55. 人生観を変えた話(最後の運動会に向けて)

【きっかけ・ねらい】

この話は、中学校生活最後の運動会に向けて生徒の気持ちを鼓舞しようと企画したものです。本校の運動会は企画・運営をはじめ生徒指導までを保健体育科の先生にかなり任せています。しかし、他の行事と同様に運動会は学級経営上とても大切な行事ですので、1年次も2年次もいろいろな視点から生徒に話をしてきました。3年生は縦割りの同じクラスの1、2年生をまとめながら自分たちの力を出し切ることを期待されていますので、そのあたりの生徒の気持ちをくすぐりつつ、本番で満足のいく結果を残して成功感を味わえるように指導していくことにしました。

 

【手順・工夫】

9月になって、いよいよ本番まで3週間弱という本格的に活動する期間になったので、少しずつ、あの手この手で生徒を鼓舞する話をしていこうと考えました。ただ、一度に多くのことを話しても生徒に浸透しないので、頃合いを見計りつつ何回かに分けて話題を出していこうと思いました。

 

【状況①】

3年生は各クラスからチーム・リーダー2名、パフォーマンス・リーダー2名、クラス・リーダー2名(各男女1名ずつ)の6名が6月に選挙で選出され、夏休み前から自分たちのチームをどのように鍛え上げていくかということを考え、1~3年生の3クラス123名の大所帯を指導していくことになっています。しかし、実際に活動が始まってみると、生徒の取り組み姿勢が2年生の時よりむしろ悪くなってしまっているという実態が見えました。そこで、自分が小学校4年生の時に読んだ国語の教科書の教材を使って、生徒のたるんだ気持ちを引き締めることに最終的な目標を定めました。

 

【実際の会話①】9/3

T:(リーダーからの連絡があったことを受けて)運動会と言えば、8月30日と今週の金曜日の2回にわたってパフォーマンスの練習がありましたね。それを見ていて、先生はあることを感じました。

S:(リーダーたちを中心にして「何だろう?」という真剣な顔で聞いている)

T:それはね、練習自体はとてもよくやっていたということです。誰もサボったりせず、一生懸命活動していました。リーダーの6人はとてもよく動いていたし、他のみんなもよく協力していた。先生はビデオ・カメラのファインダーをのぞきながら、そんなみんなの真剣な表情を見ていました。

S:(どう反応していいかわからず、真剣な表情で聞いている)

T:特にリーダーの6人の動きはいいねえ。5クラス全部をビデオに撮るために回っていたからわかるんだけど、6人のリーダーがそろって活躍していたということでいうと5組のリーダーが一番だったと思う。そのすばらしいリーダーがいたから、みんなも1年生や2年生もあれだけしっかり活動できたんだと思う。

リーダー6人:(嬉しそうな顔の者と戸惑っている顔の者がいる)

T:ただね、課題がないわけじゃない。

S:(緊張した様子でこちらを見る)

T:それは、活動を始めるまでのロス・タイムが長かったこと。これもどのクラスからビデオを撮ろうかと見回していたからわかったことなんだけど、前回も今回も準備が整うのが一番早いのが3組だった。他のクラスがダラダラしている間にもうみんなを座らせて話をしていた。5組はその次くらいだったかなあ。そして、もっとも遅いクラスがようやく話をし始めたときには3組はもう活動を始めていた。これも5組はその次くらいだったと思う。だから、みんなができることは、次のときは真っ先に練習に取りかかれるように協力することだ。

S:(多くは真剣に聞いているが、下を向く生徒が出てきた)

T:そういえば、ある女性の先生が…、その先生は昔みんなの一部も教えてもらったはずの先生なんだけど…、

A子:○○先生じゃない?

T:その先生は私のごく身近な先生で、変なことでも言おうものならすぐにバシッとつっこみを入れてくる先生で…、

B子:やっぱり○○先生だ!

T:その先生がね、自分のクラスの練習風景を見ていて言ったそうなんだ。「だいたいね、練習をチンタラしているクラスが勝てるわけないでしょ!」ってね。

S:(誰だかわかったようで、笑っている)

T:まあ、先生もそう思うね。「優勝するぞ!」なんて言っていて、練習はいいかげん。そんな有言不実行じゃ勝てるはずがない。だから、パフォーマンスの練習はみんなで協力して効率よくやろうじゃないか。いいね?

S:(うなずいている)

T:そうそう。パフォーマンスの練習と言えば、来週からの練習はどうなってるの?

C子(パフォーマンス・リーダー):(挙手をして立ち上がって)そのことなんですけど、朝練は競技の練習をすると体育着に着替えなければならないじゃないですか。そうすると着替えに時間がかかって、授業に遅れたりするので、朝練はパフォーマンスの練習だけにしたいと思います。ただ、月曜日の1時間目は体育なので、どっちみち体操着に着替えるので、7時45分から競技の練習をしたいと思います。

S:(「えっ?いきなり来週の月曜日の朝からやるの?」という驚いた表情)

T:なんだい?週明けの月曜日の朝からいきなり始めるの?

C子:はい。

T:だそうです(練習を許可した覚えはないということにはふれないでおく)。

S:(苦笑いを含んだため息がこぼれる)

T:ところでね、競技の中で担任として勝ってくれると嬉しいものがあるんだけどなあ。

 その競技はね、クラスの全員が団結して協力しなければならない競技です。

S:(新しい話題に「何だろう?」と顔を向ける)

T:クラス・リレーはね、あれはバトンさえ落とさなければみんなは勝つはずだ。

S:ええ~!

T:だって、そうでしょ?みんなの50m走のクラス平均は学年で一番なんだから、勝って当たり前でしょ?負けたら、それはバトン練習をちゃんとやっていなかったということだ。バトンの受け渡しの練習をするなんていうのは基本中の基本だよ。

S:(苦笑いをしている)

T:それよりもね、これは勝って欲しいなという競技が…

D男:むかで競争!

T:そのとおり!まずはあれだね。むかで競争はクラスの団結力がよ~くわかる競技だというのは去年も話したと思うし、1年生のときに先生のクラスだった人はそのときも聞いたと思う。

S:(うなずいている)

T:それから…、名前は何て言ったっけ…、あの、細い棒を持って走るヤツ。

S:「走って回ってジャンピング」

T:そうそう、それ。あれはさ、毎年のように名前が変わるんだよね。前回3年生を担任したときは「トルネード・スピン」って言ったんだけど。

S:(なぜか笑いが起こる)

T:確か、その次の年は「ニュー・トルネード・スピン」だったなあ。「走って回ってジャンピング」か。なんか見た目そのままっていう感じだな。

S:(ニコニコしている)

T:あの中でさ、最もクラスの団結力がわかる部分があるんだよねえ。

E子:棒をみんなでジャンプするとこ!

T:そのとおり!あそこでね、サーっと一気にジャンプして超えられるチームが勝つんだ。ちなみに、前回先生が担任した3組はダントツの1位でした!

S:(大きな期待をかけられて引きつった笑いをしている)

T:あとは、「アルプス一万尺」だね。

F子(クラス・リーダー):(挙手をして立ち上がって)そのことなんですけど、土台になる人を男女とも発表します。(男女各3名の名前を発表する)以上です。

T:えっ?土台になる人は3人しかいないの?

G子:(チーム・リーダー):いえ、踏み台になる3人だけ発表したんです。

T:ああ、踏み台になる3人ね。あの役は大変だよ。みんなにドカドカ乗っかられるんだからね。

S:(あちこちでその話で盛り上がっている)

T:まあ、うちのクラスのは男女とも大きな人が多いから、土台は大丈夫でしょう。あとは棒をよじ登る方だね。あれは腕力があって軽い人が有利なんだけど、土台と上る人とにうまく分けられそうかい?

F子・G子:はい。

T:そうか。じゃあ、これも期待していよう。さて、今日もずいぶん長くなっちゃったね。ということで、今日はこれでおしまいにします。

 

【状況②】

この日は、直前の5・6時間目にあった学年予行(合同練習)で自分のクラスの生徒達がほとんどの競技で最下位であったばかりか、遅れ始めるとすぐに諦めてしまうようないい加減な態度で競技に臨んでいたという実態がありました。さすがに生徒自身もそのことを随分気にしていたらしく、私が話す前にリーダー達がいつもにも増して強い口調で仲間を鼓舞しており、生徒にも反省の色が見られました。そこで、私は少しトーンを落としつつ、別の角度から生徒のやる気を高める話をしようと考えました。

 

【実際の会話②】9/9

T:(この日の学年合同練習でふがいない姿であったことを反省するためにリーダーたちがいろいろと話した後で)今日のHRHのことはもうすでに君たち自身でいろいろと思っているだろうから、もうそのことについては先生は何も言わないことにしよう。君たちだって、今のままでいいとは思っていないだろう?

S:(その話に触れられることを覚悟していたのか真剣に聞いている)

T:だから、来週の火曜日の予行演習までにどのくらい君たちが改善されるのかを待つことにしよう。それでもダメなら…(次のことばに詰まる)、またそのときにアドバイスをすることにしよう。

S:(緊張した顔をしている)

T:ただ、今のままだと心配なことが1つあるので、そのことだけは話しておくことにする。それは、今日のような状態でこの後もいくとしたら、予行のときに君たちがケガをするのではないかということだ。前に一度話したかな?前に担任した学年で、今年大学を卒業した連中のときに、先生のクラスのあるチームが予行演習の「ムカデ競争」で転んで、先頭のチーム・リーダーだった男子が鎖骨を骨折してしまったんだ。

S:(引きつったような顔で)ええ~!

T:まあ、そいつらはいい加減に走っていたわけじゃないんだけど、そのせいでその年の本番から先頭の生徒がプロテクターをするようになったんだ。

S:(「へえ、そうなんだあ」という表情)

T:それから、今大学1年生の予行のときは、「走って回ってジャンピング」でコーンを回ったときに…、今日もA男が転んだよな?

A男:(恥ずかしそうにしている)

T:そのときも一番外側の男子が転んで…、そいつは水泳部のキャプテンだったんだけど、足を骨折してしまって、当日は車いすに乗る羽目になってしまった。それで心配なのは、ケガというのは気がゆるんでいるときに起きやすいということなんだ。そういうときはよく事故が起こる。だから、勝つとか負けるとかよりも、まずはみんなにケガをしてもらいたくないので、練習のときから真剣に取り組んでもらいたい。わったかい?

S:(大きな声で)はい!

T:そうか。じゃあ、今日はこれでおしまいにしよう。

 

【状況③】

この日は運動会の予行演習でした。午前中に全種目の入退場や係仕事の確認がとおしてあり、午後は計3時間以上もクラス毎のダンス・パフォーマンスの練習がありました。この日は天気がとてもよく、気温もかなり高かったので、生徒は真っ黒に日焼けしながら熱心に取り組んでいました。リーダー達が一生懸命指導していたダンス・パフォーマンスも、3クラス123名の動きがよく合うようになり、すべての演技を通して演じることができる段階まで活動が高まっていることが見えました。そこで、さらにその演技の完成度を高めさせる指導をしようと思いました。

 

【実際の会話③】9/13

T:(疲れ切った顔をしているいる生徒に)月並みだけど、お疲れ様。今日はさ、本番より大変だったんじゃない?

S:(キョトンとしている)

T:だって、午前中いっぱいはずっと予行で出ずっぱりだったでしょ?午後はずっと練習してたもんなあ。だからみんな真っ黒というか真っ赤に日焼けしてるし…。

S:(互いの顔を見合って何か言い合っている)

T:今日はみんな疲れてるだろうから、帰ったらしっかり休むんだよ。ゲームなんかしてるんじゃないぞ。大丈夫かなあ…。なんか今日帰ったら病人が出そうだなあ…。

S:(どう反応していいかわからない様子)

T:それから、今日のパフォーマンスの練習だけど、よくぞあそこまでできるようになった。リーダーもよくあそこまで仕上げたね。たいしたもんだ。

A子:(拍手をする)

T:(A子の拍手に誰も続かないので)リーダー達に拍手!

S:(拍手をする)

T:全部を通すこともできたし、全員が形を覚えて踊れるようになった。ただ、まだ足りないものがある。みんな疲れているだろうけど、よく聞いてほしい。

S:(話を覚悟していたのか、特に反応はない)

T:おそらく、誰かの耳にはいずれ入るだろうから、人から言われる前に自分から言うことにしよう。さっき、先に終礼が終わった3組に行ってきたんだけど、そこで先生が何を言ったか話すことにします。

S:(さすがに他のクラスのことに触れたので「何だろう?」という顔になる)

T:3組で先生はこう言ったんだ。「君たちのパフォーマンスは先生がこれまで17年間見てきた中で1、2を争うできだ」って。それから、「君たちのパフォーマンスを見て、ゾクゾクした」って。

S:(「自分たちはどうなの?」という不安な顔になる)

T:それは何も5組のパフォーマンスがダメだというわけじゃあない。みんなのダンスもとてもよくできているし、格好良かった。テントの下でAA先生(英語科)とBB先生(英語科)が一緒に見ていたんだけど、先生方もみんなのダンスが終わったときに「すごいじゃん!」「いいねえ!」と言ってくださった。ただね、先生はそれだけじゃあ満足できない。残念ながら、みんなのダンスにはまだゾクゾクしない。

S:(リーダーをはじめとして緊張して聞いている)

T:その理由はね、3組の人たちはみんな本気で楽しそうに踊っていたんだよ。一人ずつジャンプする場面があるんだけど、そのときも一人一人が本当に楽しそうにジャンプしていた。そういうシーンを見るとゾクゾクするんだな。みんなはどうだろう?

 全部通しでできるようになったし、隊形もとてもよくできていた。でも、一人一人を見てみると、動きに神経が行き届いていない。例えば、最初にこうやって(両腕を振るジェスチャーをする)手を振るじゃないですか。みんなリズムよく正確にやっているんだけど、楽しそうにやってない。どうしてもっとこうやって(派手な動きを見せる)嬉しそうにやらないんだろう?せっかくリーダー達があんなにいいダンスを考えてくれたのに。そこがみんなの課題だと思う。

B男(クラスリーダー):(笑ってうなずいている)

T:あと3日でどこまでみんながそれを高めてくれるか楽しみにしているよ。

C子(チームリーダー):(新しい課題を突きつけられて戸惑った顔をしている)

T:それから、運動会どうのこうのというか、これができなきゃ運動会はうまくいくわけないと思うことがみんなの普段の生活にある。いったい何だと思う?

S:(いきなり問いかけられて戸惑っている)

T:そんなこといきなり言われたってわかるわけないよね?

S:(少し笑顔がこぼれる)

T:じゃあ、先生の方からはっきり言おう。でも、なぜそれが運動会にも関わるかは考えてもらうよ。それはね、授業の始まるときにみんなが席に着いていないことだ。特に英語の時間の後なんかそうだね。先生は終礼は長くするけど、授業はたいてい時間どおりに終わらせるでしょ?

S:(何人かがうなずいている)

T:だから、次の時間までには10分間たっぷりあるはずだ。ところが、先生が準備室から次のクラスに行こうと5組の前を通ると多くが席に着いていないし、ロッカーを開けて荷物を取っていたりしている。先生が次の時間のことまで考えて授業を時間どおりに終わらせているのに、みんなはそんなことはお構いなしにおしゃべりだけをして授業の準備をしていないというわけだ。ちなみにね、さっき褒めた3組はいつもみんな席に着いているぞ。そのことも今日は褒めたけどね。

S:(緊張して聞いているが、下を向く者も出てきた)

T:じゃあ、なぜチャイム着席ができるかどうかが運動会で好成績を収める…、いや、成績なんかこの際どうでもいい…、運動会をみんなが有意義に過ごせるかどうかに関わると思う?

S:(考えてはいるがなかなか反応はない)

T:じゃあ、D男くん。君はどう思う?

D男:(しばらく考えて)授業に遅れるとかいうのは、運動会で並んだりするのに遅れるとかそういうことでもあるので…。

T:なるほど。E子さん、あなたはどう思う?

E子:(すぐに)パフォーマンスの質が高まらないからだと思います。

T:では、F子さん、あなたは?

F子:(驚いた様子で)先生の言うことが聞けないというのは、リーダーの言うことも聞けないからだと思います。

T:なるほど。G男くんはどうだ?

G男:(あわてた様子で)授業の準備をちゃんとできないと、ムカデの準備とかにも時間がかかって無駄な時間が多くなるからだと思います。

T:確かに、今4人の人が言ってくれたことはそれぞれそのとおりだと思います。でも、先生が考えているのは少しちがう視点のことです。それは、席に着いていない人がいたりロッカーに物を取りに行く人がいるということは、そういう連中は仲間のことを考えない自分勝手な人たちだということだからです。中にはきちんと準備をしている人もいるだろうけど、そういう人のことを考えずに勝手に授業を遅らせて、それで平気でいるという神経の人になってしまっている。それが今このクラスにははびこっている。それでいいと思っている。そういう状態で運動会だけまとまろうたってそうはいかない。

S:(真剣な顔で聞いている)

T:そこで、まずは明日の授業から改めて休み時間にきちんと授業準備をして着席していなさい。それができないんだったら、運動会はもうあきらめた方がいい。もちろん、みんながきちんとできることをわかっていて言っているんだけど…。

S:(数名がニコニコして聞いている)

T:それができれば運動会は大丈夫だ。もちろん、それで勝てるようになるとかそういうことじゃあない。それができる気持ちと運動会でも協力して頑張ろうという気持ちは同じなんだよ。そうすればパフォーマンスでもそれぞれが気持ちを入れた演技をしようとするはずだ。ムカデだって心を合わせるから転ばなくなる。

S:(気持ちが前向きになってきたような表情が見えてくる)

T:さあ、どうだろう?先生の言っていることは納得できたかな?

S:(数名がうなずいている。他の生徒も真剣な顔であるが積極的な反応はない)

T:じゃあ、お手並み拝見とすることにしようか。今日はこれでおしまい。

 

【こぼれ話①】

この話をする前に、リーダー6人にはそこまでの努力の過程とその日の行動ぶりの良さ、そして実際の作品に表れている活動の成果をほめてあげていました。その上で、頑張っているリーダーたちを援助する意味もあって今回の話をしました。そのことはリーダーたちも感じてくれたようで、終礼後に彼らを集めてその後の対策の相談にのってあげたところ、全員がいつもにも増して感謝のことばを述べてくれました。

 

また、翌日からは生徒全員の行動が早くなり、教室移動を含めて授業準備をしっかりしようという気持ちが表れていました。運動会後に反動が来ないか心配ですが…。

 

【実際の会話④】9/16

T:もう泣いても笑っても明日が最後の運動会です。ここまで一生懸命練習してきたわけですが、大きく分けて競技のこととパフォーマンスのことがありますよね。パフォーマンスはどうですか、みんな? できは?

S:(どう答えていいかわからず反応がない)

T:A子さん(パフォーマンスリーダー)、どうだ、パフォーマンスのできは?見通し。

A子:2年生が今日「完璧だ!」って言ってたんです。

T:「完璧だ!」って言ってた?

A子:今日、予行があったみたいで、2年生が頑張ってくれているみたいなんで、大丈夫だと思います。あ、それで、みんなに言いたいことがあるんですが、いいですか?

T:はい、どうぞ。

A子:(最初は自分の席で、途中で前に出てきて黒板を使って説明する)

T:(説明内容に沿ったジェスチャーをしてA子を助ける)

B子(チームリーダー):(A子の内容を補足する発言をする)

T:昨日ですね、パフォーマンスを見せてもらっていて…、数日前に3組のことを褒めたんだけど…、5組は遜色ないと思う。

S:(驚いたような表情)

T:私が見る限り、内容、隊形、面白さ、まったく遜色ないというか、その部分は5組の方が上だと思う。1箇所ね、先生が「お~!」というか「すげ~!」と思う所があるんだ。どこだと思う?

C子:最後。

D子:(ジェスチャーで別のある場面を示す)

T:ああ、あそこもいいねえ。あそこもいいんだけど…。たぶん、やってるみんはわからないと思う。前で見てるとわかる。

E子:Vの字のところ(ジェスチャーでその場面を示す)。

T:(E子の発言を受けて)Vの字の6つに分かれていて、前からバッ!バッ!バッ!と行くところあるじゃない。あそこ前から見てるとすごいよ。

S:(みんな笑顔で聞いている)

T:「わあ!わあ!わあ!」って行くよ。

S:(大げさに言ったので興奮して笑っている)

T:あそこがサーっと決まると、「おお!」という感じになる。なので、今すごくよくなっているので、十分自信をもってやってください。

S:(互いに何か言い合ってざわつく)

T:次に競技。どうだ、みんな競技の方は?

F男:ムカデがまずい。

T:ムカデがまずい? それで、競技のこともそうなんだけど、明日はずっとカメラをやっていてみんなのところに行けないと思うので…、1年前の今日、話した内容を思い出してほしい。

G子:「あ○○○ない」

H子:そう、そう!

T:(G子の発言を受けて)私はここに3つの「あ○○○ない」って書いたんだけど、覚えてます?(黒板に「3つの『あ○○○ない』」と書く)

S:(あちこちで顔を見合わせながら思いついたことばを言っている)

T:はい、覚えている人?

G子・H子:(手をまっすぐに挙げて)はいっ!

T:(H子を指して)はい、どうぞ。

H子:ええと、「あなどらない」「あきらめない」…。

T:ちょっと待って。「あなどらない」?(「あなどらない」と板書する)

H子:「あきらめない」と…(3つ目が思い出せないらしい)。

T:「あきらめない」と…。(「あきらめない」と板書する)もう1個!

S:(ああだ、こうだとざわついている)

T:「もう1個」と言ったときに誰かが面白いことを言った。

G子:「あめなめない」

T:そうだったよなあ、I男くん。

I男:(苦笑している)

T:確かI男くんだったよなあ、「あめなめない」って言ったのは。

I男:確かに言いました。

T:え~、「あなどらない」。「あなどらない」って確かこんな字だったな。(「侮らない」と板書する)

S:(何か別のことを思い出して「言った」「言わない」で盛り上がっている)

T:それから、「あきらめない」って…。(「諦めない」と板書する)もう1個な~んだ?

J子:(自信なさそうに小声で)「あざけらない」?

T:おっ、出た!(「あざ」まで書いて)ここまで出れば?

S:「あざけらない」

T:「あざけらない」(「あざけらない」と板書するが漢字がすぐに出ない)あれっ?「侮らない」と「あざけらない」が逆か? あ、いいのか。「あざけらない」は嘲笑の「嘲」だ。(「嘲らない」と板書する)なんで、これ重要なの?「あなどらない」は?

H子:(手を挙げて)勝利のため!

T:えっ?「勝利のため」?

H子:相手をバカにすると絶対に負けるから。

T:そう、相手を侮ると絶対に負ける。特に先生が心配してるのは何だと思う?

J男:パフォーマンス。

T:ちがう。

K子:クラスリレー。

T:そう、クラスリレー。去年、みんなは何位だったか覚えてる?

G子:1位!

T:1、1、…?

G子:2、2。

T:1,1、2、2? 確かね、1位が3つあったんだよ(4レース中のこと)。

S:(いろいろな順位の組み合わせを言い合っている)

T:で、総合すると絶対一番なんです。でも、今年はそうはいかない。

S:(「えっ、なんで?」という驚いた顔)

T:去年、なんで一番だったかわかる?

S:(答えはない)

T:他のクラスがね、みんなチビだったんだ。

S:「チビ」?

T:ちっちゃかった。「チビ」っていうことばはいけないな。で、他のクラスがみんな成長して、みんなに追いついています。だから今年は、たぶん同等だと思うから、あとはみんなが協力するかどうかにかかっている。「あきらめない」は?

H子:最後まであきらめない!

T:なんで大事?

S:(話に飽きてきたのかざわついている)

T:いいかい?全員あきらめちゃいけないというのもあるし、団体スポーツの中で一人があきらめた行為をすると、みんなががっかりしちゃうよね。

G子:(おおきくうなずいている)

T:だから、One for all, all for one.でもあるんだけど、いいかい、みんなのための一人なんだということも忘れないでね。次、「あざけらない」は?

H子・G子:(順番に何か言ったが聞き取れない)

T:うん、同じチームの中で失敗した人がいる。その人が「俺のせいで…」と思っているかもしれないよね。その時に「お前のせいだ」のような態度をとらない。あるいは「あなどらない」にも関係すると思うけど、他のチームが仮にどんな成果であってもそれをバカにしてはいけない。他のチームも一生懸命やってる。そういう気持ちをもっちゃいけない。そんなことで話をしました。で、これは去年のことで、それを復習するだけでは何なので、今日は実は1つみんなに、とっても短い話を読んでもらって終わりにしようと思います。(印刷して冊子にした「ゼッケン67」を手に持つ)

S:(「いったい何を読まされるの?」という雰囲気が漂う)

T:これは、私が40年前に小学校4年生だったときに教科書に載っていた話です。この話はとてもいい話なので、今日は緑チーム3クラス全部に読んでもらっています。1、2年生にも読んでもらっています。ちょっとまずみんなにこれを読んでもらいます。(冊子を配布する)

S:(手渡された冊子を順番に回す。ざわついていて落ち着いて読む雰囲気ではない)

K男:あと5分じゃないの?(「あと5分で下校じゃないの?」という意味)

T:ちょっとだまって読んで。小学校4年生の文章だから、簡単にさっと読めると思う。

 でも、中身はいい話です。

S:(静かに読み始める)

T:タイトルの前に、私が「"周回遅れ"、"最下位"を経験した君たちへ」という副題を付けました。

S:(約3分を過ぎたところで多くの生徒が読み終えたようである)

T:読み終わったら置いてください。(しばらくして)何かこれを読んで感想が思い浮かんだ人いない? 何か言いたいことがある?

S:(誰も手を挙げない)

T:L男くんはどうでしょう? なんか思ったことある?

L男:(しばらく考えて)あの、この選手はただ遅かったんじゃなくて風邪をひいていたということがわかったんですけど、それでもまず出ようと思ってあきらめなかったというところがよかったし、選手だけじゃなくて、観衆も最後まであきらめなかったことを喜んでいたし…。「あ○○○ない」のことがみんな入っているような感じがしました。

T:そうでしょ。ここに書いてあることがちょうどあてはまると思うんですけど…、実はなんでこの話をみんなに読んでもらおうかと思ったかというと、1週間前の予行を見ていてそう思いました。予行を見ていて、みなさんの様子を見ていて、「うん…」と思ったのがこの話だったんです。

S:(教室の外が騒がしくなってきたがよく聞いている)

T:小学校4年生の時にこれを読んで私はすごく衝撃を受けました。で、その時に思ったのが、どんなに人に笑われようと最後まで一生懸命やるのが大切なんだっていうこと。それから、一生懸命何かをやっていれば、きっと誰かが認めてくれることもあるだろう…。なんていうことで、小学校4年生なりにすごく影響を受けた記憶があります。それ以来、「一生懸命頑張ろう!」って思ったんですね。だからすごくこの話が 頭に残っていたんですよ。で、この間、みんなが「ああ、まあいいや」って、練習だったこともあるんだけど、「まあいいや」っていう様子を見たときに、これをぜひ読んでもらいたいなって思ったんですね。

S:(「へえ、そうなんだ」という顔)

T:ただ、いかんせん、40年前の教材なので、どこを探しても見つかりません。附属小学校にも問い合わせたんだけどない。インターネットでも探したんだけど、「この話に感動しました!」っていう記事はいっぱい出てくるんだけど、原文は出てこない。それで仕方がないから、発行元の光村図書に連絡をして、「これ貸してもらえないか」って頼んだら、「それはふつうできません」って言われたんだけど、事情を説明して、「こうこうこうして生徒に読んでもらいたいんです」ってお願いしたら、「じゃあ、特別に許可します」ってわざわざコピーを送ってくれたんです。光村図書さんからね。だから、この後「生徒に読んでもらいました」って報告しようと思っていますけど。

S:(「ええ、そこまでしたの?」という驚きの顔)

T:あっ!これを読んでもらったからって、最初から負けることを前提に読んでもらってるわけじゃないよ。

S:(笑いが起こる)

T:そこじゃないんだよ。そっちじゃなくて、どんなことがあっても最後まで頑張り抜いてほしい。それをここから感じてもらえたら嬉しいなと思います。

S:(納得してくれた様子)

T:明日はぜひ頑張ってください。みなさんの活躍を祈念して終わりにしたいと思います。終わり!

 

【こぼれ話②】

今回の話をするにあたっては、肝心の「ゼッケン67」という作品の現物を用意するのに苦労しました(その事情は「実際の会話④」参照)。また、探している過程で国語科のCC先生(2年5組担任)に相談したこともあって、結局は1・2年生の兄弟クラスの生徒にも読ませることになりました。読ませるにあたっては、コピーを当時の教科書サイズの冊子タイプに印刷・製本しました。もっとも、そこまでこだわって読ませた作品ではあったのですが、読み始めるまでに生徒の連絡も含めて10分以上が経っていたことや、昨年話した大切な内容を復習するなど導入部に懲りすぎたので、この作品を読み始める時点ですでに生徒の気持ちはこの話の良さを心から味わうほどハングリーにはなっていなかったような気もします。また、読み終えた頃には他のクラスのほとんどが終礼を終えていたために周囲が騒がしくなっており、読後の感想をじっくりと聞くことができなかったのが残念です。

 

【こぼれ話③】

運動会当日の緑チーム(5組連合)の成績はまるで「ゼッケン67」の主人公が圧倒的な最下位であったという部分が予告編になったかのような結果でした。件のムカデ競争を含む全学年競技をはじめ、各学年の学年種目もふるわず、総合成績は他の4チームに大差をつけられる完敗でした。唯一、チーム・パフォーマンスは優勝の望みもある素晴らしい演技だったと思いますが、これも前評判が高かった黄色チーム(3組連合)に及びませんでした。

 

余りにもふがいない成績で負けてしまったことにショックを受けて落ち込んでいるリーダー6人と他の生徒たちにその日の終礼で担任として何を話してあげるかはとても難しいことでした。リーダーたちの運動会までの取り組みについての想いを聞きながら何とか絞り出した内容は、「競技での君たちの一生懸命な姿を楽しませてもらった」「勝ち負けではわからないパフォーマンスの素晴らしさを堪能させてもらった」「昨年の先輩から受け継いだことを見事に君たちの姿で後輩に引き継ぐことができた」という3点で、「だから勝負に負けたことでがっかりするのは仕方がないが、自分たちが頑張ってきたことに対してはもっと胸を張りなさい」と言うことが精一杯でした。そして、「今後の行事(学芸発表会、研究協議会、合唱発表会)でみんなが活躍する姿を楽しみにしている」と話し、次の行事に向かって努力することに目を向けさせることで、生徒の気持ちに区切りをつけさせようとしました。

 

なお、この日は自分が担任として生徒の心をほぐしてあげられなかったという残念な気持ちをその後もずっと持っていたのですが、帰り際に読んだ学級日誌に週番の一人が次のように書いていてくれたことで、自分がここまで生徒にいろいろ話してきたことが役に立ったことがわかり、少し救われたような気がしました。

 

「今日は運動会でみんなが協力し、『3つのあ○○○ない』も守れていたと思う。負けたのは残念だけど、みんなよくがんばったと思う。」

 

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