51. 十年に一度の話

【きっかけ・ねらい】

この日は自分の50歳の誕生日でした。6月1日という日が覚えやすいのか、毎年のようにクラスの生徒が終礼の時間に祝ってくれるので、きっとこの日も何かあるであろうと予想し、その日にふさわしい話をしようと準備していました。

 

なお、用意した孔子の教えの話については、最終的に15歳の誕生日を迎えた生徒に課していることに対してつなげることを最終的な目標としました。

 

【手順・工夫】

今回の話は、時間をかけずに手短にしようと思いました。それは、この日は教育実習中の一日であり、クラスに配属されている2人の教育実習生には日替わりで生徒のためになる話をするように指導していたため、この日も実習生の一人が比較的長い話をする可能性があったからでした。

 

話の切り出しとしては、もし終礼で自分が話す前に生徒の方から誕生日の話題が出ればそれに乗る形で話し始めるようにし、もしその話題が出なければ自分の方から誕生日のことを話してから本題に移るようにするという2本立てを考えておきました。

 

【実際の会話】6/1

[教育実習生の話が終わる]

A男(週番の司会役):では、みなさん、後ろを向いてください。

S:(全員が後ろを向いて笑顔で担任を見る。事前に申し合わせてあったらしい)

T:(自分も一緒に後ろ、つまり壁を見る)

S:(笑いが起こる)

A男:(感情のこもっていない低い声で)今日は先生の誕生日ですので、みんなでお祝いをしたいと思います。先生、お誕生おめでとうございます。

S:(元気な声で)おめでとうございま~す。

T:ああ、そういうことですか。(お辞儀をして)どうもありがとうございます。

S:(大きな拍手をする)

A男:では、前を向いてください。

B子:えっ、これで終わり?(「歌でも歌わないの?」という意味にとれた)

S:(笑いが起こる。多くが担任にすまなそうな顔をして前を見る)

A男:では、最後に先生のお話です。(他の2人の週番と共に自分の席に戻る)

T:(前に出て教壇に立つ)みなさん、どうもありがとうございました。今日で40歳になった肥沼です。

S:ええ~!

T:なんてね。もう、いいかげん、こういうバカなことを言うのをやめないとね。もちろん、先生は今日で50歳になりました。

C子:ええっ! そうなんですか?

T:そうだよ。ついに大台に乗っちゃった。

D子:ええっ! そうなんですか?

T:なんだい? もっと若く見えるかい?

C子・D子:はい。

T:は、は、は。みんなにもそう見えるかい?

S:(うなずいたり、笑いながら首をふったりしている)

T:まあ、50になっちゃったからね。さて、だいぶ終礼が長くなっているから長々と話すつもりはないけど、50といえばきりのいい数字で、10年に一度しかないきりのいい日だから、それに関する話をほんの少しさせてください。

S:(数名が時計を見たが、ほとんどは聞く覚悟をしたらしい)

E男:(急に前に出てきて)先生、プリント配るの忘れちゃったんですけど、今配ってもいいですか?

T:(一瞬ためらったが)ああ、いいよ。

E男:すみません。(プリントを配り始める)

S:(笑いが起こる)

F男:このタイミングで配るかよ!

G男:先生が話しているのに~。

S:(笑いが起こる)

T:(仕方がないので、E男がプリントを配り終えるまで連絡事項を伝える)

E男:(配り終える)どうもすみませんでした。(そそくさと自分の席に戻る)

T:今日の話は…、実習生のようにみんなの心に何か訴えるような話ではなくて、単なる知識の話です。これからある有名なことばについて話しますが、有名なことばだから、知っている人もいる人も多いと思います。もし知らない人はこれを機会に覚えてください。

S:(「何だろう?」という関心をもって聞いている)

T:有名なことばっていうのは、こういうきりのいい年回りの誕生日の日によく話題になることで、孔子が言った「子の曰く、吾、十有五にして…」というやつです。

S:(「ああ」ということばがほぼ全員から上がる)

T:おっ? さすがだね。みんな知ってる? 「吾、十有五にして…」何?

S:「学を志し」

T:おお、すごいねえ。「三十にして…」?

S:「立つ」

T:「四十にして…」?

S:「惑わず」

T:「五十にして…」?

S:「天命を知る」

T:さすが~。じゃあ、「六十」は?

S:「耳順う」

H男:だめだ~! 俺、忘れた~!

I子:私も~!

T:「七十」は?

S:「心の欲するところに従って、矩(のり)を超えず」

T:すごいねえ。どこかで習ったの?

S:授業で習いました。

T:へえ、国語の授業かい?

S:そうです。

J男:国語で覚えさせられたんです。

T:ほお、いいことばを習ったじゃない。先生なんか中学生の頃は知らなかったぞ。

I子:でも、忘れちゃいました。

T:でね、「五十にして天命を知る」でしょ? 実は、先生はこの部分をちょっと前までまちがって解釈していたんですね。「天命」というので、ずっと自分の使命のことだと思っていたんですよ。「これが自分の天に与えられた使命だと気付く」みたいなことだと思っていたんですね。でも、本当はちがうんですよね? 確か、「世の中のことは自分の思い通りにならないということに気付いて、運を天に任せるようにする」というようなことらしいですね。

S:(うなずいている者とポカーンとしている者がいる)

T:さて、その部分は先生のこと。なんで今日こんな話をしているかというと、最初の「吾、十有五にして学を志し」というところがみんなに関係があるからです。終礼の時に、前の月に誕生日が来た人に話をしてもらっていますよね? それはこの孔子の教えにも関係があるんですよ。「十五歳で学を志す」ということだから、みんなにはこれまで以上にしっかり勉強してもらいたいと思って、一人一人に自分の考えとか、人に伝えたいこととかを話してもらっているんですよ。

K子:そうかあ! そうだったんですかあ!

T:そうなんだよ。先生だって、デタラメでみんなにやらせてるんじゃなくて、今日の話にちゃんとつながるように考えてやってるんだから。

L子:すご~い! そうだったんだあ。

T:だから、特にこれから話す人は、きちんと考えて、自分が日頃から感じていることとか、自分がこの話をすればみんなにも勉強になるかなあというような話をするようにしてください。この間のM男君の話はよかったね。きちんと準備して、みんなに伝えようというものがあった。あの話は1つのいい例になったと思います。

M男:(恥ずかしそうに笑っている)

T:さっき確認した5月生まれの4人は、来週以降に一人ずつ話してもらう予定なので、話すことをしっかり準備しておいてください。

N男・O男・P子・R子(該当の4人):(顔を見合わせている)

T:これからやる人は大変だ。けっこう高いレベルのスタンダードができたからね。頑張って話をしてください。では、今日はこれでおしまい。

 

【こぼれ話①】

今回の話による私自身の収穫は、生徒の心が自分が思っていたほど自分から離れておらず、むしろ担任に対して以前より大人っぽい配慮をしようとする姿勢があることを感じられたことでした。実は、3年生の4月以来、生徒から自分の言動がそれまでになく疎んじられているのではないかと感じており、そのことでクラスの生徒にどう対応していいか悩んでいました。それはちょうど口うるさく注意する親に対して少し距離を置こうとする子供心にどう対応したらいいか悩んでいる保護者の感覚に似ているようにも思いました。考えてみれば、2年生で彼らの担任になって以来、彼らに少しでも質の高い学校生活を送ってもらおうと事ある毎に口出しをしてきましたので、自立心が大きく育つ3年生ともなれば、そうした担任からの束縛にも似た指導からは逃れたいという意思表示をしていたのでしょう。そのような生徒達の気持ちの変化を頭では理解していたものの、親心のような気持ちで生徒に接してきた自分にとっては寂しい思いもあり、何となく生徒達の心が自分から離れてしまったように感じていたのです。また、教育実習生のつたない、構成力に乏しい、いつ終わるかわからないような稚拙な話にも辛抱強く聞き入っている生徒の姿を見ると、益々そのような気持ちが増幅してしまっていました。

 

しかし、この日の生徒の言動と久しぶりに話をした自分に向けられた温かい視線や反応を改めて肌で感じてみると、そのような自分の思い込みはやや度が過ぎていたではないかと思いました。確かに生徒は以前のように自分が思い描くようには動かなくなっていますが、それは生徒の発達段階としてごく普通のことであり、そうした生徒の変化に自分がついて行っていないだけであるということを改めて認識した日でした。

 

なお、誕生日祝いの場面があまりにもあっさりしていたことに生徒が大きく反応したのは、司会を務めた週番の男子生徒がクラス内で最も口数が少ない生徒で、その生徒が低いテンションで簡単に祝福の場面を終わらせてしまおうとしたことに対して、「そんなに簡単に済ませてしまっていいのか?」という気持ちがあったためと思われます。

 

【こぼれ話②】

終礼後にP子(5月生まれの一人)がわざわざ英語科準備室にやってきて、「先生、終礼での話ですけど、中間考査の後ではだめですか?」と相談に来ました。ちょうど2週間後に前期中間考査が予定されていたので、真面目なこの生徒は終礼で発表する話の準備を負担だと感じたようです。確かに、きちんと準備をして話すように言った手前、

そういうこともあるなと思ったので、P子にはその場で彼女の希望を受け入れることを伝え、翌日の終礼で他の生徒にもそれを伝えました。

 

なお、生徒に課している終礼での話というのは、15歳の誕生日を迎えた生徒に対して、翌月に一人ずつ「仲間に訴えたいことや仲間の勉強にもなるようなためになる話をする」という課題のことをさしています。実は、2年次には誕生月の翌月初日に対象生徒全員を前に立たせ、「14歳になって」という簡単なスピーチをさせていたのですが、あまり実のある時間にできなかったので、より質の高い活動にするために設定した課題です。これまで3人がスピーチしていますが、そこそこの内容になっています。

 

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