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1.はじめに
私は、令和4年3月末をもって現場の教員としての職務を定年退職した者です。退職後は3つの大学で非常勤講師として将来英語教師になることを目指して勉強している学生達を教えたり、現職の先生方を対象にした研修会の講師を務めたりしています。
そのような私に、長年お世話になっているELEC教員研修部の方から、「これまでの(講座の)話では伝え切れなかったこと、現役世代の先生方に伝えたいことなどを自由に語ってください」という本稿執筆の依頼が来ました。そこで、37年間の現場の教員としての経験をもとにした現役の先生方に向けての話を思いついたまま書かせていただこうと思います。
2.次世代を担う先生方へのメッセージ
現役世代の先生方と言っても、教職経験によってお伝えしたいことが異なりますので、それをいくつかに分けてお話しすることにします。
(1) 教職を考えている学生のみなさんへ
早ければ来年度、遅くても数年後には教員になられる学生のみなさんにも、将来の「仲間」としてお伝えしたいことがあります。
昨今のマスコミの報道などでは、「働き方改革」の視点からの教職の大変さばかりがクローズアップされています。確かに、私が教員になった頃に比べるとかなり忙しくなったのは事実です。忙しくなった最も大きな理由は、新たに取り組まなければならないことが増えたことに加えて、以前よりあらゆる点において細かい配慮が必要になったからです。しかし、教師の就業時間については別の見方も必要です。それは、児童・生徒のためにより良い指導を行おうと思っている教員ほど、自らの意志で就業時間などを気にせずに仕事をする傾向があるということです。
授業の準備ひとつをとっても、「明日の授業ではどんなことを教えてあげたら生徒が喜ぶだろうか」、「そのためにはどんな資料を集めたらいいかな」、「それを効果的に示すにはどのような指導過程にしたらいいだろうか」、などと考えながら作業をしていると、あっという間に時間が経ってしまうものです。でも、そのような時は何かを「やらされている」わけではなく、児童・生徒の笑顔を見ることを楽しみに「自ら活動している」のです。そういう働き方こそが問題なのだという指摘もありますが、私としては教師の仕事に対してそのような「楽しみ」を期待する人にぜひ教員になってもらいたいと思います。
ところで、学生からよく「大学生の間に何をしておいたらいいでしょうか?」という質問を受けます。それに対する私の答えは、「大学の授業以外にいろいろなことを学びましょう」です。例えば、授業で紹介された関連書籍を熟読して知識を増やしたり、教職を目指す先輩や仲間たちと自主的な勉強会を開いたり、教育ボランティアの活動に参加したりしてみてください。コロナ禍が収束したら、海外に出て外国語の運用力を強化したり異文化を学んだりするのもいいでしょう。もちろんこれらの多くは教員になってからでもできますが、学生の間に経験しておくと、教員になってからすぐに役に立ちます。
(2) 新任や経験の浅い先生方へ
自分が新任のときのことを思い出すと、毎日目の前で起こることは予測不可能なことばかりで、何か事が起こってからあわてて対処するということに終始していたように思います。そして、学級担任を持って卒業生を出して、初めて学校業務を一通りこなせるようになったと思います。つまり、この頃は無我夢中でなかなか周囲にまで気を配る余裕がなかったわけですが、今思い返せばそのような中でも学ぶ機会はたくさんあったと思います。
この時期の学ぶ機会というと、真っ先に初任者研修や3年次研修などの「官制研修」が思い浮かぶかもしれません。ただ、あらかじめ決められたスケジュールどおりに「こなす」ことが優先される官制研修は、どうしても「やらされる」感が強く、実際にそのような気持ちで取り組んでいると真に学びの多い研修にはなりません。実は、普段勤務している学校の中に、より自分の意志で身のある研修ができる機会があります。それは、同僚の先生の授業や生徒指導の様子から学ぶという研修です。
これは経験を積んでからでもそうですが、同じ教科の先生の授業を見せていただくだけで、その中に自分の授業の足りない点やさらに工夫のできそうな点が見つかります。つまり、教科指導の研修ができるわけです。経験の浅い時期であれば、なおさら多くのことを同僚の先生から学べるはずです。同僚の先生に「授業を見せていただけませんか?」のひとことが言えれば、自分の教科指導を向上させるための具体的な実践やヒントをもらえるでしょう。
また、経験を積んだ先生でも、新任時や経験の浅い時期に最も苦労したのは生徒指導であったという人は少なくありません。もし生徒指導に悩んでいるということであれば、どこの学校にもいるはずの生徒指導の上手な先輩の先生を頼ってみましょう。まずは、その先生の一日の生活全般を観察します。朝学校に来てから、休み時間に、放課後に、その先生が児童・生徒にどのように声がけをしたり関わったりしているかを観察します。おそらく、経験の浅い自分には足りなかった、児童・生徒に対する細かい配慮に気づくことでしょう。そして、それぞれの指導をなぜ行っているのかということをぜひその先生に尋ねてみてください。そこに自分の生徒指導を格段に進歩させる鍵が見つかるでしょう。
(3) 中堅の先生方へ
教職経験が10年くらいになると、それぞれの仕事を見通しを持って的確にできるようになってきます。学級担任も複数回経験し、公立学校であれば2校以上に勤めた経験のある先生も多いでしょう。また、学年主任や研究主任、教務主任などの役職を任される立場になっている人もいるかもしれません。いわば、教員人生の中では最も「勢い」のある時期です。
一方で、「慣れ」から生じる気の緩みによって、学びの質や量が落ちてしまう可能性がある時期でもあります。そうなると、教科の学習指導においても自分自身でモヤモヤ感を感じながら授業を続けることになるでしょう。こういう状況を改善するには、独力で頑張るだけでは不十分で、外部からの刺激が必要です。教育委員会もそうした教員が多いことを想定して、この時期にも官制研修を用意しています。
しかし、教員としての資質を自分で納得のいくレベルに上げたいのであれば、官制研修に加えて自主的な研修も必要です。新任時や経験の浅い時期とはちがい、身近な環境(職場)よりも広い範囲で模範となる教員の実践に出会う必要があるからです。そうすることで、教科指導や生徒指導の技能をドラスティックに伸ばすことができるでしょう。
自主的な研修を行うためには、学会や自主サークル、あるいは民間団体などが主催している研修会に参加することをお勧めします。ELECの講座もそれらの1つです。全国的に評判の高い講師陣による多様な講座が提供されているので、自分が伸ばしたいと思っている分野の講座が見つかるはずです。参加してみればわかることですが、それまで独力でやっていたときには気づかなかったような、まさに「目から鱗が落ちる」内容を学ぶことができます。
私自身は、教職11年目から学会や自主サークルなどが主催する研修に多く参加するようになりました。記録を見ると、その頃は平均で年に15~16回、最も多い年(教職12年目)は19回の研修会に参加していました。そうした研修会で出会う先生方の指導法や考え方は驚きに満ちたものであり、多くのことを学ばせていただきました。そして、それらの研修をきっかけに自分の教科指導力や生徒指導力を大きく向上させることができたと思っています。
また、他の先生から学ぶだけではなく、自分が研究したことや実践してきたことを研究発表会等で発表するというのも勉強になります。なぜなら、発表をするからにはそれなりの準備が必要ですので、研究や実践の内容を整理する過程で自分が目指そうとしていることを明確にできるからです。そして、仲間や後輩のために発表しようと努力したこと自体が、結果的に自分の教育活動を発展させることになります。
(4) ベテランの先生方へ
教職も25年以上、年齢的には40代後半にもなると、「ベテラン」と言われる域に入ります。それまでにしっかり勉強してきた先生であれば、教科指導力、生徒指導力ともに円熟期を迎えるはずです。また、長年培ってきた指導力や先生の存在感そのものが児童・生徒への指導効果となり、学校全体に良い影響を及ぼすこともあります。そして、それは後輩の先生方への良い見本ともなるはずです。
私はこの時期になって、授業を行う上で最も大切だと思うことにたどり着きました。それは、生徒が安心して活動できる学習環境を整えるということです。ここで言う学習環境とは、学級の生徒同士の人間関係を指します。これは、コミュニケーションを重視する英語科では特に重要なことです。そもそも英語は普段の生活で使い慣れていない外国語ですから、表現するのに母語よりも高い情意フィルターがかかります。母語でさえ自由に表現できないような環境では、生徒は外国語で表現しようとはしません。したがって、学級の中にまちがいを犯しても馬鹿にしたりせず、お互いに助け合うような人間関係があることが最も大切です。
そのような学習空間(環境)をいかに整えるかが教師の役割であり、それを高いレベルで実行できるのが長年教育活動を行ってきたベテラン教師です。もちろん、経験が長いだけでそれができるわけではありません。しかし、おそらくそれまでの教員生活の中でいろいろと試行錯誤をして学んだことがベテラン教師にはあるはずです。そられを土台にして、生徒同士の人間関係づくりとそれを可能にする教師と生徒との信頼関係づくりを、同僚の模範となるくらいにできるようになりたいものです。
一方で、この時期だからこそ気をつけたいこともあります。それは、教師として成長することをやめないことです。どれだけ経験を積んでも学べることはまだまだたくさんあり、退職のその日まで教師としての資質を磨き続けることが大切です。例えば、ICT機器の利用法に関しては苦手意識を持っている人も少なくないと思いますが、そういう時はその分野の得意な若手教員に教えを請うことも必要です。ベテランとして後輩を指導する役目だけでなく、教員同士で気軽に学び合うことができる人間関係を築く役割を積極的に担いたいものです。
もう一つ気をつけたいことは、自分自身の健康管理です。特に、それまでがむしゃらに働いてきた人ほど身体にガタがきている可能性があるので要注意です。毎日適度な運動を行うことが推奨されていますが、なかなかその余裕がないという先生も多いでしょう。しかし、せめて人間ドック等の定期検査は受けてください。自覚症状のなかった大きな病気を早期に発見できるかもしれません。
実は、私は定年まであと3年半の時点で検査によって大病が見つかり、3ヶ月の病気休暇を取りました。当時は、「定年まで勤め切れるだろうか。いや、その前に東京オリンピックを見られるだろうか…」などと心配したものです。幸い、最新医学のおかげで大事には至らず今日を迎えていますが、病の発見が遅れて適切な治療を受けていなければ、おそらく本稿は存在しなかったでしょう。
教育に対する情熱を持ち続けながら教職を終えるのか、燃え尽きて終わるのか、静かにフェードアウトして終えるのか…。それはそれぞれの教員の生き方に対する考え方で変わるでしょう。しかし、いずれの場合でも、自分で納得のいく形で職務を終えたいものです。そして、仲間から、生徒から、卒業生から祝福してもらえるような終わり方ができれば、教職を続けてきた者としてそれ以上のことはありません。
3.おわりに
教職、とりわけ英語教師という仕事は本当にやりがいのある職業です。私は、英語教師とは児童・生徒に「夢を与える」仕事だと思っています。他教科に比べると、教えている時点では実生活に役立つことがあまりないようなことを扱っていますが、長い目で見れば児童・生徒の将来に大きな影響を及ぼす可能性のあることを教えているからです。その成果は彼らが在学中にはあまりわかりませんが、卒業後何年もしてからわかることが少なくありません。
次世代を担う先生方へ。すべての先生がそれぞれの立場で現在も毎日奮闘されていることと思います。この先の教育をめぐる状況については楽観視できないこともありますが、英語教師は目の前にいる児童・生徒に夢を与える仕事であることを意識して、これからも頑張っていってください。私自身は、将来先生方の同僚として働くであろう“教師の卵”たちに、教師になるのにふさわしい資質を身に付けさせるとともに「教師になる」という夢を与えられるように頑張りたいと思います。
(英語教育協議会ELECホームページ『ELEC通信』2022.10.6)
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