1. 「5」にまるわる話(入学式の日に話したこと)

【きっかけ・ねらい】

この話は、新たな出会いの日である入学式の日(実際にはその前日の入学式予行の日が最初の日でしたが…)に、学級担任の私がこの学校の教師の一人としてその後の1年間(そして最終的には3年間)の指導をどのような気持ちで行うつもりであるのかを生徒に示すよい機会であると思っていたので、入学式の日に何か印象に残る話ができないかと半年以上も前から計画していたものです。

 

ところが、いざその時期が近づいてくると、具体的な話題がなかなか見つからず、しかも直前は入学式での所作指導の方に自分の意識が集中していたので、前日になるまで話の内容は固まっていませんでした。そのような中で、入学式予行の日に教室でクラス分けの表を見ていたある女子生徒が「このクラス、3部(附属小学校ではクラスを「○部○年」という特殊な言い方をします)が少なくない?」と言っていたことで、話のきっかけをつかむことができました。その発言を受けてその場でそれを否定することは簡単だったのですが、なぜかその時にその生徒の発言を終礼の話に利用できるのではないかと思いつき、そこから全体の話を構成することになったというわけです。

 

なお、話の最終的な落としどころは、当初から「みんなで仲良く新しいクラスを作っていこう」というメッセージにすることでした。しかし、直近の目的として、入学式での呼名の際に大きな声で「はいっ!」という返事をするように生徒の気分を高揚させることが新たに加わりました。

 

【手順・工夫】

まず、新入生に対して初めて「終礼の話」をすることになるので、自分がなぜそのような話をするのかということを生徒に理解してもらう話から入ることにしました。次に、そのような話は自分が一方的に話すものではなく、生徒とのやりとりを通じてこそ初めて生きるものであることを伝え、生徒が気軽に発言できる雰囲気を醸し出すようにしてみました。そして、話に対する生徒の興味・関心を引くために、誰もが参加できるクイズ形式から話に入っていこうと計画しました。

 なお、当初よりかなり長めの話になりそうだったので、全体を午前の部と午後の部に分け、さらに話の柱には一貫性を持たせつつも具体的な話題は3つに分けることを考えていました。

 

【実際の会話①】4/9 入学式前の待ち時間

T:さて、あと15分ほどで中庭に並ぶことになりますが、それまで少し時間があるので、先生の方からみなさんにお話をしたいと思います。

S:(真剣な顔で聞いてはいるが、特に強い関心を示しているわけではない)

T:実は、先生は終礼で…、「終礼」というのは「帰りの会」のことですが…、少し長めの話をすることがあります。まあ、毎日話すというわけではないのですが、「今日は何かを話そう」と思った日は話をします。そのせいか、みんなの先輩は「肥沼先生は話が長い」とよく言います。

S:(受けをねらったつもりであったが、笑っていいのかわからない様子)

T:でもね。先生は一度たりとも無駄話をしたつもりはありません。必ず何か目的があって話をします。「先生の話は長い」と言う人たちも、みんな「先生の話はとても役に立ちました」と言ってくれていたので、きっとみんなにもそう思ってもらえると思います。ということで、今日はその1回目の話をしたいと思います。

S:(真剣な顔で聞いている)

T:ただね、話をするといっても、先生が一方的に話すわけではないんです。先生の話にはみなさんの「合いの手」というか、返事が必要なんですね。さっきも質問をしてみんなに答えてもらいましたよね? もう一度聞きますけど、先生の名前は?

S:肥沼!

T:そう。そういうやつですね。これがないと先生の話は成り立たないんです。だからね、みんなにはどんどん反応してもらいたいんですね。

S:(わかったような、わからないような顔をしている)

T:授業が始まると、いろいろな先生が「発言する時はちゃんと手を上げて発言しなさい」とおっしゃるかもしれないないんだけど、終礼にかぎっては思いついたらどんどん言ってもらいたいんです。頭に何か浮かんだら、すぐにことばにしてもらいたいんですね。つまりね、「無礼講」ってやつですよ。遠慮しないで、どんどん言ってもらいたいんです。みなさんの中にもいません?何か思いついたらすぐに発言する人?

A子(最前列の生徒):(後ろを振り向いて数名とニコニコと笑い合っている)

T:とにかく、どんどん言ってください。

S:(少しずつ緊張感がほぐれてきた様子)

T:ではですね。最初にある数字を示します。いったい何を意味するでしょうか?

 (黒板に「5」と書いて)これは何ですか?

S:「5」!

T:そうですよね。では、何を意味するでしょう?

S:「5組」!

T:そのとおり!5組のことです。でも、なんで5組なんでしょう?

S:(「へっ?」というような顔をしている)

T:はっ、はっ、はっ。そんなことを言われたって困るよね。5組だからって言っても、別にみなさんは5組にならなければいけなくてここにいるわけじゃありません。後でまた話しますけど、みんな平等に分けられて、たまたまここにいるんです。

S:(真剣な顔に戻る)

T:でもね、5組になったからには、5組の生徒として頑張ってもらいたいことがあるんです。S:(驚いたような顔になる)

T:5組はね…、まあ、1組と同じなんですが、大切なクラスなんですよ。例えばね、剣道とか柔道とかで、最初に試合に出る人を「先鋒」って言いますよね? 一番最後の人を何て言うか知っていますか?

B男:「大将」!

T:そう、そのとおり!つまりですね、1組は何をやるにも最初にやらなければならない先鋒として頑張らなければいけない。では、5組の、大将の役目って何でしょう?

C子:まとめる?

T:なるほど。「まとめる」ね。C子さん、何をまとめるの?

C子:みんな。

T:「みんな」って誰?

C子:(少し考えて)1年生みんな?

T:そう、そのとおり! でも、「まとめる」って何を、どうまとめるんだろう?

S:(何か言おうと考えているようだが、声は出ない)

T:例えばね、この後の入学式でね、みんなが呼名に「はいっ!」って答えるじゃないですか。そういうときにね、先生が5組のみんなに期待するのは、たとえ他の生徒がどうであれ、とにかく元気な声で「はいっ!」って言ってくれることなんです。途中でね、声が小さくなってきたりしたら、それをみんなが大きな声で「はいっ!」って言って元に戻しちゃってほしいんです。それがね、5組の生徒の役目なんですよ。

S:(ニコニコとしながら聞いている生徒が増えている)

T:そういえば、最初はD男くんだよね?

D男:はい。

T:D男くんさ、君の「はいっ!」が205人みんなに影響するんだから、とても大切な役なんだよ。

D男:ええっ!

T:まあ、大丈夫。あなたはすでに素晴らしい声で言っているから。

D男:(はずかしそうでもあり、嬉しそうでもあり、笑っている)

T:それから、E子さん、もしかして、あなたが最後?

E子:(うなずいている)

T:そうかあ! うちのクラスに最初と最後がいるんじゃん!

S:(優しい笑い声が起こる)

T:じゃあ、もう大丈夫だ! あとは、間のみんなが頑張るだけだ!

S:(また真剣な顔になる)

T:ということで、これから「はいっ!」の練習をしま~す!

S:(驚くかと思っていたが、覚悟をしていたらしく、真剣な顔のままである)

T:では、最初から一人ずつだと緊張するだろうから、全員で声出しをしましょう。昨日の全体練習と同じように、先生が「せ~の!」って言うから、みんなは大きな声で「はいっ!」って言ってください。じゃあ、いくよ! せ~の!

S:「はいっ!」(声が廊下にも響く)

T:う~ん、まだまだだなあ。他の4クラスにも聞かせちゃおうよ。それが5組の役目なんだから。もっと出すと、こだまが聞こえるよ。

S:(後ろの方の生徒が何やら笑い合っている)

T:何? 何がおかしいの?

F子:(となりのG男を指して)先生、「こだま」くん。

T:ああ、そうか! このクラスには「こだま」くんがいたんだね!

S:(笑いが起こる)

T:でも、漢字がちがうよね?

G男:(笑ってうなずいている)

T:まあ…。とにかく、もっと大きな声で言ってみよう。いくよ!せ~の!

S:「はいっ!」(先ほどよりさらに大きな声で、こだまが幾重にも響く)

T:どうよ? ボワン、ボワンって何度も聞こえたでしょ?

S:(うなずいている)

T:そう、そのくらいの力で本番でも「はいっ!」って答えてください。じゃあ、個人でいくよ。先生が全員の名前を言うから、一人ずつ「はいっ!」て答えて。立たなくていいからね。じゃあ、いくよ! D男!(フルネームで)

D男:「はいっ!」

T:素晴らしい! 

 ※以下、全員の名前を呼ぶ。全員が大きな声で「はいっ!」と返事をする。途中で担任長(学年主任)のAA先生がその様子を見に来て、目を細めながら見つめている。

T:(全員の呼名を終えて)よしっ! それでいいぞ! あとは、先生も入学式を楽しみにしています。では、これから中庭に出て、並びましょう!

 

【こぼれ話①】

今回の話は、緊張感をもって中学校生活を送ろうとしている(? ただ単に様子見をしているだけ?)生徒たちを心の底からほぐしてやれるものにはなりませんでした。おそらくそれは、話の内容に加えて、私の話し方が少し固かったためではないかと思います。もっとも、話の効果がまったく無かったのかと言えばそうではなく、最後に行った全員での声出しは他の複数クラスに波及し、そちらでも実践されていました。そして、そうした学年全体に広がったことは、結果として入学式本番にも形となって表れ、ほとんどの生徒がこれまでにないくらい元気な声で呼名に応えていたように思いました。

 

もちろん、それはこの時間の話だけで実践できたことではなく、それまでに行われたすべての指導(学年全体の所作指導、学年主任による配慮の行き届いた実際の呼名、各学級担任による丁寧かつ力強い学級指導)が、この2日間で生徒の中にそれを可能にするベースを作ったからこそできたことであると思います。

 

【実際の会話②】4/9 入学式の日の終礼

T:(入学式の評価と翌日の連絡を終えて)以上です。他に何か質問はありますか? それから何か先生が集め忘れているものとかはありませんか?

S:(特に反応無し)

T:じゃあ、よかった。先生はねえ、大きなポカはあまりしない方なんだけど、小さいポカはよくやるんですよ。特にね、今日みたいに話したいことがあって、それに夢中になっているときなんかは、他のことを忘れちゃう。

S:(意外に興味深そうに聞いている)

T:例えばね、前回の学年で終業式の日に話に夢中になっていて、「じゃあ、これで終わり。『さようなら』をしましょう」と言ったら、「先生、通知票は?」っていうことが2回あった。大切な通知票を渡しそびれてしまうところだったんですね。だから、何か先生が忘れているなと思ったら、黙っていないで遠慮無く言ってください。

S:(半分くらいの生徒がニコニコしている。ようやく少しほぐれてきたか)

T:写真撮影が始まるまであと少しかかりそうなので、入学式前に話したことの続きを話すことにします。それはね、昨日このクラスのある人が言っていたことで思いついた話なんです。

S:(急に興味がありそうな顔になる)

T:それは、黒板に書いてある「5」にも関係することなんですが、昨日ね、ある人が「このクラスって、3部が少なくない?」って言ってたんですね。

H子(該当の生徒):(自分のことだとわかって緊張した顔になる)

T:附属小以外の人には何のことだかわからないと思うので補足をしますが、附属小は学年とクラスを言うときにとても変わった言い方をするんです。例えば…、H子さん、あなたの小学校のときのクラスは何ですか?

H子:3部6年です。

T:ほらね、面白いでしょう? 附属小ではクラスを「部」と言って、しかもそれを先に言うんです。どうしてそう言うかということはまたの機会にします。それでね、本当に3部の人が少ないかというと、実はそんなことはないんです。どこのクラスも人数は均等です。本当だよ。どこの部も男子も女子もそれぞれ3人か4人だから。2人とか5人という部はないはずだよ。

S:(附属小出身のほとんどの生徒が互いに顔を見合わせて人数を数えている)

I子:先生、5人以上います!

T:そんなことはないはずだよ。男女それぞれの人数だよ。

I子:(「なんだ、男女それぞれか!」とまちがえていたことに気付いて恥ずかしそう)

T:(人数数えが終わって静かになるのを待って)ほらね。それから附属小以外の人は全部で、ええと…、69人だから…、各クラスに男女それぞれ6~7人です。ということで、どの部の人も附属小以外の人も全部きっちり五分の一で均等になっています。(黒板の「5」を「1/5」とする)

S:(「へえ、そうなんだあ」という納得の顔をしている)

T:それで、ここから何が言いたいかというと、どのクラスも均等な割合で分けた人達で構成されているわけなので、スタートは全部同じということになります。だから、この後どんなクラスになるかはみなさん次第だということです。

S:(真剣な顔になる)

T:校長先生も入学式でおっしゃってたよね。「個性というのは自分勝手なことをすることじゃなくて、人と関わる中で自分や仲間のちがいを知ること」だって。そして「それを認めた上で仲良くしていくことが大切だ」って。先生もそう思います。仲間といっぱい関わって、早く仲間のことを知って、自分のことも知ってもらって、そうして仲良くなって、よいクラスを作っていってほしいなと思っています。そのためにどうしたらいいのかっていうことは、また改めて話しましょう。

S:(下を向いている生徒が数名いる)

T:まだ写真撮影の連絡が来ないなあ…。じゃあ、もう1つ話をしようか。もう1つ数字を書くけど、いったい何のことだかわかりますか?

S:(全員がまたこちらに注目する)

T:(礼服の内ポケットから手帳を出して)ただね…、その数字がね…、ちょっと覚えられないくらい長いので…、ちょっとメモを見ながら書きます。(手帳に貼り付けてあった付箋を見ながら、黒板に 227,373,675,443,232,059,478,759,765,625 と書く)

S:(「いったい何だろう?」と興味深そうな顔をしている)

T:まずですね。この数字は1つの大きな数字か3桁ずつの数字が並んでいるか、どちらかっていうことですね。

S:(想像がつかないらしく、何の反応もない)

T:実はですね…、これは1つの数字なんです。でも、あまりにもでかい数字なんで、何と読むかわかりません。

S:(驚いた顔になる)

T:さあ、では、何の数字でしょうか?

S:(数名が相談を始めて少しざわつくが、やがて沈黙になる)

T:じゃあ、ヒントを出しましょう。ヒントは、先生がこれまで話してきたことと関係があります。

J子:(しばらくして)5で割れる!

K男:当たり前じゃん、最後が5なんだから。

S:(笑いが起こる)

T:そのとおり! でも、惜しいなあ。それだけだったら、わざわざ出さないでしょ?

S:(再びしばらく沈黙が続く)

T:さらにヒントを言うと、ついさっき先生が話したことに関係があります。

L男:(手を挙げる)

T:じゃあ…(出席簿の座席表を見て)L男くん。

L男:(立って)世界の人口に対して、このクラスの人がどのくらいの割合で分かれているかっていうこと。

T:う~ん…、残念だけど、そうじゃない…。

M男:世界の人口だって、そんなにいないでしょ。

S:(笑いが起こる)

T:(L男を見ながら)確かにそうだね。人口にしちゃ、大きすぎるね。

L男:(恥ずかしそうに笑っている)

T:さっきJ子さんが言ったじゃない。「5で割れる」って。それから、すべての部や附属小以外の人も五分の一ずつだって。それでね、これは実は分数で、この数字分の一なんだな。(数字の上に直線を引いて、その上に「1」と書く)

A子:あっ、わかった! このクラスに全員が一緒になる確率じゃないですか?

T:ピンポーン! 正解! 素晴らしい! よくわかったねえ!

A子:(嬉しそうにニコニコしている)

T:実はそうなんですよ。ある一人の生徒がこのクラスになる確率が五分の一なんで ね。(「1/5」と書く)そして、次の人がこのクラスになるのも五分の一なんですね。(「×1/5」と書く)それで、先生も入れて42人全員の確率を掛け合わせると…、(途中を省略して最後に「…×1/5=1/542と書いて)5の42乗分の一で、それがこの数字なんです。

S:(いぶかしげな顔をしている)

N子:その確率って、そうやって出すんだ。

T:これはね、以前に、数学科の中本先生に「42人全員が5組になる確率はどうやって表すんですか?」って聞いて教えてもらったことだから確かだよ。でもね、普通の計算機じゃ、こんなに大きな桁数は表示できないから、ネットで「桁数無制限の計算機」というのがあったから、それで計算したんだ。けっこう簡単なんだよ。5を入れて、この何乗っていうところに42を入れて、イコールを押すと答えが出てくるんだ。

S:(「そこまでやったの?」というような顔をしている)

T:これって、すごいと思いませんか? ここにいる全員がこの教室に偶然いる確率はこんななんですよ。ほとんどありえない数字ですよね? よく「一期一会」って言いますけど…。みんな、「一期一会」って知っていますよね?

S:(多くが首を縦に振っている)

T:漢字ではどう書きますか?

S:「いちき、いちかい」

T:そうですよね。そんな、一期一会みたいな確率で集まっている人達なんですから、その偶然を大切にして、仲の良いクラスを作っていってもらいたいなと思っています。

S:(「はい、わかりました」というような顔をしている)

T:では、そのうち写真撮影の連絡が来るでしょうから、これで私の話は終わります。あとは自由にしていてけっこうです。

 

【こぼれ話②】

今回の話は、午前中の話に比べると、生徒からの積極的な発言を引き出しながら、対話を楽しむような形で進めることができました。ある程度の節度をもった言動をさせるために、適度な緊張感は持ち続けさせるように注意しながらも、自分の思ったことをクラスの中で自由に発言できる雰囲気を徐々に作っていけたらと思っています。

 

なお、翌々日のオリエンテーション第1日に「中学生になって」という作文を書かせたところ、41人中、14人(男子7人、女子7人)の生徒が今回の話についてふれていました。そこまでに新しく来られたBB校長先生の入学式での心にふれる訓示(式辞)や始業式での体を使ったエクササイズを含む印象的なお話、担任長(学年主任)のAA先生の聞く人すべての心を動かすお話、オリエンテーションでの個性豊かな他の4人の学級担任の先生方のお話を聞いた後のものとしては、そこそこ印象に残る話ができたかなと思っています。