部の隠蔽体質を追及したことから同僚の批判を浴び、並行して起こった息子の不祥事の責任を問われて降格処分(警察庁課長→警視庁所轄の署長)を受けます。しかし、それにもめげたりせず、新たな赴任先でも原理原則を貫き通して難事件を次々と解決したことから、周囲の同僚たちにも尊敬されるようになるという人物です。

 

◇竜崎の信念

その竜崎の考え方(信念)は、シリーズの本を読んでいるとあちらこちらで感じることができます。著作権の関係で原文は紹介できませんが、その内容を簡単に箇条書きすると…

 

・重大なことを決断しなければならない場面では、原理原則に乗っ取って判断する。

・本音と建て前を使い分ける人間がまともで、原理原則が大切だと考える者が変人だというのは納得できない。

・組織を運営する場合は、縦割りの役割分担だとか縄張り意識などを排除すれば、組織はもっと効率よく運用できるはずである。

 

このようなことを、自分より格下の部下ならともかく、格上の上司にまで忖度なしに平気で言ってのけてしまう竜崎の姿に、多くの読者が拍手を送ってきたに違いありません。筆者もその一人で、実生活においても彼のように振る舞ってみたい、いやそうすることが一番なのだとさえ思っています。

 

竜崎の信念は、論理的に正しいことと、そうでなくても多くの人が良いということがあった場合、前者を採るべきだというところにあります。常に原則に照らし合わせて論理的に正しいことを選択していればまちがいがない、どのような事態に直面してもブレずに対応できると考えているからです。実際に(あくまでも小説の中での話ですが)、数々の難しい事件に直面したときにも、その信念に沿った対応をしたことで、それらを見事に解決しまうのです。そして、周囲の人もそれらの結果を見て彼のことを心から信用するようになります。

 

筆者が竜崎の人物像に傾倒するのは、おそらく自分にも彼に似たようなところがあるので、それを応援してもらっている気分になるからかもしれません。筆者は昔から周囲に合わせるのではなく、自分が正しいと思ったことをやるのが好きで、そのためか「融通が効かない」とか「杓子定規だ」などと言われることがありましたし、妻からは「天の邪鬼」などとよく言われてきたので、竜崎がそのようなプレッシャーなどものともしない姿に、清々しさを覚えているのでしょう。

 

◇教育活動との関連

もっとも、実際の教育活動、特に日々の指導の中では、小説のようにすっきりと問題が解決するということはそう多くありません。かりにうまく行ったことがあったとしても、それが形に残るわけでもありません。しかし、ときどき自分の教育活動の成果を感じられる場面に出会うことがあります。

 

筆者の場合は、それが「終礼の話」の中に表れています。生徒たちと心を開いて話をし、正しいことは何なのかということを語り合った場面は、竜崎には遠く及ばないものの、彼が理想とする姿のほんの一端でもかじれたのではないかと思っています。また、筆者が離任式で話した内容(「生徒を育てる話の内容と方法」参照)は、そのような筆者の教育活動の総決算であったと思っています。

 

思春期の生徒たちは、それぞれが自分のことや家族のこと、友人のことなどで悩んでおり、それらを解決するための拠り所を探しています。ただし、大人の都合で丸め込もうとするような話には強く反発します。そのようなときに、竜崎のような論理的かつブレない人として教師が向き合えば、生徒はきっと安心して心を開き、教師との交わりの中で解決策を自分で見つけることでしょう。

 

◇印象的な場面

最後に、筆者が同シリーズの話の中で最も好きな場面を紹介します。それは、『去就 隠蔽捜査6』の最後の場面です。竜崎は降格後に初めてーそして唯一ー務めた警察署長の職から次の役職(神奈川県警刑事部長)に移ることになりますが、彼が警察署を去るときに次のようなシーンが描かれています。原文を載せることはできないので、その場面を箇条書きで説明します。

 ふ

・竜崎が署の玄関に向かうと、廊下には署員の姿がなかった。

・受付の先の広いスペースに署員のほとんどが並んでいた。

・誰かの号令で全員が一斉に敬礼をした。

・副署長は、これは慣習ではなく、署員の総意でそうしていると説明した。

・竜崎は、署員にすぐに部署に戻るように言う一方で、署員たちに感謝の気持ちを伝えた。

 

・署員たちは、竜崎が公用車に乗り込むまで敬礼を続けていた。

このような場面は、学園ものや組織のリーダーを描いた作品などではよく見かけますが、教員という立場にある者としては、いつかは自分も味わってみたいものではないでしょうか。特に、自分が勤務校を異動するときや定年退職をするときは、同僚や生徒たちに惜しまれて去りたいものです…。