8. ロイロ遠隔学習指導の課題

何事もやってみなければわからないということばのとおり、実際にロイロの運用を始めてみると、このアプリを利用したことによる成果(利点)だけでなく、課題(弱点)も見えてきました。筆者が感じた課題は次のとおりです。なお、ここに書かれていることはあくまでも筆者個人の見解であり、英語科の総意や学校としての立場で述べているわけではありません。

 

(1) 生徒個人の事情からくる課題

① 受信状況の差

インターネットを使った遠隔授業に関しては、生徒が自宅で利用できるIT機器よる学習度合いの差がよく問題になります。勤務校では4月の準備期間中に各家庭と緊密な連絡を取り、家庭できちんと受講できる環境を作ってもらうように働きかけました。どうしても機器が準備できない家庭には、学校にあるタブレットを貸し出すなどした結果、5月連休後の本格運用開始時には全家庭で本授業を受講できる準備が整いました。

 

しかし、実際に運用を始めてみると、複数の家庭でインターネット回線や機器の問題による受信トラブルが起こり、特に学級担任がその対応に少なからぬエネルギーを費やさざるをえませんでした。結果的にはそれらの問題は解決されましたが、初期の段階で受信トラブルがあった生徒ほどその後の学習への取り組みも不調になりやすい傾向がありました。やはり、全員がそろって同じ条件下で学習を開始できることが大切であるということがわかりました。

 

② 受講状況の差

ロイロノートによる自主学習は、教室で実際に授業を行うのに比べて、どのような質の学習が行われているのかということが見えにくくなっています。ただ聞き流しているだけなのか、細部まで気を配って受講しているのかということはその場ではわかりません。

 

しかし、提出された受講レポートの記述内容や登校時に提出させた課題のプリントを見ると、どれだけ注意深く受講していたかということは断片的に見えてきます。例えば、受講レポートにどのくらい学習内容が反映された記述があるのか、提出された課題の内容がロイロの中で指示されたことがどのくらい注意深く実行されたものなのか、などという視点で見るとそれがわかります。

 

その視点で提出されたものを見ると、受講状況に生徒によって大きな差があることがわかりました。しかも、その差は通常の授業で学習した後に提出されたものに比べて大きいように思われました。受講内容の隅々までを理解し、かつ自分の疑問点を自らの力で解決しようとした跡が見える生徒もいれば、表面的な内容をさらっとなぞっただけと思われる記述の生徒もいました。これは通常授業でも起こることですが、ロイロの学習ではその差がさらに顕著に現れたように思います。

 

③ 学習意欲の差

前頁では、生徒個人が自分の意志で学習を行えることがロイロノートの利点であるということを述べました。しかし、一方でそれは学習状況が生徒個人の意志の強さに大きく左右されるということも意味します。このとは教師の方でしたら誰でも気になることだと思いますが、生徒がみな自分の意志できちんと学習を進めてくれるであろうかということが心配でした。特に、中学校での通常の学習をまったく経験していない1年生が、はたしてどの程度学習を進められるかという心配がありました。ここではその1年生の状況を紹介します。

 

学習が始まってみると、当初は多少の差こそあれ、ほぼ全員が自分で課題を目の前に置いて学習を行い、受講レポートや課題を提出していました。もっとも、その中には保護者の後押しによってなんとかやりとげていた生徒がいたことは想像に難しくありません。なぜなら、保護者から自分の子供がなかなか勉強をしなくて困っているという声が学級担任を通じて聞こえてきていたからです。

 

5月中はなんとかほぼ全員が課題をクリアーしましたが、分散登校との並行学習になった6月になって様子が変わりました。5月中に課題の提出が遅めであった生徒を中心に一人また一人と受講レポートを出せない生徒が各クラスに出始め、それが回を追う毎に増えていき、最終の18回目にはそれが各クラス10名前後にまで増えてしまいました。しかも、一度出せなくなった生徒が再開できることはほぼありませんでした。つまり、学習を続ける意志が途切れてしまったということなのでしょう。

 

こういうことは学校の授業であっても起こることですが、学校であればそれを復活させる手立てを講じることができますし、その時間を教室で過ごすだけでも学ぶことはあるはずです。しかし、自分の意志で”授業”に参加する必要があるロイロノートによる学習ではそれができません。

 

つまり、この学習を何の手立ても講じずに続けていくと、生徒の間の学力に大きな差が出てくるであろうということになります。大学生や高校生ならそれもいたしかたないことかもしれませんが、義務教育期間中の中学生ではそれを放っておくことはできません。

 

次々頁の「ロイロ教材製作の裏話」で詳しく述べますが、今回の指導では教師側は教材作成に忙殺されて、生徒の学習状況を改善する手立てを講じるまでは手が回りませんでした。今後ロイロノートを通常の授業の代わりの学習指導に用いることがある場合は、生徒の学習意欲をいかに維持・向上させるかという方策を考える必要があると強く思いました。

 

(2) 学習方法からくる課題 

① 学び合いの不足

ロイロノートによる遠隔授業の弱点の1つが、生徒同士の学び合いの機会が作りにくいということです。教室でロイロノートを使って協働作業をする場合は別ですが、遠隔学習指導では基本的に生徒は自分一人で課題と向き合っています。そして、それぞれがバラバラの時間に取り組んでいるので、仲間と相談することもできません。

 

通常の授業であれば、生徒は自分の答えや考えが仲間のそれらと比べてどうなのかということを気に留めながら学習をしています。そして、自分のものより優れた答えや自分が考えもつかなかった意見などを見聞きすることによって新たな気づきが生まれ、より深い学習を行うことができます。

 

もちろん、ロイロノートにも各生徒から提出された課題をクラス内で見合うことができる「共有する」という機能があります。しかし、仲間と話し合って提出した課題に比べて、個人の課題を公開されることに抵抗を感じる生徒は少なくなくありません。今回も4月の試行段階で提出させたホームルームの自己紹介のカードですら、「人には見られたくない」という気持ちを表明する生徒がいました。5月以降の教科学習の本格運用でも、「この答えは公開されるのですか?」という質問(不安の表明)がついたカードが数名から送られてきました。そのような中では件の「共有する」のボタンは押せず、教師と各生徒との一対一のやりとりしかできませんでした。

 

② 復習の不足

英語学習には復習が大切です。特に、文字を見せずに音声を中心とした学習を行っている入門期指導では欠かせない学習法です。それは学習したことを忘れないためであるとともに、実際に使ってみることで確実に運用できる力へと高めてもらうためです。したがって、勤務校では以前から予習はしないで復習を徹底的に行うことを推奨し、復習を中心とした家庭学習を促進する数々の指導を行ってきました。

 

その指導の中で最も効果があったのが、2000年頃に導入した、ポータブル・カセットレコーダーで録音した音声を家庭で聞いて口頭練習を繰り返し行うという学習方法でした。この学習方法を導入した後と前とでは、入門期指導期間の直後にある前期中間考査の結果が大きく異なったのです。もちろん、導入後が導入前より断然高くなった(ほぼ同内容で平均点が13点アップ)のは言うまでもありません。

 

ところが、今回の学習では上記のような"復習"がほとんど行われていません。生徒はそれなりに家庭学習を行っていますが、ロイロによる学習は本来なら学校の授業で行っているものをそこでやっているだけだからです。つまり、家庭学習が"本学習"になっているのであり、家庭学習に本来求められている"復習"を行っているわけではないのです。もちろん、毎回の講座でしっかり復習を行うことを呼びかけてはいます。しかし、他の教科の課題もこなさなけれならないので、一度取り組んだ課題にもう一度取り組む生徒はあまり多くありません。そして、結果的に復習の不足という事態を招いてしまっています。

 

③ 定着率の低下

(1)の①~③、(2)の①・②のような状況があることがわかってきたので、ロイロノートによる指導の最終段階の頃には、通常の授業における学習に比べて学習内容の定着率がかなり低くなっていることが心配されました。はたしてその心配は的中しました。

 

6月の分散登校では、週に1回英語の授業があったのですが、そこでは主にロイロノートで学んだ内容の復習を行いました。ところが、授業中にロイロで学習した内容を引き出すような質問や指示を出しても、シーンとしたりボソボソとつぶやきが返ってくるだけなのです。例年の授業ではそうした教師の働きかけには生徒は元気な声で正解を返してくれるのですが、今年はそれがありません。みんな自信がなさそうな小声です。もっとも、それは感染症対策のために授業中に大きな声を出してはいけないという遠慮もあるかもしれません。あるいは、クラス40人がそろって活動をするということを経験していないため、クラス内の人間関係ができておらず、その中でどのくらい自分を表出していいか躊躇していたのかもしれません。

 

ただ、先述したような課題の取り組み方の浸透度や提出された課題の仕上がり具合を見ても、例年の生徒に比べると力がついていないのは一目瞭然です。もちろん、それはロイロノートによる指導が悪いわけではありません。つまり、ロイロノートの欠点というわけではないということです。そして、もちろん生徒が悪いわけでもありません。ロイロノートようなシステムを通常の授業の代替策のように利用しても、通常の授業の効果には遠く及ばないということなのだと思われます。

 

各"授業"の内容が単純な演習ばかりであったとしたのなら、そのような演習で培われる力を試すようなテストでは好成績を収められるかもしれません。しかし、今回の学習指導ではそのようなことは行っておらず、通常の授業で教えるのと同等の内容を実行しようとしました。はたしてそれが正しい選択であったのか…。他の教科の実績も踏まえて今回の指導内容の成果と課題の分析が今後必要でしょう。

 

(3) システム上の課題

ロイロノートは元々遠隔学習指導を行うことを想定して開発されたものではないので、遠隔学習指導に利用しているといろいろな問題にぶつかります。いずれは解決されるであろうと思われるものもありますが、今回の利用に際してシステム上で困った主な事柄をあげておきます。

 

① デバイス別サポート

元々は iPad での利用を想定して始まったアプリのようで、その後にパソコンや iPad 以外のタブレットでも使えるように、それぞれのデバイスに対応した3種類のアプリが運用されています。しかし、新しい機能はまず iPad用アプリに搭載され、その後他の機種用のアプリにも搭載されるようになっています(搭載されていない場合もあります)。したがって、他のデバイスで利用したときに、 iPad では起きなかったトラブルが起こったり、iPad ではできることができなかったりすることがあります。同社に問い合わせたところ、パソコン用やタブレット用も順次改善していくということなので、それを待つしかありません。

 

② 複雑な階層構造

多くの機能を搭載しているアプリであるので、結果的にそれらは主な機能毎に階層構造になっています。したがって、慣れていないうちは自分のやりたいことがどこにあるのかを探すのに時間がかかります。最初の頃は結局自力ではわからなくて、詳しい教員に尋ねるということがしばしばありました。

 

また、この階層構造のおかげで、次に別の階層にある機能に移行するときは、元の階層の一番上まで戻って来てからでないと次の機能に移れません。これが結構面倒で、慣れないうちは"迷子"になってしまうことがしばしばありました。なんとかここは"平行移動"できるように改善してもらいたいと思います。

 

③ 再生トラブル

インターネット上にあるファイルを直接視聴するのではなく、ロイロのサーバー上で整理されたファイルを見るので、しばしば再生トラブルが起こります。

 

一番多くて困ったトラブルが「ファイル飛ばし」です。英語科では教材のほとんどをビデオファイルのカードにしていましたが、複数のビデオ・カードをつなぐと、次のカードが飛ばされるという現象が多発しました。同社に連絡してトラブルを確認してもらいましたが改善しなかったので(2020年6月末現在)、応急処置としてすべてのビデオ・カードの間に「捨てカード」をはさみました。そうしたところ、ちょうど良く(?)その捨てカードを飛ばして次のビデオ・カードに飛んでくれました。

 

次に多かったトラブルが、勝手に再生スピードを変えてしまうというトラブルです。これもビデオ・カードでのみに頻発した現象です。同アプリでは生徒が自分で再生スピードを標準以下や標準以上に変えることができます。ところが、何もしていないのに「2.5倍」になってしまうことが頻発しました。これも今回の利用の最終時点(2020年6月末)では改善されませんでした。

 

④ ファイル容量

ロイロノートは元々テキストや図版でカードを作成することを想定したものなので、長時間の動画を再生することにはあまりうまく対応していません。したがって、YouTube ならサクサク動くような動画でも、ファイルサイズを下げてからアップロードする必要があります。

 

4月の準備段階で生徒に10分程度の動画を見させて再生状況を確認したところ、同じ動画でも30MBサイズくらいのファイルならほとんど全員が見られたのに、120MBサイズくらいのファイルだと「映像が止まってしまう」というトラブルが比較的多くの生徒から報告されました。

 

10分くらいの教材をスライド動画やビデオで作成してハイビジョン(1920×1080p)のMP4にすると、約500MB~700MBくらいになり(すべてビデオだと1GBを越えます)、多くの生徒から通信障害の報告を受ける受ける可能性があります。そこで、ネット上のフリーの ビデオ・コンバーター(Online Video Converter)でビデオファイルの圧縮を行いました。たいていは、オリジナルのハイビジョン動画を約20分の1のサイズ(480-360p)に下げました。これだとかなり画像が落ちて、きれいな画像を見慣れている目には違和感がありますが、文字が読めないほどではないので、生徒にも事情を説明して我慢してもらいました。いずれはきれいな動画を見せられるように改善してもらいたいと思います。

 

<教員アンケートの結果より>

勤務校の研究部は、7月にロイロノートの指導に関するアンケート(教員向け、生徒向け)を実施しました。その結果が校内研究会で披露されたので、教員向けアンケートの中から「課題」の主な意見をいくつか紹介します。

 

・生徒によって取り組みにばらつきがあり、それを把握しにくいこと。

・ロイロ拒否反応が出ている子はほとんどの課題を出せていないこと。

・個別の質問が多く寄せられていて、定期的に確認しなくてはいけない点。

・技術的なトラブルが多い。

・教師・生徒双方の負担(長時間画面を見続けること等)が大きい。

・使用するプラットフォームによって使用方法が大きくちがい、それらへの対応に大きなエネルギーをとられたこと。

・生徒一人一人の表情とタイムリーな反応やクラス毎の授業の空気感がわからない。

・週7日、24時間ロイロに追われているような気がすること、準備に膨大な時間がかかること。

・デバイスによって見られる・見られないということがあったこと。

 

「9. 新たな利用法の可能性」

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