66. 「いのち」の劇画

【きっかけ・ねらい】

この話は、一昨年の5月に「こんな私の読書の勧め」というタイトルで考えてあったものをこの時期に合わせて焼き直して話したものです。実は、その時点で話す機会を逸してしまったので、いつかは話そうと思って機会をうかがっていたのですが、他に話したいことがあったので、緊急性のないこの話は1年半以上も延び延びになっていました。

 

今回も予定では約1ヶ月前に話すつもりで原稿を準備してあったのですが、なかなかタイミングが合わずに再度延期していたので、この日に思い切って話すことにしました。

 

1月にあった附属高校の内部入学試験で8割近い生徒の進路が決まり、さらに残りの生徒も前日までに全員がどこかしら行く学校を確保できたので(残るは都立高校を第一志望にしている生徒の受験を残すのみになりました)、生徒にも私の話を聞く余裕があるのではないかと思ったということもこの日に話をした大きな理由の1つでした。

 

【手順・工夫】

1年半以上前に考えた話は、教室に置いてある「学級文庫」(「新潮文庫の100冊」のうちの33冊)を積極的に読ませるためのものとして考えたものでしたが、話す時期が卒業間際になってしまったので、最終的な落としどころはまったくちがうものになりました。しかし、そこへ至るまでの導入部は最初に考えたものを流用することにしました。その手順は以下のとおりです。

 ① 学級文庫を示して、学級文庫の利用状況と学級文庫がある理由を話題にする。

 ② 私が学級文庫をなぜ読むようになったかの理由を話す。

  そして、②から自分が生徒に読ませたい本を紹介するという話にもっていく筋書きを考えました。

 

【実際の会話】2/14

T:(学級文庫から選んだ3冊をもって)あのですね、これは学級文庫から持ってきたものなんですけども…、学級文庫ってあそこにあるのを知ってるよね?(教室右前にある本棚を指す)

S:(数名がうなずいているが、多くは反応しない)

T:みなさん、あそこにある学級文庫って読んだことあります?

A子:この間、読書の時間のときに読みました。

S:(残りの生徒は関心がなさそう)

T:今まで3年間で、一度でもあそこにある本を読んだことがある人はどのくらいいますか?

S:(半分くらいの生徒が手を挙げる)

T:あっ、そう。そんなものですか。え~と、今ですね、私が読んだことのある本を3冊持っているんですが…、この「注文の多い料理店」と「雪国」と「ありがとう大五郎」ですね。

S:(全員の関心が少し上がって、ほとんどの生徒がそれらの本を見ている)

T:「注文の多い料理店」。これ、非常に有名ですが、あそこに置いてあるものじゃなくても読んだことのある人はどのくらいいますか?

S:(8割くらいの生徒が手を挙げる)※注:作者の星新一は本校の卒業生。

T:わっ!さすが、人気あるね、これ。「ありがとう大五郎」は?

S:(誰も手を挙げない)

T:ゼロ…。これ、あの~、奇形猿の話ですね。川端康成「雪国」?

S:(誰も手を挙げない)

T:えっ?いないの? 

B男:「トンネルを抜けると…」ってやつですよね。

T:うん、それ。わ~!この古典的名作、いない? そんなもんかあ…。

S:(数名が何か言っている)

T:えっ?何?

C子:D子さん。

D子:(小さく手を挙げてニコニコしている)

T:おおっ!D子さん!オンリー・ワン!

E子:オンリー・ワン!

T:あのね、なんでこの話をしているかって言うと、たまたま昨日ね、図書委員にね、「おい、ちょっと足りなくないか?」ってね。今、18冊しかないんだけど、本当は33冊あるはずなんですよ。

S:(驚いて笑っている)

T:いや、元々、このクラスに来たときに33冊ありませんでしたので、みなさんがそこまで無くしたとかいうことではないんですが、この間見たときには…、ぼくはこの中で5冊読んだことがあるのでわかるんですが…、この間あったなと思う本が1冊ないんだ。「十五少年漂流記」がないんだけど。

B男:それ、俺も読んだよ。

T:でね、なんでこの話をしているかって言うと、みなさん、これがなんであそこにあるかって知ってますか?

S:(反応はない)

T:聞いたことない? 図書委員。(図書委員のF子を見る)

F子:聞いたことありません。

T:聞いたことない…。(次に、図書委員のG男を見る)

G男:(すでに警戒してつっぷしている)

T:G男くん、指されるなと思って、もう逃げているな?

S:(笑いが起こる)

T:G男くん、知ってる?

G男:(顔を上げて)なんか、確か、寄付された。

T:寄付された!すごい!そのとおり!

G男:(ホッとして苦笑いをしている)

T:これは…、みんな新潮文庫、新潮社を知っていますよね? あの新潮社の社長さんが寄付してくれたものです。もう10年くらい前ですけども、「新潮文庫の100冊」っていう、小学生、中学生くらいの人に読んでもらいたい100冊っていうのを新潮社で厳選して、100冊のセットがあったんですね。どんなきっかけだったか覚えてないんだけど、社長さんがうちの卒業生だったかどうかわからないんだけど…、何かのきっかけで100冊の5セットを寄付してくれたんだ。それを33冊ずつ1年から3年までの各教室に置きましょうっていうことで始まったんですね。数年前まではこれをちゃんと管理していて、足らなくなったら学級費で全部そろえるということになっていたんだけど、どうもここ1、2年それが行われていないようで、ちょっと寂しいなって思っています。ただね、そういうことで置いてあるってことだけは知っておいてください。

S:(あまり関心が無さそうで、約半数が飽きた顔をしている)

T:私がね、あそこに置いてあるものを読み始めたのには理由がありまして、今大学1年生の連中が1年生のときに、うちのクラスに「私は3年生になったら図書委員長になるんだ」って言って図書委員に立候補した女の子がいたんです。で、実際に図書委員長になったんですけど…。だから、3年間、6期ずっと図書委員をやった女の子だったんですけど…。その子がね、クラスの生徒にも読んでもらいたいって、終礼のときに「この本を知っていますか?」とか「この本、面白いから読んでみてください」ってよく紹介してくれていたんです。その影響もあって、「そうか、じゃあ、俺も読んでみようかな」って読み始めました。で、この間どのくらい読んだかなって数えてみたら、1年生のときにあった文庫が14冊。それは当時ぼくがクラスで2番目に多かったんですけど。それから、2年生のときが9冊、3年生のときが5冊。

S:(だいぶ飽きてきたのか、ポカンとしている)

T:それでね、人に勧められると、「そんなもんかな」って読むという経験をしました。そんなことでね、読書が大好きなみなさんに、中学生のときにあまり読書が好きではなかった私が言うのもおこがましいのですが、今日はみなさんに紹介したい本を2冊 ってきています。それはこれなんですけども…。(該当の本を手に持つ)

S:(急に関心が高まって、全員がその本を見る)

T:1冊は「犬を飼う」、もう1冊は「どんぐりの家」という話なんです。たぶん、誰も知らないと思うんですが…、「犬を飼う」っていう本を知ってる人います?

S:(誰も手を挙げない)

T:いませんね。「どんぐりを飼う」…、いや、「どんぐりの家」。

S:(緊張感がゆるんだのか、爆笑になる)

T:(自分も笑いながら)「どんぐりの家」知ってる人?

S:(誰も手を挙げない)

T:はい、いない。実は、この2冊には共通点が3つあります。まず、見かけ。実は…、(2冊を生徒側に向けてパラパラとめくる)

S:(少し驚いた顔をする)

T:はい、何ですか?

S:マンガ。

T:マンガ。はい、見かけはマンガです。ただ、この作者たちはこれを「マンガ」だとは呼ばずに、これは「劇画」だと呼んでいます。では、「マンガ」と「劇画」のちがいは何だって言われるとよくわかんないんですが、その人たちが言うには、「マンガ」っていうのは絵が主体で表すもので、「劇画」っていうのは元のストーリーがあってそれに絵を付けたようなものだそうです。

B男:(話に飽きたのか、しきりにとなりの女子と話をしている)

T:2つ目の共通点は、この…、(隔週刊誌「ビッグコミック」を手に持つ)私が30年前から愛読している、「ビッグコミック」というマンガ本に載っていました。30年前から私はこれを月2で買って読んでいます。読み始めたきっかけは、もう亡くなったオヤジが電車の網棚から持ってきて、それを読んだら面白かったので、それからずっと読んでいます。以来、ずっと買って読んでいます。私は電車から持ってきたりはしていませんよ。

S:(ニコニコしながら聞いている)

T:けっこう有名なのが載ってるんですよ。(最初のページを見せる)「ゴルゴ13」。

S:(なぜか笑いが起こる)

T:もう40年以上も連載されています。来年あたりにハリウッド映画になるそうです。 あとね、去年ね、夏にね、映画になった話も載っていたんだよ。(ページをめくりながら該当作品の広告を探すが見つからない)載ってないなあ。(同じ作者のページを見せて)この絵を描いた人が作ったんだけど…、医者の話で、名前をど忘れしちゃった…。

H子:「神様のカルテ」?

T:「神様のカルテ」!

S:ええっ!うそ~!

T:あれね、ちゃんと原作本があるでしょ?

H子:(うなずく)

T:でもね、これに連載されて、とても人気が出たんで、映画になったんですよ。

H子:ええっ!そうなの~?

T:ほかにもね、いろいろドラマや映画になった作品が載ってるんです。別に、みんなに読んでくれっていうわけじゃありません。2つともこれに載っていたっていうのが2つ目の共通点。3つ目の共通点は、2つとも「いのち」をテーマに扱っていることです。

S:(再び急に関心がない顔になる)

T:実は、私、みんなにもこれを読んでもらいたいと思って…。担任している学年のときは毎回、3年生のときにこれを学級文庫のところに置いています。別に強制ではありませんが、興味があったら読んでみてください。ちなみに、「犬を飼う」っていう本は谷口ジローさんという人が原作で、谷口さんはその年に日本漫画大賞を取って、数年前にはこの本が評価されてフランスで勲章をもらったんですよ。こちらの「どんぐりの家」というのは、私が最初に務めた学校のある埼玉県の毛呂山町というところに実際にある施設の話なんです。このマンガのおかげで、そういう施設に対する認識が高まったということです。で、置いておきますから、ぜひ読んでみてください。

S:(関心がありそうな顔をしている)

T:でも、そんなふうに言うと、「えっ、そんなものを読んでたら、取り上げられちゃうんじゃないか」って思うでしょ?

S:(うなずいている)

T:なので、取り上げられないように、ここに(表紙を指す)私のお願いが書いてあります。読みます。「先生方へ。これはただのマンガではなく、私が生徒に推薦した劇画です。条件内であれば取り上げないでください。」と書いてあります。

S:(ニコニコしながら聞いている)

T:その「条件」を言います。その1、家に持ち帰らないでください。学校で読んでください。その2、授業中に絶対読まないでください。

S:(笑いが起こる)

T:授業中に読んで取り上げられたら、その取り上げられた人に弁償してもらいます。

S:(緊張感が走る)

T:それを守ってください。それで、もし読み終わったら、ぜひ感想を聞かせてもらえたら嬉しいです。

S:(話を聞くのに疲れてきて、そわそわしている生徒が多くなる)

T:では、なぜこの時期にみんなにこれを読んでもらっているかというと、テーマが「いのち」だからですが…

S:(急にざわつき始める)

I子:揺れてるよ。

S:(さらにざわつきが大きくなる。「地震だ!」の声があがる)

T:ほんと?(天井を見ると、吊り下げタイプの蛍光灯が揺れている)ほんとだ!

S:(ゆっくりした横揺れに大騒ぎになる)※後に震度3の地震であったことがわかる。

T:(揺れが収まり、騒ぎが静まるのを待って)じゃあ、これでもう終わり。これを読んでもらうとね、今みんながかかえている青春時代の悩みとか…、まあ、それも大切な悩みなんだけど…、そういったものがちっぽけな悩みなんだって、もっと大事なことがあるっていうか…、それに比べれば、今悩んでいることなんかたいしたことじゃないんだって思わせてくれるような本です。ここに置いておきますから、ぜひ読んでみてください。はい、じゃあ、終わり。

 

【こぼれ話】

今回の話は、その日に話さなければならない緊急のものでも、行事などの生徒が直接関係することでもなかったので、生徒の興味・関心を引きながら話すのに苦労をしました。また、久しぶりにこのような話をしたこともあって、満を持して話したわりには、上手に話せなかった印象を持ちました。後から考えてみると、導入部の話は元々ちがう目的の話のために用意したものだったので、固執しなければよかったと思いました。

 

ただ、それらの本を紹介した価値はあったようで、多くの生徒が実際に目をとおしてくれ、そのうちの何人かは読んだ感想を自分から言いに来てくれました。

 

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