指導目標の立て方

はじめに

 

一般的に、「実際に授業を行う前に、指導目標を立てることが重要である」と言われます。その考えに則り、教育実習であれば学習指導案の冒頭に指導目標を書かされますし、教員になってからはー特に公立学校の教員であればー、管理職を通して教育委員会に指導目標を含んだ指導計画及び評価計画を提出させられるのが普通でしょう。

 

しかし、いずれの場合でも、実際に授業を行う上で自分が作成した指導目標を意識して指導を行っている人は、残念ながらあまり多くありません。もちろんこれはただの“勘”で言っているわけではなく、筆者が過去に講演等で尋ねた数百人の先生方の答えから判明した事実です。せっかく時間と労力をかけて作成した指導目標は、残念ながら有名無実化してしまっています。

 

それでも実際の教育現場では困っていません。先生方の教育活動は滞りなく進んでいます。では、指導目標を立てることは無駄なのでしょうか?

 

いえ、けっしてそのようなことはありません。高い理想を掲げ、それを目指して教育活動を行うには必要なものです。ただし、それは「管理職に言われるから仕方なく書いて提出すればいいもの」であってはいけません。より妥当性があり(目指す価値があり)、より実行性がある(実際に意識することができる)、指導目標を自らの意志で考えることが大切です。

 

1. 指導目標のあり方

 

「指導目標を立てる」というと、教育実習生でしたら、次に行う授業の目標のことを指すと思いますが、教員になったらそれだけではまったく足りませ ん。いや、むしろ次回の授業の目標は、重要度から 言えば一番下と言っても過言ではありません。

 

次の表を見てください。これは筆者が大学の英語科指導法の授業で、指導目標を立てることの重要性について話したときのパワーポイントの画面です(実際には、アニメーション機能で上から1段ずつ増えていくようになっています)。

これを見ると、「指導目標」と言っても、単位時間ごと、単元ごと、学期ごと、学年ごと、在学期間全体を通して、などがあることがわかります。筆者の前任校の英語科では、さらに卒業した後の将来まで視野に入れた目標を考えていました。

 

ただし、ここで確認したいことは、指導目標を考えるとは、より小さな単位の―例えば単位時間ごとのー目標を積み重ねて、より大きな目標ができあがるようにするというものではないということです。

 

大切なのは、上記とはまったく逆の方向へ考えることです。すなわち、最大の期間を卒業時までと考えれば、卒業するまでに生徒にどのような力をつけさせたいのかをまず考え、それを達成するために各学年で何を目指すか、さらにそれを実現するために、各学期で、各単元で、各時間で何を行うのか、ということを考えて行くのです(上の表でも番号で順番を示しています)これを、「バックワード・デザイン」(backward design)と言います。つまり、時間の流れに沿って(forward)考えるのではなく、最終的な到達点から時間を遡るようにして(backward)、目標を設定していくわけです。

 

なぜなら、小さな“ピース”(目標)をただ積み重ねていくと、段々とあらぬ方向にズレて行ってしまう可能性があるからです。一方、最初にもっとも長期的な視点の目標を立てておけば、常にそれを意識して指導するようになります。そして、そのような意識があれば、途中で指導の方向性がブレることはありません。

 

2. 「育てたい生徒像」の構築

 

前項では、「卒業するまでに生徒にどのような力を身につけさせたいのか」を最初に考えることが大切であるとしました。それをここでは「育てたい生徒像」とします。

 

ただし、それはよく見かける「◯◯っ子としてふさわしい、明るく元気な子」などという、具体的な内容のない曖昧な“お題目”であってはいけません。それを読んだ教師なら誰でも-そして生徒でさえも-理解できて、目標にできるようなものにする必要があります。

 

では、どのようにしてそれを構築したらいいのでしょうか? 

 

まず、英語教育をとおして伸ばしたい生徒の資質や能力は何かということを明らかにします。いきなり言われても思いつかない場合は、『中学校学習指導要領(外国語編)』の目標を参考にするとよいでしょう。そこには、外国語(英語)教育をとおして育てたい生徒の資質・能力が示されており、別冊(別ファイル)の『解説』を読めば、その内容が詳しく説明されています。

 

次に、自分が指導している―いや、自分が勤務している学校の―生徒の実態把握をします。伸ばしたい生徒の資質や能力に対して、すでに達成できている部分とそうでない部分を明らかにし、それらを―特に後者を―伸ばすための具体的な目標を考えます。

 

「それこそ、そんなお題目のようなことはわかっているよ。でも、それをやる意味は本当にあるの?」と思っている人もいるでしょう。実は、それをやる意味は本当にあるのです。それを筆者の前任校の例でお話ししましょう。

 

最初に、筆者の前任校(筑波大学附属中学校)の英語科が、1996年に決めて、今でも指導のよりどころとしている、「聞くこと」「話すこと」における「育てたい生徒像」を紹介します(『平成8年度研究協議会発表要項』より)。

 

① 「生きたことば」でコミュニケーションができる生徒

 

② 困難に対して、臨機応変に粘り強く取り組むことができる生徒

 

一見すると、「たったこれだけのこと?」と思われるかもしれませんが、ここに行き着くまでに、夏休み中に丸々3日間の教科会の話し合いが必要だったと言ったら、その重みを理解していただけると思います。  

 

①については、当時から「話すこと」の発表活動は盛んに行っていたものの、生徒の発表の様子を厳しい目で見直してみると、まだまだ本当に伝えたいと思って話している生徒はそれほど多くない、という現状分析から導き出されたものです。

 

②については、教えたことを覚えて答えたり発表したりすることは得意な生徒でも、少しばかり困難な状況(例えば、準備しておいたことではなく、咄嗟に判断して対応しなければならない状況)に対しては、それを乗り切ろうとする強い意志とそれを可能にする十分な力が身についていない、という現状分析から導き出されたものです。

 

以上のことから、上記のような「育てたい生徒像」を構築したというわけです。そして、これらはそれから四半世紀以上経った今日でも英語科の目指すべき指標となっています。

 

3. 学年の指導目標の設定

 

「育てたい生徒像」を構築しても、それに対して具体的な方策を考えなければ、それこそそれは“絵に描いた餅”になってしまいます。バックワード・デザインの考え方からすると、次に考えるべきは各学年の指導目標です。しかもそれは、それぞれが独立したものではなく、時系列に関連している必要があります。

 

この点についても、筆者の前任校の例を紹介しましょう。先述した「育てたい生徒像」を構築した後に教科で十分に話し合って決めた、各学年の「話すこと」を中心とした指導目標です。

 

【第1学年】

・英語で行われる授業に進んで参加することができる。

・教科書をもとにしたスキットを作成し、級友の前で演じることができる。

・級友の前で自分の伝えたいことを堂々と発表することができる。

 

【第2学年】

・200語程度のスピーチ原稿を十分な時間をかけて作成し、原稿を見ずに級友の前で発表することができる。

・読んだり聞いたりした内容について、質問したり、応答したりすることができる。

 

【第3学年】

・短時間の準備で、ある事柄について説明したり、意見を発表したりすることができる。

・相手の意見を聞き、質問・同意・反論などをすることができる。

 

なお、上記については、その後数年かけて学年間の垣根がゆるやかなものへと発展し、現在に至っています。

 

4. 各学年の言語活動の設定

 

各学年の指導目標が決まったら、次に行うのはその目標を達成するための具体的な活動です。ここで重要なのは、教科書を順番にすべてこなしさえすれば目標が達成できるわけではないということです。むしろ、ただ教科書をこなしただけでは、先述したような「育てたい生徒像」は実現できないと言ったほうがいいでしょう。それは、教科書の内容は授業で指導すべき最低限の学習内容が網羅されているだけだからです。もちろん、最近の教科書には具体的に指導すべき活動等も載っていますが、それをこなしさえすればいいというものではありません。

 

各教師や各学校の指導目標を掲げたら、それを達成できる独自の活動を設定する必要があります。しかも、それがコミュニケーション能力の育成に関わるものであれば、有効な言語活動を考えなければなりません。

 

この点についても、筆者の前任校の例を紹介しましょう。まずは、1998年に考えて、以降数年間にわたって各学年で行われた言語活動を紹介します。

 

【第1学年】

・「クイズショー What Am I?」

 ※後期の授業で毎時間行う。

 

【第2学年】

・「ニッポン紹介スピーチ」

  ※後期の授業で毎時間行う。

 

【第3学年】

・「スピーチとコメント」及 び「スピーチとディスカッション」 

 ※前期の授業で毎時間行う。

 

以上のものは、その後約10年かけて次項で紹介するような活動へと発展し、どの学年でもパフォーマンス評価を行う活動へと進化して今日に至っています。

 

5. 指導目標の評価

 

「育てたい生徒像」を構築し、各学年の指導目標を立て、各学年で行なうべき言語活動が決まれば、あとはそれをその学校の教師全員で実行します。ただし、“やりっぱなし”ではいけませんので、定期的にその効果を評価します。

 

この点についても、筆者の前任校の例を紹介しましょう。

 
筆者の前任校では、「聞くこと」「話すこと」における「育てたい生徒像」を考えました。これが実現できたかどうかは、ペーパー・テストでは測定することができませんので、いわゆる「パフォーマンス・テスト」を行なう必要があります。そこで、年度によって多少異なりますが、目標を設定してから約10年後の2006年度には、各学年で次のようなパフォーマンス・テストを゙行なうようになりました(『平成18年度研究協議会発表要項』より)。

 

【第1学年】

・リーディング・ショー(音読テスト)※年2回

・「自己紹介」スピーチ

・発音&表現テスト

・リテリング(教科書場面の説明)

・「ALTに自己紹介」スピーチとQ&A

・「日本の名所紹介」スピーチとQ&A

 

【第2学年】

・リーディング・ショー(音読テスト)※年3回

・「自己紹介」スピーチ

・「夏休みの思い出」スピーチとQ&A

・英検方式面接テスト(初見ピースの音読→内容のQ&A)

・「私の街」スピーチとQ&A

・「冬休みの計画」スピーチとQ&A

 

【第3学年】

・リーディング・ショー(音読テスト)※年3回

・「修学旅行の思い出」スピーチとQ&A

・「私の好きな学校行事」スピーチとQ&A

・「冬休みの計画」スピーチとQ&A

・名演説のスピーチ

・「ジャックの建てた家」ライム発表

・「私の好きな『葉っぱのフレディー』の一説」スピーチ

 

上記の中でスピーチの後にある「Q&A」とは、そのスピーチを聞いたALTからの質問に答える活動のことを指します。 

 

さて、上記の評価活動は、生徒の資質・能力の伸長を測定するものですが、同時に設定した活動自体を評価する必要があります。目標に対してその活動は効果的なのか、活動で得られるデータには一貫性があるか、その活動を継続的に行なうことができるか、などを評価します。つまり、活動の妥当性信頼性実行性を評価するということです。

 

筆者の前任校では、ここまで述べてきたことをすべての英語科教員でコンセンサスを得て行ってきましたので、この点についても全員で評価を行い、活動の取捨選択を行ってきました。その詳細な内容は膨大な量になりますのでここでは割愛しますが、一連の指導目標に関することの中では最後の大切な項目ですので、各学校においてしっかりと行ってほしいと思います。

 

5. 備考

 

以上のことは、現行の学習指導要領では「カリキュラム・マネジメント」に関わるものであると言えます。その視点からの筆者の考えは、「学習指導要領」のコーナーの「6. カリキュラム・マネジメント」の項目で述べていますので、そちらもご参照ください。

 

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