※記事の一番下に雑誌記事の現物(PDF)があります。
1.はじめに
筆者は、本年3月末をもって37年間に及ぶ中学校(及び高等学校)教員としての職務を定年退職した。その教員生活を振り返ると、若いころを中心にこれまでに数え切れないほどの研修会に参加して、教師としての資質を高めることに努めてきた。一方、30代後半くらいからは主に教科(英語)教育関係の研修会の講師を務めるようになり、本稿執筆時点で計135回それを実施してきている。また、本稿の執筆とは無関係にまったくの個人的な関心から、全国の教育委員会でどのような研修会が行われているかを調査したこともあった。
以上のような経験から、教員研修の概要を明らかにしたうえで魅力的な研修とはどのようなものであるのかを、受講者側と主催者(講師)側の両方の立場から見て提案してみようというのが本稿の趣旨である。
2.研修の必要性
教員の研修の必要性については、「教育公務員特例法」第21条に「教育公務員は、その職責を遂行するために、常に研究と修養に努めなければならない」と示されている。つまり、教員は自身の指導力の向上を目的として常に研修に取り組まなければならない。一方、さきの条文には「教育公務員の任命権者は、教育公務員の研修について、それに要する施設、研修を奨励するための方途その他研修に関する計画を樹立し、その実施に努めなければならない」とも記されている。各自治体が各種の研修会を企画し、対象となる教員に参加を促す(ときに強制する)のはそのためである。
教員の立場から見たとき、研修を行うことは「権利」であり「義務」であると言われるのはこの法律の条文からきていると思われる。もちろん、法律に定められなくとも心ある教員であれば、よりよい教師になるために、何らかの方法で常日ごろから自主的に研修を行っているであろう。同じ研修を行うのであれば、「義務」と感じるより「権利」ととらえて前向きに行いたいものである。そして、研修を主催する側には教員にそのような意識をもってもらえるような研修を企画・運営していただくことを望んでいる。
3.研修の概要
(1) 研修の主催者と形態
教員の研修というと、一般的には自治体が主催するものを思い浮かべるが、それらは「官制研修」または「行政研修」と呼ばれ、多くは強制参加の形式で行われる。しかし、研修の主催者にはほかにもいろいろなものがある。
例えば、多くの地域には「〇〇研究会」のような組織がある。行政側の指導で始まったものもあれば、教員たちの自主的な活動が定着したものもあるので、「半官半民」の主催者と言ってもよい。また、ほとんどの学校では研究主任等を中心にした校内研修も行われているようである。これらも官制研修と同様に勤務時間内に強制参加の形式で行われるのが一般的であろう。
一方、各教員の自由意志で参加できる研修も多い。各種学会等が主催する研修会がその代表例であり、筆者が参加してきた研修会の多くもこれである。これらの中には、会則などがある正規の団体以外に、数名から数十名程度で構成される有志団体や個人が主催する研修会もある。これらの多くは教員が運営しているものであるが、最近は民間企業が教員向けに開く研修会も増えてきた。ただし、これらの研修会の難点は勤務時間外に参加しなければならないことや多くは有料であるという点である。さらに、これらの多くは大都市周辺で行われており、地方の教員が参加しづらいという難点もある。もっとも、最後の点についてはオンラインで参加できる会が年々増えてきており、コロナ禍でそれがいっそう加速されて以前よりも格段に参加しやすくなった。今後はコロナ禍が収束したあとも、オンラインや対面とオンラインの「ハイブリッド型」の研修会が増えるであろう。
(2) 研修の内容
官制研修以外の研修は設立された目的ごとに内容が多岐にわたっているので、ここでは官制研修にしぼってその内容を見ていくことにする。筆者が2021年の秋から冬にかけて全都道府県及びおおむね人口10万人以上の市、計約330の自治体のホームページで調べたところ、教員の研修に関して次の2つのことがわかった。
1つは、研修の企画・運営を担当する部署である。ほぼすべての都道府県や政令指定都市では「教育センター」という機関が研修を担当しており、その他の自治体では「学校教育課」または「指導課」と呼ばれる組織が担当していることが多い。
もう1つは、研修の内容である。ほとんどの都道府県や政令指定都市が「年次研修」(基本的に強制参加)を実施している。自治体によって多少の差はあるが、多くが初年次、3年次または5年次、10年次、20年次の研修を設定している。内容としては教科指導に関するものが最も多く、特に英語は小学校での教科化もあって突出して多い。ほかにも生徒指導、道徳教育等の研修を設けているところが多い。また、都道府県レベルでは管理職研修など立場に応じた研修は必須として設定されているようである。さらに、参加人数はかなり限られるが、大学院の修士課程で学んだり研修生として大学や他の都道府県等で学んだりする制度を設けている自治体も少なくない。
4.魅力的な研修の実施
ここからは、筆者のこれまでの経験から魅力的な研修とはどういうものかについての私見を述べたい。もちろん、ここで言う「魅力的な」とは単に参加者の関心を引きそうなテーマのことではなく、参加した後に「勉強になった」と感じられるようなものを指す。
(1) 講師の人選
同じテーマの研修であっても、講師によってかなり印象が異なることがある。これについて対照的な事例を筆者が受けた研修から紹介する。いずれも「教育における法的問題」をテーマにした講義であった
最初の講師は学校問題を多く扱う弁護士であった。話題は生徒どうしの事故に対する教師の対応が保護者とのトラブルへと波及した事例への対処方法であったが、この講師が語ったその対象法は驚くべきものであった。詳細な内容の言及は控えるが、それは「そんなことをしたら、火に油を注ぐだけだろう!」と感じるもので、「それ以前にそのような初期対応をした教員を指導すべきである」と思うものであった。
次の講師は大学の法学部の教授であった。さきの弁護士の例があったので、「どうせまた学校の状況などを知らない机上の話だろう…」という先入観をもっていた。しかし、実際の話が始まるとそれは見事に打ち砕かれたのである。その講師は、学校で起こりうる事柄が法的にはどのような問題になるのかということを、実際の事例をもとにわかりやすく説明してくれた。90分の講演がとても短く感じられ、もっと多くの事例を聞いてみたいと強く思った。
以上の経験から、講師の人選はあらかじめその人がどのような話をする人であるかをしっかり調査してから行うべきであると思う。
(2) 研修の形態と内容
研修の形態と内容に関しては、自身が受講者として参加した経験と講師として受講者から受けた印象や感想をもとに話したい。
多くの研修が1コマ60~90分で設定されている。それに対して、すべての時間を講義だけに費やされるのは、受講者にとってはつらいものである。自身の経験からそう思っているので、筆者が講師の場合はワークショップ的な活動やグループ・ディスカッションなどを随時取り入れるようにしている。要するに、ただ座って聞くだけではなく、活動をとおして学ぶ形式を取り入れるということである。
一方、話の内容として何のくふうもなく当たり前に話す講師の話ほどつまらないものはない。そこで筆者が講師として話の内容を考える際にいちばん注意することは、受講者に「なるほど、そうだったのか!」と驚いてもらえる情報や、「よし、自分も取り組んでみよう!」と共感してもらえる具体的な手法を示せているか、ということである。とくに筆者は受講者と同じ現役教師であったので、受講者の悩みや陥りやすい過った指導方法などを話題にすることが多い。また、筆者が言及する指導の成果をより深く理解してもらうために、自身が指導した生徒の活動や発表の様子を映像で示したり、そこにいたるまでの指導過程を映像を交えて詳細に紹介したりしている。
このようにすると、受講者からは「楽しく参加できました」、「明日からがんばってみようと思いました」、「あっという間に時間が過ぎました」などの感想をもらうことが多い。
おわりに
ここまで官制研修を中心としてきちんと設定された研修のあり方について述べてきたが、ごく身近な環境の中にもとてもよい研修の機会があることを最後に述べておきたい。
それは、同じ学校の教員同士の学び合いである。具体的には、①日頃から指導内容や指導方法について率直に話し合う機会を作ること、②作成した資料はすべて交換し合うこと、③お互いの授業を見学し合うこと、の3つである。ちなみに、筆者の前任校ではこれらが非常に高い密度でできていた。随時仲間同士で情報交換をすることで一人で考えるよりもずっと内容の濃い授業を創造することができ、ときどき他の教員の授業を見るだけで自分の授業の質を向上させることができたと実感している。
ただし、そのような学び合いを行うには教員同士の良好な人間関係ができている必要がある。もしかしたら、そのような人間関係作りこそが教員研修の最も大切な第一歩かもしれない。
なお、先述した筆者の講演のすべてのタイトル及び主な内容は、拙著ホームページ(『次世代を担う先生方のための英語学習指導』)で公開している。
(『指導と評価』2022年6月号、図書文化)
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