62. 100万人のために(研究協議会に向けて)

【きっかけ・ねらい】

この話は、11月に行われる研究協議会の公開授業に向けて、生徒の気持ちを盛り上げようと企画したものです。公開授業を見に来る教師の中で目の肥えた人は、生徒の状態を見て授業者が日頃からどのような指導をしているかを見抜きます。そして、それは教師と生徒のやりとりの中に端的に表れることを知っています。すなわち、生徒が積極的に授業に臨む姿勢になっているかは、日頃からの教師と生徒の信頼関係がどの程度できているかで決まると言えます。そのような先生方が毎年200名以上も公開授業を見に来るので、そのような先生方を満足させるための最後の仕上げが必要であると考え、今回の話を計画しました。また、それはそのような指導をすることは結果的に生徒の授業を受ける姿勢や生活態度の改善につながるのではないかとも思ったからでした。

 

【手順・工夫】

上記のような目的を達成するためには、公開授業で見せる授業は生徒と教師で作り上げるものであること、さらには生徒が輝いている姿を見せてこそ授業の成否が決まることを生徒に理解させる必要があります。しかし、それをきちんと理解させるためには時間をかけてじっくりと話をする必要があります。ただ、多くのことを一度に、しかも授業に関することを終礼時だけで話すのは無理があると判断したので、授業と終礼の両方を使って少しずつ話し、授業ではそれを現実の姿として表出させるための具体的な場面を設定していくようにしました。もちろん、公開授業だけのために特別なことをやろうとすると生徒に教師の下心を見透かされてしまうので、そのような企画は避け、あくまでも日頃の授業で行っていることを公開授業用に少しだけ質を高めるというスタンスで指導するようにしました。

 

なお、これまでの経験から、生徒にある数字を使って話した方が話によく乗ってくることがわかっていたので、いくつかの数字を示しつつ、最終的な数字は印象的なものになるように話を構成してみました。今回はその数字がタイトルになっています。

 

【実際の会話①】11/8(英語の授業)

T:授業を始める前に話しておきたいことがあります。

S:(静かになる)

T:さて、いよいよ今週の土曜日に先生方にとって大切な研究協議会があります。先週配られたプリントにあったように、みなさんは3年生英語科の代表として参加してもらいます。

A男(体育が大好きな生徒):先生、体育にはならないんですか?

S:(笑いが起こる)

T:あのね、先生が授業をやるんだから体育にはならないでしょ? そんなに体育をやりたいんなら、2時間公開授業をやりますか?

A男:いいですよ。

B男:バカ!お前、何言ってんだよ!

C男:そんなこと言ったら大変だろ!

T:まあ、まあ。今さらそんなことにはならないから大丈夫。

S:(ようやくざわつきが収まる)

T:それで、当日までに今日を含めて3回授業があるので、3つの大切なことを今日から1つずつ話したいと思います。1つ目はこれです。(「あいさつをしっかり」と板書する)「あいさつをしっかりする」です。なぜかというと理由は2つあります。1つは、授業は…、特に英語の授業は最初のあいさつで決まるからです。それはみんなが大きな声でしっかりとあいさつをしてくれれば、見に来てくれている先生方はまずそこで「おっ、この生徒たちはなかなかやるな」と思ってくれます。だから、しっかりとあいさつをしてほしいんです。この後その練習をしてみましょう。

S:(ニコニコして聞いている)

T:ただ、場所が育鳳館なので、ちょっとその声が聞こえない。

D子:先生、ステージでやるんですか?

T:いや、ステージじゃないよ。フロアーでやります。

S:よかったあ~。

T:ただ、それでも大変だ。なにせ、たくさんの先生方に三方を囲まれるからね。特に両サイドの人たちは…。(廊下側先頭のE子の真横に座る姿勢をする)こうやって間近で見られるからねえ。

S:えええ~!(しばらくざわつく)

E子:私、やだ~!

T:まあ、それだけは覚悟してちょうだい。それから、広い育鳳館でいきなり授業をやるとみんなも緊張しちゃうだろうから、前日の金曜日は育鳳館で授業をします。

S:(驚いた顔をする)

T:だからね、わざわざAA先生の授業をもらったんですよ。そこで、みんなに感覚をつかんでもらって当日に臨みたいと思います。それから2つ目は、本校に来られる先生方によく「この学校の生徒は客にあまりあいさつをしない」って言われるからです。

S:(急に静かになる)

T:先生もそう思うところがあるから仕方がない。でも、先生はそれには理由があるかなとも思う。だって、みんなは決してあいさつをしない人たちじゃない。実際、先生にはとてもよくあいさつしてくれているじゃないですか。先生はいつもみんなのあいさつで嬉しい気分になっています。

S:(緊張がほぐれた顔になる)

T:じゃあ、なんであいさつをしないと思われるかというと、確かにあいさつしてないんだろうね。

S:(話がずっこけて笑いが起こる)

T:それはね、この学校はふだんからあまりにも多くの外来者があって、みんなは誰がそうだかわからなくなっているんじゃないかと思うんですよ。それからあまりにも多いから面倒くさくなっているかも。

S:(数名がうなずいている)

T:一般校だったら…、一般の公立中だったらそういう人は時々見えるだけだし。「今日は外来者が来ますからしっかりあいさつしましょう」って事前に注意があるからね。でも、うちの学校ではなかなかそういう連絡がない。(ここまで来たところであることを思いつく)そういえばさあ、よく授業のときに後ろに参観者が来るでしょ?

S:(うなずいている)

T:あのときにね、そうだなあ…、3回に1回くらいは先生も誰だか知らないんだよ。

S:えええ~!

E男:そうなんですか?

T:うん。先生もさ、「ちょっと待って。誰あの人たち? 聞いてないよ」って。

S:(爆笑になる)

T:まあ、そんなことだからさ。いちいちあいさつするのは面倒だと思ってしまうのも仕方がないのはわかっている。でもね、ここからが大切なんだけど、あいさつがきちんとできるかどうかっていうことはとても大切なことなんだよ。それは今までも何度か言ってきたよね?

S:(うなずいている)

T:みんながあいさつをしないとしよう。そうしたら、見に来た先生たちは何て思うと思う?

S:(答えはないが真剣に聞いている)

T:おそらくね、「この学校の生徒はみんな優秀だけど、あいさつができない生徒たちだな」って。そして、それを他の先生たちと言い合ったり、自分の学校に戻って報告したりするわけよ。

S:(緊張して聞いている)

T:だからね、そういう印象を5組のみんなでぶっこわしてほしいんだ。いや、簡単なことですよ。いつも私にあいさつしてくれているように会った人に「こんにちは」って元気に言ってくれればそれでOK。この日に来る人はみんな授業を見に来た先生や学生だから、会った人みんなに元気に「こんにちは!」って。育鳳館に行ったら、そこにいる先生方にみんなが「こんにちは」って言ったら、もうそれだけでうちの学校の株は急上昇。そう、この学校の評価はみんなの態度にかかっているということです。

S:(ニコニコしはじめた)

T:ということで1つ目は終わり。この後、授業のあいさつの練習をしましょう。では、始めます。

 

【こぼれ話①】

この後の英語の授業はいつもにも増して明るく元気なあいさつで始まりました。また、

公開授業本番でもないのに、全員が最後まで集中力を切らさずに本当にしっかりと授業を受けていました。

 

【実際の会話②】11/10(英語の授業)

T:授業を始める前に研究協議会へ向けての話、その2です。結論は後で言います。

S:(素直に聞く姿勢になる)

T:先生はよく出張に出かけますよね?

S:(うなずいている)

T:まあ、「よく」と言ってもひと月かふた月に一度ですが。そのときにね、たいていは公開授業があるんです。その時に先生はどこで授業を見ると思いますか?

A男:一番後ろ!

T:なるほどね。この学校に来る先生はそこにいることが多いからね。でもちがいます。

B男:真ん中!

T:真ん中っていうのは真横のことかい?

B男:(うなずく)

T:う~ん、そこでもないんだなあ。

C子:一番前?

D子:テレビの横!

T:そうなんですよ。もしね、その教室がこの教室と同じ配置だったとすると…(窓際の一番前に動く)ここで見るんです。先生はたいてい講師という立場で行くので、たいていはイスが真ん中の後ろに用意されているんですが、いつもそれを無視してここに来ます。

S:(笑いが起こる)

T:では、なんででしょう?

S:よく見えるから!

C子:みんなの顔がよく見えるから。

T:そのとおり。ここに立っているとね、みんなの顔が見えるでしょ? 授業を見るときはね、先生よりも生徒がどんな顔をして授業を受けているかっていうことの方が重要なんです。だからね、いつも真っ先に教室に行って一番いい場所を取っちゃうんだ。

S:(ニコニコしながら聞いている)

T:ここは本当にいいよ。生徒にも話しかけやすいしね。

S:えええっ~!

T:先生はね、たいていその学校の生徒に話しかけるんだ。それからね、会話とかの活動が始まると一緒に参加しちゃう。

S:(ニコニコしている)

T:でね、本校に来る先生方もそういう人が多くて、たいていはイスが前の方から埋まっていくんです。ふつうはさ、勝手に座りなさいっていうと、後ろの方から埋まっていくじゃないですか? 例えばね、講演とかだと前の方がスカスカだったりする。

S:(「そういうものなの?」という顔)

T:まあ、たいていはそういうもんなんですよ。でも、今度のときもそうだと思いますが、けっこう授業を見るのを楽しみに来る先生が多いので、そういう先生はこっちから(窓際の列を指して)順番に座っていくと思います。それからあっち(廊下側の生徒を指して)のほうもね。

S:ええ~!

F男:先生、真ん中にも来ますか?

T:えっ? どういうこと?

F男:見に来た先生たちはここ(自分が座っている中央の通路を指す)にも入ってきますか?

T:ああ、そういうこと。そうだなあ、みんなが活動したりするとそういうこともあるかもしれないけど、今回はそういう時間はないからね。それから、ものすごくたくさんの人がいるから、自分だけ大胆な行動をとれる人がいるかどうか…。

F男:(ホッとしたような様子)

T:で、そういう先生方はみんながどんな顔をして授業を受けているかを見るんですね。ということで…、(教卓のところに戻りながら)2つ目のポイントなんですが…、(黒板に「②大きな声で明るく元気よく」と書きながら)「②大きな声で明るく元気よく」授業を受けてください。そんなみんなの姿を見て、先生方はみんなから勇気をもらって帰るんです。

S:(「へえ、そうなんだ~」という顔)

T:では、大きな声であいさつをしてみましょう。育鳳館はものすごく広いから、普段と同じでは聞こえません。そうだなあ…、一人一人がいつもの3倍くらい大きな声で言ってください。では、やってみましょう。

E男(週番の号令係):静座。よろしくお願いします。

S:(大きな声で)よろしくお願いします。

T:おお、なかなかいいねえ。でも、まだ足りない。それぞれが2倍出してごらん。では、もう一度。週番がまず大きな声を出してください。(E男を見る)

E男:静座!よろしくお願いします!

S:(さらに大きな声で)よろしくお願いします!

T:Good! Now let's say hello in English!

※この後一連の英語の授業のあいさつと日付の確認、出欠確認が行われる。

T:すばらしい!もう何も言うことないね。

S:(ニコニコしている)

T:もう、みんなだけで授業をやってもらおうか?先生は当日休んでもいい?

S:(それまでの緊張感を裏切ったためか何と反応していいかわからない様子)

T:だってね、けっこう大変なんだよ、先生も。プレッシャーがすごくてさ…。

C子・D子:(優しい笑顔でクスクスと笑い声を立てる)

T:では、授業を続けましょう。

 

【こぼれ話②】

この日の授業も全員がよく集中し、大きな声で明るく授業に参加していました。公開授業の詳細な内容が決まらない中、その生徒の様子だけで十分だと思ってしまいました。

 

【実際の会話③】11/11(英語の授業)

T:授業が始まってしまいましたが、ここで研究協議会に向けての話のその3をします。

S:(特に何の反応もなく聞く姿勢ができる)

T:3つ目の話は授業の中でとても大切なことです。簡単に言うと、思いついたことはすぐに口にしてほしいということです。

A子:寒い~! ※育鳳館(講堂)で授業をしているのですごく冷えている)

S:(小さな笑いが起こる)

T:いや、そういうことじゃなくて…。あのね、先生が話している間に「お腹すいた~」とか言うんじゃないぞ!

S:(爆笑になる)

B男:お腹すいた~!

T:そうじゃなくて、先生が何か質問したりみんなに投げかけたりしたときに、思いついたことはすぐに口に出してほしいということです。一番困るのは「シ~ン…」て何も出ないやつね。まあ、このクラスではそういうことはないけど…、いつも終礼でもいろいろ言ってくれるから心配してないんだけど、そういうクラスもあるからね。

S:(「へえ、そうなんだあ」という顔)

T:じゃあ、試しにやってみよう。(適切なものが思い浮かばなくて)肥沼先生はハンサムですよね?

S:「シ~ン!」(続いて笑いが起こる)

T:はい、はい、わかりました。きっとそう言うと思って言ったんですよ。

S:(ニコニコしている)

T:ということで、この後の授業でもいろいろとそういう場面があるから、どんどん答えてください。

 

【こぼれ話③】

この後の授業では、今までになく多くの生徒から発言がありましたが、授業が進むにつれて疲れてきたのか、あるいは寒くてこごえてしまったのか、だんだんと発言が少なくなり、声の大きさも小さくなっていきました。

 

【実際の会話④】11/11

T:(基本的な注意を与えた後で)え~と、今日の育鳳館での授業は寒かったですか?

S:寒かった~。

A子:先生、メチャクチャこごえちゃいましたよ。

T:そうでしたか。先生は授業をするのに一生懸命だったので気づかなかったんですが、

 終わったら急に足下が冷えていることに気づいたので、そうじゃないかと思っていました。

S:(「へえ、そうなんだあ」という顔)

T:いよいよ明日は研究協議会です。そこで、これまで話してきた3つのことをまとめたいと思います。1つ目は何だったか覚えていますか?

B子:あいさつをしっかりする!

T:そうでしたね。英語の授業でのことはもちろん、お客さんへのあいさつも大切です。

 育鳳館に入ってきたらきっとたくさんの先生がいるので…。

C子:先生、そんなにたくさんの先生がいるんですか?

T:そうだよ。200人くらいはいるかなあ。

S:えええ~!

C子:30人とか40人とかだと思ってた。

T:昨日の放送で500から600人くらい来ると言っていたけど、そのうちの200人は英語科なんです。だから授業を育鳳館でやるんだよ。去年は220だったから、今年もそのくらい来ると思うよ。

S:(「それは大変だ!」という感じでざわつく)

T:だから、そんな中にみんなが一人一人入っていったら居づらいだろうなと思って、昨日は3年1組の教室に待機しなさい、って言ったんだよ。

S:(「なるほど」という顔)

T:それで、それだけの人がいるから、入っていったら片っ端から「こんにちは!」ってあいさつしちゃうんだぞ。そうすれば気まずくならなくて済むから。「こんにちは!」「こんにちは!」って。先に言った方が勝ちだよ。そうすれば向こうも「こんにちは」って言ってくれるから。みんながそうしてくれたら印象もよくなるなあ。

S:(「もうわかりました」という顔)

T:2つ目はなんだっけ?

D子:大きな声で明るく元気よく!

T:そうだ。しっかり頼むよ。3つ目は今日の授業で言ったやつですが…?

E男:思ったことを口にする!

T:そう。それで、なぜこれらが大切かと言うと…。(話を聞く気があるかうかがう)

S:(もう覚悟を決めている様子。2~3名が「また始まった」という顔をしている)

T:これからね、またある数字を出すから、よく聞いてくださいね。今日はある掛け算をしてもらうから、よくその数字を覚えておいてください。さっき200人くらいの先生が来るっていったでしょ? そうするとね、今回の授業がどんなでも、先生がどんなに下手でも、みんながどんなにダメでも…。まあ、みんながダメだっていうことはあり得ないんだけど、授業を見た先生方には何かしらの影響があるんですね。先生もそうだけど、他の人の授業を見ると影響される。それでやり方を変えたということがけっこうある。だから、200人の先生に影響を与えるということなんです。

S:(真剣に聞いている)

T:しかし、200人の先生の向こう側にはその先生が教えている生徒がいる。ふつうの学校の先生はたいてい一人が5~6クラスくらい教えているはずです。だいたい30人から35人くらいのクラスが多いので、合計何人くらいになりますかね?

F子:200?

T:そうだね、200人くらいだね。そうすると、200人の先生が200人の生徒を教えるということは、影響は何人になるかというと? 200掛ける200で?

S:4万。

T:そう、4万人にも影響があるんですよ。それでね、見に来る先生は若い人が多いので、平均年齢を35歳としてみましょう。定年が60歳だとするとあと25年ありますよね? 毎年4万人に影響を与えてそれが25年間続く…。ある授業は先生方が退職するまで影響を与えることがあるんです。そうするとね、1年で4万人でしょ? 掛ける25年だから?

S:(反応はない)

T:4万掛ける25で100万!

S:(「うまい数字を出したな」という顔)

T:ちょうど100万。すごいでしょ? 100万人もの人に影響があるかもしれない授業だというわけですよ。そう思っちゃうとビビッちゃう。ビビッちゃうというのは適切じゃないかな。でも、それだけ緊張するというか、大切な授業だなって思っています。だから、みんなも頑張ってください。では、おしまい。

 

こぼれ話④】

研究協議会当日(11/12)は、英語科としては過去最高の291名(全教科計700名)の参観者を得て、それこそ講堂フロアのほとんどを人が埋め尽くすほど盛況でした。生徒たちは最初から最後まで一生懸命活動し、私の質問や投げかけにもしっかりと応じてくれました。そのお陰で、授業に関するアンケートには参観者の多くの方から「先生と生徒の信頼関係がよくわかる授業だった」という感想をいただくことができました。(「あとがきに替えて①」P.359参照)それはまさにこの日のために私が気を遣ってきたことであったので、とても嬉しく思いました。もちろん、そのことについては次の授業の冒頭で生徒にお礼を言いました。

 

なお、授業が始まる10分前にはアトラクションとして昨年度の5組の合唱発表会の様子をビデオで上映し、指導案を含む当日資料の最後に本実践の中からそれに関係する「37.第4の段階(合唱発表会に向けて)」の実際の会話④(前日の話)を載せておきました。

 

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