63. こころのひとみ(合唱発表会に向けて②)

【きっかけ・ねらい】

この話は、毎年のことではありますが、合唱発表会へ向けて学級担任としてどのようにかかわっていくかを考えながら話したものです。今年は責任者が決まるまでに1ヶ月近く音楽の時間を費やしたそうでしたが、それが決まってからは選曲もスムーズに行き、練習も意欲的に取り組んでいることが生徒から聞こえてきていました。そこで、2年次のような底上げを図るような話ではなく、生徒が自分たちが選んだ曲を誇りをもってよい合唱に仕上げようとする意欲を一層高めることに貢献しようと思いました。

 

なお、それに加えて、生徒が選曲した合唱曲「心の瞳」の歌詞がその時点で長欠気味になっていたある生徒の心の助けになるのではないかと思い、他の生徒とともにその生徒を支援することに利用することを思い立ちました。

 

【手順・工夫】

今回は事前に最後までを見通した話を計画したわけではなく、その時その時の生徒の様子を見ながら臨機応変に(ただし、何かを思いついたら計画的に)話をしていくことにしました。

 

【状況①】

音楽の時間でいつの間にかクラスの合唱曲が決まったことを担任会で他のクラスの担任から聞きました。また、その先生によると、運動会や学芸発表会にも一生懸命取り組んでいたある女子生徒が合唱発表会について「肥沼先生は今年は私たちを見捨てているみたいです」と言っていたとのことでした。昨年とは異なったスタンスでこの行事に関わろうと思って黙っていたのでそういう発言が出たものと思われますが、自分がこの件に関心を持っていること自体は告げる必要があるようでした。

 

【実際の話①】11/21

T:(保護者向けの合唱発表会の案内プリントを配布して)ところで、クラスの合唱曲は決まったの?

S:決まりました!

T:そう。何ていう曲?

S:「こころのひとみ」(「心の瞳」)

T:「ひとみ」ってどいう字?

A子:瞳ちゃんの「瞳」です。

T:ああ、瞳ちゃんの「瞳」ね。(B子(「瞳」という名前の女子)を見る)

B子:(ニコニコ笑っている)

T:それでどんな歌? 作詞・作曲は誰?

C男:三木たかしです。

T:どっちが? 作詞も作曲も?

C男:そうだと思います。

D男:楽譜で調べてみればいいじゃん。(楽譜を机の中から取り出す)

T:(D男に)どうだって?

D男:作曲が三木たかしで…、作詞は荒木とよひさ。

E子:それって、覚えなきゃいけないんじゃないの? テストに出るんじゃないの?

T:どれどれ。(D男に近づいて楽譜を覗き込む)ほんとだ。作曲が三木たかしね。三木たかしっていえば、いっぱい流行歌を作った人だけど、まさか流行歌じゃないよね?

F子:ちがいます。

T:合唱用の曲だよね?

A子:そうです。(注:実は「心の瞳」は1985年に坂本九が歌った流行歌であった)

F子:1組が1年生のときに歌った曲です。

T:へっ? 2年前に1年1組が歌ったの?

A子・F子:そうです。

T:そうかあ。どんな曲だったか覚えてないなあ…。まあ、みんなが選んだ曲だから、きっといい曲なんでしょう。後でYouTubeででも聞いてみます。では、今日はこれでおしまい。

 

【こぼれ話①】

どうやら私がこれまで今年の合唱曲にふれなかったことを多くの生徒が心配していたようで、終礼で話題にしたところ、みんな嬉しそうな顔で話してくれました。なお、実は「心の瞳」は今まで何度も耳にしたことのある有名な曲であったのに、曲名からはそれを思い出すことができませんでした。

 

【状況②】

前回の話の翌日、授業の空き時間にYouTubeで「心の瞳」を聞いてみました。確かに以前に何度も聞いたことのある曲でした。最初はメロディーだけが気になっていたのですが、いくつかのバージョンを聞いているうちに詩の内容が心に響いてきました。それはちょうどそのときに長欠気味で欠席していたある男子生徒を勇気づけられる内容でもあることに気づいたからでした。実は、直前にその生徒のためにクラス全員で何かをしてあげられないかを話そうとしていたところだったので、それを上手く利用してその男子生徒を支援することにつなげられないかと思いました。そして、クラスの生徒全員にこの歌の素晴らしさをそうした視点からも深く理解させられないかと思いました。

 

【実際の話②】11/22

T:(長欠気味のA男の事情を話した後で)こんな話をした後に…、これから話そうとしていることは唐突な話のような気がするかもしれないけど…、今話したことと決して関係なくはないというか…、おそらくけっこう関係していると思うので聞いてください。

S:(真剣な顔をして聞いている)

T:昨日聞いた合唱発表会の曲だけど、何ていう曲だっけ?

S:(突然それまでの話とは全く関係のない話に少し戸惑って)…「心の瞳」

T:そう、その「心の瞳」。それを決めるのに他にどういう候補曲があったの?

B子:「手紙」

T:ああ、「手紙」ね。知ってる。アンジェラ・アキだ。他には?

C子:「Heiwaの鐘」(注:実際のタイトル)

T:「平和の鐘」? それは聞いたことないなあ。全部で3曲?

C子:4曲です。

T:あともう1つは?

C子:何だっけ?

T:おい、おい。忘れちゃダメだろ。選曲委員、あと1つは何?

D男(選曲委員の一人):「風の旅へ」です。

T:なるほど。それも知らないなあ…。それで「心の瞳」を選んだわけだ。

S:(「自分たちが選んだ曲に何か言われるのか?」という不安そうな顔)

T:「心の瞳」ね、さっきYouTubeで聞いてみました。最初はどこかの中学校の合唱らしく、男子ががなりたてているヤツだったな。

S:(ニコニコして聞いている)

T:聞いた途端、「あっ、これ知ってる。聞いたことある」と思いました。確かに1年1組が歌ったやつかもしれないね。

B子:(うなずいている)

T:でね、次に聞いたのがどこかの合唱団のだと思うんだけど、とてもきれいだったなあ。でもね、何度か聞いているうちに、メロディーよりも詩の方が気になってきた。なんでかっていうと、A男くんのこととダブってきてしまったからなんです。

S:(驚いたような顔で真剣に聞いている)

T:みんなもね、改めて詩をじっくり読んでもらうと先生の言いたいことがわかると思うんだけど、ちょうどその詩がね…、彼を勇気づけられるような内容だなって思ったら、ジーンっときちゃったんですよ。

S:(次のことばに詰まっていると、真剣な顔でこちらを見ている)

T:そのね、詩をね、聞いていたら…、A男くんにもぜひこの曲を歌ってもらいたいって。この曲の詩を読めばきっと元気になる気がするんです。で…、そうなれば全員そろって歌えることにもなるし…。

S:(「この後どんな話になるんだろう?」という不安な顔で真剣に聞いている)

T:それでさっき言ったことなんだけど、明後日、中間考査に彼が来てくれればそれはそれでいいんだけど…。もし来れなかったら、昨日話した「ちょっとお願いがあるんだけど…」ということに協力してもらえないだろうか? 何をしてもらうかということは正直に言って自分の中でもまだ固まっていないんだけど、だいたいこういうことをしたいというのがあって…。まあ、とにかく、そのときにそれは言います。

S:(真面目で真剣な顔をしている)

T:今度の曲ね、改めて言うけど、今回もいい曲選んだね。そういうこともあるんだけど、ぜひとも全員で歌ってもらいたいなあ。A男くんも含めてね。では、今日はこれでおしまい。

 

【こぼれ話②】

今回は話の内容がかなりシリアスなものだったので、生徒は終始真剣な面持ちで聞いていました。もちろん、こちらも楽しい会話をするつもりは元よりありませんでした。

 

冒頭で省略されているA男についての話は、当初は祭日明けの明後日より始まる中間考査が終わってから話すつもりだったものですが、前週の金曜日に家庭訪問をしてA男と話した内容からすると、中間考査の日にA男が登校する可能性があったので、受け入れ体制を作るために話しておく必要があると考えて急遽話したものでした。それは、A男の欠席理由がクラス内の人間関係によるものではなかったので、試験直前であっても他の生徒に動揺を与えずに話せると踏んだからでもありました。ちなみに、A男は予想どおりに中間考査を受験しました。

 

【状況③】

この日は後期中間考査の最終日でした。そこで、約2週間後に迫った合唱発表会に向けてさらなる意欲付けを計りたいと思いました。しかし、その前に気がかりとなっていた授業態度や終礼をはじめとした自主活動の改善を図る話をする必要がありました。

 

【実際の話③】11/26

T:(中間考査を無事終了したことへのねぎらいと今後の学校生活への注意点を約7分間話した後で) で、次なる行事に関係することでありますが…。(合唱曲の歌詞を「拡大くん」で拡大した大判紙を丸めたものを持つ)みなさんの次なる行事は何ですか?

A子:(何を持ってきたかに気づいて)すごい…。

T:次に来る行事は何ですか?

B子:卒業式~!

T:もう卒業式まで行っちゃうのかよ!

S:(笑いが起こる)

C子:そつかん(卒歓=卒業生歓送行事の略称)!

T:卒歓? ちょっと待て!その前にあるだろうがよ!

D子:始業式!

E子:冬休み!

T:お前ら、わかってて先生をからかってるな?

S:(笑いが起こる)

T:(それ以上生徒に付き合うのはやめて)はい、12月に入れば合唱発表会がある。合唱発表会で私がこれを持っていると、これは何かというと?

D子:歌詞!

T:歌詞。

E男(合唱発表会責任者):(拍手をする)

T:(丸めた大判紙を持って)インターネットで調べて作ってきましたが、みんなが選んだ歌詞は…、みんなは基本的には歌詞を楽譜でしか見てないよね?

S:(うなずく)

T:(丸めた大判紙を広げながら)楽譜で見るのとこれで見るのとでは全然違うよ。(とても大きいので一部だけを見せる)それでね、また貼っておけるようにこれ作ったんだけど、後で貼っとくからさ。勝手に持ってくなよ。※昨年度のことを指している。

F子:(昨年度その行為を働いた生徒を見るが覚えていないらしい表情)

T:改めて読んでみると、君たちの選んだこの詩、素晴らしい詩だよね。よくぞ選んだと思う。

G男:選曲委員、偉い!

T:選曲委員、目が高いね。そして、これを選んだ君たちもすごいぞ。1年1組が前に歌ってようが、そんなの関係ない。絶対みんなが歌った方がうまいのはわかってる。

H子:イェ~イ!

T:これね、あとでもう1回見せるけど、インターネットで調べている間に3つのことがわかりました。その1。先生が出した条件は何だっけ?

B子:英語の歌じゃない!

T:英語の歌じゃない。

S:Jポップじゃない!

T:Jポップじゃない。実はその2つ目に引っかかってるの、知ってます?

S:えっ?

T:これ、流行歌なんです、ホントは。

S:(驚いた顔)

T:全然そう聞こえないでしょ? 実は先生も知らなかった。で、聞いてみてもわからなかった。で、インターネットで元は何だろうなって調べたら…。みなさん、坂本九って知ってますか?

S:(ほとんどの生徒が「知らない」という表情)

B子:「上を向いて歩こう」

T:おお、そう。「上を向いて歩こう」の人ね。坂本九の歌なんですよ。ところが、あれだけ有名な坂本九の曲なのに、なぜ流行歌として知られていないか? 理由がある。さて、何でしょう? 誰か知ってる人? 坂本九って言えばなんか知っている人いない? 「上を向いて歩こう」以外。

B子:(「飛行機事故」のようなことを言う)

T:(B子に)今何か言った?

B子:飛行機の事故。

A子:御巣鷹山。

T:飛行機の事故。そのとおりです。みなさん、知ってますか?  1985年に五百何十人が死んだ、日航ジャンボジェット機の墜落事故。あれで、坂本九が亡くなってるんですね。あれが85年の8月のできごとです。この曲は85年の5月に出た曲です。85年の5月に出た曲のシングル・レコード…。みなさん、レコードって言ってわかりますかね?

S:(多くが首を振っている)

T:そのレコードのB面の曲…。B面なんて言ってもわかんないね。いわゆる…カップリングということばは知ってる?

S:(うなずく)

T:そのカップリング曲だったの。ところが、それを本人が聞いてみたら、とてもいい曲なので、「ぼくの今度のコンサートのエンディングの曲に使いたい」っていうふうに考えていたんだけど、事故に遭ってそれが実現できなかったんです。

S:(真剣に聞いている)

T:という曲らしいんですが、後に合唱曲になって、とってもいい曲だっていうんで、今では中学校で歌う合唱曲の定番になっているんだそうです。先生の奥さんも知ってましたよ。「ああ、それならよく合唱コンクールで聞くわよ」って。先生の奥さんは教員じゃないんですけど、「よく聞くわよ」って。「この曲を歌ったクラスはたいてい優勝した」っということもね。それが1つ。2つ目。(丸めた大判紙を再び広げる)これ見て何か気がつかない? ここ(歌詞が2種類あるところを指す)。スラッシュが入っているいるところ。

S:(その部分をみんな凝視している)

T:「それは 生きてきた 足跡/人生があるからさ」というところ。

I男:(後ろのJ男とずっとおしゃべりをしている)

T:I男くん、ぼくよりも面白い話をしないで。

S:(笑いが起こる)

I男:(気まずい顔をして黙る)

T:で、2バージョンあって…。なんでかって言うと、前回、去年ぼくがこれを作ったら、「先生、ここちがってる」って言われちゃったから、また言われるのは悔しいので、そこは先生のこだわりで調べているうちに、ここが「足跡」と「人生」というのと、それが逆のところがもっと下の方にある。「人生」と「足跡」って。で、どっちが正しいのかっていうことがインターネットでも議論されてるんですよ。それでオリジナルの坂本九のを聞いたら、「生きてきた足跡」、それから「歩いて来た人生」。これがオリジナルです。みんなのどっちになってる?

K男(選曲委員の一人):それ(オリジナルのこと)と同じです。

T:そう? 合唱のときにこれがひっくり返っている合唱があって、たぶん…、ひっくり返した方が日本語としてしっくりくるからかもしれませんね。ということで、みなさんが歌うのはそのオリジナルの方ということですね。しっかり歌ってください。3つ目は…、

S:(「まだあるの?」という顔)

T:(歌詞の大判紙を丸めながら)面白いことに気づきました。でも、言いません。

S:(「え~、ずるい~」という顔)

T:来週みなさんはHRHのときに歌うよね? それを聞いてから話します。3つ目は何だと思いますか? 面白いことに気づきました。ヒントは「聞いていて気づいた」というものです。(歌詞の大判紙を丸め終わって)じゃあ、今日はこれでおしまい!

 

【こぼれ話③】

今回の話はボイスレコーダーによると約7分でしたが、その前に約7分間の生活態度に関する話(実際には説教)があったので、どのくらい生徒の中に落ちたかわかりません。ただ、説教と楽しい会話は普段から切り替えをしっかりしているので、後半の話で生徒が選んだ曲がどのような経緯の曲であるかということは伝えられたと思います。

 

また、件の大判紙(90㎝×120㎝)に印刷した歌詞は放課後に黒板の右側にある掲示板に貼って、次の日から常に生徒の目に触れるようにしておきました。

 

【状況④】

この日は合唱発表会のちょうど1週間前だったこともあり、HRHで学年合同の中間発表会がありました。そこで、かねてより考えていたことをこの日の生徒の発表の様子に関連させて話すことを以前から準備していました。この日の発表は自分のクラスとしてはまだまだレベルが低いと言わざるをえず、当初生徒の心をより醸成させるために用意してあった話は、結果的にもっとしっかり歌わせなければならないという生徒への叱咤激励に使わざるをえなくなりました。

 

【実際の話④】12/2

S:(直前に配布した中間考査の得点分布表に見入っている)

T:(その間に黒板に発表の評価表の枠を書いて)みんなが数字を見ているところで、黒板にも何か表が書いてあります。

S:(ほとんどが顔を上げて黒板を見る)

A男:合唱発表会。

T:恒例ではありますが、HRHで聞かせてもらったので、各クラスを私がどう評価したかをお話ししたいと思います。ちなみに、(黒板を指しながら)A、B、C、Dと今回は4項目ありますが、何かというと…。まず何があると思う?

B子:声量!

T:声量。そのとおり。ここが「声量」ね。(Aの横に「声量」と書く)他に?

A男:表情?

T:ああ、表情ね。

C子:姿勢?

T:姿勢ね。じゃあ、表情と姿勢でそれを「態度」としましょう。(Dの横に「態度」と書く)はい、他に?

B子:ハモり。

T:えっ?ハモり?おお、いいね。「ハーモニー」ね。Cの横に「ハーモニー」と書く)

  はい、もう1個?

D男:ことばだ!

A男:発声!

T:ことば?発声?じゃあ、それをちょっとまとめて私は「美しさ」としてみました。(Bの横に「美しさ」と書く)では、どう評価したかというと…。まあ、みなさんの評価とはちょっとちがうかもしれませんが…。(手帳を見る)1組は2回目がよかったなあ…。1組は4、4、4、4としました。(該当欄に「4 4 4 4」と書く)

S:おお~!(歓声があがる)

T:2組。計測不能。

S:(驚いてどう反応していいかわからないという顔)

T:これはですね、2組は明らかに練習が、練習時間が絶対的に足りなかったんだと思います。あんな下手なはずないからね。あっ、「下手」なんて言っちゃった!

S:(爆笑が起こる)

T:言っちゃった…。あれは…、そう思いませんでした? 明らかに授業時間が足りなかったんだろうなって思うでしょ?

S:(うなずいている)

T:あれは彼らの実力じゃないと思うので評価はしません。3組。3組も…(手帳を見て)4、3.5、3.5、3です。(該当欄に「4 3.5 3.5 3」と書く)

S:(評価に納得しているのか特に反応はない)

T:4組。4、4、4、4。(該当欄に「4 4 4 4」と書く)

E子:「態度」はもっと高いんじゃない?

T:(E子の発言を受けて)まあ、ここは4.5としてもいいかもしれない。

E子:ああ!

T:(他の生徒も多くがうなずいているので)じゃあ、4.5にしようか。みんなの賛成が得られたから4.5。(4組の「態度」を「4.5」と書き直す)

F男:ええ~!

S:(笑いが起こる)

T:さあ、5組は何点か!

F男:5、5、5、5!

S:(ああだ、こうだとざわつく)

T:じゃあ、5組が何点か、聞いてみようじゃないか?(用意しておいたCD/MDレコーダーに近づく)

S:えええ~!(予想をしていなかったらしく、悲鳴に近い声が起こる)

T:先生が録音していたの知ってる?

E子:えええ~! やだ~!

G男:知ってた!

T:ただ、これはね、みんなの声を集めるためにパラボラ・マイクで録っているので、ステレオじゃないからちょっと男女の声とかが分離できていません。(レコーダーを操作しながら)だ…け…ど、面白いから聞いてみましょう。行くぞ?(5組の合唱をMDで再生する)ちょっと音が悪いけど。(前奏に対して)ピアノもいいねえ。

S:(しばらく自分たちの発表に黙って聞き入っている)

T:(切りのいいところで演奏を止めて教卓のところに戻る)ですね? で、これを私が何点と評価したかというと…。(「A 声量」の欄に「3.5」と書く)これは男子の声が弱いのが主な原因です。

H子:I男くん(男子のパートリーダー)の声は大きかった。

T:うん、I男くんの声はよく聞こえるんだけど…。

S:(女子の間で笑いが起こる)

I男:(恥ずかしそうではあるが、自信も感じさせる笑みを浮かべている)

T:男子全体の声が聞こえて来ない。男子全員の声がよく聞こえて来たのは1組。そう思わなかった?

S:そう、そう!(しばらくその話題でざわつく)

T:あの声がやっぱり欲しいね。「美しさ」は3.5。(該当欄に「3.5」と書く)まだちょっとがなっていると思います。「ハーモニー」は3.5。(該当欄に「3.5」と書く)3組と同じくらいのレベルだったと思ってください。

S:(「そんなものかなあ…」という顔)

T:「態度」は3.5。(該当欄に「3.5」と書く)

S:(笑いが起こる)

H子:みんな「3.5」じゃない!

S:(しばらくざわつく)

T:「オール3.5」だな、今回は。ということで、私が聞いたかぎりではこんな感じですね。それでね、さっき面白い編曲の曲だなって何人かの人と話をしたんですよ。私がこれまでに聞いた曲はふつうに元の歌を合唱にしただけのものばかりだったんだけど、みんなの曲はいろいろなアレンジが入っているでしょ?

S:(「へっ?そうなの?」という驚いた顔)

T:で、この間私が言った「3つの気づいたこと」の中で、1つが…。(思い出せなくて)自分で言っておいて忘れちゃった。何だっけ?

A男:Jポップ?

T:ああ、そうそう!Jポップだっていうことに気づいたっていうことと、歌詞が2種類あるってことね。で、3つ目に気づいたことがあって、参考になるかなって思うんで聞いてもらいたいんですが…。ある合唱団が唱っているのとたぶんどこかの中学生が唱っているのをYouTubeから録ってきました。全部聞くと長いので途中まで聞いてみてください。ちょっと目をつぶって聞いてもらえますか?

S:(全員が目をつぶる)

T:合唱団、中学校の順番で聞いてもらうから、どっちの曲がみんなにメッセージをより伝えているかを考えながら聞いてみてください。(レコーダーで合唱団の曲を流す)

S:(目をつぶって真剣に聞き入っている)

T:(途中で止めて)ここまで聞いてみてどんな印象を持ちましたか?

S:(ほとんどが目を開ける)

J子:なめらか。

T:なめらか? なるほど。まあ、きれいですよね。プロかどうかわからないけど、どこかの合唱団でしょうから。次ね、どこかの中学校のやつ。(中学生の曲を流す)

S:(目を開けたまま真剣に聞き入っている)

T:(途中で止める)

S:(自分たちより数段迫力がある歌声に驚いてざわつく)

A男:男子がすごい。

T:すごいよね? 他にどんな印象を持ちましたか?

B子:強い。

T:それは面白いキーワードですね。私ね、最初に聞いたときは中学校のやつは男子が声が出ていて迫力あるなと思ったんですが、それでも合唱団にはなかなかかなわないなと思って聞いてたんですね。でも、何度も聞いているうちに…、目をつぶって聞いているうちに…、だからみんなにも目をつぶってもらったんだけど…、どっちの方が詩の内容が入ってくるかなって思って聞いてたんですね。そしたらね、後から聞いた中学校の方があの詩の内容が入ってくるんですよ。合唱団は上手いけど、スーッと通り抜けてってしまう。そして、中学校の方は歌っている人の顔が見える。声だけで。「あ、こんな顔して歌ってる」って。顔が見えるんだよ、こっちの方が。

S:(数名が同意してうなずいている)

T:で、なんでそうなんだろうなっていうことですね。(全員を見回す)

S:(真剣な顔で聞いている)

T:去年もそうだけど、先生がこだわって、この(大判紙の歌詞を指して)詩を貼ってるのは、そこかなって気づいたんです。例えば、リーディング・ショー(注:英語の授業中に行う音読発表)もそうですけど、みなさんがこのクラスで上手な人を選ぶときに、決して英語の発音がいい人だけを選んでいるわけではないですよね? やっぱり「あの人、本当に伝えたいと思って言ってるんだな」っていうのがわかる人がいつも選ばれていると思うんですよね。そういうところって、私は合唱と重なるなって思うんです。今日聞かせてもらって思ったのは、2度目の時に先生は目をつぶって聞いていたんですけど、まだみんなの顔が浮かんで来なかった。こういう顔して歌ってるぞって。こういう気持ちを込めて歌ってるぞって。浮かんで来ませんでした。

S:(男子を中心に下を向く生徒が出てくる)

T:なので、私が言えることは、音楽の技術とかはわからないので、ただ英語の教師として言えることの1つとして、メッセージを一人一人が…。これをね(大判紙の歌詞の下まで行って指す)、読み込んでもらって、歌っている時にこれに感動しながら歌ってほしいんです。いい詩だなと思って歌えるときっとそれが声に出ると思うし、(教卓に戻りながら)それがね、クラスのハーモニーとなったら最高だなと思います。

S:(終礼を終えた他クラスの生徒のざわつきに気をとられている様子)

T:そんなことを考えながら今日の発表を聞かせてもらったので、ぜひ当日はさらに頑張ってもらいたいなあと思います。以上です。

 

【こぼれ話④】

今回の話は途中で曲を聴かせたこともあって約13分もかかりました。ただ、自分たちに直接関係のある話だったためか、ほとんどの生徒が最後まで真剣に聞いていました。

 

なお、HRHで他のクラスの中間発表を聞けたことや、終礼でより完成度の高い中学生の発表を聞けたことは生徒たちを発憤させたようでした。ただ、それ以前の問題として、歌詞を覚えていない生徒(特に男子)が多いことが後でわかって驚きましたが…。

 

【状況⑤】

いよいよ合唱発表会の2日前になりました。ところが、昨日の終礼ではここのところの生活態度のいい加減さを厳しく注意しなければならない状況でした。この日は附属高校への願書提出日であったことや昨日の厳重な注意によって緊張感のある生活をしていましたが、クラスとしてのまとまりが欠かせない合唱を成功裏に行わせるには十分な状態ではない気がしました。一方、長欠気味のA男はこの日も欠席していました。そこで、

合唱発表会へ向けての最後の指導とA男を支援するための企画を兼ねたある仕掛けのために今回の話を企画しました。

 

【実際の話⑤】12/6

T:合唱発表会まであと2日になりました。今日は終礼後に練習をするそうですが、私も聞かせてもらおうと思います。ただ、合唱について何か言うのは明日からはしないつもりです。後は当日にみんながどのくらい成長した歌を聞かせてくれるのかを楽しみにしています。

S:(ごく一般的な内容であったので、この時点ではまだ聞く態勢ができていない)

T:ところで、みんなは当日は何番目に歌うんですか?(※知っていて聞いた)

B子(クラス責任者):15番目です。

C男(クラス責任者):(B子に)15番目だよな?

T:そうですよね。最後の最後ですよね。言わば「とり」ですよ。それも「大とり」。

  うちの後は全体合唱しかないよね?

B子:はい。

T:大晦日の紅白歌合戦で言えば…。

D子:嵐!

E男:小林幸子!

S:(その他にもああだこうだと歌手名が出てくる)

T:いや、紅組だったら和田アキ子でしょ。白組だったら北島三郎。そういう存在なんですよ、みんなは。1年1組は芦田愛菜ちゃんということだね。

S:(芦田愛菜に反応してまたああだこうだと話をする)

T:ところがだ。みんなの前のクラス(3年4組)が自分たちが「大とり」になるっていうつもりでいるらしい。今日6時間目の授業の最初にこの間のHRHの時の印象を彼らに話したんだけど、とても自信を持っていたよ。だからね、「『大とり』は5組が譲らないよ」って言っておいてやった。

S:えええ~!

D子:先生、かなわないですよ~。

T:そう思うかい? 確かに向こうは指揮者が演技派だから。それにその指揮に対してみんなもよく反応してよく歌ってるよね?

S:(うなずいている)

T:だけどね、そこがみんながねらえるポイントなんだな。

S:(「えっ?どういうこと?」という驚いた顔)

T:だってそうでしょ。初めてあれを見た人たちはみんなそこにばかり目が行く。指揮がうまいなあと声の強弱がはっきりしてるとか。でもね、そこに目が行ってるから歌の内容まではみんな聞いてないと思う。だから、みんなはそこで勝負するんだ!

S:えええ~!

D子:無理ですよ~。

T:なぜ? 勝ち負けじゃないけど、みんなの魅力はあの歌の中身なんだよ。それをみんなに聞かせて感動させるんだよ。歌自体で勝負するんだ!

S:(納得したのかあきれたのか、黙って聞いている)

T:だからさ、みんなにこれをあげるよ。(歌詞をB6判サイズに印刷した紙を配る)

S:(女子を中心に)すご~い、先生!

T:そうかい? みんなにいつでも手にとって確認してもらいたいだけなんだけど…。

F子:胸のポケットにいつも入れておきます!

T:いいねえ。そうやっていつでも見られるようにしておいてよ。

D子:ええっ! なんか、先生、すごい! なんか、先生、張り切ってる!

E男:これをG男の背中に貼っちゃおうぜ。

T:おいおい。まさかこれを一番前の列の人の背中に貼ってみんなで読もうなんて思うなよ!

S:(大爆笑になる)

H子:指揮者に貼っちゃえば?

T:ええっ! まさかI子さん(指揮者)の顔にこんなこと(歌詞の紙を顔に貼るジェスチャーをする)しようなんてことじゃないだろうな?

S:(再び大爆笑になる)

I子:(急に話題に上ってオロオロしながら笑っている)

S:(しばらくざわつく)

T:あのね、これから真面目な話をしようとしているのに、何だかおかしなことになっちゃったなあ。

S:(ようやく静かになる)

T:それでだ。これを配ったのはもう1つ大切なことがあるからなんだけど…。実は前に一度話したことに関係があるんだけどなあ…。

H子:上手に歌う!

T:いや、ちがう。

J子:美しく歌う!

T:それでもない。

H子:心を歌う!(どうやらH子とJ子は1年前に話したことを覚えていて言っているらしい-第37話「第4の段階」参照)

T:(H子とJ子の意図に気づいて)いや、確かにそれも大切なんだけど、今先生が言おうとしているのはそうじゃないんだ。いい合唱をするというのと同じくらい大切なことなんだけど…。

B子:(小声で)みんなで歌う。

T:B子さん、今何て言った?

B子:(はっきりと)みんなで歌う。

T:そう、それなんだ。どうだろう? 現状で「みんなで歌う」は実現できるだろうか?

S:(多くが長欠気味のA男の座席の方を見る)

T:A男っち(彼のニックネーム)がいないでしょ。それでこのままだと彼なしで歌うことになりかねない。先生はそれがいやなんだ。彼もいてくれなければ5組にならないじゃない。みんなもそう思うでしょ?

S:(真剣な顔でうなずいている。しかし、どうしていいかわからないような顔)

T:そこで、これは前から考えていたことなんだけど、みんなにA男っちへのメッセージを書いてほしいんだ。だけど、色紙とかに書いてもらうのは時間がないから、ここに付箋を持ってきたので、一人一枚書いてもらえないかな? それをこれ(A3判厚紙を2つ折りにした台紙を見せる)に貼っていこうと思う。一応、こっちには歌詞も貼ってあるしね。(裏表紙に歌詞のコピーを貼り付けてあるのを見せる)

S:すご~い!

K男:すげ~!ちゃんと準備してある!

T:それで、できあがったら、今日帰りにA男っちに届けに行くから。

S:おお~!

D子:先生、優しい!

T:それで、ここにね、4色の付箋を用意したから、自分の好きな色に書いて出してくれないかな。全部の色をちょっとずつ回すから、好きなのを取って。(列毎に付箋を各色数枚ずつ配る)

H子:先生、縦ですか?

T:そう。紙を縦に使ってくれる?

L子:のりの部分はどっちですか?

T:のりの方を上にしてくれる?

M子:縦書きですか、横書きですか?

T:それは任せるよ。縦書きでも横書きでも。あと、一番上に「A男くんへ」とか「A男っち」へとか書いてくれる? それから最後に自分の名前もね。

N子:先生、「A男へ」じゃダメですか?

T:いいよ、それでも。その方が親しみやすいって言うんだったら。それから、場合が場合だから、書く内容は気をつけてくれる? あくまでも、「ねえ、A男っち、一緒に歌おうよ」とか「A男っちがいないとさびしいよ」とかそういう内容だよ。まちがっても変なことは書かないでくれよ。

S:(「そんな心配は無用」とばかりにその後は全員が真剣かつ和やかな雰囲気の中で付箋にA男へのメッセージを書き、できあがった者から順番に私のところに持参する)

T:(ほとんど全員が付箋を持参したことを確認して)まだ、持ってきていない人は?

O子:(一人だけ手を挙げる)すみません。まだ終わってません…。

T:いいよ、あわてなくて。この後練習してからでもいいから。

O子:はい、すみません。

T:じゃあ、これで一端終礼を終わりにします。その後合唱の練習をしてください。

 

【こぼれ話⑤】

終礼後に生徒達はクラス責任者の合図で机を後ろに寄せ、サッと合唱の隊形に並び、責任者が用意したCDに合わせてクラス曲の練習をしました。その声は狭い教室であったこともあり、先週のHRH時に講堂で聞いたものよりはるかに大きくきれいに聞こえました。それを教室に貼った歌詞を見ながら聞いていると、歌詞の内容が心に響いてきました。そして、生徒達がA男のために書いた付箋メッセージの内容を読んでいると、歌詞の内容と彼が置かれている状況が重なり、さらに生徒達が喜んでメッセージを書くことに協力してくれた気持ちが嬉しくて、感動のあまり涙がこぼれ落ちてきてしまいました。その私の様子に生徒も気づいたのか、彼らの歌っている声がどんどん大きくなっていったような気がしました。歌い終わった生徒達は私の様子が気になったらしく無言でいました。私は涙で腫らした顔をいつまでも生徒に見られたくなかったので、教卓に置いてあった手帳とメッセージ・カードを持って無言で教室を出てしまいました。その後の生徒達の様子はわかりませんが、きっと私のことが話題になったことでしょう。

 

メッセージカードは、その日の夜遅くにA男を家庭訪問して彼に直接手渡しました。A男はやや戸惑いながらも嬉しそうにみんなからのメッセージを読んでいました。

 

【こぼれ話⑥】

ついに合唱発表会の当日になりました。朝の会に向かうために廊下を歩いていると、週番の女子が走り寄ってきて、「先生、A男っちが来てますよ!」と嬉しそうに報告してくれました。教室に入ると、確かにA男が自分の席に緊張した面持ちで座っていました。「これで全員で合唱ができる。」もうそれだけで十分でした。おそらくその気持ちは生徒も同じであったでしょう。

 

附属小学校の講堂で行われた本番では、これまでになく女子の声は美しく、男子の声は力強く、全員の顔が生き生きとしており、まさに「大とり」を飾るにふさわしい合唱ができました。その様子を撮影係としてビデオカメラのファインダーとヘッドフォンをとおして視聴していると胸にジーンときて、三脚のハンドルを握る手が震えてきました。

 

終了後に帰校すると、英語科の先生方に5組の発表をほめてもらいました。AA先生は「全員が心を合わせて歌っているという一体感があってよかった」、BB先生は「事前に先生の話を聞いていたせいもあるかもしれないけど、今日の5組の発表は本当に詩の内容がしっかりと伝わってきましたよ!」、CC先生は「パワーとテクニックの4組、『こころ』の5組だね」と言ってくださいました。それらのことばは翌日の授業と終礼で生徒達にも伝えましたが、とても満足そうな笑顔でそれを聞いていました。

 

さて、これで生徒が活躍する学校行事はすべて終わりました。明日からは何を目標に生徒と関わっていったらいいのか、これまでとことん付き合ってきただけに少し不安になりました。その気持ちを生徒にも伝えたところ、彼らは優しい笑顔でそれを聞いてくれ、中には「先生、HRHで球技大会をやって、ドッジボールで全勝するにはどうしたらいいかっていう話なんかどうですか?」などと言ってくれる男子もいました。

 

<参考> 合唱発表会クラス曲の歌詞  ※教室に掲示し、生徒に渡したのと同じもの

 

       心の瞳

 

心の瞳で 君を見つめれば

愛すること それがどんなことだか わかりかけてきた

言葉で言えない 胸の暖かさ

遠まわりをしてた 人生だけど

君だけが 今では 愛のすべて 時の歩み

いつも そばで 分かち合える

たとえ 明日が 少しずつ 見えてきても

それは 生きてきた 足跡/人生が あるからさ

いつか 若さを 失しても 心だけは

決して 変わらない 絆で 結ばれてる

 

夢のまた夢を 人は見てるけど

愛すること だけは いつの時代も 永遠のものだから

長い年月を 歩き疲れたら 

微笑み投げかけて 手を差しのべて

いたわり合えたら 愛の深さ 時の重さ 

何も言わず 分かり合える

たとえ 過去(きのう)を 懐かしみ 振り向いても

それは 歩いてた 人生/足跡が あるだけさ

いつか 若さを 失しても 心だけは

決して 変わらない 絆で 結ばれてる

 

愛すること それが どんなことだか わかりかけてきた

愛のすべて 時の歩み 

いつも そばで 分かち合える……

 

心の瞳で 君を見つめれば

 

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