26. 3年前の日、あの時

【きっかけ・ねらい】

この話は、東日本大震災からちょうど3年目にあたるこの日に話そうと用意していたものでした。同震災は震源地から遠く離れた東京で生活する人々にも大きな影響を与えました。小学校4年生の時にそれを経験した生徒たちもその対象者でした。そこで、生徒には自分たちがこの震災のことを末代まで伝えられる最年少世代の「生き証人」であることを再認識してもらうことを最大の目的としてこの話を考えました。

 

【手順・工夫】

今回の話題は、多くの人の命を奪った微妙な内容を含むものでもあったので、余計なことを言って関係者を傷つけるようなものにならないよう、話す内容をあらかじめじっくりと考えた上で粗筋を手帳に書き留め、それをときどき目視で確認しながら話すようにしました。また、話だけではありきたりの内容になってしまって生徒の印象に残るものにならない可能性もあったので、途中で当時の校内の様子を写した写真(前回担任した学年の卒業記念DVDに収められているスライドショー)を見せながら話すことにしました。なお、今回は生徒からいろいろなエピソードがたくさん出てくる可能性があったので、最初から会話を全てICレコーダーに録音しておくことにしました。

 

【実際の会話】3/11

S:(先に渡したPTAの広報紙を熱心に読んでいる)

T:ちょっと、読むのをやめて話を聞いてください。

S:(多くが読むのをやめるが、数名がまだ読んでいる)

T:(いずれ話に乗ってくるだろと考えて)朝、有楽町線に乗ったときにも放送をしていましたが、今日は特別な日だということはみなさんも意識していると思います。

A男:2時46分に、何かやるとかって昨日言ってた。

T:(A男の発言を受けて)2時46分に電車を止めるとか言ってたなあ。で、電車を止めて、訓練をすると言ってたなあ。だから、お客さんにもご協力をお願いしますとかいうことを言っていました。さっきまで行っていた病院(4限に急患の生徒を救急車で病院に搬送して、6限終了直前に帰校した)では、2時46分に全館で黙とうを捧げると言っていました。

S:(この話題でざわつき出す)

T:(少し落ち着くのを待って)震災はね…、あの日っていうのは特別なものだと思います。どう特別かっていうのはいろいろな切り口で言えると思うんですけど…。歴史上にいろいろな事件や事故がありますが、みんさん自身が経験して、自分の体験として持っている大きな事件というのは、たぶんあの震災が初めてではないかと思います。

S:(静かになる)

T:実は、先生にとってもそうです。もちろん、阪神大震災もありましたが、あれは自分では体験していない、遠くで起こったものでしたので、実体験として持っているものではありません。みなさんの親も先生と同年代だと思いますが、みなさんのお祖父さんお祖母さんの代になると…、70代、80代の人がいると思うんですね。その世代の大事件というと…、何でしょうね?

B男:第2次世界大戦。

T:「第2次世界大戦」ね。という言い方もしますが、その世代の多くの人は「第2次世界大戦」って言わないんだな。何て言うか知ってる?

C男:関東大震災!

D男:大東亜戦争?

T:「大東亜戦争」っていう言い方もありますねえ!

S:(数名が「大東亜戦争?」と言って笑う)

E男:太平洋戦争。

T:そう、「太平洋戦争」って言う人が多いと思います。私の母親もちょうど終戦のときに16歳でしたから、一番多感な時代に戦争を経験しています。ただ、そういう戦争なんていうのも、私としてはただ話を聞くだけで、全然身をもってわからないわけです。

S:(話の行方を察しかねてか、ポカンとしている)

T:みなさんのお祖父さんとかお祖母さんとか、その上の曾お祖父さんとか曾お祖母さんとかにあたる人なんかにとっては、おそらく昨日は大事な日だったんではないですか?

S:(一瞬の沈黙が流れる)

T:何の日?

B男:東京大空襲。

T:そう、東京大空襲。特に、下町に住んでいる親戚なんかでは亡くなった人もいるんではないかと思います。10万人も亡くなったっていうからね。

S:(うなずく者はいないが、少しざわつく)

T:で、さっきも言いましたが、みなさんは今回の震災を自分で経験して、たぶん将来に引き継いでいくべきではないかと思います。だから、あの日のことはしっかり覚えておく。そして、伝えるべきときは伝えるということが大切だと思います。

S:(静かになる)

T:それでだ。ちょっとみなさんに聞きたいんだけど、みんなその日は何してたの?

S:(ざわつきだす)

T:附属小の人は何してたの?

B男:担任の先生がいなかったから自習!

F男:ちょっと早めに(授業を)終わろうとか先生が言ってたとき。

T:授業中だった人はどのくらいいるの?

S:(ほとんどの生徒が手を上げる)

T:じゃあ…、自宅にいたっていう人は?

G男・H男:(恥ずかしそうに手を上げる)

T:(G男に)あっ、そうなの?

G男:その日は風邪をひいて休んでいました。

H男:たまたまその日にインフルエンザにかかっちゃいました。

T:ああ、それでお休みだったのね。じゃあ、ほとんどの人は学校にいたわけだ。で、学校でどんなことがあった?

F男:総合の授業中だった。

T:いや、だから、その瞬間にどんなことが起こった?

S:(みんながいろいろなことを言い出す)

F男:I男が「揺れてる!」とか言ってた。

T:「揺れてる!」っていうだけですんだの?

J男(附属小出身ではない生徒):水槽が割れた!

T:「水槽が割れた」って、倒れたの?

J男:(うなずく)

T:ワーオ!

A男(附属小出身ではない生徒):図書室の本棚が倒れた。

T:図書室の本棚が倒れたの?

A男:掃除してたら、いきなり本棚が倒れてきて、本が頭にあたった。

T:まあ、うちの学校でもね…。

S:(当時のことをそれぞれがいろいろ言い出してざわつく)

F男:静かに!

S:(数名が「シー!」と言って、静かになる)

T:うちの学校でも大変なことがあったんです。ちょっとね、何枚か写真をお見せしますので、見てみてください。(あらかじめセットしておいたDVDのスライドショーをテレビで映そうとするが、少し手間取ってしまう)

S:(スライドショーが始まるまでざわつく)

T:(スライドショーが始まり、津波の写真を指して)これは、津波の様子ですね。

S:(興味津々の顔でテレビを見つめている)

T:(地震の発生を伝えるテレビ画面の写真で)これはそのときのニュース画面。

J男:まだ「8.4」だ。 ※画面に示された「マグニチュード8.4」のこと

T:(液状化現象の写真で)実はですね、この日、3年生はディズニースィーに行っていました。

S:(多くの生徒が笑いながら)スィー?

T:(DVDを止めて)ディズニーシー。すみません。ディズニーシーに行っていました。

B男:なに、なに? 遊びに行ってたの?

T:で、ディズニーシーは中にいた人には非常に手厚く…、お菓子とか毛布とかを配ったりとか、非常に評判がよかったって後でいろいろなところで取り上げられましたけど、うちの学校はちょうど外に出ちゃったところだったんです。外に出ちゃった人に対しては実は非常に冷たくて、いっさい中に入れてくれなかったんですね。それでどうしたかというと、仕方がないので、浦安市に頼んで浦安市の市民体育館のフロアで約200人がそのまま一晩そこで過ごしました。

S:(ポカンとした顔で聞いている)

T:附属小の人はどうしたの? (注:附属小の多くの児童が電車通学であることから)

K子:帰った!

B男:学校に泊まった!

T:えっ? 学校に泊まったの? 学校に泊まったっていう人はどのくらいいるの?

S:(B男を含めて5名が手を上げる)

T:あっ、でも、そんなもんですか。

F男:母が車で迎えに来てくれました。

T:車で迎えに来た。あとの人はどうしたの?

K子:自転車で迎えに来た。

T:えっ? 電車で迎えに来た?

K子:自転車で迎えに来た。

T:ああ! 自転車で迎えに来たの?

S:(どのように帰ったかでざわつく)

T:(ざわつきが収まるのを待って)じゃあ、帰れなかった人は5、6人ね。この学校には400人いたんですけど、幸いなことに、その日は1年生、2年生は保護者会をやる予定だったので、近くまで保護者の方が来ていました。だから、400人のうちの200人は保護者に渡して、そして残りの200人のうちの100人は1時間ぐらいで徒歩で帰れるだろうっていうことで、保護者に連絡した上で徒歩で帰宅させました。だけど、残りの100人は帰せないということで学校に泊まることになりました。

S:(静かに聞いている)

T:幸いだったのは、ライフラインが生きていたことです。電気とかね、ガスとかがね。

 それから、いろいろな人が手分けをしてカップラーメンを100個以上買ってきて、夕飯はカップラーメン。

B男:いいなあ~。

T:(再びDVDを動かして)ちょっと、そんなシーンがありますので、見てみましょう。(本が散乱した図書館の写真で)これ、図書館です。附属小でもそんなことがあったかもしれませんが、本棚が倒れました。他の階は…、私は2階で授業をしていたんですけど…、(テレビ台を指して)これが動いてきてしまいました。ガッサ、ガッサ、ガッサってきたから、これがグワーって動いてきて、生徒にぶつかちゃいけないと、(テレビ台をつかんで)こうやって押さえながら、「机の下へ入れー!」って。そういう状態でした。(再びテレビ画面を指して)これが3階の様子ですね。

S:(テレビ画面を見つめている)

T:(生徒が公衆電話に並ぶ写真で)で、電話がね…。(教室でニュースを見つめる保護者の写真で)保護者の方も帰れなくなった人がいたので、一緒に泊まりました。(夕食を食べている写真で)で、みんなでカップラーメンを食べて…。こういう写真が残っているのも、AA先生(3組担任)が撮っておいてくれたからなんですが…。(講堂に集められた生徒の写真で)育鳳館に体育館から持ってきたマットのようなものを敷き詰めてですね…。(講堂の床に並んで寝ている写真で)救急セットを開けて寝ました。みんな、なんかね、みんながいるから、合宿気分のような感じでしたね。(迎えに着た親と生徒と担任の写真で)もちろん、夜中に迎えに来てくれた人なんかはこうやって帰ったんですけど…。

S:(記念写真のようににっこり笑って写っている写真に笑いが起こる)

T:まあ、みんな一晩泊まって…。(救急セットを開いている写真で)救急セットを開けて、中の非常食を食べる…。(DVDを止めて教卓に戻り)というわけで、大変なことが起こったわけですが、その後の日もけっこう大変でした。地震の後は附属小の人はどうしてた? 学校お休み?

S:(ざわつきだす)

F男:春休みまでずっと休みだった。

T:春休みまでずっと休み? 修業式なし?

S:なし!

T:へえ、いいなあ…。

S:(笑いが起こって、ざわつく)

T:附属中は、もちろん、卒業式も修業式もやりましたけど…。一番大変だったのは、翌週の月曜日ですね。先生は通勤してくるのに…、今まであんな通勤ラッシュは経験無いです。

S:(驚いた顔になる)

T:もう、ギュウギュウで、乗ってても大変でした。もう、骨が折れるかと思うぐらい押されて、大変な思いをしました。それが大変だったのと、みなさんは経験していないでしょうけど…、「計画停電」って知ってますか?

S:(数名が「ああ~!」と言う)

T:経験した人はいますか?

S:(A男を含めた3名が手を上げる)

A男:うちも入っていました。 

T:先生も計画停電が何回かありました。最初の計画停電は2時間ありましたけど…、やっぱり怖かったですねえ。何が起こるかわかりませんでしたから。あともう1つ。

 これは3月の末になって起こったことなんですけど、ガソリンが不足した。

S:(数名が「ああ~!」と言う)

T:で、ガソリンスタンドがいっぱいになっちゃって、なかなか入れられなかったので…。先生はふだんあまり使わないんですけど…、少なくなってきたから、スタンドに行くのに…、お店が9時に開くんだけど、朝5時に起きて、2時間半くらい並んだかな。それで20リッターだけ入れてもらうっていうことを2回やりました。

S:(話に飽きてきたような様子が見える)

T:それから、実は、今心配されていることがありますよね?

B男:関東直下型の地震。

T:うん、関東直下型…、首都直下型地震。あとは?

S:(数名が「南海トラフ地震」と言う)

T:南海トラフ地震。あと、もう1つあるんだよ。

S:(数名が「富士山の噴火」という)

B男:富士山の爆発。

T:そう、富士山の噴火。で、富士山の噴火が一番確率が高いんですよね?

F男:え~! ちょっとやだ~!

S:(笑いが起こる)

B男:みんなやだよ。

T:だって、過去に大地震が起こったときは、必ず3年以内に近くにある火山のどれかが噴火したという記録があるんだよね。それが富士山か浅間山かどっちかって言われています。

L男:高尾山じゃね?

S:(笑いが起こる)

F男:高尾山じゃ低いだろ?

T:高尾山は火山じゃないだろ!

S:(笑いが起こる)

T:活火山、休火山が危ないんですね。ということで、いつ起こるかわかりませんので…。まあ、みんなも、そういうこともあって…。

S:(ざわついている)

T:はい、はい。

S:(少し静かになるが、まだ数名がおしゃべりをしている)

T:そういうこともあって、みんなも携帯とかを持っているわけですが…。いざというときにね、あわてず…。周りに誰かいればね、一緒に協力をして、なんとか…、生き延びましょう。

S:(最後の表現に何か反応することを期待したが、特に何も反応はない)

T:まあ、そういうことを経験したので、今度何か起こったときはその経験を生かしたいですね。そして、繰り返しになりますが、ぜひね…、語り継いでもらいたいと思います。みんなは今回の出来事の「生き証人」であるので、それを将来自分の子供や孫にしっかりと伝えていってもらいたいと思います。それが、私たちにできる、被災した人たちの気持ちに応える方法の1つだと思うからです。では、ちょっと長くなりましたが、これで終わります。

 

【こぼれ話】

今回の話も途中から生徒がよく乗ってきてくれましたが、当初は直前に配布したPTA紙に見入っている生徒が多くて、全員をこちらの話に向かせるのに苦労しました。また、事前に十分に準備をしていたつもりではあったのですが、話し始めてみると予期せぬ生徒の発言によって、予定していなかった方向に話が行ってしまうこともありました。

もっとも、生徒との会話は「生きもの」ですから、それも当然のことではありますが…。

 

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