68. 私の賞状(卒業式前日の話)

【きっかけ・ねらい】

この話は、1年以上も前から卒業式の日の終礼で話そうと準備していたものでした。しかし、過去の経験から、卒業式当日の終礼は生徒が話を上の空で聞く可能性があったので、少し前から卒業式の前日に話すことに決めていました。

 

話の内容はたわいのないもので、生徒への直接的なメッセージは卒業後も学級担任であった私のことを忘れずに、時節の挨拶状を送ったり進路に関する報告をしたりしてほしいというものでした。しかし、その裏のメッセージとして、お世話になった人への感謝の気持ちを忘れてはいけないということを刷り込もうと思いました。

 

【手順・工夫】

いつものことですが、大切なことを効果的に伝えるための導入部の話を準備しました。そして、その話をすることによって、生徒への惜別の気持ちと卒業後の心の持ち方へのメッセージを込めることにしました。

 

【実際の会話】3/14

S:(おしゃべりをしながら、互いの卒業アルバムに寄せ書きをし合っている)

T:それではですね…。ちょっと、書いている人、読んでいる人、いいですか?

S:(ほとんどの生徒が書くのをやめ、体を前に向けて顔を上げる)

T:おそらくね、明日、卒業式の日は朝からバタバタしているし、たぶん帰りもね、みなさんはウキウキして、次の「卒業を祝う会」があってたぶんそわそわしていると思うので、私の話を落ち着いて聞いてもらえないだろうから、これから先生の話の最終回におつきあいをしてください。

S:(「聞く準備はできている」という表情でこちらを見ている)

A男:先生、B男くんの誕生日スピーチがまだですけど。

S:(ざわつき始める)

T:誕生日スピーチ、やってもらう?

S:(数名がB男をはやしたてるようにさわぐ)

T:この間のね、「卒業宣言」を誕生日スピーチに兼ねちゃおうと思ったんだけど…。

A男:(からかうような顔でB男を見ながら)いや、考えてますよ。

B男:(首を横に振って)いや、いいです。

S:(笑いが起こる)

T:じゃあ、B男くんの誕生日スピーチは「卒業宣言」を言ってもらったから、それに替えさせてもらいましょう。それでね、あと1日で中学校生活も終わりですけども…、というふうに改めて確認したときに、みんな今、どういう気持ちですかね?

S:(何か言いたそうであるが、具体的な発言はなかなか出てこない)

C男:(何か言っている)

T:うん? 何?

C男:あまり実感がないです。

T:あまり実感がない?

C男:中学を卒業すると言ったって、高校に行くだけだし。小学校から中学校のときは全員変わりましたけど(中学校外部の生徒なのでこの発言が出た)、中学から高校のときは仲間もそう変わらないし。中学を卒業するって言っても特に変わりません。

T:まあね、中学から高校に行くだけだっていう見方もあるね。他にどうでしょうね?

S:(反応はない) 

T:先生自身のことを言いますとね、さっき小林先生とね、「なんか、みんなが卒業するっていう実感が全然無いね」っていう話をしていたんです。で、「それはなんでだろうかな。年を取ったからかな」とかいう話をしていたんだけど、なんでだかちょっとわかりません。昨日もね、AA先生(英語科主任)から「どうだい、肥沼さん。明日でみんないなくなっちゃうね」って言われて。「いやあ、なんかいなくなっちゃうっていう気がしないんですけど」って答えました。

S:(嬉しさと寂しさの入り交じったような顔をしている)

T:結局ね、なんでだかわからないんですが…。そうそう、明日のこの時間にはもうみんなはここにいないわけですけど…。

S:(驚いた顔で時計を見る)

T:そんな感覚が全然ないんです。また、来週になるとみんながひょいと来るのかな、

 というくらいのね、そんなつもりでいます。

S:(寂しさをにじませた真剣な顔で聞いている)

T:それで、先程も言いましたように、最後にちょっと話をさせてもらいたいなと思っているのですが、いろいろ考えてきてね、手帳にいろいろ書いて覚えてきたつもりなんだけど…、(手帳をめくる)あの~、忘れちゃったんで、チラチラとRead and Look up(英語の音読の手法の1つ)で話をさせてください。

S:(「聞く準備はできています」という真剣な顔)

T:あのね、これまでね、明確に「先生の話は長い」とか言われたり、あるいは心の中で思われたりしつつ、いろいろな話をみなさんにしてきました。

S:(どう反応していいかわからず戸惑っている)

T:で、なんでそんな話をしてきたかっていうと、一言で言ってしまえば、このクラスにいるみんながね、「ああ、5組になってよかったな」と思ってもらえること。そして、「5組にいて安心できたな」って思ってもらえること。それに自分として何ができるかなということを考えたときに、自分のやれることはそういう話だなと思って話をしてきました。実は、かなり計画的に話をしていたんですけども、そんなことをしたのはこの学年が初めてです。それまでは行き当たりばったりで話をしていたように思います。で、みんなの中には「長いな~」とか「また先生の長話が始まったよ」と露骨な顔をした人がいたこともありますけど…(笑いながら見回す)

S:(どう反応していいかわからず戸惑っている)

T:でも、私自身は何一つ無駄な話をしたつもりはありません。話が長くなるのはどうしてかっていうと、導入の話をいろいろ考えるからなんです。いきなり核心の話だけをしてもみんな聞いてくれないかなと思う時は、くだらない話から入って、みんなが聞きそうだなと思ったところで核心の話を入れる、なんていうパターンの話をしていたので、少々長めになりました。じゃあ、卒業を前にした君たちに何を話そうかなと考えたときに…、正直何も話すことはありません。

S:(驚いた顔になる)

T:というのは、今まで自分の話したいことを全部話してきてしまったということもあります。それから、有名な人が卒業式のときにこんな素晴らしい話をしたというのがあるんだけど、先生はどうもバカなんだな。そういう上手い話が思いつかないので、最初からあきらめました。

S:(少し緊張がほぐれてきたような表情)

T:で、今日最後の話にしたいのは…、これまではみなさんのためになるかなと思う話ばかりをしてきたので、今日は先生からみなさんへのお願いを最後の話とさせていただきたいと思っています。

S:(「何だろう?」という関心のある顔になる)

T:で、そのお願いというのはですね、実は私、1つ欲しいものがあるんです。漢字で書くと2文字なんですけど…。(黒板に「○○」と書く)何だと思いますか?

D男:(何か言ったが聞き取れない)

S:(数名の生徒が笑う)

T:え? 何? 

D男:何でもないです。

T:ついでだから言って。

D男:何でもないです。※後で本人に尋ねたところ、「百万」と言ったとのこと。

T:何でしょう? 何だと思いますか? 欲しいもの。

S:(反応はない)

T:では、ヒントを出します。このヒントでわかるかな? ヒントは「E男」くんです。

E男:(いきなり名前を出されて驚いている)

F男:野球。※E男は野球部主将。

T:野球? ちがう。

G男:E男くん。

S:(笑いが起こる)

T:E男くん? おお、いいね。息子に欲しいね。

E男:(ニコニコ笑っている)

T:ええと、第2ヒント。第2ヒントはね、ええと、H子さんとI子さん。

H子・I子:(名前を出されて驚いている)

J男:(何かつぶやく)

T:J男くん?

J男:賞状?

T:賞状!そのとおりです!(黒板の○○に「賞状」と書く)私、賞状が欲しいんです。

 で、なんでかと言うと、私ね、今まで50年間生きてきてますけど、賞状って一度ももらったことがないんです。

S:ええ~!

T:ホントに。

K子:卒業証書は?

T:卒業証書? あれは「証書」で賞状じゃないでしょ。賞状はね、一度ももらったことがないんですよ。E男くんがもらった「体育優良生徒」っていうのは、中学校でもらう賞状の中で最も名誉な賞状なんです。あれをもらえるのは学校で男女一人ずつなんですね。その賞状をもらったE男くんがこのクラスにいるのはとても嬉しいです。

E男:(ニコニコしている)

T:それから、H子さん、I子さんは昨日技術科の賞状をもらったし、K男くんももらいましたよね。K男くんがもらったのはなんだっけ?

K男:あれは作文のです。

T:あれは作文のか。他にも普段からいろいろもらってますよね。そのもらっている人を見ると、いつも「いいなあ~」って思うんです。なんで先生が賞状をもらえなかったかって言うと、要するに自分に才能が無かったからもらえなかったんでしょうね。

S:(どう反応していいか戸惑っている様子)

T:ただ、一方で、私はいわゆる任命書みたいなものはいっぱいもらっているんですね。

 例えば、学級委員の任命書は小学校3年、4年、5年、6年、中1、中3、高1ともらっています。それから生徒会本部役員の任命書。中1の時の書記、中2の時の副会長、中3の時の生徒会長、それから高校2年の時の生徒会の書記。生徒会活動のそういうのをやるところなんかは、いかにも私っぽくて、やりそうでしょ?

S:(数名がニコニコしながらうなずいている)

T:そういうものはもらっているんですが、いかんせん、この賞状というのをもらったことがないんです。そこで、私はぜひみなさんから賞状をもらいたいと思っているんです。

S:(「いったいどういうこと?」という驚いた顔)

T:で、いわゆる賞状をくれって言っているわけじゃないんです。私にとっての賞状は何かって言うと、みなさんが卒業してからくれるお便りです。例えば、年賀状だとか、暑中見舞いとか。それから、大学合格しましたよとか、就職しましたよとか、結婚しましたよとか、みなさんのこれからの人生の節目節目のときにですね、その時に先生のことがふと思い浮かんだら、お便りをください。もちろん、無理に全員に送れなんていうつもりはありません。

S:(ニコニコしながら聞いている)

T:そうしたら、それを見て…、これでお酒が飲めれば…、実は私はお酒が全然飲めないんですけど…、だから私はいつもより美味しい熱いコーヒーをドリップで落としてですね、みなさんの便りを「そうかそうか…」と読ませてもらおうと思っています。それで余裕があれば、返事も書きたいと思います。

S:(ニコニコしながら聞いている)

T:で、なぜそれが私にとって「賞状」なのかというと、例えば、こうやって普段からおつきあいしていて話をしていているとか、また卒業式のときに挨拶をしてくれるとか、そういうことは当たり前のことなんだけど、いざみんながこの場を離れてどこかへ行ってしまったとき…、こんなことを言うのは何だか押しつけるようで、自分で言うのもなんなんだけど、ふと私のことを思い浮かべてもらえれば、それが私の存在意義になるんです。それは私にとって教師としての存在意義の証明であり、みなさんの担任として生きた2年間の存在意義の証明だと自分で思えるからなんですね。ですので、私にとっての賞状というのは、卒業生からもらえるお便りだと思っているので、繰り返しますが、みなさんの人生の節目節目のときに私のことがふと思い浮かんだら、お便りをいただけると大変嬉しいなと思います。そんなものでけっこうですので、ぜひ送ってください。よろしくお願いします。

S:(ニコニコと、しかし真剣な顔で聞いている)

T:ということだけをお話しし、明日は諸連絡程度だけでみなさんをそのまま送り出したいと思います。では、これで最後の話を終わります。

 

【こぼれ話①】

今回は最初から「最後の話」と断っていたこともあり、生徒全員が最初から最後まで穏やかな顔で集中して聞いてくれました。また、直後に行った通知表配布を兼ねた個人面談も全員と和やかに話ができ、その中の何人かは私のこれまでの「終礼の話」に関する好意的な感想や今回の話に出てきた「賞状」を送ってくれる約束を述べてくれました。

 

【こぼれ話②】

翌日行われた卒業式は、私がこれまで出席した卒業式の中で最も感動的な式になりました。その理由の1つとしては、次のような事実があったからでした。

・生徒全員が厳粛な式を行うために真剣に臨み、期待どおりに大きな声で返事をした。

・呼名役の学年主任のBB先生が呼名の途中で何度か声をつまらせた。

・送辞を読んだ2年生代表の男子が所々で涙声になった。

・素晴らしい内容の答辞を読んだ3年生代表の男子が途中から最後まで涙声になった。

 

私は、式場の前方左側にある担任団席でビデオ撮影をしながらそれらを聞いていましたが、感動的な内容を涙声で語った委員長の答辞を聞いていると、それまでずっと我慢していた私の頬にも一筋の涙が流れてしまいました。それは他の担任団の先生方も同じでした。

 

そして、卒業式後の終礼では、学年主任のBB先生からサプライズ企画がありました。それは、学年主任から各学級担任への表彰状の授与というものでした。BB先生が生徒の前で私に手作りの賞状を読み上げてそれを私にくださったのです。前日の私の話をBB先生はご存じなかったはずなので、それはまったくの偶然の出来事であり、生徒達も私が「賞状」を初めてもらう姿を嬉しそうな顔で見てくれました。

 

こうして、私のBB学年5組の生徒に対する「終礼の話」は終わりました。次年度は学級担任がないので、しばらくは生徒に終礼の話をする機会はありませんが、次に担任をもったときにどのような話をするかをじっくりと考えていきたいと思っています。