23.「ごめんなさい」と愛しすぎないこと-修業式の日に贈る最後の話-

【きっかけ・ねらい】

いよいよ現在担任している生徒との最終日が来ました。これまで授業や終礼でいろいろな話をしてきましたが、最後の終礼で何か心に残る話ができないかと考え、実際に話したのが今回のものです。ただ、生徒を感動させるよい話ができればよかったのですが、なかなかそういう話ができないので、とりあえず今まで言いたくて言えなかったことをまとめて話そうということで話を構成することにしました。

 

そのような状況で、ちょうど直前に起こったできごとの中で、授業中に携帯が鳴ったことが2度あり、1度目は該当人物が名乗り出てこなかったので、そのことについて憂う話をしたことがあったのですが、2度目は該当生徒が素直に名乗り出てきたということがありました。そこで、そのことにからめた話を1つしようと考えました。

 

もう一つは、クラス替えに関することです。これは、なんとかこれまで生徒間の大きなトラブルがなくやってこれたこともあり、生徒たちは自分たちは仲のいいクラスでクラス替えをしたくないという思いを持っていたからで、それを未来のクラスへの希望へと運んであげられるような話ができないかと思ったからでした。

 

今回の話をするねらいは2つありました。1つ目は、何か失敗をしたとときに素直に「ごめんなさい」と謝れることの大切さを理解させ、今後そのようなことが起こったときに素直に申し出ることができる集団の土壌を作ることのきっかけとなる話をするということです。2つ目は、クラス替えによって起こりうる不安感を取り除くような話をするということでした。

 

【手順・工夫】

前日まで成績処理やらクラス替えの作業やらで毎日心身共に疲れていたので、上記のような思いはあったものの、具体的にどのように話を構成するかということは直前までまとまりませんでした。そして、結局は話しながら流れを調整していくことにしました。ただ、そうした状況でも、話したいと思ういくつかの異なった内容の漠然としたイメージはあったので、それをどのようにつなげていくかということを課題にすることにしました。その漠然とした話のイメージとは次のようなものでした。

・これまでにどのような話を終礼でしてきたかにふれる。

・自分には「ありがとうございました」以外になかなか言えないことば(「ごめんなさ い」)があり、それが何であるかを考えてもらう。

・素直に「ごめんなさい」と言えないときと言えたときでは自分の心の中にどのような ちがいがあるかを考えてもらう。

・自分はこれまで自分のクラスの生徒を「愛しすぎない」ようにしてきたことを打ち明け、その理由を過去のエピソードから述べて、クラス替えの話に発展させる。

 

【実際の会話】3/19

T:さて、今日でこのクラスのみんなとこうして話をするのも最後です。どうやら、クラスによってはもうすでに終礼が終わってしまっているところもあるようですが、最後にみんなに伝えたいことがあるので、どうか聞いてください。

S:(話を予期していたらしく、聞こうという心構えはあったようである)

T:先生は、これまでみんなにいろいろな話をしてきました。(背広の内ポケットから小さな手帳を出す)実は、その多くをこの手帳の中にメモしてあります。あらかじめ話そうと思っていたことを書いてあるのではなく、話をしたときにみんながどんな反応をしたとか、どんな顔で聞いていたとかを耳と目に焼き付けておいて、その日の帰りの電車の中でそれを思い浮かべながら書き留めておいたんです。

S:(手帳の中をパラパラと見せると、みんな興味深そうに見ている)

T:例えば、先生が何かを言ったときに、誰かが何かを言ったとしたら、それを覚えているかぎり細かく書いてあります。もちろん、名前は書いたりしません。A男とかB男とかC子とか書いておきます。でも、その台詞を今読み返してみると、先生には誰の発言かが思い浮かびます。

S:(よく反応した生徒の多くがニコニコしている)

T:けっこうたくさんたまっているんですよ。それぞれの話にタイトルをつけてあるんだけど、最初の話は「私が嬉しかったこと」です。

A男:「さわり」の話?

S:(みんな笑う)

T:(わざとため息をついて)あのねえ…。それはねえ、もうちょっと後の話だよ。「さわり」の話が「嬉しかったこと」のはずがないでしょ?

B子:でも、先生、痴漢が嬉しかったんでしょ?

S:(みんな笑う)

T:(再びため息をついて)あのなあ…。いつから先生が痴漢をしたっていう話になっちゃったんだよ?

B子:だって、先生、しちゃったくせに。

T:するわけないだろ!

S:(みんな笑う)

T:そう言えば、その「さわり」だけど、「先生、痴漢をしちゃったんですか?」なんて言ったのは誰だっけ?

S:(みんな笑う)

C子:(恥ずかしそうに手を挙げる)

T:えっ?C子さんだっけ?男子じゃなかった?

D男:そうです。ぼくが「さわり」って言ったら、C子さんが「痴漢しちゃったんですか」って言ったんです。

T:あれっ!そうだったっけ?先生は男子が言ったと思っていたから、手帳には「A男」って書いてあるよ。「A子」に書き直さなきゃならないね。(注:すでに訂正済み)

S:(みんなニコニコしている)

T:で、今日は最終回として、もう1つだけ話をします。以前に「ありがとうございます」ということばの話をしたのを覚えていますか?

S:(何人かがうなずいている)

T:あの話をした後、みんなはしっかりと「ありがとうございました」って言えるようになりましたね。それから面接の時の「よろしくお願いします」と「失礼しました」もね。もし、先生の話でみんながそれができるようになったのだとしたら、先生も嬉しく思います。もちろん、みんながそれだけ成長したということでもありますが。

S:(ニコニコしながら聞いている)

T:あの時は、先生はなかなか「ありがとうございます」って言えないんだというところから話しましたね。実は、先生にはもう1つなかなか言えないことばがあるんですよ。そこで、今日はそのことについて話します。そのことばが何かというと…。ええと、ちょうど「ありがとうございます」みたいなことばなんだけど、何だと思いますか?

S:(みんな考えている)

E男:「ごめんなさい」

T:(いきなり正解が出て動揺する)ええと…。E男くん、どうしてそう思ったの?

E男:(しばらく考えて)ええと、「ありがとうございます」は相手に感謝することばですよね。「ごめんなさい」は相手に謝ることばなので、そうではないかと思いました。

S:(あまりにも上手な説明を聞いたので)オ~!(拍手が起こる)

T:へえ、すごいねえ。実は、そのとおりなんですよ。

S:オ~! すご~い!(再び拍手が起こる)

T:実はね、先生はなかなか「ごめんなさい」ということばが言えないんですよ。例えば、何か失敗したりするでしょ。そんなとき、すぐに「ごめんなさい」って言えばいいのに、ついつい言い訳してしまう。自分を守ろうとしてしまうんだね。みんなもそういうことはありませんか?

F子:あります。

T:他にも口には出さないけど思い当たることがある人もいるでしょ?それで、先生は大抵言い訳をしてしまった後に、「やっぱり、あの時謝っちゃえばよかったなあ」って思うんですよ。

S:(何人かがコソコソ話している)

T:先生は自分がすぐに言い訳をする人間だからわかるんだけど、言い訳をしてしまうと後味が悪いんだよねえ。いつまでもそのことが気になっちゃう。逆に、謝っちゃったときは気が楽になるんだよね。もうその後気にすることないからね。あっ、誤解を招くといけないから言っておくけど、例えば電車の中なんかで人の足を踏んじゃったり、ぶつかったりしたときは、ちゃんとすぐに「すみません」って謝るからね。そういう場合じゃなくて、自分がある程度自信をもってやったことがまずかったりしたときに、どうしてもそれを認めたくなくて、「ごめんなさい」って言えないっていうことだからね。

S:(そろそろ飽きてきて下を向いている生徒がいる)

T:以前、こんなことがあったよね。歴史の時間に携帯のバイブが鳴って、鳴らした人は申し出なさいって言ったのに、誰も出なかった。

S:(みんな顔を上げる)

T:実は、昨日のテストの時も同じようなことがあったらしいんだけど、みんなは知ってる?(注:テスト監督の五味先生から聞いた話。その時は該当生徒が申し出た)

S:(声による反応はないが、事情を知っているという表情の生徒が何人かいる)

T:ところが、昨日は前とはちがった。昨日は鳴らしてしまった人が自分から名乗り出てきて、「自分が鳴らしました。すみませんでした」って言ってくれた。

S:へえ、そうなんだ~。

F子:(当人が視界に入るが、両手で顔をおおっている)

T:そういうものを持ってきて、しかもバイブを鳴らしてしまったことは悪い。でも、それを黙っていないで、自分がやりましたって言いに出てきたことはとてもよいと思う。だから、先生はその生徒をしからなかった。

F子:(顔をおおっていた両手を下ろして、こちらを見ている)

T:さっきからの話の流れからすると、先生はこんなことを言える立場じゃないかもしれないけど、正直に言ってきたその人はえらいと思うよ。そこで、今日の結論です。以前にも言ったかもしれないけど、この学年の生徒は何かまずいことをしたときに、それを正直に申し出ない傾向がある。だから、今日話した生徒のように、みんなにも正直に申し出る生徒になってもらいたい。そして、学年全体がそういう雰囲気になるようになるよう、ひとりひとりが心がけてほしい。

S:(素直に聞いているという表情をしている)

T:(ここで話題を変える)それから、もう1つ話したいんだけど…、これはこの間の保護者会でも話したことなんだけど…、先生は、この1年間、みんなを愛しすぎないようにしてきました。

S:(みんな「えっ?」という顔をしている)

F子:私、知ってる。ママから聞いた。

T:先生はみんなのことが大好きです。ひとりひとりのことが可愛いと思っています。でもね、あることがあって、みんなのことを愛しすぎないようにって心がけてきたんです。

S:(「いったい何のことを話しているんだ?」という表情をしている)

T:実は、現在大学3年生の人たちを担任していたときのことなんだけど、1年生の時に…、そう、その時も同じ5組だった。自分のクラスの生徒を愛し過ぎちゃったんですね。可愛くて可愛くて仕方がなかった。生徒の方も…、自分で言うのもなんだけど…、先生のことを大好きになってくれた。お互いにそう思っているのを感じていたから、まあ、先生と生徒はラブラブだったというわけ。

S:(この「ラブラブ」ということばに「ニコニコ」と「苦笑い」の両方の反応がある)

T:ところが、それは悲劇の始まりだった。

S:(びっくりしたような顔に変わる)

T:ちょうど、今日と同じ修業式の日、生徒はみんなクラス替えをしたくなくて悲しくなり、クラス替えをした後も元の5組のことが忘れられなくて大変だった。中には毎日泣いていた生徒もいたほどだった。

S:(真剣な顔で聞いている)

T:でも、それ以上に大変だったのは、実は担任である私だったんです。自分のクラスの生徒を手放したくなかったし、クラス替えをした後も元の生徒のことがなつかしくて仕方がなかったんだよ。これは、2年生になってから先生のクラスになった、残りの5分の4の生徒にとってはたまらないよね。だって、先生がその人たちのことを愛していないのを敏感に感じ取ってしまうでしょ。それは嬉しくないよね。そんな状態だったから、2年5組の生徒と先生の仲はあまりうまくいかなかった。それは卒業まで続いてしまったかな。先生も、生徒とうまくいっていないのをずっと悩み続けた。

 そこで、前回の、今の高2の生徒の時は、1年生のクラスの生徒を愛しすぎないように心にブレーキをかけたんだ。そうしたら、やはり2年生のクラスがけっこううまくいって、2年間幸せに過ごすことができた。それは生徒の方も感じてくれていたと思う。

S:(食い入るように?聞いている)

T:だからね、みんなのことも…、さっき言ったように、みんなはとてもいい人たちで、可愛いんだけど、愛しすぎないように…、つまり、あまりのめり込まないようにしていたんだ。そのせいで…、もしかしたら別の理由かもしれないけど…、「先生は冷たいな」とか「もっと自分たちと遊んでくれればいいのに」って思った人もいたかもしれない。でも、今話したような理由で、それはできなかった。というか、しないようにしていた。だから…、おそらく、みんなは先生の愛が足りないなと思っていたかもしれません。そこで、最後にみんなに言わせてください。みんなを深く愛せなくて、「ごめんなさい」(頭を下げる)。

S:オ~!(大きな拍手が起こる)

E男:すげ~!決まった~!(前の話とつながりがある終わり方をしたという意味?)

T:いやあ、なんか拍手なんかされちゃうと恥ずかしいなあ…。

S:(みんな笑っている)

T:(ここで、関連のことで大切なことを言い忘れていたことを思い出す)そうそう、もう1つ言いたいことがあるんだけど…、もう長くなっちゃったけど、大切なことだから聞いてくれる?

S:(誰も嫌そうな顔をしていない)

T:みんなはね、この5組で1年間過ごしてきて、みんなで仲良く過ごすという素晴らしい「文化」を作ってきました。この間言ったように、みんなは8人ずつ5クラスに散らばります。(注:クラス替えの方法についてこのことだけは話しておいた)

D男:1クラスだけ9人。

T:そうだ。その時に、このクラスで学んだよい部分はぜひ新しいクラスに持って行ってもらって、そちらでも育ててほしい。もちろん、他のクラスの人もそれぞれのクラスから独自の文化を持ってくるから、自分たちのものだけを押しつけたりしたらダメだよ。新しいクラスには、新しいクラスで作らなければならない文化があるから。でもね、その時に、5組の「この部分はよかった」と思うことは引き継いでもらうと嬉しいな。

S:(背筋が伸びて、自信に満ちた顔で聞いている)

T:そして、新しいクラスで、それぞれが新しい文化を作ってください。先生は、みんながその中で幸せに過ごしている姿を見るのを楽しみにしています。

  最後に、これまで1年間、こんな担任につきあってくれて、こんな担任の話を辛抱強く聞いてくれて、「ありがとうございました」。では、これで私の話を終わります。

 週番、「さようなら」の挨拶をしましょう。

F子:先生、通知票は?

T:(「はっ」とする)ごめん、ごめん!話に夢中になっていて、通知票を渡すのを忘れてた!「さようなら」の後に、順番に取りに来て!

S:(みんな笑う)

T:では、改めて挨拶をしましょう。

週番:静座!起立!

S:(全員が起立する)

G男:「さようなら」じゃなくて、やっぱり「ありがとうございました」だろ?

週番:(その声が聞こえたらしく)ありがとうございました!

S:ありがとうございました!(子供っぽいどなり声ではなく、心の底からの大きな声での挨拶である)

T:(生徒の声に感動し、頭を下げて、つぶやくように)ありがとう。さようなら。

 

【こぼれ話】

この後に行った41人全員との個人面談は、とてもなごやかな雰囲気で行うことができました。もちろん、中には生徒指導上厳しいことを言わなければならない生徒もいましたが、そうした生徒に対しても、その生徒の気持ちを聞いた上で、その生徒の気持ちを大切にして話そうと思って話したので、それぞれがすんなりと受け入れてくれたように感じました。なお、繰り返しになりますが、面接に際しては、ほぼ全員の生徒が「よろしくお願いします」「ありがとうございました」「失礼しました」と言えていたことを改めて付け加えておきたいと思います。

 

幸い、来年度は5クラス全部の授業を週3時間受け持つことになっており(もう1時間は講師の先生に前期はリーディングを中心に、後期はALTとのティーム・ティーチングを受け持ってもらう予定)、今年担任した生徒の成長ぶりを直に見ることができます。果たして、これまでの関わりの中で指導してきたことが、新しい担任の先生と新しい仲間との関係の中でどのような形で生きてくるのか、少しばかり楽しみにしながら見ていきたいと思っています。

 

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