56. すり減るベテラン教師

【きっかけ・ねらい】

この話は、その日の朝日新聞朝刊の社会面に「ベテラン教師 すり減る意欲」というタイトルの大きな記事があったことをきっかけとして、自分の生徒に対する気持ちを話しておきたい思ったことから話したものでした。最終的な落としどころは、自分も生徒も互いに相手から認められることで学校生活を楽しく感じられるようになるというということを伝えることでした。そして、それは前期の終業式に話そうと思っていたことに関係することでもありました。

 

【手順・工夫】

まず「自分に関係することが今朝の新聞に載っていた」と発言することによって、「先生のことが新聞に載ったの?」という驚き(実はことばのあやによるだましですが)を与えて生徒を話に引き込むことを考えました。次に、その実際の記事内容と自分を比較することで自分の生徒に対する気持ちを伝えようと思いました。さらに、前の週に実際に経験した生徒とのやりとりを取り上げ、その具体的事例を元にどのようなことが自分と生徒との人間関係上大切だと思っているかを話してまとめにしようと思いました。

 

【実際の会話】9/26

T:まったく個人的なことでなんなんですけど、実は今日の朝刊に先生に関する記事が載っていました。

S:(驚いて)えっ?

T:(予測どおりの反応に)といっても先生のことが新聞に載っていたというわけではないよ。

S:(笑いが起こる)

T:実は朝日新聞の社会面にとても大きな記事があって、それが先生にも関係することだったんです。誰か、どんな記事だかわかる人はいませんか?

S:(しばらく沈黙する)

A男:あの~、教師がなんたらかんたらという記事ですか?

T:おお、そのとおり。あなたはその記事を読んだ?

A男:いいえ、目次にあったような気がしただけです。

T:(記事のコピーを見せて)これがその記事です。タイトルは読めますか?

S:「ベテラン教師 すり減る意欲」

T:すごいタイトルでしょ? 先生もこの中に入るからね。

B男:ベテランって何歳くらい?

C男:先生もベテランなの?

T:「仕事が楽しい」は20代で80%、それが50代だと59%になるそうです。先生も50代だからこれに入るわけだ。

S:(笑っている)

T:記事にはいろいろ書いてあるので全部を紹介する気はないんだけど、ここだというところだけを読みます。「年齢が高いほど働きがいがすり減る傾向は男性教員に強い。例えば、『仕事は楽しい』は…」ちょっと飛ばして、「特に中学校の男性は30歳未満の83%が50歳以上では49%まで落ち込んだ」だそうです。中学校の男性教員で50歳以上といえば…、私じゃないですか!

S:(笑いが起こる)

T:ただね、私の場合はこの49%の方で、「仕事が楽しい」っていう方ですね。この記事では年齢が上がるほど意欲が下がるという傾向があるとのことですが、私はむしろ若い頃より今の方が楽しいなあ。それはね、きっとみなさんのおかげだと思うんだけど…。みなさんのような素敵な人たちと付き合っているから楽しいんです。

S:(どう反応していいかわからず苦笑している)

T:みんなとね、こうして話ができるのは先生にとってとても楽しいことなんだな。だけどそうではない先生もけっこういる。こう書いてあるよ。「さらに男性だと年齢が高いほど『職場の仲間がいるから楽しい』『児童・生徒たちから必要とされている』の設問に『そう思う』と答える率が低下」だそうです。この「生徒たちから必要とされている」という部分が重要なんだと私は思います。先生はね、勝手に「自分は生徒から必要とされている」って思い込んでいるから楽しいんだな。

S:(ニコニコしている)

T:あとね、こうも書いてある。「特に中学校は生徒が思春期を迎え、関係を結びにくくなっている」とね。これは確かにそうだね。みんなもそうだけど、1年生のときと今とでは先生との関わり方がちがうでしょ? これは正常な成長のせいだから仕方がないんだけど、以前ほど先生に関心を持ってくれないもんね。

S:(どう反応していいか戸惑っている)

T:教師の楽しみなんてそんな単純なことなんですよ。例えば、先週ある生徒の発言で先生は「教師って楽しいな」っていうか、とにかく嬉しいなって思いましたから。それがね、先週一番先生が嬉しかったことなんだよ。それはね、このクラスのある女子2人のおかげなんです。

D男:(後ろの男子に何か言われて)俺じゃね~よ!

T:あのね、女子だって言ったでしょ?

S:(笑いが起こる)

E子(該当生徒の一人):(自分のことだと気づいたらしく、となりの男子に)だって、先生がなかなか返事してくれないんだもん。

T:それが誰だかはあえて言わないけど、こういうことがあったんです。木曜日にね、週番教官の仕事で昇降口でみんなに「さようなら」を言っていたら、なんだかこっちの方から(右前を指すジェスチャー)誰かに声をかけられたらしいんです。でも、それに気がつかなかったら、その女子2人がしつこく「先生、さようなら!」と繰り返したので、ようやく気づいて「あっ、ごめん!さようなら」ということになったんだ。

E子:(となりの男子に)やっぱりそうだった。

F子(もう一人の該当生徒):(E子とこちらを見てニコニコ笑っている)

T:そのね、ちょっとしたことが実はとても嬉しかったんだなあ。

S:(「ええっ?そんなことで?」と目を丸くしている)

T:生徒にさ、そうやって声をかけてもらえるっていうのは教師として一番幸せなことだからね。それがあるから教師をやっていられるんですよ。

S:(どう反応していいかわからず苦笑している)

T:でも、逆にそういうことを考えると、先生の方もみんなにいっぱい声をかけないといけないよね。この点は反省だな。あまり先生はみんなに声をかけていない気がするから。ただ、一応ね、先生もみんなのことを考えて遠慮しているということもあるんです。だって、みんなの中には先生からあまり声をかけられたくないっていう人もいるでしょ? 親から声をかけられるのもいやだっていう人もいるだろうしね。

G男:反抗期ってやつですね。

T:そう、その反抗期だ。だから、まあ、先生もちょっと遠慮しているところがある。でも、だからといって怠けてちゃいけないね。どんなに煙たがれようと声をかけなければいけないのかなとも思っています。

S:(わざと「迷惑です」と言うがごとく笑っている)

T:ということで、今日はこれでおしまい。

 

【こぼれ話】

この日の話は導入こそ生徒の関心を引くことができましたが、最終的な落としどころまでそれを上手に引っ張っていくことができなかったように思います。それは引用した新聞記事が生徒自身に直接関係がなかったことや、一般論である記事内容を無理矢理自分に結びつけて話したことなどが原因であったと思われます。

 

なお、この日の放課後にはいつもより多くの生徒が彼らの方から「さようなら」と声をかけてくれました。

 

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