44. 人生観を変えた映画

【きっかけ・ねらい】

この日のHRHは、「人間関係を考える」というシリーズ企画の1つとして、「十二人の怒れる男」(1957年、米)という映画を2年生全員に見せました(放送室から各クラスの大型液晶テレビに流しました)。この映画は、全編にわたって12人の陪審員が一室で議論をするという映画ですが、サスペンス映画にも負けない緊迫した議論が続くので、いつのまにかストーリーに引き込まれてしまう作品です。中学2年生は、子供っぽさが残る1年生と大人としての自覚に目覚める3年生との合間にあって、物事に真剣に取り組むという姿勢が崩れやすい時期です。そこで、HRH委員を務めた過去2回と同様に、本学年でもこの時期に同映画を見せることにしました。

 

事前に予告の解説プリントを読ませて動機付けを図っておいたこともあり、生徒は最初から最後まで真剣に見ており、かつ時々あるユーモラスな場面では笑ったり、議論が起こりそうな発言には反応したりして、さながらアメリカの映画館で映画を見ているかのような一体感のある時間でした。ただ、時間の関係で、視聴後にアンケート形式の課題用紙に自分の考えを記入させるのが精一杯だったので(それも時間が足りずに宿題になりました)、終礼で何らかのフォローが必要だと思いました。

 

【手順・工夫】

いきなり本題に入っても生徒が話に乗ってこない気がしたので、まずは翌週に予定されている学年末考査を話題にして生徒の関心を引き、その後で映画の感想を軽く尋ねることから始め、だんだんと本題に入っていくように考えました。

 

【実際の会話】2/18

T:いよいよ来週の水曜日から学年末考査だね。みんな準備はしているかい?

S:やってませ~ん!

A男:オレ、まだ何にもやっていないよ。

B子:私、全然やってな~い!

S:(しばらくその話題でざわつく)

T:おい、おい。大丈夫かよ。2年生最後のテストだぞ。この週末はしっかり勉強しなさい。

S:(互いに勉強不足の現状が確認できたようで安心した様子)

T:ところで、みんなは何教科テストがあるんだっけ?

S:7教科!

T:そうか。(考査時間割を見る)ああ、技・家と音楽があるからか。でも、3日間で7教科じゃ楽勝じゃん。

S:ええ~!

C男:じゃあ、先生も受けてくださいよ~。

T:いや、そういうことじゃない。公立の学校に比べればということだよ。

S:(「どういうこと?」という顔)

T:公立中学校の多くは5教科を1日でやっちゃうんだよね。つまり、1日に5時間テストがあるところがけっこうあるんだよ。

S:へえ~。

D子:なんか、大変そう。

T:その上、さらに6時間目に授業をやっている学校もある。

S:ええ~!!!

E男:「授業時間の確保」ってやつですね。

T:そう。だけどさ、テストを5時間もやって、その後に授業をやるって言ったら、みんなはどうだい?

S:やだ~!

D子:私、死んじゃう~!

T:まあ、そうだよね。テストを5時間もやったあとに、たった1時間のために授業をやったって、集中して受けられないよね?

S:(みんなうなずいている)

T:先生だって、みんながそんなだったら、授業をやってもつまらないから、やる気が起こらないなあ。なんで、そういうことになるってわかっているのに、公立じゃあやるんだろうねえ…。

S:(コメントのしようがなくて黙っている)

T:さて、今日のHRHで「十二人の怒れる男」という映画を見てもらいました。昼休みに他のクラスの先生に様子を聞いたところ、どこのクラスも真剣に見ていたということでしたが、みんなもよく見ていましたね。

S:(何か言いたそうな顔をしてこちらを見ている)

T:あの映画、面白かったですか?

S:面白かった~。

T:そうかい?

F子:面白かったです~!

E男:あの手の内容のものとしては面白かったと思います。

T:そうでしょ? 派手なアクション・シーンとかないけど、引き込まれたでしょ?

E男:はい。

T:あの映画は、先生のこだわりで、先生が担任した学年では毎回2年生で見てもらっています。なぜ見てもらっているかというと、事前のプリントにも書いておきましたが、あの映画を見て、みんなに議論をすることの大切さを学んでもらいたいからです。

 そして、見終わってみると多くの人が感じていると思いますが、他人に流されず、自分の信念を貫くことの大切さも学んでほしいからです。

S:(真剣に聞いている)

T:先生があの映画を最初に見たのは確か大学生の時だったと思うんですが、その時は別に見ようと思って見たわけではなく、たまたまテレビでやっていたから見たんですね。新聞を見たら、「十二人の怒れる男」「主演 ヘンリー・フォンダ」って書いてあった。あの8番陪審員をやっていたのはヘンリー・フォンダっていう有名な俳優さんなんですけど、みんなは知っていますか?

S:(みんな首を振っている)

T:そうですか。それで、あの人の主演映画に「怒りの葡萄」という有名な西部劇があるのを知っていたので、それに似たタイトルだったから、同じような映画かと思って見始めたんですが、全然ちがってた。でも、見始めたらどんどん引き込まれちゃって、見終わったときには「今日はすごい映画を見たな~」って思ったんです。今ではね、先生の好きな映画ナンバー1と言ってもいいかな。

S:(何人かがニコニコ笑って聞いている)

T:それで、あの映画を見て、先生の人生観は大きく変わりました。「何か大切なことがあったときには徹底的に議論しよう」とか、「最後まで自分の信念を貫くぞ!」とかね。先生がちょっと堅物だという印象がみんなの中にあるとしたら、それはあの映画のせいかもしれない。

S:(ニコニコしている)

T:ところで、最後に確認しておきたいことがあるんですが、これは単純な知識のことですけど…、日本でも裁判員制度というのが始まりましたよね。もしかしたら、社会科の授業で習ったかもしれないけど、それとあの陪審員との決定的なちがいは何だか知っていますか?

E男:全員一致かどうか…?

T:え~? ということは、日本の裁判員は過半数とかでいいんだっけ?

E男:いいえ、よく知りません。

T:先生もそれはよく知らないんだけど、もっと大きなちがい。

G男:裁判員だけでやるかどうかじゃないですか?

T:映画の方はそうだったよね。日本はちがうの? 裁判官も立ち会うわけ?

G男:いや、ぼくもそれは知らないんです。

T:もっと大きなちがいがあるんだけどなあ…。映画の中にそれが出ていたよ。

S:(一生懸命考えているがわからないという顔)

T:陪審員たちは最初から最後まで何を話し合っていたの?

S:(・・・)

H子:…有罪か無罪か?

T:そう、それだよ。有罪か無罪かってだけだったでしょ?

B子:ああ、刑はもう決まってるんだあ。

T:そうだったでしょ? 最初の方で、有罪になれば死刑になるって裁判官が言っていたよね?

D子:言ってた!

S:(「ああ、そういえばそうだった」というような顔)

T:それに対して日本の裁判員は?

H子:どんな刑にするかまで決める。

T:そう。そこまでやらなくちゃいけないんだよね。これってすごい大きなちがいだと思う。先生はさ、この映画を見たときに自分も陪審員をやってみたいと思ったんだ。それで何年か前に日本で裁判員制度が始まるって話を聞いたときには、選ばれたら絶対やろうと思った。

S:ええ~!

T:それでさあ、抽選で選ばれた人たちはみんなやりたくないって言ってるじゃない。「そんなやる気のない人にやらせるなら、オレにやらせろ~!」って思ったよ。

S:ええ~!

T:でもね、実際に始まってみたら、刑まで考えなくてはならないということがわかった。この間は初めて死刑の判決を出したというのがあったよね?

H子:あった、あった!

T:それで、裁判員の人たちはみんな「苦渋の選択だった」、「あれでよかったのかと一生悩むだろう」って言っていた。それを聞いていたら、ちょっと怖くなってきた。

S:(真剣に聞いている)

T:みんなもね、あと6年もするとその対象になるわけですよ。もしかしたら、先生よりも先に通知がくるかもしれない。

S:(「それは大変だ!」と互いに顔を見合わせて話している)

T:ということで、もし本当の裁判員の通知が来たら、先生はやるつもりでいるけど、映画のように議論して結論を出せばそれですっきりというわけにはいかないだろうなあと思っています。

S:(真剣に聞いている)

T:では、今日はこれでおしまいにします。

 

【こぼれ話】

この映画はどこのクラスでもかなり話題になったようで、中には映画の内容を真似たりする生徒もいたそうです(「45.3つの『C』」参照)。また、上映日に欠席した生徒のうち、2人(2組と5組の各1人)が、学年末考査が終わったらDVDを貸してほしいと申し出てきました。2名ともかなり真面目な生徒なので、アンケート課題を出さなくてはいけないという思いがあって来たのかもしれませんが、申し出てきたときの勢いからすると、クラスメートの話題を耳にして、自分もぜひ見たいと思ったのではないかと思います。

 

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