70. 寄り添う(運動会に向けて①)

【きっかけ・ねらい】

今回の話は、休みがちな生徒と他の生徒との間の気持ちの“溝”を少しでも埋めようと企画したものです。自分のクラスには3人の休みがちな生徒がいるのですが、夏休み明け初日は3人とも教室で過ごしたものの、その後は徐々にまた欠席や保健室登校の状態になりました。一方、9月中旬には運動会が予定されており、生徒たちはそれに向けて一生懸命練習をしていました。そうした中で、休んでいる生徒とその事情がわからない他の生徒との間で気持ちのすれちがいが起こっていることがわかりました(特に、1年半ほど前から保健室登校をしているAA子からは、「みんなは自分が運動会の練習にだけ出ることを良く思っていないようだ」という話を聞いていました)。せっかく夏休み明けに登校できた生徒がそれが原因の1つでまた長欠になってしまう恐れがあり、他の生徒も来るか来ないかわからない仲間のことを考えながら練習することにストレスを感じていたのようなので(本校の運動会は個人種目が一切なく、すべて団体種目であるため)、両者の気持ちをそれぞれ和らげる指導が必要だと考えました。

 

そのような時に、その日の全校集会で校長先生がご自身の夏季行事に参加された時の感想として、「目標を達成できなかったという生徒の気持ちに寄り添うことができなかったのが反省です」とおっしゃったことを受けて、その「寄り添う」ということをキーワードにすると、クラスの残りの生徒の気持ちにスーッと入る話ができるのではないかと考え、その日のうちに話をすることにしました。

 

【手順・工夫】

今回の話は微妙な内容を含んでいたので、話す前の準備は細心の注意を払って行うことにしました。まず、AA子の気持ちを確認して方向性を確認することにしました(BB男とCC子は欠席で未確認)。次に、話をスムーズに進めるために事前に運動会のリーダーたちと相談して、彼らの理解を得ながら最も良い方法を探ることにしました。そして、決まったことを担任の口からクラス全体に話して理解を求めることにしました。

 

実際の話としては、件の校長先生の話を利用して生徒の関心を引きながら核心の話を持ち出し、その後は伝えたいことを一気に話すことを考えました。ただし、今回は生徒同士の人間関係がからんでいるとはいえ、「いじめ」に相当するようなことではなかったので、残りの生徒の気持ちも十分に汲んだ話になることを目指しました。

 

【実際の会話】9/7

T:金曜日のホームルームアワー(HRH)は…、運動会の練習は何をやったの?

S:パフォーマンス!

T:えっ? 

A子(パフォーマンス・リーダー):チーム別練習だったからです。

T:(あわてて)あっ、そうか! ごめん、忘れてた。競技の練習じゃなかったね。

S:(うなずく)

T:いやあ、あの日は本当にいられなくて申し訳なかったね。実は、先生は朝からものすごく調子が悪くて、通勤途中で2回電車を降りたくたらいだったんです。

S:(驚いた顔になる)

T:リーディング・ショー(英語の音読発表テスト)はなんとかやったんだけど、もうどうにもならなくて…。午後は休みをもらいました。

B子:ええ~っ! そんなに悪いなんて、全然わかりませんでした。

T:まあ、なんとか授業中はそういうそぶりを見せなかったからね…。

S:(数名が顔を見合わせて何か言う)

T:もう大丈夫だから、安心してください。まあ、先生もたまには調子が悪くなることがあるっていうことで…。

S:(どう反応していいかわからない様子)

T:それにしても、今日の校長先生のお話もとてもよかったねえ。それから…、さっきC子さんが言ったこととまったく同じことを先生も思っていました。

C子:(キョトンとしている)(※C子は終礼時の「今日の反省」で、教室で校長先生の話を聞いていたときのみんなの様子を「温かい雰囲気で聞けていてよかったと思います」と述べていた。実は、担任も同様に感じて、そのことにふれようと思っていた)

T:まあ、全校集会で校長先生のお話を聞く態度としてはどうかなという気もしました が…。(※校長先生の話は背筋を伸ばして黙って聞くという約束であるが、この日はなぜか校長先生の話のあちこちでその内容に感心したり驚いたりする声を上げ、そうした気持ちを共有できたことを楽しんでいるような様子があった)

C子:(こちらの言いたいことを理解しているかのように笑う)

T:それはとりあえず置いておいて…、みんなの雰囲気は先生もよかったと思います。

S:(どう反応していいかわからない様子)

T:なんで…、こんな言い方をすると校長先生に失礼かもしれないけど、なんでみんなは校長先生のお話にあんなに反応したの? やっぱり校長先生のお話が面白いから?

S:(数名がうなずく)

C子:ちょうどいい距離感というか…。

T:(C子に)どういうこと?

C子:直接話すには恐れ多くて…。放送で聞くくらいがちょうどいいような…。

T:へえ~、そうなんだあ~。

S:(他の生徒はC子に同意しているわけではなさそうである)

T:まあ、校長先生は本当にお話が上手だからねえ…。8月31日には中学校の先生と高校の先生が集まって校長先生のお話を聞いたんだけど、まず話の入りのところが面白くて、ついつい話に引き込まれちゃったもんなあ…。校長先生、かなり話し慣れていらっしゃると見たなあ…。今度、弟子入りしようと思ってる。(※本校の校長は歴代筑波大学の教授なので、中には中学生向けの話があまり上手でない方もいる)

S:(ニコニコしている)

T:で、その校長先生のお話なんだけど…、最後の方にちょっと先生が後悔なさっているというような発言があったのを覚えてる?

B子:ああ!「寄り添えなかった」

T:(B子に)誰に?

B子:遠泳ができなかった人。(※1年生は7月に4泊5日の臨海学校に行くが、その4日目に約1時間の遠泳があり、引率者の一人の校長先生もその遠泳に参加された)

T:そうだったね。校長先生はご自分が遠泳を完泳できて良かったけど、できなかった人の気持ちに寄り添えなかったのが残念だったとおっしゃってたね。

S:(数名がうなずく)

T:その意味で言うと、みんなも今“寄り添う”ことができる人がいるんじゃない?

S:(数名が「ハッ!」として欠席者の机を見る)

T:そうですね。AA(AA子の愛称)…、ああ、こういう時はちゃんとAA子さんと言わなきゃいけないな。AA子さん、BB男くん、CC子さんは、それぞれの理由で学校に来たり来なかったり…。教室に来たり来なかったり…。みんなは偉いから、理由を詮索したりしないよね。先生もはっきり言わないし…。でも、そのせいもあって、運動会が近い今は、みんなの中にも「あの3人は何やってんだ?」みたいな気持ちはないだろうか? 「出るのか、出ないのか?」みたいなものも…。ただ、それももっともだと思う。チームプレーしかない、うちの運動会は一緒に練習してないとダメだという部分もあるからね。

S:(真剣な顔で聞いている)

T:ただ、これだけは知っていておいてほしいんだけど、3人もみんな運動会に出たいと思っている。特に…、AA子さんとは今日も話したんだけど…、そう思っている。一方で「みんなに申し訳ないないなあ…」「自分が迷惑をかけているんじゃないか?」とも思って、悩んでいる…。

S:(真剣な顔で聞いている)

T:そこで、AA子さんと午前中に話し合って、出る競技と出られない競技をはっきりさせることにしました。つまり、練習しなかったり急に休んだりしたら、チームに迷惑をかけるんじゃないかっていう競技はあきらめて、そうじゃない競技に出るって。

S:(数名が「へえ~」という感じでうなずく)

T:具体的には…。

B子:パフォーマンス?(※1~3年の縦割りクラス、約120人で行うダンス)

T:そう。あれは彼女も踊りをマスターしているって言っているし、夏休みや金曜日の練習にも参加してたよね?

S:(うなずく)

T:それから、「走れ!ありんこ」(2・3年女子によるタイヤ奪い)。これも一人でも人数が多ければ助かるからね。

S:(女子の多くがニコニコうなずく)

T:一応、それを昼休みにリーダー6人と相談してOKをもらいました。そうしたら、リーダーからアルプス(「アルプス一万尺」=3年男女による棒登り)は、AA子さんは元々棒を支える役だから練習なしでもできるので、それはどうかっていう提案があって。(※最終的にAA子は「クラスリレー」にも参加した)

A子:(うなずく)

T:それをさっき彼女に伝えたら、「喜んでやります」って。

S:おおお~!

T:あと、BB男くんとCC子さんのことがあるけど、それぞれ事情がちがうから、2人と話をして話が進んだら、また提案します。

S:(「わかりました!」というようなすっきりした顔でうなずく)

T:まあ、リーダーと話をしていたときもD子さん(クラス・リーダー)が言ってたんだけど、「中学校最後の運動会だから、全員が『よかった』と思える運動会にしたい」

  ってね。それには…、みんな自身もいっぱいいっぱいかもしれないけど、休んでいる3人の気持ちに寄り添ってもらえると、先生としては嬉しいなと思います。それは何も3人のためだけじゃなく、みんなのためでもあると思います。

S:(真剣な顔で聞いている)

T:では、これでおしまい。

 

【こぼれ話】

今回の話は微妙な話題を含んでいたので、どの程度の内容を話すか、話し始める直前まで迷いましたが、結果的にはある程度細かいところまで話してよかったのではないかと思いました。なぜなら、リーダー6人(チーム:2人、パフォーマンス:2人、クラス:2人)はその後の練習や役割分担で3人のことを配慮した内容を話し合っていましたし、別件で進んでいる学級委員による席替え案でも3人のことが明示的に配慮されていたからです(本校では席替えの原案を学級委員が作成する慣習がある)。また、その内容はAA子、BB男、CC子にも話し、クラスメートがそれぞれの気持ちに配慮してくれているという事実があることを伝えたところ、3人とも少し安心したようでした。

 

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