※記事の一番下に雑誌記事の現物(PDF)があります。
1.小学校外国語活動の影響
本年度の中学校1年生は、「正規の」小学校外国語活動を受けて中学校に入ってきた最初の生徒である。ただ、実際には全国の多くの小学校ではすでに何らかの形で英語を教えており、中学校入学時に英語学習の未経験者はほとんどいないであろう。勤務校で3分の2を占める生徒の出身校である筑波大学附属小学校では、平成21年度から英語科の専任教師による外国語活動の授業が3年生より週1時間行われている。つまり、本年度(注:2013年度)の中学校1年生はその指導を4年間フルに受けてきた「一期生」ということになる。
その1年生を4年ぶりに担当して驚いたのは、良くも悪くも4年前の1年生とは大きく異なっているということである。詳細は後述するが、以前と同じようなやり方をしていたのでは、1年生の大切な入門期指導を誤った方向で行ってしまいそうである。幸い、1年生の指導計画を主に作成してくれている同僚が過去2年間も1年生を指導しており、過渡期の生徒達に柔軟に対応してきた経験をもって指導の方向性を考えてくれているので、大きな勘違いをしないですんでいるが、それでも二人で毎日のように過去の1年生とは異なる実態の生徒にどのように対応していったらいいのかということに頭を悩ませている。
これは、おそらく全国のどの中学校でも起こっていることであろう。実際、筆者はこれまで何度となく各地の研修会に参加しているが、そこで中学校の先生方から聞こえてくるのは、筆者と同じような戸惑いの声が多い。したがって、「正規の」小学校外国語活動の経験者が中学校へ入ってきた今こそ、入門期指導を改めて見直す必要があるであろう。
なお、本稿で言う「入門期指導」とは、「教科書の本文がある課を教え始める前に行う指導」を意味することとする。
2.入門期指導計画作成の必要性
筆者は、中学校の入門期指導ほど「アンタッチャブル」な領域はないと思っている。それは、中学校の英語科教師なら誰でも入門期の指導は3年間の学習成果を左右する最も重要なものであるということは承知しているのに、モデルとなるシラバスや指導法が確立されておらず、個々の教師が自分の経験に基づいてバラバラに指導しているという実態があるからである。もっとも、それは1年で一番忙しい新年度の最初期のことなので、ライブの授業研修会等を開きにくいということもあるかもしれない。
幸い、筆者の勤務校は「オーラル・メソッド」を提唱したH・E・パーマー氏が、自身の理論の実践の場としていた学校であったということもあり、1923年(大正12年)より口頭練習を中心とした入門期指導のシラバスが脈々と受け継がれてきており、入門期指導はきちんとした指導計画の下に行われるものであるという意識が英語科に根付いている。もちろん、週六時間も英語の授業があった当時とは条件や時代も全く異なるので、実際の指導内容は現状に合ったものになっている。そこで、それを入門期指導計画を作成する際の参考例として紹介する。
表1(注:表示できないので省略)は、筆者が前回主担当で1年生を指導したときの入門期指導実績であるが、このような記録が勤務校の英語科では毎年作られ、それが実質的には翌年の指導計画の元になっている。すなわち、実際に使用した教材(主にワークシートや音声教材)を含めて、前年度にどのような指導を行ったのかが翌年度の指導計画のベースになっているのである。勤務校では誰が何年生を教えても、生徒が戸惑わないように四人の教員がゴールを共有して指導にあたっているが、特に入門期指導はシラバス及び実際に使用する教材がそのまま次年度へ引き継がれている。もちろん、そこに個々の教員の新たなアイデアが加えられることはあるが、15年以上前に作られたワークシートがあたかも「ユニバーサル・デザイン」のもののように今も使われているということも少なからずある。
英語科のシラバスは教科書の変更に左右されることが多分にあるが、こと入門期指導に関してはそれに影響されない指導計画を作成することが可能である。しかし、それは同時にモデルとなる良い指導計画がないと作りにくいとも言える。特に、経験の浅い教師はモデルが無ければ見当もつかないかもしれない。そこで、ベテラン教師は自分が過去に行ってきた入門期指導の内容を表にまとめ、それを後輩に紹介することを筆者はお願いしたい。それは、筆者自身が25年以上前に前任校で初めて1年生を教えたときに、先輩教師からもらった入門期指導の8時間分の指導計画(指導項目が箇条書きされたノート)が筆者の入門期指導の原点となっているからである。また、そうして自身が行ってきた入門期指導の内容をまとめることは、ベテラン教師にとってもこの先の指導を考える上でのベースともなるはずだからである。
3.入門期指導計画作成の実際
では、入門期の指導計画を作成する上で必要なことを表1を元に述べる。
① 表現(文法事項)
まず、教科書の本文がある課を扱い始める前に生徒に教えておくべき表現の一覧を作成する。これには、主に挨拶やクラスルーム・イングリッシュ等が含まれるが、小学校外国語活動で学習済みで授業中に使えそうな表現の復習なども入れられる。また、筆者の勤務校のように教科書の最初の方で扱われるいくつかの文法事項をあらかじめ口頭で導入してしまうのであれば、入門期の間にどの表現を扱うかを検討して入れ込むようにする。
② 語彙
小学校外国語活動を経験した生徒は、中学校教師が考えている以上に英語の語彙が豊富である。特に、「身の回りの英語」は以前であれば中学校で初めて指導する単語の多くを生徒はすでに知っている。したがって、小学校と連携して生徒が何を知っているかを事前に把握し、それらを上手に利用しながら、かつては指導を躊躇したレベルの語彙までを指導することを考えてもいいであろう。
③ 文字
「『聞くこと』『話すこと』から『読むこと』『書くこと』へ」ということは変わらないが、ここ数年の生徒は以前の生徒と比べて明らかに文字を早く書きたがっている。それはすでに文字で英語を読んだり書いたりすることを中学校入学以前に経験しているからである。小学校外国語活動では「読むこと」「書くこと」は指導していないはずであるが、実際には児童は授業以外の場所で英語を読んだり書いたりしているようである。したがって、中学校の入門期指導では以前よりも早めに文字指導を行った方がよい。それをいつ、どのように行うのかを指導計画に示しておくことは大変重要である。
4.入門期指導の新たな課題
1.でもふれたことであるが、小学校外国語活動を経験してきた新入生に対して入門期指導を行うにあたっては、それ以前の生徒に指導していた時とは異なった課題が見えてきている。勤務校では、すでに最長で4年間の外国語活動を経験してきた生徒を指導していて見えてきていることがある。それらは一般校では来年度以降により深刻になるであろうと思われることなので、その中の大きなことを2点取り上げることにする。
① 家庭学習をしなくなった
小学校外国語活動は教科ではないため、成績はつかない。また、試験等もないため、宿題も出されない。そのため、生徒は英語とはそういうものであると思っており、ここ数年の生徒は以前の生徒に比べて入門期の家庭学習を教師が期待するほどやってくれない。特に、「書いて覚える」という作業を面倒くさがる傾向がある。
② 習字の修正が難しい
アルファベットの練習をさせるためにペンマンシップを使う学校が多いと思うが、勤務校ではそのお手本どおりに書かせることに以前より多くのエネルギーが必要になっている。生徒はすでに何らかの形でアルファベットを書いているようで(附属小学校では書かせていない)、「なぜこれまで書いてきた文字ではいけないのか?」という有言・無言の抵抗があり、なかなか字を丁寧に書いてくれない。
以上のことは、以前とは異なる経験値を持っている中学校1年生に対して入門期指導を行うにあたって、中学校の教師が注意しておかなければならない生徒の実態である。勤務校でも入門期指導を担当する者の間で議論を重ねながら試行錯誤を繰り返しているが、このような実態の生徒をどのように指導していったらいいのかということを、今後も全国レベルで議論していく必要があるであろう。
(『指導と評価』2013年9月号、図書文化)
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