(1) カリキュラム・マネジメントの定義と「育てたい生徒像」の構築

令和3年度より完全実施された中学校の学習指導要領に関しては、改訂の方向性の1つとして「カリキュラム・マネジメント」が挙げられていました。これに対して、現場の教員からは「よくわからない」という声を今でもよく聞きます。そこで、教科教育の視点からこれについて解説する記事を3つに分けて書くことにしました。なお、いずれの記事も「中学校英語」におけるカリキュラム・マネジメントについて考えていくことにします。

 

1 「カリキュラム・マネジメント」とは?

『中学校学習指導要領 総則編』の「第1章第1の4」では、「カリキュラム・マネジメント」が次のように説明されています。

 

各学校においては、生徒や学校、地域の実態を適切に把握し、教育の目的や目標の実現に必要な教育の内容等を教科等横断的視点で組み立てていくこと、教育課程の実施状況を評価してその改善を図っていくこと、教育課程の実施に必要な人的又は物的な体制を確保するとともにその改善を図っていくことなどを通して、教育課程に基づき組織的かつ計画的に各学校の教育活動の質の向上を図っていくこと(以下、「カリキュラム・マネジメント」という。)に努めるものとする。

 

これを見ると、「よくわからない」という感想を持たれるのは、「カリキュラム・マネジメント」とは何であるかの定義がないまま具体的な説明項目が列挙され、「以上の説明を一言で表わすとこの用語があてられる」というような扱いで示されているからでしょう。

  

これに対して、『中学校学習指導要領(平成29年度)解説 総則編』(以下『解説』とします)では別の説明がなされています。同書によると、カリキュラム・マネジメントとは、「学校教育における様々な取組を、教育課程を中心に据えながら組織的かつ計画的に実施し、教育活動の質の向上につなげていくこと」であるとされています。そして、学習指導要領の文言はカリキュラム・マネジメントを効果的に進めるために必要な三つの側面(具体的な表記は後述します)として改めて整理した上で説明されています。

 

これでだいぶわかりやすくなったように思います。なお、他にも文科省他から出されている図解入りの説明書等をネット上で読むことができますので、他の改訂の方向性との関連を含めて一挙に理解を深めたい方はそちらを参照してください。

 

2 「三つの側面」について

次に、先述した「三つの側面」について教科指導の観点から考えていきましょう。ただし、『解説』や文科省の資料等をそのままフォローするのではなく、筆者の知見等も交えながら批判的なコメントも加えていくことにします。

 

① 生徒や学校、地域の実態を適切に把握し、教育の目的や目標の実現に必要な教育の内容等を教科等横断的視点で組み立てていくこと

学校教育を行う上で、生徒や学校、地域の実態を適切に把握して教育内容を考えていくことは大切でしょう。ただし、英語教育の目的に関しては、かつてのように「都市部では英語が必要かもしれないが、農村部ではそれほど必要はない」などという見方はできなくなっています。それは、グローバル社会が進む中で、誰が、いつ、どのような場面で英語を必要とするようになるかはわからないからです。また、授業の方法に関しても、もはや学校差や地域差はないと言えます。それは、ネットを使えば日本中どこの学校でも授業中に外国人と英語でコミュニケーションを行うことは可能であるからです。

 

一方、教科等横断的視点については、特に題材面で他教科の内容を意識した指導を行うことの重要性は理解できます。ただし、だからと言って必ずしも他教科との連携が必要なわけではありません。それは、英語の教科書の題材の中にも十分それを実現できる題材があるからです。また、それ以前に英語科の教員同士の連携が必要だと考えられるからでもあります。例えば、同じ英語科内で指導目標や指導方法・内容を話し合っているか、他の教員の授業を見ているか、他の教員のテストの内容を知っているか、等の点でまだまだ改善すべき余地があると思います。

 

②教育課程の実施状況を評価してその改善を図っていくこと

これは、「各種調査結果やデータを活用して、(中略)改善方針を立案して実施していくこと」(『解説』)が重要だということです。そして、それを実現するためにはいわゆる「PDCAサイクル」、すなわち「計画(Plan)」→「実行(Do)」→「評価(Check)」→「改善(Action)」の流れを教育活動の中に確立する必要があるとしています。

 

ただし、この点についても注意が必要です。PDCAサイクルが重要であるからといって、それをすべての授業に対して形式的に行うことは避けたいものです。例えば、指導・評価計画にそれを取り入れた詳細で長大な文書を各教師に作成させて提出させるようなことです。筆者は過去に何度か評価に関する教員向けの研修会の講師を務めたことがありますが、「提出した評価計画どおりに評価をしている人はいますか?」という問いかけに対して、「はい」と答えた教師に出会ったことがありません。それと同じことが再び繰り返されることを危惧しています。

 

ここで大切なことは、各教師が仲間と協力しながら学習指導の見直しをする「目」を持つようになることです。例えば、校内でお互いの授業を見合う機会を設ける、お互いのテストを交換し合う、などの簡単な行為だけで、そうした「目」を養うことができます。筆者自身も時々同僚の授業をのぞきに行きますが、たったそれだけのことで自分の指導内容の見直しができ、授業に新たな進歩を加えることができています。

 

③ 教育課程の実施に必要な人的又は物的な体制を確保するとともにその改善を図っていくこと  この点は、予算の確保が必要なことなので、教師や学校単位の努力では何ともしがたい部分です。文科省が三つの側面の1つにこれを入れたということは、公立中学校であれば各自治体にそれを促す意図があるのでしょう。しかし、国の教育に対する予算も削られている中で、実現が可能な施策であるのかは疑わしいと思わざるをえません。

 

3 具体的な方策の第一歩

『解説』には、教育課程の編成や改善に取り組む際の手順の例が示されていますが(具体的な記述は紙幅の関係で省略します)、それらは学校教育全体を考える上でのもので、各教科の教育活動における教育内容の構成の方法や改善の仕方という点での具体例は示されていません。そこで、ここでは筆者の勤務校の場合を例にとって、その第一歩となる重要な事柄について述べていくことにします。

 

(1) 「育てたい生徒像」の構築

先述した『解説』で示されているカリキュラム・マネジメントの手順の例の(1)は「教育課程の編成に対する学校の基本方針を明確にする。」です。これを教科教育にあてはめれば、その教科の学習指導の目標を明確にするということになるでしょう。つまり、その教科の学習指導をとおしてどのような生徒を育てたいと考えているかを明らかにする必要があるということです。これがないままに指導計画や評価計画を立てても、最終的な達成目標が見えていないのですから、そのようなものは「絵に描いた餅」と言わざるをえません。そこで、ここではそのような達成目標を「育てたい生徒像」として議論を進めていくことにします。

 

ネットで検索してみると、いろいろな学校の英語科の指導目標にたどり着くことができます。その中には、「中学校卒業までに英検3級が取れる生徒を育てる」のような達成目標が示されているものもあります。しかし、筆者はこのような目標には違和感を覚えます。その理由は、この目標を達成したとしても、それが学校教育の成果かどうかがわからないからです。英語という教科の特殊性かもしれませんが、近年では多くの生徒が学校以外の場で英語を勉強しています。「英検3級…」の達成は、塾のおかげかもしれませんし、家庭の教育によるものかもしれませんし、生徒が独自に勉強したからかもしれません。したがって、「育てたい生徒像」を考える場合は、学校教育における学習指導でこそ実現が可能な目標を考えるようにしたいものです。

 

例えば、筆者の元勤務校の英語科では、平成8年度に次のような2つの「育てたい生徒像」を構築し、英語科の教員全員でそれを共有して指導にあたっています。

 

①「生きたことば」でコミュニケーションができる生徒

これは、例えば「話すこと」の「発表」では原稿に頼らずにきちんと顔を上げて相手を見て話しているか、同じく「やりとり」では自分のことばで気持ちを込めて話しているか、等を大切にして指導することを表しています。

 

何も指導せずに生徒にスピーチなどをさせると、原稿をただ棒読みにしているような発表をしてしまいがちです。すなわち、それは「死んでいることば」です。自分で考えたことや自分が気に入っている一節などについて語らせるのであれば、その気持ちをきちんとことばに乗せさせたいものです。それはペアで会話をするような場合においても同様です。

 

② 困難に対して、臨機応変に粘り強く取る組むことができる生徒 

これは、例えば「聞くこと」では相手の発言が聞き取れなかったり理解できなかったりした場合にあきらめずに聞き返したりしているか、「話すこと」では言いたいことを適切に表す表現がわからなかった場合に別の表現に置き換えるなどの柔軟な対応をしているか、等を大切にして指導することを表しています。

 

スピーチの後にその内容についてALTから質問を受けたり、仲間同士で会話をしたりする場合に、相手の言っていることがわからなかったり、言いたいことをどう表現したらいいかわからないことがよくあります。そのような時でも決して諦めずになんとかその状況を打開してほしいものです。そこで、そのような機会を与えるような言語活動を平素から授業に取り入れるようにします。

 

これまで四半世紀以上にわたってこの二つの「育てたい生徒像」を英語科の達成目標にして指導を行ってきていますが、なんとか毎年そのような生徒を育成できていると自負しています。

 

(2) 「育てたい生徒像」の構築と実現の方法

では、「育てたい生徒像」を構築し、それを実現するにはどうしたらいいでしょうか。筆者の元勤務校の場合を例にとってそのやり方をお話しします。

 

ア) 英語科全員のコンセンサスを得て行う

同じ学校内で目標が異なると生徒が混乱してしまいます。そこで、「育てたい生徒像」は教科の教員全員で十分に話し合って決めたいものです。筆者の元勤務校では、夏休みに丸々3日間の教科会を開き、そこで十分に話し合って、最終的に件の「育てたい生徒像」を構築しました。その「育てたい生徒像」は、四半世紀以上も経った今でも英語科の達成目標であり試金石ともなっています。

 

イ) ことばだけではなく映像で残す

「~できる生徒」のような生徒像を考えたとき、ことばでそれを表しただけでは具体的な姿は思い浮かびません。そこで、英語科として目指すレベルの生徒を育てられた場合は、その生徒の活動の様子を映像に残すといいでしょう。筆者の元勤務校では発表活動は必ず録画し、生徒の互選で選ばれた優秀発表者の映像をダイジェスト版として編集して残すようにしています。このようにすると、常に教員の間で達成目標(規準)を共有できますし、同学年の全クラスで視聴して仲間の良いところを学ばせることができます。さらに、下級生にそれを見せれば、活動目標をあらかじめ明確に示すこともできます。

 

ウ) 目標に向かう手段は常に更新する

達成目標(規準)がブレてしまうようでは安定した指導はできませんが、そこに至るまでの指導方法は常に更新したいものです。学習指導を行っているうちに新たなアイデアが出てきた場合は、教科全員でそれを検討して共通実践ができるとなおよいでしょう。そうすることで、それまでの授業から一歩進んだ指導ができるようになります。

 

◇(2) 個々の授業の構成を考える前に行うべき作業 へ

 

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