63. ドラマのシナリオのような話-教員生活最良の日?-

【きっかけ・ねらい】

今回の話は、自分の誕生日の日の終礼で話そうと数日前から考えていたものです。前回の話(「62.先生が不機嫌な顔をしていたのに気づいていたか?」)が生徒の態度を厳しく叱るものだったので、今回は少しやわらかい話ができないかと考えて企画しました。幸いにも、【実際の会話】にもあるとおり、生徒の方からサプライズ企画として担任の誕生日を祝う“催し物”がその直前にあったので、その流れに乗らせてもらうことにしました。もっとも、そのお陰で当初考えていた話の流れとは大分ちがう雰囲気の話になりましたが…。

 

【手順・工夫】

今回の話では、自分が54歳になったということをクイズのような形で生徒に示せないかと考えました。その時にたまたま頭に浮かんだ「君たちの指導に四苦八苦している」という言葉から、四×九(苦)が36で、八×九(苦)が72、両方足せば108で、それを半分に割れば54だということに思い当たり、それを利用して話そうと思いました(我ながら面白い思いつきでした…笑)。あとは、それを少しもったいぶって話せば、自分のクラスの生徒ならかなりの確率で話に食いついてくるだろうと予想しました。

 

【実際の会話】6/○

<場面①:終礼の直前、5組の前の廊下で>

A子:(終礼中なのに、1組から離れた5組の廊下の前にいて)先生、ちょっと相談があるんですが、いいですか?

T:(突然の話に立ち止まって)いいよ。何だい?

A子:英検の2級を受けたんですけど、どうしたらいいですか?

T:(試験は1週間後のはずなので)受けた? 今度の試験受けるの?

A子:あ、はい。

T:試験勉強はしてるの?

A子:はい。でも、文法とか単語とかが難しくて…。

T:そりゃあ、そうだろう。2級はかなりタフだからね。何せ「高校卒業程度」っていうくらいだから。問題集は持ってる?

A子:一通りやりました。

T:じゃあ、今のところはそれ以上のアドバイスはないなあ…。君ならきっと受かるよ。

A子:何とか頑張ってみます。

T:まあ、一次が受かったら、また二次の面接の練習をしてあげるから言って。

A子:はい。ありがとうございます。(担任が歩き出すと一緒に付いてくる)

 

<場面②:A子と一緒に1組の前の廊下で>

B男(学級委員):(後ろのドアに体を半分はさんで立っている)

T:(A男に)お前、何やってんの? 終礼中だろ。早く入んなさい。

B男:まあ、まあ。先生はどうぞ前から。

T:(この時点で初めて何か変だと気付いて、教室の前のドアを開けて中に入る)

S:(一斉にこちらを見てニコニコする)

C子(学級委員):(大きな声で)肥沼先生、お誕生日おめでとうございま~す!

S:(大きな声で)おめでとうございま~す!(続いて大拍手が起こり)イエ~イ!!!

T:(驚いて何も言えない。教室の黒板に大きく"To Mr. Koinuma Happy Birthday!!"と、いくつかのイラストが描かれているのに気づく。口絵参照)

C子:せ~の!

S:♪Happy birthday to you, happy birthday to you, happy birthday, dear Mr. Koinuma...♪

 (Mr. Koinumaの部分がそろわず笑いが起こる)♪Happy birthday to you.♪ イエ~イ!(再び大拍手が起こる)

T:あ、ありがとう…。(言葉に困って)教員生活30年、こんなに祝ってもらったのは初めてです。

S:おおお~!!!(大拍手が起こる)

T:君たちは本当にいい人たちだね。ウ、ウウウ~(右腕を顔にあてて泣くまねをする)

S:おお!?

T:(右腕を下ろして)な~んてね。ウソだよ~ん! 泣くわけないじゃん!

S:な~んだ!

T:いや、でも、本当に嬉しかった。ありがとう。

S:(全員が優しい笑顔でこちらを見ている。しばらく沈黙が続く)

D男(学級週番の司会役):では、他に係から何か連絡はありませんか?

S:(爆笑が起こる)

E男:いきなり戻るのかよ!

S:(再び笑いが起こる)

T:(生徒が終礼に戻ったのを見届けて、教室の後ろに行って立つ)

A子:(一番後ろに座っていて)あ~、先生を引き留めておくの大変だった~!

T:(A子の肩をつかんでもみながら)な~んだ、わざとあんな話をしたのか!

A子:エヘッ!

T:どうりで、あんなところでいきなり英検の話をするなんておかしいと思った。

 (斜め前のB男に)B男は先生が来るのを見張ってたのか!

B男:そうで~す!

 

<場面③:生徒の終礼が終わって>

D男:では、最後に先生、お願いします。

T:(教卓まで歩いて行く。黒板いっぱいに描かれた祝辞のイラストを見て)いや~、今日は本当に嬉しかったなあ。("Too good to be true!"という表現を指して)この表現はそんなに印象的だったかね?  (※前時の英語の授業で教科書に載っていた表現で、「良すぎて本当とは思えない!」という意味)

F男:俺が書きました。(※F男はクラスで最も騒がしい生徒の一人)

T:えっ? そうなの?

G男:でも、F(F男の呼び名)、綴りまちがえたんだよな!

H子:toが抜けてたんです。too~toの文なのに。

F男:文法ミスしました。

T:そうかい。でも、そんなミスなんてどうでもいいわな。こうやって書いてくれたこと自体が嬉しい。

F男:(右腕を突き上げて喜びを表す)

T:じゃあ、せっかくだから…、みんなに誕生日を祝ってもらったんで…、それに関する話をすることにしましょう。

S:(「話を聞く準備はある」という顔をしている)

T:じゃあ、久しぶりに数字を示そうかな…。

S:数字!?

T:う~ん、数字っていうか…。とにかく考えた…、数字が入ったことばを書きます。

S:(固唾をのんで?見守っている)

T:(「私の人生は、」と黒板に書きながら)私の人生は…。

F男:失敗だった!

S:(大爆笑が起こる)

T:(振り向いて、笑いながら)何だって!?

F男:(知らん顔をしている)

T:(笑いながら)今言ったの、誰?

F男:(わざとそっぽを向く)

S:(F男の態度に再び爆笑が起こる)

T:「失敗」なわけはないだろ! 先生は自分の人生を悔いちゃいないからねえ…。

S:(ニコニコしている)

T:でだ。この続きは…(「四苦八苦の」と書いて)四苦八苦の…。「四苦八苦の」と来れば?

C子:連続だった。

T:まあ、そうだろうねえ…。でも、ここはちがう。ここはねえ…。(「半分です。」と書き足して)半分です。

S:(意味がわからないためか、キョトンとしている)

T:「私の人生は、四苦八苦の半分です。」と。さ~て、これはどういう意味だと思いますか?

S:(しばらく沈黙する)

T:さっきさあ、数字と関係があるという話をしたよねえ…。

J男:(ニコニコしながら小さく右手を挙げる)

T:(J男を指して)じゃあ、J男くん。

J男:四掛ける九足す、八掛ける九で108で、半分が54。

S:(意味がわからずシーンとなる)

T:何だって? もう1回言って。

J男:だから、4×9は36で、8×9は72。両方を足すと108で、その半分は54。

S:(数名が「ああ~!」と言う)

T:そのとおり! 「四苦」は四九、三十六。「八苦」は八九、七十二。2つを足して108。その半分で54歳ということ。

S:おお~!

T:たった今考えた話にしちゃ、けっこうスゴイだろ?

S:おおお~!!!(大拍手が起こる)

T:な~んてね。実は1週間くらい前から考えてたんだ。

S:えええ~!!!

K子(学級委員):先生、そんなこと言わなければわからないのに…。

T:そうだよねえ…。でもさあ、先生は嘘がつけない人間だから…。

S:えええ~!!!

C子:(きっぱりと)ついてます!

L男:借金の話、したじゃないですか!

S:(続いて何人もが「借金の話」とか「嘘つき」とか言う)(※「55.先生、ひどいですよ!」参照)

M男:(M男にしてはソフトに笑いながら)先生、あの時、バッチリ嘘つきましたよね?

T:まあ、まあ、まあ、まあ。みんな、まだあの時の話にこだわってるの?

S:こだわってます!

T:ウヒーッ!

S:(笑いが起こる)

T:はい、わかりました。もう勘弁してくれよ。今日はこれでおしまい。(突然あることを思い出して)あっ! しまった! 配り物忘れてた。

S:(気が抜けたようなため息が起こる)

T:(プリントの束を持って)ごめん。ちょうど10日前の日付のプリントを配り忘れてた。

S:ええ~!

T:(配りながら)まあ、「カウンセラー通信」だからいいよね?

N男:先生、そんなこと言っちゃっていいんですか?

T:(「しまった!」と思い、あわてて)あ、いや、その…。「カウンセラー通信」はとても大切なものだから、みんなもきちんと読んでおきなさい。

M男:(穏やかな口調で)先生、困るんですよねえ。うちのお母さん、僕が出すの遅れたってすぐに怒るから…。

T:「肥沼先生が渡すの遅れた」って言っていいから。

M男:(わざとニコニコして)お母さん、信じてくれないんですよ。先生が言ってくださいよ。

T:わかった。いつか言うから…。

S:(担任とM男のやりとりを優しい笑顔で見ている)

T:ということで、今日はこれでおしまい。

 

【こぼれ話】

まず、今回の話はとても楽しい雰囲気の中ですることができました。しかも、各生徒の発言は、文字面からはわからない、穏やかな口調で、優しさに満ちたものでした。おそらくそれは、「終礼の話」に入る前の、生徒達が私にしてくれた誕生日祝いの後だったからということもあったでしょう。その一連の流れの様子は、まるで良質でほのぼのとした学園ドラマのシーンのように感じられました。書き出した実際の発言を読んでも、まるでフィクションではないかと思われるような発言や反応の連続でした。

 

誕生日祝いの企画は、自分がまったく予期しなかったレベルのものでした。それまでの経緯(ある男子生徒が自主的にクラスメート全員の誕生日をその日の終礼で紹介して、みんなでお祝いするという“文化”がすでにできていました)と担任の誕生日が6月○日という覚えやすい日であったことから、この日も生徒から何らかのアクションはあるであろうとは思っていましたが(今回の話をあらかじめ考えておいたのもそのためでした)、まさかあれほど盛大に祝ってくれるとはまったく思っていませんでした。後から聞いた話によると、6限が終わったところで学級委員のC子から「先生の誕生日をみんなでお祝いしよう!」という提案があり、急遽全員が協力して準備をしたそうです。黒板にメッセージを書く役、イラストを描く役、英語の重要表現を書く役、担任を途中で引き留める役、見張りをする役…等々。その時の様子をクラスに配属されていた教育実習生はその日の学級日誌に次のようにコメントしています。

 

「素晴らしかったです。みんなで先生をドッキリさせようと取り組んでいる姿、すごくキラキラしていました!! 先生もあんなにお祝いされたら嬉しくてたまらないでしょうね♪」

 

私にとっては忘れられない、「教員生活最良の日」の1つになりました。生徒達には心から感謝したいと思います。

 

Happy Birthday を歌ってくれているところ

※撮影:教育実習生

終礼の後で(生徒の顔にはボカシ入り)

※撮影:教育実習生