【きっかけ・ねらい】
この話は、卒業間近の生徒に話そうと用意していたものです。実は、以前にもいろいろなところ(他学年、他クラス、大学の授業等)で話したことがある内容なのですが、自分のクラスでは最後までとっておきました。それは、この話が最も自信をもって生徒への贈る言葉として話せる内容だったからです。過去の経験から、卒業式の日は卒業式を終えたという開放感と午後に行われる「卒業を祝う会」(一流ホテルにおいて生徒と保護者だけで行われる盛大なパーティー)に対する高揚感から、担任の最後の話はあまり真剣に聞いてもらえないという経験があったので、前回の学年同様に前日の卒業式予行の日の終礼で話すことにしました。ただ、実際には話している間の生徒の発言から、卒業式の日にもう1つ話をすることになりましたが…。
【手順・工夫】
いつものように生徒を話に乗せるイントロダクションを考えました。今回は話のタイトルにもなっていることを黒板に書き、それについての生徒の考えを尋ねるという方法で話に入り、なぜそのようなことを尋ねたのかということを種明かしする形で本題に入っていくようにしました。
【実際の会話】3/15
S:(卒業アルバムにお互いにメッセージを書いたりしてざわついている)
T:ちょっといいですか…。書くのをやめて話を聞いてください。
A男・B男:(ほとんどの者がやめるが、2人だけは書き続けている)
T:どうやら先生の話を聞いていない人がいるようで…。
A男:(気づいて書くのをやめる)
B男:(気づかずに書き続けている)
T:(B男を凝視して強めに)こう言っても話を聞いていない人がいるようで…。
B男:(まだ気づかずに書き続けている)
C子(B男の前の生徒):B!(B男のニックネーム)
B男:(ようやく気づいて書くのをやめる)
T:ではですね、明日は卒業式で…、どうせ最後の日はみんな先生の話なんか聞いてくれないだろうから…。
C子:そんなことないですよ。
T:きっと午後の「卒業を祝う会」のことが気になって聞いてくれないだろうから…。
先生が用意していた最後の話を今日したいと思います。
D男:えっ? 明日は?
T:明日は何も話さないで、みんなをピョっと帰そうと思います。
S:(数名が「ええ~!」と言う)
C子:大丈夫ですよ。ちゃんと聞きますよ。
T:え? そうかい? でも、まあ…。じゃあ、明日は明日で別の話をするとして、今日も1つみなさんに伝えておきたいことを話します。
D男:先生、有名人? (※「79.すべきでなかった話」を受けた発言。同話参照)
E男:そうですよ。先生、卒業前に話すって言ったじゃないですか!
S:(「そうだ!そうだ!」と大騒ぎになる)
T:う~ん、明日話すよ。
C子:明日も今日も、もう同じですよ。
T:わかった、わかった。じゃあ、話すことにする。もう時効だろう。
S:おおっ?
T:有名人って言ったって…、芸能人とかスポーツ選手じゃありません。
S:(「な~んだ」という反応をするかと思ったが、そのような反応はない)
T:じゃあ、誰だかのヒントを出します。(黒板の右側にある掲示板の上の方を範囲を示すように指して)ええ…、これがヒントです。
S:えええ~!!!
F子:アスク・ノット(Ask not)…とかじゃ?
T:(F子に)F子さん!何だって?
F子:(ニコニコして)Ask not ... なんとかというやつじゃ?
T:素晴らしい! そうです。2年生の時にここに貼ってあったやつですね!
(※故ジョン・F・ケネディー大統領の有名な就任演説の一節をもじった "Ask not what the class can do for you, ask what you can do for your class."という標語を黒板右の掲示板に約1年間貼ってあった)
S:あああ~。
T:覚えてますか?
G男:内容忘れた!
T:あれは誰の台詞でしたっけ?
F子:ケネディー大統領。
T:で、それがヒントと言えば?
H子:(何か言う。周囲の生徒がざわつく)
T:(H子に)H子さん、何だって?
H子:キャロライン。
T:そうです! で、誰、それ?
F子:娘。
S:(数名がうなずき、半分以上がポカンとしている)
T:ケネディー大統領の娘ですね。それがこの話と…、なんで有名人なの?
S:(数名が「大使」と言う)
T:そうですね。アメリカの駐日大使です。そのケネディーさんが、あることがきっかけで附属中の英語の授業を見てみたいということになり…、さらに生徒と交流をしたいということになって…。そういう話が出てきたら、「そりゃあ、3年1組しかないでしょう」ということになって…。
I子:英語が一番できないクラスが?
S:(爆笑になる)
T:まあね…。ただ、英語だけっていうわけじゃないんだよ。ケネディーさんは生徒と交流したいっていうんだから、そこはフレンドリーな1組でしょ。
I子:フレンドリー…。
T:何か尋ねられたりしたら、すぐに反応してもらわないと…。
S:(疲れたような顔をしている)
T:あれっ? やっぱり大物じゃなかった? 期待はずれでがっかりした?
I子:いえ、すごいです。
C子:十分大物です。
T:そうでしょう? 先生なんか、ケネディー大統領のファンだから…、ファンというのはちょっとちがうかなあ…。ケネディー大統領はすごい人だと思ってるから、その大統領が…、テレビなんかで手を引いていたあの小さな女の子が…、あんな立派な素敵な女性になったんだから…、やっぱり来たらサインを絶対もらいたいな。
S:(数名がニコニコする)
T:でも、結局はその話はチャラになっちゃいました。で、本当に話したかったのはここから。そこで、まず…。(黒板に「努力か?…」と書いていく)
G男:怒り? (※努力の「努」を途中まで書いたところで漢字ちがいのことを言った)
S:(笑いが起こる)
T:(「…才能か?」と書いていく)
I子:才能? (※才能の「才」を書いたところで先に言った)
T:(「努力か? 才能か?」と書き終えて)努力か、才能か? この話をこれまでにしたことがありましたっけ?
S:(多くが首を振る)
T:そうですか。それはよかった。この話はここ数年最後の授業でするんだけど…。どういうことかと言うと、みんながあることを成し遂げたいというとき…、みんなじゃなくてもいいんだね…、誰かがあることを成し遂げようとしたとき、それを成し遂げるのに必要なのは努力か才能かという話です。
S:(真剣な顔で聞いている)
T:みんなはどう思いますか?
S:(数名が「努力と才能」と言う)
T:う~ん…、どちらか一方と言ったら、どっちでしょうね?
S:(答えは出ない)
T:じゃあ、直感で聞きます。努力だと思うか、才能だと思うか。どっちかに…、今の直感で結構ですから、上げてください。いいですか? では、最初に「努力」?
S:(半分弱の生徒が手を上げる)
T:なるほど。じゃあ、「才能」?
S:(半分強の生徒が手を上げる)
T:才能の方が若干多いというところでしょうか。じゃあ、先生はどっちかと言うと…?
(黒板の「努力」と「才能」のどちらかを指そうとするジェスチャーをして)どっちかということは…、この後の話で紹介したいと思います。
S:(真剣に聞いている)
T:実は、その話は10年以上前に遡ります。先生はここに来る前は埼大附属中にいましたが、その時に2、3年と担任したある女の子が数年後に埼玉大学に…、教育学部に進学したんですね。そこで何かの授業で中学校か高校時代にお世話になった先生に話を聞きに行くという課題が出されたらしいんですね。それで先生のところに来たんですが、彼女一人で来たんじゃなくて、他の女の子2人も連れてきました。2人とも知らない人です。おそらく地方から出てきて、そんな課題のためにわざわざ里帰りするのは大変だから、そういう場合は誰かのところに行っていいということになっていみたいです。それでいろいろ話をしたんですが、最後にその友だちのうちの1人が…、 いかにもまじめそうな雰囲気の…、将来教員になるだろうなあという雰囲気をもった女の子が、先生にこんなことを聞いたんです。
S:(真剣に聞いている)
T:「立派な…」、待てよ、「素晴らしい…」だったかな…。「立派な教員になるためには、先生は努力が大切だと思いますか、才能が大切だと思いますか?」って聞かれたんですね。私がどっちと答えたと思いますか?
C子:努力。
T:こういう風に聞いてきたというのは、おそらく(「努力」を指して)こっちだと言ってほしい、という風に感じたんですね。いかにもそういう感じの子だったから。で、先生は「うっ…」と一瞬考えて、何て答えたかというと…
I子:努力と才能の両方。
T:「才能」と答えました。
S:(驚くかと持ったが、冷静な顔をして聞いている)
T:って答えたら、やっぱりその子は、(泣きそうな顔をして)「えええ…」ってすごい残念な顔をしました。だから、やっぱり、その顔からすると、(「努力か?」を指して)こっちと答えてほしかったんだと思います。
C子:そうですね。
T:ただ、先生も…、ピンと思いついて言ったことなんですが…。
I子:努力の才能。
T:うん…、(「努力か? 才能か?」を「努力できる才能」と書き直して)「努力できる才能。これがあれば、どんな道に進んでも、あなたは立派にその道で何かを成し遂げることができます。」こう言ったら、その女の子も安心したような顔になりました。
C子・I子:(ニコニコしている)
T:どんなに才能がある人でも、その才能を活かす努力をしない人は…、なんとなくそのままで伸ばそうとしない人は…、やっぱり伸びないと思うし…。せっかくの才能がそのままのレベルで終わってしまう。だから、伸びるかどうかは、努力できる才能があるかで決まる。努力できる才能があれば、絶対に伸びるというふうに…、私はその時に作った話なんだけど、そう思いました。で、以来、実は中3の最後の時にこの話をしています。ですので、みなさんにはぜひですね、努力できる才能を持ってもらって、そして自分がこれをやろうって決めたことは、そこでぜひ努力をしていってもらいたいと思います。
S:(少し飽きてきたような顔になる)
T:実は、みなさんの文集を昨日の帰りと今朝の電車の中で、41人分全部読ませてもらいました。そして、それぞれの人が何を書いているかっていうことも全部わかっています。
S:(声を上げずに苦笑いをしている)
T:「えええ~!」っていう顔をした人もいますけど…。今、1人ずつコメントしてもいいんですけど、その時間はありませんから、コメントしませんけども…。
S:(多くがホッとしたような顔をする)
T:あっ、でも、その中の多くの人が、やっぱり中学校の時にもっと…、あっ、多くの人が、じゃないな、数名の人が「中学校の時にもっとやっておけばよかったな」、あるいは、「高校に入ったら、ぜひ自分がやりたいことをもっと一生懸命やろう」っていうようなことを語っている人がいたと思います。ぜひ、そういう人はね、努力してもらいたいなと思うし、それ以外の中学校生活がホント楽しかったっていう人がほとんどであります。そして、多くのことを身に付けたと語ってくれた人がほとんどでありましたけども、そういう人も新たな道を見つけたら、そこでぜひ努力をしてもらいたい。どんな形でも結構です。勉強でもいいし、部活でもいいし、何か別のもの…、自分が学校以外でやっていることでも結構です。将来に向けてなんていう人もいるでしょうし、いや、そんな先の将来のことなんかわからない、目の前のことを頑張るんだということを語ってくれている人もいました。そういう人は目の前のことに努力をしてもらいたなと思います。というふうに思っています。
S:(真剣に聞いている)
T:なぜこんなことを言うかというと、先生自身はまったく才能のない人なんです。
J男:いや、いや、いや。けっしてそんなことはありません。
T:いや、これは本当のことです。何をやっても中途半端にしかできないし…。でもね、自分で言うのもなんだけど…、先生は自分が「努力できる才能」はあると思っています。何か特別のことで秀でたことをする才能はなくても、自分が与えられた状況の中で…、自分ができる最高のことをやろうと努力することはできる…。だから…、例の、大学時代に文部省の奨学金をもらってアメリカに留学することもできたわけです。
(※最後の英語の授業で、自分が大学時代に文部省海外派遣制度で埼玉大学の代表としてアメリカのネブラスカ大学オマハ校に国費留学したことを指す。初期は候補者が十数名いたが、最終的には候補者が自分だけになり、無選考で推薦してもらった)
S:(数名が飽きたような顔をしているが、多くは真剣に聞いている)
T:みなさんの多くは才能豊かな人ですが、中には「自分にはクラスメートのような才能がない」と自分を卑下している人もいるんじゃないかと思います。そういう人は、先生のように最後まで粘ることができる才能を持ってもらえれば、自分の夢をかなえることができると先生は信じています。ここにその例の1つがいるからね。
S:(学習面でふるわなかった生徒が真剣に聞いている)
T:(結論として話そうと思っていたことを思い出せずに)というとで…。私がみんなに伝えようと思っていることの最後の話は以上です。
【こぼれ話】
今回の話は、裏の目的としてクラスの中に附属高校に進学できずにやや落ち込んでいる生徒を励ますつもりで話したものですが、4分の3のそうではない生徒にはあまり響かなかったかもしれません。ただ、優秀な生徒でも自分が設定している目標(これがものすごく高いものである場合が多い)に対して思い通りにいかないと感じていることが多いので、もしかしたらそういう生徒への励ましになったかもしれません。
また、最後の部分ではもう少し重厚な内容を考えてあったのですが、この日に行われた卒業式に向けての最終の学年指導の指揮及び全体予行の進行とその後の修正及び学年集会の進行に多大なエネルギーを使ったので(学年主任がインフルエンザにかかって、予行及び卒業式当日を欠席することになったため)、気疲れして話そうとしていた内容が吹っ飛んでしまいました。
なお、卒業式当日は卒業式後の終礼であまり時間をとることができないことがわかっていたので、軽めの内容を「最後の終礼の話」として用意しました。
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