50. 密かな企て

【きっかけ・ねらい】

4月は新しい年度の最初ということもあり、生活態度をしっかりさせるためにやや厳しめの話をすることが多くありました。故に、終礼の話の話し方も一方的になることが多く、生徒の反応を楽しみながら会話を進めるという形はとれませんでした。そこで、以前のように気楽な話題から入り、心に響くような結論に持って行く話を企画しました。

 

【手順・工夫】

日常生活の中から話の出発点を見つけ、生徒全員に関わるように話題を作り、自分の経験をからませて本題への迫っていく構成を考えました。

 

【実際の会話】5/7

T:個人目標がようやく全員分そろいましたね。

S:(ほとんどの生徒が教室の後ろに掲示してある個人目標の短冊を見る)

T:HRHで発表できなかった2人は今日発表してもらうように言ってあるので、A男くんとB子さんはよろしくお願いします。目標となぜそれにしたかの理由を発表してください。では、まずA男くん。

A男:(起立して理由の説明を始める)

T:ちょっと、ちょっと。目標自体を言ってください。

A男:ええ、書いてあるとおりなんですが…。

T:読めないからちゃんと言って。

C男:読めないよな。

A男:(目標の発表と理由の説明をする)

S:(拍手を送る)

T:では、B子さん。

B子:(目標の発表と理由の説明をする)

S:(拍手を送る)

T:はい、ありがとうございました。これで全員が発表しましたね?

D子:先生は?

T:先生も言ってなかったね。先生のは…、何人かには話したんだけど、どう読み解くかわかりますか? 一番上のは?

S:(「腹」という表記について)「腹を立てない」

T:そのとおり。2つ目は?

S:(縦長に伸びた「気」について)「気を長く」

T:そう、気を長く。3つ目は?

S:(大きな「心」について)「心を大きく」

T:最後のは?

S:(理解できないらしく、答えはない)

T:あれは「己を小さく」と言います。あの標語のようなものは実は有名なものなので、聞いたことがある人もいると思います。

S:(全員が前を向く)

T:ところで、先生のもそうですが、みんなの目標もどちらかというとスローガンのようなものですよね。別にそれが悪いと言っているわけではないんですが、みんなには…、もうちょっと具体的な…、願望というかそういうものはないですか?

S:(「何のことだろう?」という顔)

T:例えば、「英語のテストで100点を取りたい」とか。

S:ああ~。

T:何かないですか?

S:(具体的な言葉はない)

T:では、E男くんはどうですか?

E男:(急に当てられて驚いて)えっ?いや、別にありません。

T:そうですか。じゃあ、F子さんは?

F子:(急に当てられて驚いて)ええ…。私もありません。

T:急に聞かれてもダメか。先生にはね、もう10年くらい前から願望というか密かな企てみたいなものがあるんですね。「密かな企て」というのは、例えばこのクラスで言えば某G男くんのように、「先生に見られずに窓から出入りする」とかそういうやつですね。

S:(G男の方を見て笑う)

G男:(恥ずかしそうにキョロキョロしている)

T:まあ、先生の場合はもう少し世間の役に立つかもしれないことなんですが、何だかわかりますか?

S:(反応はない)

T:そんなことを言われてもわかりませんよね。ちょっと話したいんですが、聞いてもらえますか?

H子:(話が長くなりそうと思ったのか、振り返って横壁の時計を見る)

T:(一瞬気になったが、そのまま続ける)実は、10年くらい前からずっと思っていてまだやったことがないことなんですが、状況から言うと、電車に乗っているといろいろと困ったことがありますよね。その中で私がよく大変だろうなあと思っているのは、なかなか泣き止まない子がいるときですね。そういうときにね、その子を泣き止ませるあることをやりたいんですよ。

S:(「いったい何をするの?」という興味というかあきれ顔のような表情)

T:何をすると思いますか?

I子:ヘンガオ。

S:(彼らには何だかわかったようで笑いが起こる)

T:えっ?何? テンガオ?

I子:いえ、何でもありません。

T:何だよ。何て言ったか教えてよ。

I子「へんがお」です。

T:ああ、「変顔」ね? それだったら、しょっちゅうやってるよ。

S:ええ~!

T:それはね、赤ちゃんとかのときね。赤ちゃんと目があったら、こうやって(目を片方ずつつぶる真似をして)目をぱちくりさせたりするよ。

S:ええ~!(しばらくざわつく)

T:赤ちゃんてさ、キョロキョロするでしょ。そういうときに目があったらこれをやると必ずこっちに集中して見てくれるよ。これはよくやるから知ってる。

J男:そんなことしてるんですか?

T:えっ? 悪いかい? 親が知らない間にけっこう相手したりしてるんだけど。

S:(何やらこそこそ話している)

T:で、今話しているのはもうちょっと大きい子の場合。ぐずって泣き止まない子がいたときに…、近づいていって、あることをしようと思ってるんだな。あるものを見せようと思ってるんだけだけど、何だと思う?

K子:指人形…?

T:えっ!? よくわかったねえ! そう、指人形なんだよ。

S:(笑いが起こる)

T:指人形を見せていろいろやるんだね。それで、それには男の子バージョンと女の子バージョンがある。男の子の場合は、ある有名なキャラクターなんだけど…。

L子:ドラえもん!

T:もうちょっと古い

M子:仮面ライダー!

T:おしい。もう少し古い。

G男:ウルトラマン!

T:ピンポーン!そう、ウルトラマン。実はポケットに入れてあるんだけど…。(背広の右のポケットからウルトラ兄弟の指人形5つが入ったビニール袋を取り出す)

S:ええ~!(笑いが起こり、ざわつく)

H子:先生、いつも持ってるんですか?

T:いやいや。いつもは鞄の中に入れてあるんだ。

S:ええ~!

T:(1つずつ指に付けて)まずはウルトラマンでしょ。それからウルトラマンを助けに来たゾフィーでしょ。

N男:そんなのいたっけ?

T:それから先生が一番好きなウルトラセブン。

O男:おれ、全然知らないよ。

T:それから、この辺からは「ウルトラ兄弟」とかいう設定になったウルトラマン・タローでしょ。それからウルトラの父。(5本の指に差したのを見せて)こうやって見せて、「M78星雲から来たウルトラマンだ~!」とか言って芝居するわけ。

S:(あきれて笑っている)

T:それから、その子供が乗ってきたら、こっちのポケットからウルトラ怪獣を出すんだね。(左のポケットから怪獣の指人形5つを出す)

S:ええ~!

T:これがね、レッドキングね。それからこれは知っているでしょ?(見せる)

P子:バルタン星人!

T:おお、よく知ってたね。さすがにバルタン星人は有名だな。それから、これはウルトラマン唯一の前後編だったときに出てきたゴモラね。

Q男:先生、ダダは?

T:おお、あるぞ。ほら、ダダだ。(見せて指に差す)そして、最後にこれはウルトラQだけど、カネゴン。(5つとも指に差し、10体すべてを見せる)こうやってね、まあ、芝居でもしようかなと思っています。

S:(あまりのくだらなさにあきれ顔をしている)

T:(全部はずして)それで、女の子のときは…、これはまだその指人形を持っていないんだけど、別のキャラクターを使うつもりです。さて、何でしょう?

H子:プリキュア?

T:ちがいます。

R男:セーラー・ムーン?

T:ピンポーン!あれなら、また5人のキャラクターで行けるからね。誰だか覚えている?例えば、セーラー・マーキュリーは水野あみちゃん。セーラー・マーズは?

H子:まこちゃん。

T:あれはセーラー・ジュピターの木野まこちゃんじゃなかったっけ? それからビーナスは誰だっけ?

H子:みなちゃん?

T:そうだ!金野みなちゃん!

S:(あきれた笑いが起こる)

T:あっ、別に先生が少女漫画オタクだというわけじゃないからね。ちょうど流行ってた頃に娘と一緒に見てたから知ってるだけだから。それで最後にセーラー・ムーンを出して、「泣き止まないと、月に代わってお仕置きよ!」ってやろうかなって。

S:(「もう勝手にして」というあきれた顔をしている)

T:ただね、これをやったときにはちょっと大きな問題があるかもしれないんだね。第一に益々泣いてしまう可能性がある。

S:(笑いが起こる)

T:第二に親が怒り出す可能性がある。

R男:その前に警察に連れて行かれるんじゃない?

T:なにっ?「変なおじさんがいる」ってか?

R男:そうです。

T:そうかもなあ。ただ、これらはまあそういう可能性はそれほど高くないと思う。もっと心配なのは周りの反応かな。これをやったら、周りの人はどういう風に見ているかね?

S:(反応はない)

T:もし、みんなが拍手をしてくれたら、「やあやあ、どうもどうも」って手を振ろうと思っているんだけど…。

S男:それはないでしょ。

T:もし、みんなが「シラ~」としていたら、黙って自分の席に戻って本を読み始める。

S:(笑いが起きる)

T:みんなはどう思う?先生がそれをやりたいって言ったらみんななら何ていう?

S:やめた方がいいです!

T:ええっ? みんなもそうかい? これを10年くらい前に先生の奥さんに言ったら、「お願いだから、それだけはやめてちょうだい!」って言われたんだけど…。

S:(笑いが起こる)

T:そうかあ、みんなもそう思うかあ…。

H子:先生、もう少し歳をとってからやったらどうですか?

T:なるほど。おじいさんみたいになったらやってもおかしくないかね?

H子:そう思います。

L子:もう少し若いときの方がいいんじゃないですか?

T:そうかい? どちらにせよ、今はやらない方がいいということ?

S:(多くが首を縦に振っている)

T:そうかあ…。本気でやってみたいんだけどなあ…。でね、こういうことを考えたときの先生の気持ちって何だと思う?

S:(飽きてきて、あまり聞いていない)

T:(時間が長くなったので結論へ急ぐ)このとき、先生はきっと「人の役に立ちたい」って思ったんだと思うんですよね。人間ってね、「幸せだなあ」って感じる1つの場面は「人の役に立っている」と感じたときだと思うんですよね。

U子・V子:(「先生の計画的な長話の結論が始まった」という嘲笑をし合っている?)

T:実は、今もそうなんだけど、先生の話がみんなに少しでも役に立つことがあれば嬉しいし、もしそうだとわかれば、先生は幸せだなあって思うからね。最近、被災地のボランティアの人がたくさんいるという報道があるけど…

週番教官:(下校を促す放送が入る)

S:(笑いが起こる)

T:(放送にはかまわずに続ける)そういうボランティアの人たちは被災地の人々を助けたいという気持ちで頑張っていると思うんだけど、一方で被災地の人たちに自分が役に立っているということを実感したいということもあるんじゃないかなあと思います。

S:(時計を気にしている)

T:(予定していた結論への道筋はあきらめる)だから、みんなも今後の学校生活の中で誰かのために役に立っていると実感できるように頑張ってください。

S:(結論らしきものが出てきて安心した顔になる)

T:では、今日はこれでおしまいにします。

 

【こぼれ話】

今回は、話し終えたときに「今日この話をすべきではなかった」と思いました。それは、話の内容が結論の部分をしっかりしないと生徒の失笑を買うだけで終わってしまう可能性のあるものであったのにもかかわらず、生徒の心理状態を十分考慮せずに計画どおりに話を強行し、結果として筋書きどおりの流れをつくれないまま話を終えることになったからでした。この日は連休明けかつ修学旅行直前であったことで、生徒たちは落ち着きのない生活を送っており、さらに土曜日で昼食をとらずに下校しなければなりませんでした。しかし、一方で翌週には修学旅行があり、その直後には教育実習が始まるという状況もあったので、このようなのんびりムードの話ができるのはこの日が最後のチャンスであると思い、最終的には話をすることにしました。

 

事前に予定していた流れでは、結論をわかりやすくする導入部の話(電車の中のこと)に続いて、次のような話の流れを考えていました(手帳のメモより)

・自分がなぜこんなことを考えたかを探っていくと、心の中に「自分を認めてもらいたい」という気持ちをもっているから。

・人が幸せだと感じる要因の1つは、「自分は価値のある存在だ」と思えること。

・震災ボランティアが大勢いることが報道されているが、彼らは被災者を助けたいという純粋な気持ちをもっている一方で、「自分は人の役に立っている」という実感を求めているのではないか。

・特に若い人は苦しい就職活動の中で企業に認めてもらえず、「自分はダメな人間なのか」と思ってしまっている人が多いという。

 

以上のような話をしながら、最終的な結論は以下のようなものにしようと思っていました。

・「最近の自分は何のために勉強しているのか、何のために学校に来ているか」というような悩みに突き当たったときは、他の人のために役立つ自分の姿をイメージし、それを実行に移していくといいのではないか。

 

ただ、今思えば、このような抽象的な内容の結論を導くには導入の話そのものがあまりにもお粗末であった、その稚拙な話が時間を取り過ぎてしまったなど、生徒の精神的レディネスとその日の物理的な状況に対する配慮の検討を十分にしないまま話をしてしまったという反省があります。さらに、“自己開示”の目的に話した「私の密かな企て」は、生徒に自分に対するマイナス・イメージを与えてしまったかもしれないという後悔に似た気持ちも出てきました(話をする前はほのぼのとしたいい話だと思っていたのですが…)。

 

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