54. 卒業生の心意気

【きっかけ・ねらい】

この話は、夏休み前最後の日に話したものです。この日はHRH(ホーム・ルーム・アワー:特別活動と道徳を融合させた時間)における進路指導の一環として、大学4年生を中心とした卒業生27名が来校してチューターとなり、3年生全生徒を10人ずつ20グループに分けて、進路について話し合うグループ活動が行われました。本校としては初めての試みであり、かつ卒業生自らが後輩たちのために企画を持ち込んできた活動でもあったので、彼らの真のねらいと後輩たちを思う気持ちの大きさについて補足をしておく必要があると思い、この話をすることにしました。また、その話をとおして、自分の生徒たちにも後輩に無償の愛を注ぐような愛校心をもった生徒になってもらいたいというメッセージを送ろうという気持ちもありました。

 

【手順・工夫】

この日は夏休み前最後の日であったので、終礼が始まるまでに全校集会、大掃除、HR(夏休みの活動に関する諸注意、夏休み明けの日程に関する諸連絡、提出物の回収他)、そして件のHRH等、教科の授業はなくてもたくさんのことがありました。そこで、まずは簡単にこの日のHRHについての感想や今回の活動の目的や発端についての情報等を尋ねて、生徒の思考を話題にしたいことに絞らせるようにしました。ただし、話題がシリアスなことであるだけに、楽しく会話をかわすということにはならないであろうことは予想していましたので、たとえ一方的な話になろうとも、伝えたいことはきちんと最後まで話しておくつもりで話し始めました。

 

【実際の会話】7/15

T:今日は夏休み前最後の日で忙しい時間を送りましたが、その中でも最後にあった進路に関する活動は本校でも初めての試みでした。なので、みなさんがあの時間をどう思ったかということについて大変興味があります。

S:(真剣な顔をしてこちらを見ている生徒と下を向いている生徒が半々くらい)

T:約1時間、卒業生の先輩たちの話を聞いたり、みんなの考えを話してもらったりしたわけですが、実際のところ、みんなは今日の活動についてどう思ったでしょうか?

S:(どう答えていいかわからないのか反応がない)

T:例えば、将来のことを考えるのにとても役に立ったとか、先輩の話を聞いて面白かったとか、実は正直に言うとあの時間の意味がよくわからなかったとか…。

S:(答えを強制したわけではないので反応はない。真面目な生徒数名が最後の発言に対して「先生がそんなことを言っていいの?」と苦笑いしている)

T:なかなか言いにくいかな? じゃあ、みんながどう感じたかということは最後に書いてもらったワークシートの感想を後で読ませてもらうことにしましょう。ところで、先輩たちからはそのワークシートをどうするように聞いていますか?

A子:何も言われていません。

T:えっ? みんなもそう?

S:(首を振っている)

T:あれっ? そうなの? 予定では「回収しないから自分で持っていなさい」という指示が出ることになっていると聞いたんだけど。

S:(顔を見合わせている)

T:わかりました。では、こうしましょう。今日もらったワークシートはHRHノートにきちんと貼っておいてください。後でノートを回収して読ませてもらうことにします。

S:(数名がノートを開いてプリントを貼り始めるが、多くは何もしない)

T:おそらく感想を読ませてもらうとみんながそれぞれいろいろなことを考えることができた時間だったということがわかると思うんだけど、先生の方からは1つだけみんなに伝えておきたいことがあります。

S:(「いったい何だろう?」と真剣な顔でこちらを見ている)

T:今週の月曜日に、先生が休んでいる間に合同終礼があって、今回の企画がどういうことがきっかけで行われるようになったかという話はありましたか?

S:(うなずいている生徒が数名いるが多くは反応がない)

T:B男くん、あなたはそれを覚えていますか?

B男:先輩たちの方からこれをやりたいと言ってきたそうです。

T:やはりその説明があったんですね。そうなんです。今回の企画の中心になっていた男子2名は先生が前々回担任した学年の生徒たちで、AA先生(2組担任)のクラスの生徒でした。確か最初に連絡があったのは4月だったと思うんですが、AA先生のところに「こういうことをやりたいんですが…」というメールが届いたんですね。そこで、それをAA口先生が学年会で提案されたんです。でも、最初の企画書は穴だらけで、「これじゃあ、やらせるわけにはいかないね」という結論になりました。

S:(関心をもって聞いている)

T:そこでAA先生がそれを卒業生に伝えたんですが、そうしたらすぐに次の企画書が届きました。先生方でそれをまた検討したんですが、やはりそのままではやらせられないレベル…、そう、教育実習だったら、「きみね、こんな指導案だったら授業はやらせられないよ」とバッサリ切られてしまうようなものだったんです。

S:(内容が厳しかったせいか、驚いたような顔をしている)

T:そうしたら、すぐにまた次の企画書が送られてきたんですよ。

S:(関心をもってニコニコ聞いている生徒と飽きている生徒が半々くらい)

T:それでね、その企画書にもまだ甘さがあるから、やらせるかどうかはまだわからないということになったんですね。それで、メールをやりとりしているだけではなかなか進まないから、いっそのことその学生たちを学校に呼んで、直接話を聞いてから決めようということになったんです。それで、6月末の土曜日だったかな、企画の中心になっている2人とその仲間4~5人を担任団の先生方で面接したんです。

S:(下を向いている生徒が多くなってきた)

T:それで、その学生たちからいろいろ話を聞いているうちに、先生はあることが頭に浮かんできたんです。それはね、「なんでそこまで一生懸命やろうとするんだろう?」ということです。

S:(真剣な顔で聞いている生徒と下を向いている生徒に二分された様子)

T:だってそうじゃないですか。何度も何度も先生たちにダメ出しされて。しかも、先生たちに頼まれてやっているわけでもないし、やることによって何か見返りがあるわけでもないし。あれが先生だったら、「こんなことやってられるか!」っておそらく投げ出したと思うんですよね。それなのにしつこく食い下がってくる。だから先生は考えたんです。「彼らはなんでそこまでこだわるんだろう?」って。それで、先生が出した結論は、「彼ら自身もこの活動を行うことによって自分の存在意義を確認したいんじゃないか」ってね。

S:(顔を上げる生徒が少し増える)

T:今回来てくれた先輩の多くは大学4年生や5年生です。中にはもっと下の人もいたと思いますが、多くの先輩たちが就活中のはずなんです。よくテレビなんかでやっていますよね。就職難でなかなか就職先が決まらない学生のことを。そして「30社以上も面接をしたのに全部断られた。自分の存在意義を否定されたような気分です」なんていう人がけっこういる。だから、今回の学生たちもそうなんじゃないかなと思いながら聞いてみたんです。「なんで君たちはそんなに粘るの?君たちを動かしている原動力は何なの?」って。

S:(顔を上げる生徒がまた少し増える)

T:そうしたら、「自分が中学生の時はあまり将来の仕事のことなどを考えたことがなかっんたです。とりあえず、いい高校へ行っていい大学へ行ってと思っていただけで。でも、大学生になって仲間と話していると、そういうことを中学生の頃から真剣に考えていた仲間もいて、『自分は今まで何をしていたんだろう』って思ったんです。それで、もしかしたら後輩たちもそうかもしれないので、自分と同じようなことにならないように少しでも役に立ちたいと思ったんです」ということでした。

S:(顔を上げる生徒がまた少し増える)

T:ただね、先生はさっき言ったみたいに思っていたから、そのことばをそのまま信じるわけにはいかなかったんです。そこで、「ぶっちゃけた話、自分の存在意義を確認したいという気持ちがあるんじゃないの?」と意地悪な質問をしてみました。

S:(数名が「また先生はそんな意地悪をして」のようにニコニコしている)

T:そうしたら、中心になっている2人は驚いたような顔をして、「正直に言うと、そういう面がないとは言えませんが、最初にこれを企画したときはまったくそういうつもりはありませんでした」と言っていました。

S:(真剣な顔でこちらを見ている生徒が増える)

T:その答えを聞いてね、先生は悪い質問をしちゃったなあと思ったんだけど、本音を聞けてよかったなと思いました。でも、彼らのきっかけが後輩のみんなの役に立ちたいと思ったことであったということには本当に驚きましたね。そして、しつこく食い下がって、仲間を集めて…。そうそう、今日の会を開く前に、彼らだけで何度もレストランとかに集まって会議を開いたんだそうですよ。今日も学校に来る前にみんなで打ち合わせをしてきたんだそうです。

S:(「へえ、そうなんだあ」と感心している様子)

T:それでね、なんで先生がこんな話をしているかというと、みんなに伝えたいのは、今日の先輩たちとの話し合いが役に立ったかどうかということじゃなくて、先輩たちがそういう気持ちで今日来てくれていたんだということなんです。すごいじゃないですか。アルバイトじゃないから給料もお礼ももらうつもりはないんですよ。こちらとしては悪いからお弁当だけは出してあげようと用意しておいたけど、お弁当を出すなんて事前に伝えていなかったからそんなつもりもなかっただろうし。それでも27人もの先輩たちが来てくれた。その先輩たちの気持ちを理解してもらいたかったんです。

S:(真剣な顔でこちらを見ている)

T:だからね、みんなも卒業した後に…、まあ、こういうことがあるかどうかはわからないけど…、もしあったとしたら、みんなの後輩たちのために一肌脱いでくれるような人になってもらいたいと思います。今日来てくれた先輩たちの中には生徒会とかで活躍していた人もいるけど、みんながそういう人たちばかりだったわけではありません。例えば、企画の中心になっていた2人は、どちらかというとよく悪戯とかをしてしかられていたりしていた生徒でした。

C男・D男:(よく悪戯をしてしかられるからか、こちらを見てニコニコしている)

T:だから、みんなにもそういう機会があったら、誰でも遠慮せずにやってもらえるといいなと思っています。では、今日はこれでおしまい。

 

【こぼれ話】

今回は話の進め方までじっくり考えて話したものではなく、話題を出したら止まらなくなってしまったものだったので、結果的にほとんど自分が一方的に話すことになってしまいました。もっとも、すでに件のHRHで生徒は長い時間先輩の話を聞いていたということもあり、よほどの興味・関心を引くような話題でないかぎり、食いつこうという意欲はかき立てられなかったでしょう。

 

実は、この日は別の話(「こんな私の読書の勧め」というタイトルで夏休みを有意義に過ごすためのアドバイスをする内容)を用意しており、その話をするための導入に使う本を数冊手に持って教壇に立ちました。ところが、件のHRHについて話し始めたところでそちらが止まらなくなり、結局その話にかなりの時間を使ってしまったので、それ以上の話題を出しても生徒が聞く耳を持たないであろうと判断して、最終的には用意していた話を切りました。なお、「こんな…」は「53.トイレの心理学」と共に1年以上前に考えておいた話で、最近になってこの日に話そうと内容を再構築してあったものです。せっかくなので、時期を見て改めて話そうと思います(第66話「『いのち』の劇画」参照)。

 

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