40. 「エリート」のために

【きっかけ・ねらい】

直接のきっかけは、年明け初日に募集した入試補助生徒がなかなか決まらなかったことでした。本校では2月上旬に行われる入試の手伝いを2年生が行うことになっています。各クラスから10名(男女各5名)ほどのボランティアを募るのですが、こともあろうに入試担当者である自分のクラスの男子2名がなかなか決まらなかったのです(最終的には立候補で決まりましたが…)。平素の生活は落ち着いており、特に問題のないクラスではあったのですが、ここ一番というときの機動力に欠けているという危惧が具体的な形となって表れたように思いました。

 

そこで、そういう状況を変えるために何かしらの話をしようと思っていたところ、同じ週の土曜日に現広島市長の秋葉忠利氏の生徒向け講演会が予定され、翌週の月曜日に生徒会委員会・係生徒の最終任命が予定されていたので、その両方にからめて奉仕の精神を持つことの大切さを説こうとこの話を企画しました。

 

なお、本校では先に選出された委員長陣(一般の学校の生徒会長と副会長にあたる)が生徒から集めた希望調査を元にすべての委員会・係の人員を任命するという一種の内閣制をとっているので、委員長陣による任命式があるまでは自分が本当にその委員・係になるかはわからないようになっています。

 

【手順・工夫】

まず、「高い能力を持っている人間ほどその力を社会のために使うことが求められる。本校の生徒はみなその対象であり、実質的に指導学年となった今こそその力を思い切って発揮してもらいたい」ということを訴えることを最終的な結論とすることにしました。ただし、それをいきなり言ってもありきたりの話になることは見えていたので、その結論へ至る過程として、秋葉市長の講演と生徒会委員会・係任命の機会を利用することにしました。なお、この時点ですでに話を2回に分けて進めることにしました。

 

そこで、最初に秋葉市長の講演内容を振り返ることから生徒の頭の中を活性化させ、その上で「秋葉市長は真のエリートである」という導入からエリートの真の意味は何かという投げかけをするところまでで初回を終えるようにし、委員会・係の任命終了を待って、前回宿題に出したことの答えを確認しつつ、仲間や学校のために一生懸命働くことの意義について語っていこうと考えました。

 

【実際の会話①】1/15

T:今日は秋葉市長さんの話がありましたが、せっかくですから、みんながその話を聞いてどう思ったかを聞いておきたいと思います。どんなことが印象に残ったか、そしてそれはどうしてかを教えてください。

S:(「そういうこともあるか」と納得している様子)

T:それで、何人かの人を指名して言ってもらいますが、感想は手帳にメモしたいので、少しゆっくり、はっきり言ってください。

S:(「自分が指されたらどうしよう…」という不安からか、下を向く生徒が半分弱いる)

T:では、最初にA子さんはどう思いましたか?

A子:(一瞬驚いたが、すぐに)最初は「世界平和とオリンピックがなぜ関係があるの?」と思っていたんですけど、広島市民の痛みが今も変わらずにあるという話を聞いて、それがオリンピックにつながっていくのだということがわかりました。また、それがそうなってほしいと思いました。

T:なるほど。(メモをしながら)では、B男くんはどう思いましたか?

B男:(すぐに)ぼくも「オリンピックの話?」なんて思っていたんですが、核兵器の話や世界平和の話と関連した話を聞けて、いろいろな情報をもらえてよかったと思いました。

T:では、次に…(メモをしながら)、C子さんはどうですか?

C子:(すぐに)オリンピックは4年に一度ただ行われているという印象があったんですが、オリンピックも新しい形になりつつあるんだなあということがわかりました。私はシンカン(=新歓:新入生歓迎行事準備小委員会)の一人なんですが、新歓でも新しいことをやってみたいと思いました。それから、オリンピックと新歓でやろうとしていることが同じなんだなあと思いました。

T:じゃあ、最後に…(メモをしながら)、D男くん。

D男:(すぐに)2020年が原爆が落とされてから75年目にあたるというとこで、原爆が落とされたときは「75年間は草木が生えない」と言われた広島にオリンピックが来たら、世界に平和を訴えられると思うし、そうなったら今まで以上に意味のあるオリンピックになるんじゃないかと思いました。

T:なるほど…(メモをしながら)、ありがとうございました。あと副委員長のE男くんがすばらしいお礼のことばを言ってくれましたね。実はE男くんがあらかじめ謝辞の原稿を書いていたのは知っていたのですが、本番はそれとはまったく別のことを言っていたので聞いてみたら、あれは秋葉市長さんの話を受けてすべてアドリブで言ったそうです。そうなんだよね?(E男に振る)

E男:ええ。

T:すごいよねえ。特に最後の「タスキは確かに引き継ぎました!」なんていうところはしびれちゃったねえ。

E男:(恥ずかしそうにしているが、嬉しそうである)

T:では、先生が秋葉市長さんの話を聞きながら印象に思ったことをお話しします。

S:(辛抱強く聞いている)

T:実は、この手帳にいっぱいメモしてあるので、どれを話そうか迷っちゃうんですが、大きく言うと、1つのことが印象に残りました。それは、秋葉さんがなぜ広島にオリンピックを招致しようとしたかがわかったということです。その理由を3つにまとめてメモしてあるんですが、1つは大規模で商業主義になっているオリンピックをスポーツ中心の大会に戻そうということですね。1984年のロサンゼルス・オリンピックが商業主義のオリンピック第1号だと言われていますが、それ以来続いていた商業主義を転換させようということですね。2つ目は広島のような中堅都市でも可能なオリンピックのあり方を提案しようということだったと思います。3つ目はスポーツが 目指す、オリンピックが目指す、「平和の追求」を訴える大会にしたいということだったと思います。

S:(そろそろ飽きてきたような顔をしている)

T:それから、もう1つ話しておきたいことがあるんですが…。秋葉市長はみなさんの先輩ですが、やはり「真のエリート」だなあと思いました。

S:(また少し関心が高まった様子)

T:「エリート」と言えば、みなさんはこのことばの本当の意味を知っていますか?

S:(答えはない)

T:じゃあ、「エリート」ということばにはどういうイメージを持っていますか?

F男:優等生。

T:なるほど。みんなもそうですか?

S:(うなずいている生徒が多い)

T:でも、「エリート」ということばはあまりよい意味で使われないことも多いよね。さっきの「優等生」というのも何となく馬鹿にしたような意味を含むことがあるし、「プライドが高いだけの鼻持ちならないヤツ」みたいな意味で使われることもあるし。ちなみに、「エリート」という単語はこういうふうに書きます。(黒板に elite と書く)

G男・H子:(隣どうしで顔を見合わせ、「ほら、また来た!」のように笑っている)

T:(それにはかまわず)この単語は何語だか知っている人はいますか?

I子:ラテン語!

T:えっ!? すごいねえ、正解です! I子さん、何で知っているの?

I子:(首を振りながら、両手で否定するように)あっ、いえっ、なんでもありません!

T:(どうやら話の間に電子辞書で調べたらしいことがわかったのでそれ以上ふれずに)元々はラテン語だったようですが、現在のこの単語はフランス語です。英語でないことはわかりますよね?

S:(多くの生徒がうなずいている)

T:英語だったら何て読みますか?

S:「エライト」

T:さすが! liteの部分が「ライト」でしょ。だから「エライト」か「イーライト」。じゃあ、さっき「優等生」という印象があるということだったんですが、実は本当の意味はだいぶちがうんです。そこで、みなさんに月曜日までの宿題です。「エリート」の本当の意味を調べて来てください。

S:ええ~!

T:簡単ですよ。辞書かインターネットで調べればすぐにわかるでしょう。月曜日にね、その答えを聞いて、今日の話の続きをすることにします。実は「エリート」ということばはみんなと大いに関係があるからです。では、今日はこれでおしまいにします。

 

【こぼれ話①】

終礼後、数名の生徒がさっそく電子辞書で調べている光景が見られました。そこで、一番近くにいた男子生徒に尋ねてみたところ、「『選ばれた者』と書いてありました」という答えが返ってきました。もちろん、それだけでは不十分なのですが…。

 

【実際の会話②】1/17

T:(おしゃべりが静まらないのでしばらく待つ。おしゃべりをしている生徒をにらむ)

A子:シ~!

S:(やうやく静かになる)

T:(ため息をついて)フウ~。担任をやっていると、1日の間に喜んだりがっかりしたりすることがあって、本当に忙しいなあ。3時間目の英語の時間の後はみんなのリーディング・ショーの発表がとてもよかったから、英語科準備室に帰ったら他の先生方に「今日はとてもすごかったんですよ!」って言ったばかりだったのに、終礼に来たら「お前らうるせ~ぞ!」とイライラしなければならないし…。心臓に悪いから、もう少し心穏やかに過ごせるようにしてほしいな。

S:(本気でしかっているのかどうかをうかがっている様子)

T:さて、土曜日に秋葉市長の講演を聞いた後に、みんなに宿題を1つ出したよね?

S:(数名の生徒が「エリート!」と言っている)

T:そう、その「エリート」。ええと、これは何語だっけ?

B子:ラテン語!

T:元々はラテン語でしたが、「エリート」自体は?

C子:フランス語!

T:そうでしたね。どういう意味で使われることが多かったんでしたっけ?

D男:優等生!

T:そうでしたね。でも、元々の意味はちがうということで、調べてくるように言いました。調べてきた人はどのくらいいますか?

E男・C子:(手を挙げる)

T:では、E男くん、どういう意味でしたか?

E男:他の人のために働く人。

T:C子さんは?

C子:だいたい同じなんですけど、自分の周りの人の役に立つ人。

T:なるほど。今ではそういう意味で使われるのが正しいようですね。(F男に向かって)F男くん、君も確か電子辞書で調べてたよね? なんて書いてあった?

F男:選ばれた者。

T:そうです。元々の意味は「選ばれた者」という意味の「エレクタス」というラテン語だったそうです。英語でもelectionという「選挙」という単語があるので、おそらく語源は一緒なんでしょう。ところで、誰に選ばれたんでしょうね?選んだのは誰?

S:(答えを探しているようだがなかなか出ない)

G男:神?

T:おっ!G男くん、すごいねえ。そう、神なんですよ。この場合の神は、ヨーロッパのことだから、ギリシャ神話とかキリスト教の神とかなんでしょうね。神に選ばれた者というのはどういうことをする人のことをいうと思いますか?

S:(真剣に聞いているが、答えは出てこない)

T:これはね、神様のために命をささげる者ということなんですよ。つまり、自分の私利私欲とは関係なく働く人のことを指します。

S:(話の方向が見えずにポカンとしている)

T:なんだか話が大きくなってきてしまったので、先生が何を言おうとしているかわからないでしょ?  神というと宗教の話みたいだから、宗教的な意味を取ってしまうと、「社会のために尽くす者」ということになります。みんなはまだ中学生だから、社会のために尽くすなんて言っても実感がないと思いますが、みんなが今生活している場所をその社会だと思えばわかりやすいと思います。その社会とはどこでしょうか?

H子:学校。

T:そう、学校ですよ。つまりね、みんなの場合は社会のために尽くすというのは、とりあえず、学校のために尽くすということになるんですね。なんで、こんな話をするかというと、先生はね、みんながエリートだと思っているからです。

S:(何を言おうとしているのかをまだ探っている様子で、けげんな顔をしている)

T:実は、秋葉市長の講演の前にもう一人話をした人がいましたよね?

I子:阿部さん?

T:おっ!よく覚えていたねえ。AA先生の前の校長先生だったBB先生です。そのBB先生はね、イギリスの教育史を研究されている方なので、よくイギリスのエリート教育の話をされていたんですよ。そして、学校説明会でよく「この学校は真のエリート教育を行う学校です」とおっしゃっていたんですね。最初に私がそれを聞いたときは、ちょっと違和感がありました。というのも、以前はエリートというのは特権階級の人みたいなイメージがあったからです。でも、BB先生からイギリスのエリート教育のお話をうかがっている間に、真のエリートというのは、ただ優秀だというだけでなく、社会に貢献する人のことをいうんだとわかったんです。それ以来、自分でも「本 校は真のエリートを育てる学校だ」と思うようになりました。

S:(少し話に飽きてきたようで、時計で時間を気にする生徒が数名出てきた)

T:社会のために尽くすというのは、何もエリートでなくても、誰でもできることですよね?でも、実際にはその日一日の生活に困っている人も大勢いるわけで、そういう人たちは他の人のために働くなんていう余裕はあまりありません。ましてや、いざというときに人の上に立って強力なリーダーシップを発揮するという力がない人もいます。そういうことを考えると、ここにいるみんなはエリートになれる人たちばかりです。いいですか。みんなは誰でも行くことができる公立中学校に通っているんではないんですよ。すごく難しいテストをパスして入ってきた、それこそ「選ばれた者」なんですよ。それだけの力を持っている人たちなんだから、余った力を、自分に余裕があるときは、他の人のために使ってほしいんです。

S:(話が自分のことになってきたためか、またよく聞くようになった)

T:なんでこんな話をしているかというと、今日で生徒会の委員・係の任命が終わったからです。今日任命された人は誰ですか?

S:(8名の生徒が手を挙げる)

T:今日は8人が任命されましたよね。この間は20人でした。合計で28人。なんとクラスの70%の人が任命されたことになります。

J男・K男:(任命されなかったうちの男子2名が顔を見合わせてにやついている)

T:先生は残りの13名がどうでもいいということを言っているわけではありません。その人たちもいずれは行事等で活躍するチャンスがあるはずですから。委員長陣もそのあたりを考えていて、「あの人はあの行事でリーダーをしそうだから、今任命しておかなくてもいいだろう」という判断もあったと聞いています。それから、任命された委員によっては、他の仕事ができなくなってしまう委員もあるんですよね。例えば …、(運動会準備小委員会責任者のL男に向かって)L男くん、君は運準の長だから、運動会のリーダーにはなれないんですよね?

L男:はい。

T:ほらね。だから、今回任命されなかった人は、他の場面でぜひ積極的に立候補して何かをやってください。ということで、今日でCC学年(CCは学年主任の名前)が指導学年としてスタートする体制が整いました。

S:(全員が真剣な顔でこちらを見ている)

T:まずは、任命された人たちは自分が与えられた仕事を精一杯やってください。それが任命された人の務めです。任命されなかった人はそれぞれの場面で自分ができることを探してやってください。(少し間を置いて)最後に、先日、入試補助生徒の選出をしたときには…、男子で多少手間取りましたが…、最終的には立候補者で決まってよかったと思います。協力してくれた人には感謝します。ありがとうございました。先生がなぜ最後まで立候補者にこだわったか、今日の話でわかりましたか?

S:(数名がうなずいている)

T:それは、みんなに自分の意志で他の人の役に立つという気持ちになってほしかったからです。以前に音羽の坂を掃除したときに、当番ではなくてボランティアにこだわったのも同じ理由です。ということで、これからも一人一人が自分の意志で他の人の役に立つように頑張ってほしいと思います。では、今日はこれでおしまい。

 

【こぼれ話②】

2日間にわたって大切なことを伝えようと頑張って話をしましたが、やや観念的・抽象的な内容が多くなり、また、途中からはありふれた結論が見えてきた話になってしまったので、今回はあまり生徒の心に響く話にできなかったように思いました。実際、終礼後の清掃活動の様子を見ると、とても生徒の奉仕の精神が高まったようには思えませんでした。もう少し具体的な目に見える努力目標を意識させるように話を持って行けばよかったと思いました。ただ、こういう話を繰り返しすることで生徒の心にジャブを与え続け、その効果がどこかで表れてくれればいいなと思っています。次に音羽の坂を掃除するとき(3月)にどのくらいのボランティアが集まるか様子を見たいと思います。

 

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