英語学習指導でもっとも大切なのは入門期の指導です。小学生3・4年生で外国語活動、同5・6年生で教科として英語の授業が行われようになって、生徒は中学校入学前に英語にかなり触れていますが、それでも英文の構造にまで目を向けて本格的に勉強を始めるのは中学校に入ってからです。そこで、ここでは中学校1年生における入門期指導のノウハウを提供します。具体的には、入門期指導の考え方、そして実際の授業の運営方法や個々の言語材料の指導方法等を紹介します。これらは、伝統の教授理論に基づいた指導方法に最新の流行を取り入れたものです。これから英語を教えようとしている学生さんや入門期指導にお悩みの現職の先生方にきっとお役に立つものと思います。
一方、小学校5・6年生で教科としての英語が始まったことで、中学校での初期指導はもはや「入門期指導」とは言えないのも事実です。これからは、これまで中学校で行われていた入門期指導の多くの部分が小学校で行われるようになるのでしょう。ただ、中学校の入門期指導もこれまで確固とした指導理念や指導計画があって行われていたわけではないので、小学校の先生方が中学校1年生の初期指導として行われていたことを、ご自身の記憶や一部の中学校の先生から聞きかじった内容などを元にそのままやってもうまくいかないことが多いかもしれません。以上のことから、これからご紹介することは小学校の先生方にもお役に立てるのではないかと思います。
(1) 授業の心構え
中学校の英語教師にとって、「入門期」ということばは中学校で教科として初めて英語を学ぶ時期を指します。具体的には、中学校1年生の1学期、より狭い意味では4~5月頃の授業内容がそれに当たります。
この時期の生徒は、英語という「教科」に対して漠然とした期待と不安を抱いています。あるいは小学校ですでに苦手意識を持ってしまった生徒もいるかもしれません。「自分も英語がうまく話せるようになりたい。」という気持ちもあれば、「よくわからなかったらどうしよう。」という気持ちも混在しているはずです。この生徒の気持ちをどう受け止め、期待を裏切らずに不安を取り除いていくかが、中学校の英語教師としての最初の仕事となるわけです。それだけに責任は重大です。この時期の指導の善し悪しが、その後の生徒の英語学習に対する印象を決定づけると言っても過言ではないからです。
自分も平成元(1989)年に高校教師から中学校教師に転身した翌年に初めて中学校1年生を受け持ち、その責任の重さに身の震える思いをしたものです。そして、毎日の授業をどのように構成していいいかわからず、先輩の先生に泣きついて指導案ノートを借り、それをまねする形で授業を進めました。その後はしばらく中1を教えることがなかったのですが、現任校に転勤した平成7(1995)年からはかなりの頻度で中1を教えているので、その度に入門期指導に携わってきました。
さて、入門期指導といえば、いくつかのキーワードがあります。例えば、「音声による指導」「楽しい活動」「共に学ぶ」「リラックスした雰囲気」「英語が好き」「学習習慣の形成」など。一見すると何の脈略もない、中には互いに相反する事柄もあります。しかし、私たち英語教師は、これらをバランスよく指導に取り入れていかなければなりません。
この中で、まず留意しなければならないのが、生徒が授業を「楽しく」「リラックスして」受け、「英語が好き」と思えるようにすることでしょう。これができないと、この後で議論するどんな教授法もうまく機能しません。そのためには、教師がアンテナを高く掲げ、常によりよいものを取り入れていこうとする姿勢が必要です。しかし、これは生徒を甘やかすこととはちがいます。楽しさを追求するあまり、学習への姿勢を作ってあげることをしっかりやらないでいると、生徒の学習意欲は逆に減退してしまいます。
よく、「最初はどんなことにもついてきたのに、すぐに授業についてこなくなってしまった。」と嘆く先生がいますが、そもそも「どんなことにも」という発想がまちがっています。この場合は、その最初の時点での指導に失敗しています。つまり、どのように授業に参加するべきかを見落としている可能性が大きいと言えます。例えば、発言するときには全員に聞かせようと話しているか、教科書を音読するときはきちんと顔を上げて最高の音読をしようとしているか、仲間が発言しているときはそれをよく聞いて自分も練習しているか、などの習慣づけをしっかりさせることは、後々まで充実し
た授業を行うためには大変重要なことと言えます。
(2) 音声重視の指導
言語を学び始めた初期の段階で、音声による指導が特に重要であることは、これまでにいくつも提唱されてきた教授法の議論を持ち出すまでもありません。これは、母語が習得されていく過程を見ても明らかです。「聞くこと」「話すこと」が「読むこと」「書くこと」に先行して指導されるべきであるというのは、疑いの余地がないでしょう。
音声による指導のメリットの第一は、英語という言語の構造を、脳裏にしっかりとインプットできることです。もちろん、視覚から入ったものや試行する過程で身につけたものも大切ですが、歌を口ずさんで覚えてしまうのと同じ過程で脳裏に焼き付ける方法にはかなわないでしょう。
第二に、文字にとらわれずに入った音の方が、より原音に近い音で再生できるということです。本校の生徒は、初期の段階で音声による指導を徹底的に受けるので、少ない指導時間の中でもかなりの音を出せるようになります。これは指導している側にはそれほど意識がないのですが、公開授業を行うと必ず参加者から指摘を受けます。
そして第三に、音声を中心にした授業の方が、生徒が生き生きと活動できる場面を用意しやすいということです。「聞くこと」の活動では、しっかりと集中していなければ課題は果たせません。「話すこと」の活動では、自分をしっかりと表現しなければ相手にわかってもらえません。このような場面を提供し続けることは、生徒の学習意欲を維持、向上させるのにとても重要なことと言えます。
もっとも、現実には音声のみの指導だけでは生徒の学力は上滑りなものとなってしまいま す。そこで、それを補充するために、「書くこと」によって音声による指導の内容を強化したりすることになるわけです。しかし、それは効率よく学力を身につけさせるために音声による指導を捨てるということにはなりません。要は、音声による指導を重視しながらバランスのとれた指導を心がけるということです。
(3) 教材提示の工夫
現在の社会状況は、学校教育にとって大変不利なものといえます。学校で勉強しなくても、いろいろな情報が生徒に飛び込んできます。それは入門期とても同じことで、実際にはすでにかなりのことを知っているので、まったく新しいことを教えるという発想では追いつけなくなってきています。特に東京などの情報集中地域で暮らしている生徒は、日頃から「本物」に触れる機会が多く、少しくらい目新しい(と思った)ものを提示しても目を輝かせたりはしません。
しかし、それであきらめてしまうのではなく、常に生徒が興味を示しそうなものを求めて教材研究をします。ある時は、生徒にとっては未知のものを示したり、またある時は、知っているはずのものの中に新たな発見ができるものを示したりしていきます。そのためには、常にアンテナを高くはって情報を集め、必要なら積極的に行動に出るようにします。本校では、教材のもとになったものを出版社経由で入手したり、NHKラジオ「基礎英語」の講師に突撃インタビューを敢行したりして教材集めに奔走しています。
また、教材そのものだけではなく、教具などの使い方も工夫します。それは別に高度な技術を必要とする最新のものである必要はありません。むしろ、これまでにもあった教具を新しい視点で使おうとする方が面白い使い方ができます。ここではその技のいくつかを紹介します。
○BGM・・・音読の際に雰囲気を盛り上げる音楽を流したり、言語活動の際に緊迫感をあおる音楽を流したりするだけで、生徒の活動意欲は格段に上昇します。今ではタブレットなどを使うと簡単にできますね。
○リズム・・・単語練習、文型ドリル、音読などの際に英語の読みを後押しするリズムを使います。これだけで、生徒は元気に大きな声を出すようになるだけでなく、やや長い英文などもリズムよく読めるようになります。音源はネットで探したり、自分で作成して、タブレット等で流します。
○タイマー・・・活動にめりはりをつけ、目標をはっきりさせるために使います。こうすると、生徒は活動に緊張感をもって臨むようになり、教師も活動時間の目安を設定するようになり、結果として授業の運営もシステマチックになります。器具は10キーのキッチンタイマーが使いやすいです。
○バブルカード・・・吹き出しの形を描いた厚紙です。誰が発言しているかをはっきりさせて場面作りをします。例えば、教師が I like tennis. と言ったのに対してしては、普通は生徒に You like tennis. と言わせなければ場面を重視した指導はできません。しかし、吹き出しを使えば、その中にあるはずの表現(I like tennis.)を言うという約束に基づいた練習をさせることができます。また、「?」付きのバブルカードを使って、「先生が言った質問文は何ですか?」の指示だという約束をしておけば、質問文を導入した際にその質問文を生徒から引き出すことができます。
〇人形・・・少し特殊な芸当になりますが、人形を使って一人二役をすると、場面設定と表現導入がしやすくなります。どんな人形でも構いません。ちなみに、以前筆者は「ケンちゃん」という腹話術専用の人形を使って、興味付けや対話形式による新文型の導入を行っていました(残念ながら故障してしまったので、退職時に処分してしまいました)。
(4) 聴覚心像(acoustic image)の構築
新しい文型などを教えたときに、よく黒板に書かれた文を全員で数回読むだけで音声練習を終わりにしてしまう先生がいます。また、コミュニケーション活動が大切だからといって、十分な音声による文型練習をせずに、結果的にはワークシートに書かれた例文を読んでいるだけの活動をさせている授業も見かけます。しかし、これらの場合はいずれも生徒がその英文を「読めている」だけであって、「言えている」のではありません。このことを見落としたまま指導し続けると、活動を行っているときは言えているように見えても、生徒の身にはついていないという状況を繰り返してしまい、結局は生徒の学力が向上しないということになってしまいます。
最も大切なことは、生徒が新しい英語の表現を自力で言えるようにしてあげることです。つまり、頭の中に聴覚心像を作ってあげることです。そのためには、まずは新しい表現を徹底的に口頭練習させます。ただし、その際には英文を読ませてはいけません。仮に最初は補助として英語を視覚的に示したとしても、最終的にはそれを消した状態で言わせなければなりません。もし、自分の生徒がそのレベルに達していなければ、訓練が終わるまでは言語活動に移るべきではありません。また、音声練習では、コーラスで言えていても、個人ではまったく言えないということもあるので、必ず個人に言わせる時間を確保して達成状況を見極めるようにします。
(5) 音とつづりの関係の指導
(2)では音声指導の重視を訴えましたが、こちらは程度の差こそあれ比較的多くの学校で実施されるようになってきました。ところが、音声重視の入門期指導で陥りがちなのが「音とつづりの関係の指導」の欠落です。もちろん、これは音声指導重視の指導を行っていない学校についても当てはまります。
例えば、中学校における入門期指導では、どんな教師も必ずアルファベットの「読み方」は教えるでしょう。しかし、その「音」を教える教師はあまりいません。これはどういうことかと言うと、アルファベットの「読み方」を教え、ABCの歌を歌い、ABCの書き方を教えた時点で、多くの教師は「音とつづりの関係」を指導せずに教科書の音読に入っているということです。しかし、よくよく考えると、例えば dog を読めるようにするためには d が[d]、o が[オ]、g が[g]という「音」を出すということを教えなければなりません。これをせずにおいて生徒が dog を読めたとしたら、それは読めたのではなく、教師が言うのでそう読むのかと無理矢理納得させられているだけなのです。こうしたことを続けていると、何人かの勘がいい生徒を除くほとんどの生徒はいつになっても自分で英語を読めるようになりません。
したがって、実際に英語を読ませる前には、まず26文字すべての「音」を教え、典型的な単語を示して徹底的に練習する必要があります。こうすると、ごく初期の段階の生徒でも未知語(実際に存在しない語も含む)をすらすら読めるようになるのです。そして、この中間的な指導があって初めて「読むこと」にスムーズに移行できることになります。
この「音とつづりの関係」の指導には、フォニックス(phonics)が大変役に立ちます。その基本的な考えを学んだ上で、自分の生徒にはどこからアプローチしたらいいのかということを考えて指導すると、それまでとは比べ物にならないくらいスムーズな「読むこと」への移行が可能になります。
※上記については、具体的な指導事項を「目から鱗が落ちる英語学習」(http://norysnoworries.jimdofree.com/)の「発音とつづりに関すること」で紹介していますので、そちらをご参照ください。
(6) 音声指導の評価
音声指導の成果はペーパーテストで図るのが難しいために確実な評価方法が確立されていません。しかし、数々の実践がなされています。例えば、音読テストを行う、会話テストを行う、スキットを演じさせる、スピーチをさせる、などです。これらを全員に課して行わせる際には、評価の観点をあらかじめ示して生徒に目標を持たせ、実際の評価点をフィードバックするようにします。
また、日頃の授業への貢献度なども評価の対象にするとよいでしょう。そして、評価のための評価ではなく、生徒の学習意欲を高めるための形成的評価も重要です。上手に言えたときには大いに誉めたり、仲間のよい点は積極的に取り入れるように勧めたり、成果は共有するようにしたりすることは、長期的な視点での学習指導を考える上でも重要です。
2.入門期の授業の設計と運営
では、入門期の授業の運営にはどのようなものがあるでしょうか。ここでは、勤務校で約100年間にわたって行われている伝統の授業運営の方法を紹介します。
(1) 理論に則った指導
その指導法とは、パーマー(Harold E. Palmer)がその著書、The First Six Weeks で述べている入門期の音声のみによる授業です。もちろん、これが書かれた当時は、まだ英語の授業が週に5~6時間も行われていた時代ですので、これをそのまま現在の授業で実践することはできません。しかし、その考えは今も引き継いでいます。具体的には、最初の約20時間を教科書を用いずに音声のみによって指導します。生徒は第1時から英語のみによる授業を受けます。指示ももちろん英語です。身振り手振りやブロークン・イングリッシュを駆使しながら、be動詞の文、一般動詞の文を教え、練習させます。導入は大抵ピクチャーカードを使い、それを練習にも使います。
生徒は文字にとらわれずに聞こえてくる英語をそのまま模倣するので、英語らしい発音とリズムをつかむことができます(ただし、その分、モデルとなる教師が大変です)。場面設定は教科書の題材や登場人物を利用しますので、20時間が終わったころには、教科書の Lesson 5 くらいまでの文法事項は導入できてしまうことになります。
1でも述べましたが、入門期の指導はその後の英語学習を左右するものとして特に慎重に指導しなければいけません。したがって、個々の教師が独自に考えるのではなく、英語科全員で統一した指導方針を打ち出す必要があります。
本校英語科では、この考えにたって、毎年年度当初に第1学年担当者が指導計画の原案を作り、全員でまたは第1学年担当者で協議して指導内容を決めます。教えるべき文型、単語の他、リズムトレーニングや歌などの補助教材的なもの、アンケートや学習の伸びを測るテスティング計画など、この期間に実施するおおかたの枠組みを決定します。また、実際の授業は大抵複数の教師が5クラスを分けて指導することになるので、その後も毎時間の授業の中身を細かく打ち合わせます。こうすることによって、個人の独断で教えるのではなく、英語科として知恵を出し合った結晶としての授業を提供するわけです。
この入門期の実際の指導内容については、次のものがご覧いただけます。PDFファイルにしてありますので、ダウンロードしてご覧下さい。
① 指導構想図
入門期指導を英語科の学習指導の中でどのような位置づけで行うのかを図式化したものです。研究協議会の発表用資料として作成したものなので、以下の2点しかありません。
※今後順次アップしていきます。
○平成17年度入門期指導構想図
○平成18年度入門期指導構想図
② 指導計画
複数の担当者でコンセンサスを得ながら共同実践を行うための指導計画です。ここでは筆者が第1学年の主担当教員として副担当の先生に提案したものを紹介します。
※今後順次アップしていきます。
○平成8年度入門期指導計画
○平成13年度入門期指導計画
○平成17年度入門期指導計画
③ 指導実績(記録)
指導計画に沿って実際に行った指導内容を記録として残しておいたものです。入門期指導に関する研究発表用に任意作成しておいたもので、毎年作っていたわけではありません。
○平成12年度入門期指導記録
○平成13年度入門期指導記録
○平成19年度入門期指導記録
※今後順次アップしていきます。
◎以下の2点は以前から公開しているものです。
(3) 入門期の新文型導入の実際
入門期の音声中心の指導を行っているときに、新たに学ぶ文型をどのように教えたらいいでしょうか。その代表的な例が「新文型のオーラル・イントロダクション」です。
そこで、上記の入門期指導実施記録の「口頭文法指導項目等」にリストアップされている文法項目の実際の導入方法を、「新文型のオーラル・イントロダクション」のコーナーで順次紹介していきます。筆者が実際に指導した方法を、筆者の「指導案ノート」に記されている計画と記録を元にできるだけ詳細に再現します。関心のある方はどうぞご覧になってみてください。
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