語彙の指導

1. 語彙指導の現状

「~の指導」と呼ばれる項目の中で語彙の指導ほど難しいものはありません。それは確固たる、あるいは実績のある、指導法のようなものが存在しないからです。もちろん教員個人や学校単位での実践例や語彙集などを手に入れることはできます。しかし、それらも著者たちが試行錯誤で行ってきたことの「記録集」の域を出たものとは言えないのがほとんどです。

 

筆者の元勤務校である筑波大学附属中学校英語科も、これまでに数々の研究発表を行ってきていますが、少なくとも筆者が在職していた27年の間に語彙指導に関する研究及びその発表は行ったことがありませんでした。それだけ取り組むのが難しい分野だと言えるでしょう。

 

しかし、だからと言って語彙に関して何の意識もなく学習指導を行ってきたわけではありません。例えば、「語彙指導」ということばから一番に連想される「できるだけ多くの単語を身につけさせる」という指導方針は採っておらず、むしろ習った語句をいかに上手に運用するか、難しい単語は他の簡単な表現に置き換えさせる、等の指導は行ってきました。

 

ここでは、語彙指導を行う際の留意点について、筆者独自の視点で解説していきます。

 

2. 「使える」語彙と「使えない」語彙

読者の方が英語教師または英語教師を目指す大学生であれば、大学入試の勉強の際に何らかの語彙を増やす参考書や問題集に取り組んだことがあるでしょう。筆者が高校生であった1970年代であれば、それは『試験に出る英単語』(森一郎著)でした。通称「でる単」「しけ単」と呼ばれる同書は、筆者が通う高校ではほとんどの生徒が持っており、電車の中でページをめくりなが単語を覚える光景が日常となっていました。

 

そのときに覚えた単語のいつくかは今でも覚えており、けっして無駄な勉強だったとは思っていません。ただし、その勉強の目的はあくまでも英語の試験でよい点を取るためであり、それらの単語を実際に使ってコミュニケーションするなどということはこれっぽっちも頭にありませんでした。つまり、そうして覚えた単語はほとんどすべてが「使えない」語彙だったというわけです。もちろんそれは、当時は学校を含めた日常生活でネイティブ・スピーカーと話す機会などはほぼ「ゼロ」だったということもあるでしょう。

 

しかし、現在の児童・生徒はちがいます。全国のどこの小・中・高に行ってもALTと話す機会があり、身近なところに外国人がいなくてもインターネットなどを通じて英語でコミュニケーションをすることができます。そうしたときに、「使える」語彙をどれだけもっているかということはその児童・生徒にとって大きなアドバンテージになるでしょう。したがって、私たち英語教師がそのような語彙を児童・生徒に身につけてもらう指導を行うことが大切だと言えます。

 

では、「使える」語彙をどのように指導していったらいいのかということをいくつかの視点から見ていきたいと思います。

 

(1) 語彙習得のレベル

語彙の習得には次の4つのレベルがあると筆者は考えています(注:私見)。

① 聞いた/見たことがある

➁ 意味を知っている

③ 使い方を知っている

④ 使いこなすことができる

 

上記の①~④について sustainable という単語を例にとってみると

① "SDGs" の S だ。「サスイナブル」という発音だ。

➁ 「持続可能な」という意味だ

③ 限定用法と叙述用法の形容詞として使える

sustainable development という用語を使ったことがある。

  Such a hard training can never be sustainable. とディベートで言ったことがある。

 

①から③は先述したような自学自習用の本でも学習できますが、④のレベルになると学校の授業等で実際に使う場面に出会わないと習得できません。

 

(2) コミュニケーションに必要な語彙

語彙の中には「使える」「使えない」と似た視点ではあるものの、少し異なった見方で分けられるものがあります。それは「受容語彙」と「発信語彙」です。

 

受容語彙…メッセージを理解するためのもの

発信語彙…メッセージを発信するためのもの

 

例えば、(1)で取り上げた sustainable はおそらく小中高生の日常生活ではほとんど使われないでしょう。しかし、知っていればニュースや新聞記事などを理解することができます。このような語彙は受容語彙と言えます。

 

一方、get、make など高頻度に出現し自分でも使う機会の多い動詞などは発信語彙と言えます。友人と会話したり、自分の考えをスピーチをしたり意見を書いたりする、つまり相手に何かを伝えるときに必要な語彙を発信語彙と言います。

 

まずは理解している必要がありますから、受容語彙が教えるべき語彙の総量でしょう。そしてその中で発信するのに役立つ語彙を選択してトレーニングすることになります。つまり、発信語彙は受容語彙に含まれると考えられます。

 

では、受容語彙と発信語彙のそれぞれの語彙数はどのくらいでしょうか。実は、学習指導要領にはこの視点での語彙数は示されていません。ただ、小・中・高のそれぞれの現行学習指導要領に指導すべき語彙数が示されているので、それを同『解説 総則編』から引用します。

 

実際のコミュニケーションにおいて必要な語彙を中心に,小学校で 600 ~ 700 語程度,中学校で 1,600 ~ 1,800 語 程度,高等学校で 1,800 ~ 2,500 語程度」を指導することとして整理している。

 

上記の「実際のコミュニケーションにおいて必要な語彙」が「発信語彙」に近いものだと思われますが(受容語彙も「聞くこと」「読むこと」のコミュニケーションには必要)、その具対数は示されていません。

 

これはあくまでも筆者の私見ですが、単純に語彙数だけから見ると、おそらく上記の指導すべき語彙数の3~4割程度を発信語彙として指導できれば十分ではないかと思われます。

 

3. 語彙指導の基本

冒頭で「語彙指導の確固たる指導法は存在しない」としましたが、その中でも長年の指導経験からおさえておくべき大切な点はあると思っています。

 

(1) 語彙指導の着目点

語彙指導は以下の2点について着目して行うことが大切です。

 

① 語彙数

➁ 活用定着度

 

平たく言えば、①は「覚えさせる」という学習をさせることが効率的で、➁は「使わせる」という活動を経験させないと身につかないと言えます。

 

テストで良い点を取らせたい、入試で良い成績を残させたい、ということを主目的にすると①をとにかく増やすことが優先されますが、先述したようにそのような指導では生徒が実際のコミュニケーション場面でその語彙を使いこなすことができるようになりません。したがって、両者をバランス良く指導することが求められます。

 

また、そのためには授業で「やるべき」指導と「やる必要のない」指導を見極める必要があります。限られた授業時間の中で他の指導も行いながらの語彙指導ですから、その取捨選択は必須です。この際の視点としては、「活動」が必要なことは授業で、「学習」が個人でもできることは自分で、と分けて考えることが必要でしょう。

 

(2) 語彙指導の重要点

実際に語彙指導を行う際に注意すべき点を、(1)で示した授業で「やるべき」指導にしぼって考えると以下の2点になります。

 

① 実際に使わせて身につけさせる

➁ 計画的・系統的に言語活動に位置づける

 

①はこれまでも繰り返し述べてきたことです。語彙は「教えれば身につく」というものではありません。実際に使うという経験をさせないと真の学力にはなりません。したがって、特に発信語彙については何らかの言語活動をとおして指導を行う必要があります。

 

➁は語彙指導を計画的かつ系統的に行うことの重要性を述べています。教科書を使って語彙指導をする場合、そのページに出てくる新出単語の指導で終わってしまうことがほとんどです。しかし、語彙によっては多少の語彙数オーバーは覚悟して関連語彙を一度に指導してしまった方がよい場合があります。特に何かの活動をさせたい場合は、その活動で使えそうな語彙を一気に指導してしまうのがいいでしょう。

 

そのためには、「教科書に出てきた順に指導すればいい」という考えからの脱却が必要です。筆者も長年中学校検定教科書の編集委員をしていましたので、教科書のページごとに登場する語彙の重要性と1ページあたりの語数制限はよくわかっていますが、それに頼っていると教科書が変わったときにまた一から出直さなければなりません。教科書に出てくる新出語句に頼らない独自の語彙指導を計画的・系統的に行うようにしたいものです。

 

例えば、次の表は筆者の前任校の入門期指導の指導項目一覧で、その中の語彙指導の内容(赤で囲んだ部分)はこれ以前からほぼ毎年固定されて現在に至っています。

もっとも、表の左側の指導項目を見てわかるとおり、前任校の入門時指導は100年以上前から教科書を使わずに口頭で指導するという指導法をとっており(「入門期指導」のコーナー参照)、この年は35時間目(6/30)にして初めて教科書を扱ったので、そこまではこちらの計画どおりに語彙指導ができたということもあるでしょ。

 

4. 語彙指導の難しさ

冒頭でも述べたように、実際の語彙指導は他の指導に比べて難しいと言えます。その理由は確固たる指導法が存在しない以外に次のような点によります。

 

(1) 語の種類によるもの

直上の入門期指導で指導する語彙はその多くが名詞であり、実生活でもよく見かける単語がほとんどです。しかし、実際には形容詞や副詞などの抽象語や出現頻度の低いものもあります。そのような語彙は「実際に使わせてみる」といってもそのような場面を設定しにくいものもあります。

 

とはいえ、それであきらめてしまったら終わりですので、各教員がアイデアをしぼって言語活動を設定し、そこで疑似体験をさせる中で身につけさせたいものです。また、昔から言われていることで、各語彙を単品で覚えさせるのではなく、例文を使って文の中で覚えさせるということも重要です。そしてその文が単に教科書や問題集に書かれているだけのものではなく、実際に発言させられるような機会を設定できることが望ましいでしょう。

 

(2) 生徒の能力差によるもの

「教師がそれを言ってしまったらおしまいだ」という批判を覚悟で言わせてもらえば、これは純然たる事実として認めざるをえないと言えます。特に、記憶力に関しては個人差が大変大きいのは周知の事実です。

 

そのハンデを埋める方法は、やはり「記憶」ではなく「経験」で身につけさせるということです。そのためには実際にその語彙を使わせる活動-コミュニケーション活動ーが必要です。

 

また、歌を覚えるのにはそれほど個人差はありませんから、必要な語彙を歌、ライム、リズムなどに合わせて指導するというのも効果的です。ちなみに上の入門期指導一覧の語彙はすべて歌またはリズムで指導しています。そのような歌やリズムは市販されていますから、探してみてください。

 

(3) 授業構成上の理由によるもの

授業で扱わなければならないのは語彙だけではありません。そしてそれは現行の学習指導要領でさらに増えました。その多種多様な指導項目をかぎられた授業時間ですべてこなそうとすると、どうしても「理解」にとどまる授業をしてしまいがちです。また、繰り返しになりますが、語彙の指導方法が未発達であるということも、授業の中で効率的に語彙指導を行うことを難しくしていると思われます。

 

この点に対して以下の2点を対策として提案します。

 

① より「表現」に重点を置いた指導過程の構築

➁ 語彙指導の実践例(教師個人、学校研究)の共有

 

①は、「教科書をすべてこなさなければならない」という強迫観念からの脱却を必要とします。授業で「やるべき」こと(つまり語彙指導であれば活動を取り入れること)に時間を割くには、他の活動の中で「やらなくてもいい」ことを切ることが必要です。その見極めが各英語教師に求められています。

 

➁は、確固たる指導法が存在しない中でそれを補完するための指導資料の収集を意味します。しかし、現状では個人や学校単位の語彙指導の実践例は学会の発表資料や学校の研究紀要等にとどまっています。そこで著者のみなさんにはご自身や勤務なさっている学校の実践例を広く公開していただくことを望みます。