6. あるJRマンの教え-20年間温めていた話-

【きっかけ・ねらい】

この話は、20年以上前の経験から得たことをいつか機会があったら話そうと数年前から用意していたものです。実際、本編にあたる「実際の会話②」の内容はかなり以前から原稿を書いてありました。今回の話の最大のねらいは、生徒に挨拶をする意味を理解させ、クラスとして授業やその他の場面で心からしっかりと挨拶ができる生徒にすることでした。その話をいつするかについてはかなり以前から検討して機会をうかがっていましたが、そのことに関係した話題を終礼における学級自治会(HRHの「学級自治会」でやり残してしまった話題を毎週木曜日に1つずつ話し合わせることになっていました)で議長が取り上げることになったので、それに合わせて話をすると自然な流れで話ができるのではないかと考え、この話をすることにしました。

 

【手順・工夫】

「きっかけ・ねらい」にもあるとおり、学級自治会で「挨拶をしっかりする」というテーマの話し合いが行われたので、それを受けて話し合いの内容に関する講評をしながら、目的とする話題へ持って行こうと考えました。なお、1回目にあたる日はすでに学級自治会で15分近く時間を使っていたので、その日はその話に対する生徒の興味・関心を引くための導入部だけとし、本編にあたる話は日を改めてすることにしました。

 

その導入部では、タイトルにもあるように自分がこの話を20年以上も温めておきながら誰にも話したことがないという事実を伝えて話を聞きたくなるように仕向けることにしました。また、本編の話をすぐに話さないことで、生徒の聞きたい気持ちをじらすという作戦でいくことにしました。本編を話す際の工夫としては、自分の経験談が中心の話を一方的に語ることがないよう、適宜生徒に質問しながら話を進めることで、話の核心部分を印象的に残すように努力しました。

 

【実際の話①】6/27

T:先ほどの週番の反省では、終礼がなかなか始まらなかったということでしたが、今日は先生が来たのが3時10分で…、まだ終礼が始まってから5分しか経っていないのに、先生が来たときはすでに学級自治会が始まっていたので、終礼自体はかなり早く始まったんじゃないんですか?

S:(多くがうなずいている)

T:でも、週番としてはそういう印象がなかったということですか?

A男(学級週番の司会役):始まったんですけど、なんかみんなあまり聞いてなくて、ちゃんと進められませんでした。

T:なるほど。

B男:なんか、おしゃべりしていて聞いていないという感じでした。

C男:(B男に)お前がしゃべってたんじゃんかよ!

S:(「そうだ、そうだ」という声が数名から上がる)

B男:オレじゃねーよ!

T:まあ、まあ。個人を攻めなさんな。週番の言ってたことの印象からすると、なんとなくクラス全体がさわがしかったという感じだったんじゃないのかな?

S:(数名がうなずく)

T:まあ、早く始められたというのは評価するから、あとはその後もみんなで協力してきちんと進められるようにしなさい。

S:(多くが下を向く)

T:あと、(黒板の左上に貼ってある、過去2回の学級自治会で決まった目標の掲示を指して)ここに貼ってある紙に書いてあるとおり、みんなには話し合ってもらって出てきた目標をしっかり守ってもらいたい。だから、この2つを含めて、みんなが意見を出したことをどう扱うのか、それもこれから少しずつ考えていってほしい。

S:(うなずいてる者、ポカンとしている者、下を向いている者がいる)

T:さて、今日の話し合いですが…、確認しますけど、みんなの話の方向性としては、クラス全員で挨拶をしっかりしようということでいいんですね?

S:(多くが再び顔を上げてうなずく)

T:いやね、先ほどまでの話を聞いていると、「挨拶をしたいヤツがすればいい」というふうに聞こえなくもないので…。

C子:(手を挙げて)先生!ちがうんです。挨拶をしない人がいても、他の人が大きな声ですれば、その声につられてするんじゃないかということです。

T:つまり、あくまでも挨拶をすることが大切であるという前提での話なんですね?

S:そうです。

T:わかりました。じゃあ…。ちょっと、その挨拶に関する質問をしたいんですけど。挨拶の役目って何でしょうね?

D男:(サッと手を挙げる)

T:はい、D男くん。

D男:礼儀。

T:礼儀? なるほど、確かにそうだね。他には?

B男:区切り。

T:「区切り」って?

B男:挨拶をすると、休み時間と授業の区切りになるというか…。

T:なるほど。(挙手をしているE男に)E男くん。

E男:B男くんと同じようなことなんですけど、授業の最初に挨拶をすると「これから授業だぞ」とか、最後に挨拶をすると「授業はこれで終わり」みたいな切り替えができます。

T:わかりました。では、またちょっとちがう角度から質問をしますが…。あれっ?  さっき質問したのは何だっけ?

B男:「挨拶の役目は何か?」

T:そうでした。じゃあ、今度の質問は…、挨拶をするとどんな効果がありますか?

A男:(つぶやくように)気持ち良くなる。

T:気持ち良くなる? そうれはどうして?

A男:(…)

F子:(A男の発言に対して手を挙げる)

T:F子さん。A男くんが言ったことに関して?

F子:はい。例えば、先生がこの間言っていましたけど、挨拶をすると先生と生徒との心のやりとりができて気持ちがいいと思います。

T:なるほど、いいことを言ってくれるねえ。心と心がね、通じ合うってことですね?

F子:(ニコニコしている)

T:他にはありますか?

S:(沈黙している)

T:先生はさ、けっこう挨拶のことにうるさいよね?

S:(数名がうなずく)

T:「きちんと挨拶しなさい」って、しょっちゅう言うよね?

S:(多くがうなずく)

T:じゃあ、なんでうるさいかと言うと…。実は、これはもう20年以上も前に気づいたことなんだけど…。でも、その後はずっとそれを話そうと思っていて、まだ誰にも話していないことなんだけど…。20年以上も前から話そう話そうと思っていて、未だにどの学年でも話したことがない、あるきっかけで挨拶がとても大切だと思うようになったエピソードがあるんだなあ…。

S:(急に関心のある顔になる)

T:でも、どうしようかなあ…。20年以上も誰にも話さなかったから、みんなに話すのはもったいないなあ…。(と、顔を伏せた後にチラリと生徒を見る)

S:えええ~!

T:なんだい? 聞きたい?

S:聞きたい!

A男:レアな話なんですね?

T:まあ、でも、期待させてつまらない話だったら怒られそうだなあ…。

A男:ええ? いいじゃないですかあ。話してくださいよ~。

B男:先生、20年以上前って、何歳くらいのときのことですか?

T:(B男に)それは何かい? 先生が何歳かっていうのを探ろうっていう質問かい?

S:(笑いが起こる)

B男:いえ…、そうじゃなくて…。いつ頃そういうことを考えたのかなあっていうことが知りたかっただけです。学生のときかなとか、先生になってからのことかなとか。先生が何歳かっていうのは、先生の話から調べたのでわかっています。

T:あれっ? 先生、そんな話をしたっけ?

S:松田聖子と同い年!

T:えっ? そのこと話したっけ?

S:(笑いながらうなずいている)

T:そうだっけ? それで、もしかして、インターネットとかでみんな調べたの?

S:(数名が)51歳!

S:(残りが)えええ~!

T:「えええ~!」ってのはどういうことだい?

F子:先生、そんなに見えない!

T:仕方ないなあ…。まあ、この際だから言っちゃうけど…。先生は52歳です!

S:(なぜか拍手が起こり始め、段々と大拍手になる)

T:何だよ。この拍手はどういう意味だ?

F子:先生、もっと若いかと思ってた!

T:「もっと若く見える」っていう拍手?

S:(何も答えずに笑いながら拍手をしている)

E男:先生が正直に言ってくれたからです。

T:ああ、そういうことか。今までなんだかんだと言い逃れてきていたからね。

S:(ニコニコ笑って拍手をやめる)

G男:先生、ぼくのお父さんと同い年です。

T:ほう、そうかい。よろしく伝えてください。

G男:(にっこり笑いながらうなずく)

H子:(周囲に)先生、もっと若く見えるよね?

B男:先生、AA先生(4組担任、女性)はいくつですか?

T:そんなことを先生の口から言えるわけはないでしょ!

B男:でも、先生はAA先生が何歳か知ってるんですよね?

T:知らないよ。そんなことを女性に聞けるわけないでしょ!

H男:先生、BB先生(学年主任)は何歳ですか?

T:それは先生の口からは言えないね。直接聞いてみなさい。

G男:88歳!

T:(G男に)それ、BB先生に直接言ってみな。

G男:(首を横に振って)いや、いいです。

S:(笑いが起こる)

T:なんか、話がずれちゃったなあ。何の話をしてたんだっけ?

S:挨拶!

T:そうそう。それでね、話そうと思っている話は、今日は時間がないので、日を改めて余裕があるときに話すことにします。もし先生が忘れていたら、「先生、あの話は?」って言ってください。では、今日はこれでおしまい。

 

【こぼれ話①】

今回も話題に対して生徒の興味・関心を喚起するための導入部の話はうまくいきました。多少の寄り道はありましたが、生徒と楽しく会話をするという意味ではかえって面白い展開になりました。なお、翌日の終礼やその後も何人もの生徒が「先生、あのレアな話はいつするんですか?」とニコニコしながら聞いてきました。どうやら生徒はこちらの術中にはまったようです。ただ、期待をさせた分、本編の話を生徒がしっかりと受け止めてくれるように考え直さなければならなくなりましたが…。

 

【実際の話②】7/2

T:今日はですね…、まあ、つまらない話から言いますと…、ちょうど6時間目が終わったときにAA先生(英語科、女性)と英語科準備室でおしゃべりをしていたんですが…、そうしたら、準備室の下の方から、「イチ、ニー、サン、シ~。イチ、ニー、サン、シー」とかいう声が聞こえてきまして…。

S:(男子が笑い出す)

T:で、AA先生と「まったく、どこのバカなクラスだ?」とか言って、2人で見に行ったら…。そこで先生は黙らなければならなくなって…。

S:(男子の笑い声が大きくなる。女子は何のことかわからずキョトンとしている)

T:そうしたら、AA先生が「まったく、担任の顔が見たいわね!」

S:(男子が爆笑する)

T:と言われ…。いや、だけどね、先生は実は嬉しかったんです。そういう男子の姿を見てね。珍しいなと思うよ。3年生だとやる奴らもいるんだけど、1年生の男子でああいうのは珍しいと思う。

S:(男子数名が爆笑する)

T:先生が嬉しいなって言うのはね…、先生は高校が男子校だったんだけど、男子校の雰囲気なんですよ。

A男:野球部でいつもやってるんですよ、あれ。

T:ああ、野球部がこのクラスは多いからだろうなとは思うんだけど、男子校の雰囲気みたいで、昔を思い出して、ちょっと嬉しいなと思いました。

S:(笑いすぎて脱力している様子)

T:あの男子のチームワークっていうか、雰囲気っていうのは、とてもいいと思うんです。あれでみんながビシッとそろったら、もっと格好いい。

A男:めっちゃ、バラバラだった。

T:ちょっとバラバラで、3グループぐらいに分かれて来たけど…。

B男:中途半端!

T:ちょっと中途半端だったけど、あれで全員がそろってれば格好良かったなあ。

A男:かけ声は一応順番にやってたんですけど。

T:(前日に男子の性的衝動に関する指導をしたことを思い出して)一方でだぞ、それが余りにも悪のりにならないようにな。誰も嫌な思いをすることなく、みんなで楽しむああいうのはとても面白いと思うので、それがピシッとそろった男子諸君になるととてもいいと思う。

S:(この話には飽きてきた様子)

T:今日はちょっと時間的に余裕があるので、例のですね、あのう…。

C男:えっ?

D男:レアな話!

E子:みんな聞こうよ!

T:そう、そのレアな話…。でも、ちょっと、あんまり期待しないでね。たまたま20年以上話したことがないっていうだけのことです。「な~んだ、そんなことか」って言われちゃうと困るので、期待しないでほしいんだけど。ちなみに、何の話をしているときにその話をしようって言ったか覚えてる?

S:挨拶!

T:おお、挨拶の話だって覚えてる?

S:(うなずく)

T:じゃあ、その話が挨拶にどう関係があるかって想像できます?

S:(答えはない)

T:実は、この間の話でみなさんに「挨拶ってなぜ大事なんだろうね?」って話をして、「挨拶は何のためにあるの?」と問いかけた途端に、F男くんがピッと手を挙げて、確か…、

S:礼儀!

T:そう、「礼儀」って言ったんだ。(F男に)「礼儀」って言ったよね?

F男:(ニコニコしてうなずく)

T:その後にも何人かがいろいろ言ってくれたよね。(A男に)A男くんが何か言ったよね? 何て言ったっけ? 「区切り」とか…

A男:「区切り」とか「けじめ」とか…。

T:「区切り」とか「けじめ」とかだったか。(G男に)G男くんも何か言ったよね? 何だっけ?

G男:「切り替え」とかだったと思います。

T:「切り替え」か。授業と休み時間の切り替えとかっていう話だったね?

G男:(ニコニコしてうなずく)

T:いろいろな挨拶の役目っていうのがあり、挨拶って大事だなということがあります。

 で、先生自身はこういう仕事をしているので、「やっぱり挨拶は大事だよ」っていうことを常々言います。で、なぜそういう風に言うようになったかっていうと…。まあ、「『挨拶は大事だよ』って生徒に言いな」っていうのは、教員ですから、先輩の教員に「生徒にはきちんと挨拶をさせるものだ。肥沼先生、生徒にしっかり挨拶させるようにしなさい」って若い頃に指導を受けたわけだね。だから、挨拶をさせる。でも、「なぜ挨拶って大切なんだろうな?」っていうことは特に教えてくれませんでした。当たり前だったからかもしれないんだけどね。

S:(辛抱強く聞いている)

T:だけど…、ここからが20年以上温めてきた話なんだけど…、ある人に私は「だから挨拶って大事なんだな」って教えられた。その人が言ったわけではないんだけど、その人の態度で教えてもらったという思い出があります。

S:(興味を示しながら聞いている)

G男:(話を静かに聞くためか、暑いのに後ろのドアを閉める)

T:さて、どういう人にそれを教えてもらったと思いますか?

S:(数名がサッと手を挙げる。指名している間にどんどん増えていく)

T:H子さん。※以下、指名しただけのTの台詞は省略する。

H子:BB先生(学年主任)!

T:BB先生…。まだBB先生に会っていない時代。ヒント、教員ではありません。

I男:ぎょ!

J子:生徒!

T:生徒? ちがいます。

K子:警備員さん。

T:警備員さん。ちがいます。

L男:守衛さん。

T:守衛さん? 似ているな。ちがいます。

G男:挨拶とかしそうもない人ですか?

T:う~ん、かもしれないなあ…。

A男:松田聖子!

S:(笑いが起こる)

T:ちがうよ。そりゃあ、ちがう。

B男:廊下とか掃除してる人。

T:ああ…、ちがうんだけど…、なんとなく近いかもしれない。

M男:柔道の選手。

T:柔道の選手? ちょっと遠くなった。

N男:奥さん!

T:奥さん。ちがいます。奥さんには会っていましたけど、ちがいます。

O子:おまわりさん。

T:おお、おまわりさん…。ちがうけど、ちょっと近くなった。

A男:ボランティアの人たち。

T:ボランティアではない。

F男:用務員さん。

T:ちがう。

F男:パン販売の人。

T:パン販売の人? ちがう。

S:(笑いが起こる)

T:じゃあ、これからその話をしていくので、途中で「あっ、この人かな?」って思ったのがあったら手を挙げてごらん。

S:(手を挙げていた生徒が手を下ろす)

T:今から20数年前の話。つまり、それはまだ先生がこの学校にいなかった時代の話です。私がこの学校に来る前にどこにいたかっていう話をしたことがあったっけ?

S:(多くが首を振っている)

T:ない?

A男:ないです。

T:今、この学校は19年目なんですけど、この学校に来る前は、私は埼玉大学の附属中学校にいました。

S:(キョトンとした顔をしている)

T:正式には、埼玉大学教育学部附属中学校というんですけど、そういう学校があるかどうかっていうのは知ってる?

S:(数名が「知らない」と言い、多くが首を横に振っている)

T:知らない? たぶんね、この学年にもどこかのクラスに埼玉大学の附属小学校出身の人がいると思うんだけど…。では、場所はどこか?

P子:さいたま市。※「平成の大合併」で旧大宮市・浦和市・与野市が合併してできた政令指定都市で、後に岩槻市が加わった。

T:さいたま市?  

P子:大宮?

T:大宮ではない。昔、県庁所在地って言われてたところ。

S:(反応がない)

T:大宮は思いつくけど、こっちは思いつかないか!

F男:浦和!

T:そう、浦和。旧浦和市にあります。で、最寄りの駅は埼京線の中浦和駅というところなんです。それで、埼京線っていうのは…、何か電車の話になるとR男くんということになるけど…。

R男(電車に詳しい男子):(キョトンとしている)

A男:R男くん。

T:埼京線っていうのがなんでできたかって言うと、東北・上越新幹線ができるときに、沿線の住民から「新幹線を走らせるんだったら、通勤列車も走らせろ」っていう要望があり…。当時は、埼玉のあっちの方から東京へ行くには京浜東北線と東北線しかなかったから、通勤列車を走らせてほしいということで埼京線ができました。

S:(この話にはあまり興味はなさそう)

T:だから、埼京線って、当時できたばっかりだったんだけど、できたときに、最新式の設備だったんですね。その最新式の設備とは何か? みなさんにとってはもう当たり前になっている設備なんですけど…。

A男:冷房?

S男:トイレ! トイレ!

S:(笑いが起こる)

T:トイレじゃない。

D男:自動改札。

T:そう、自動改札。そのとおり!

S:(少し関心が高まった顔になる)

T:今でこそみなさんは(パスモをあてるジェスチャーをして)「ピッ」とやるのが当たり前ですが…。附属小の人はもしかしたら低学年の頃は「ピッ」じゃなかったろ?

T子:はい。

T:定期を(自動改札に入れるジェスチャーをして)ガチャンと入れただろ?

T子:はい。

S:(数名が「ええ!」という)

A:オレ、最初っから「ピッ」だった!

T:最初から「ピッ」だった?

S:(大勢がうなずき、ざわつく)

T子:2枚使っていたからかもしれません。

T:ああ、2枚使っていた人なんかはね。当時はもちろん「ピッ」はなくて「ガチャン」だったんだけど…。さらに言うと、埼京線は最新式だったんだけど、他のはそうじゃなかった。先生は西武線の所沢駅だったんだけど、そこはまだ遅れてたので、駅員さんにこうやって(手を前に突き出すジェスチャー)見せる定期。で、それが中浦和ではガチャンだったんですね…。

S:(数名が「わかった!」という意味で手をサッと挙げる。段々と挙手が増える)

T:はい、U男くん。

U男:本当の改札だったら、ガチャンと入れると「ありがとうございました」って言われるけど、その改札だと「ピッ」となると「ありがとうございました」って言われる。ちがうかな?

T:え? ガチャンと入れると「ありがとうございました」っていう機械がある?

S:(笑いが起こる)

A男:それはちがうでしょ。

S:(再び大勢が手を挙げる)

T:H子さん。

H子:駅員さんが「おはようございます」とか「ありがとうございました」って言ったんじゃないか…。

T:(H子の発言を途中で拾って)言ったんじゃないかってことね?

H子:(うなずく)

T:はい、じゃあ、それを受けて話をしますが、当時はガチャンだったんです。先生はそういうのが好きだったから、「へへ」とか思ってガチャンってやってたんですよ。楽しいなって思って。

S:(笑いが起こる)

T:で、中浦和駅っていのは田舎の駅なんで、改札が4つくらいしかなくって、3つが自動で、1つがそういうのを持っていない人が通るとこね。切符なんかを渡して通るところ。先生は毎日「ガチャン」ってやって楽しんでたわけですね。

S:(真剣に聞いている)

T:そうしたら、ある時…、これは帰りだったんですけど…、10時頃に「ああ、今日は疲れたなあ」って思って、(定期を改札に通すジェスチャーをして)ガチャンって入れたんですね。そうしたら、「お疲れ様でした」って声を掛けられたんです。それで、ふっとその声を掛けられた方を見たら、その駅員さん。たぶんね、50代後半の …、白髪交じりでスポーツ刈りにしてて、たぶん50代後半の人だと思うんだけど、その人に「お疲れ様でした」って声をかけられたんですね。

S:(「へえ…」というような顔をしている)

T:みなさんは、改札を通るときに「おはようございます」とか駅員さんと話したことある?

S:(多くが首を横に振っている)

G男・L男:ない。

A男:駅員さん、いない。

T:そういう駅員さん、いないよね? 見張ってる駅員さんはいるけど。

S:(個人面談開始のチャイムが鳴り、集中力が切れた顔になる)

T:(チャイムにはかまわず続けて)当時も「おはようございます」って言う駅員さんはいたんだけど、帰りに、10時頃に「お疲れ様でした」って言ってくれる人っていうのは会ったことがない。だから、ビックリしちゃって、(横を見るジェスチャーをして)「あ、どうも」っていう感じで帰ったんですね。

S:(小さな笑いが起こる)

T:で、それが最初の経験だったんですけど、翌日来たらまたそのおじさんがいて、「おはようございます」って。先生はガチャンだったんだけど、あっちの方から「おはようございます」って声をかけてくれたんです。

S:(真剣な顔になる)

T:で、そうなると、やっぱ、ガチャンと通るのはなんなので…。せっかくだから、また何か言ってくれるかなって思って、わざとガチャンと通さずに…、通さなくても済むので…、おじさんの方へ行くわけです。そうすると、やっぱりおじさんは「お疲れ様でした」って言ってくれたから、「どうもありがとうございました。さようなら」ってね、話をするようになったんですね。

S:(ニコニコしながら聞いている)

T:だからね、朝もわざわざそのおじさんのところを通って「おはようございます」って言うようになったんです。

S:(笑いが起こる)

T:でも、それって私だけかなって思ってたら、よくよく観察してみると、みんなガチャンを通さない。

S:えええ!

T:そのおじさんのところを通っていく。

S:いひひ~!

T:特に、その駅の近くに埼玉大学の附属小学校もあったので、小学生たちも「おはようございま~す!」って言ってそのおじさんのところを行くわけ。

S:(ニコニコしながら聞いている)

T:でも、そのおじさんも24時間そこにいるわけじゃないので、いる時間はやっぱり決まっているじゃない? だから、いない時はやっぱり寂しいわけですよ。いない時は仕方がないからガチャンと通るわけですけど、他の駅員さんは黙ってるからね。

S:(「へえ~」という顔で聞いている)

T:ふだん、あいさつをしなくてもいいような人なんですけど、お互いに声を掛け合うっていうことがとても気持ちいいっていう…、いい気分にさせてくれる。その「お疲れ様でした」って最初に言われたときも、本当に疲れたなあと思っていたときで…、そういう顔をしていたんだろうねえ…、「お疲れ様でした」って言ってくれたのがとても嬉しかった。ということから、私はね、その時から挨拶って、そういう相手の気持ちを楽にしてあげるとか、いい気分にしてあげるとかいう役目があるんだなあと思ったんです。

S:(真剣な顔で聞いている)

T:そう考えて以来…、これは私がこの学校に来てから19年間必ず毎朝やってることなんだけど…、音羽の坂を早足で登ってくる時に、抜いた生徒にはほとんど全員に挨拶をします。「おはよう!」って声を掛けています。この中に掛けられた人いますか?

S:(十数名が手を挙げる)

T:今朝はV子さんに声を掛けたよね?

V子:(うなずく)

T:で、それはなぜやっているかというと、そのJRのおじさんに挨拶って大事だなって教えてもらったからなんですね。それで、挨拶をすると人が幸せになる。ぼくに挨拶をされてみんなが幸せになるかどうかはわからないけど、そう信じて一応声を掛ける、っていうことが大事だと思っている。そして、声を掛けられた人は気分がよくなる。気分がよくなれば、その人がハッピーになる。ハッピーになってもらえれば、私もハッピーになる。という風になんとなく自分に返ってくるかなっていう思いがあるからです。

S:(数名が飽きたような顔をしている)

T:だから、授業でも…、ここからがみんなにとってのことなんだけど…、みなさんが挨拶をしっかりすれば、挨拶をされた先生方はきっと気分がよくなる。先生が気分がよくなれば、授業を一生懸命やる。

S:(数名が顔を見合わせて話をする)

T:じゃあ、挨拶をしなければ一生懸命やらないかっていうと、そういうことではないけど…。

C男:よいしょ!

P子:(持ち上げるジェスチャーをして)よいしょ!

T:まあ、ある意味「よいしょ」ですよ。挨拶なんかしなくてもやることはやるけど、みんながよく聞いて、一生懸命やろうっていう気でよく聞いてくれれば、「じゃあ、ひと肌脱ごうじゃないか」って、やっぱり思いますからね。人間ですからね。そして、それがみなさんの方に返ってくるということです。逆に言うと、挨拶をしないと、しない人間だと、それは積もり積もって自分の方に返ってこないと…。ほんのちょっとのことなんだけど、相手の幸せが自分の方に返ってこないことになるので、みなさんは挨拶をしないと損をしちゃう。「損」って、別にお金の問題じゃなくて、人生を損しちゃうよってことです。

S:(辛抱強く聞いているが、疲れてきている)

T:なので、「挨拶をしっかりしよう!」っていうことを常に呼びかけているのは、そういう理由からであります。そして、なぜそういう風に思うようになったか…。20年間、本当にこれをなんで話さなかったのかなと思うくらい、ずっと話す機会を持っていました。では、なぜ私がそれを話そうと思ったかというと、実は今までいろいろ話をして、みんななら聞いてくれそうな気がしたからです。

S:(嬉しそうにニコニコしている)

T:この組のみんなが…。そうでなければ、私は話しません。そういう人たちだなと思ったから話しました。

S:(数名が拍手をしようと手をたたくが、後は続かない)

T:ということです。だから、ぼくはみんなに、そのよかったという気持ちを伝えたかったんです。今日は長くなりましたけど、これで終わりにしたいと思います。

S:オオオ~!(続いて大拍手が起こる)

T:拍手をもらうようなことじゃないけど…。ごめんなさい。つまらない話をしました。

 以上、終わりです。

 

【こぼれ話②】

ボイスレコーダーによれば、今回の話は16分48秒もかかっていました。はたしてそこまで時間をかけて話す内容であったかどうかは精査する必要があると思いますが、生徒は全体をとおしてよく話を聞いており、こちらの問いかけにも多くの生徒が積極的に応じてくれました。時間と労力(自分も生徒も)をかけてした話だけに、生徒の心に今回の話が印象深く残ってもらえればと思っています。なお、終礼の後に2人の女子生徒が来て、「先生は『つまらない話』と言っていましたが、私は感動しました」と言ってくれました。

 

今回の話がどのくらい効果があったか、つまりこの話の後にクラスの生徒が授業その他の場面で以前よりしっかり挨拶ができるようになったか、という点については、残念ながらこちらが期待するほどの変化は見られませんでした。もちろん、こちらが生徒に挨拶のことを意識させると、以前と同じくらい大きな声で元気に挨拶をしますが、何も言わずに生徒に任せておくと、なんとなく仲間の出方をうかがいながら声を出しているような雰囲気があり、一人一人が周囲の動向に関係なく声を出すというところまで生徒の意識を高められていません。もしかしたら、それはこのような話で変化するようなことではなく、もっと根深い“何か”が生徒の間に存在しているのかもしれません。そうだとすると、構成的グループ・エンカウンターなどの活動をとおして、それを和らげることをしなければならないでしょう。

 

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