58. 「シーズン5」から「シーズン6」へ(後編)

【きっかけ・ねらい】

この話は、前期の終業式の日に話したことの続きとして後期の始業式の日に話したものです。1ヶ月以上前から考えていたことを前回の話を受けて整理し直して話したものでした。

 

主なねらいは、入試ばかりに気が行ってしまって何かと乱れがちな卒業までの期間の生活をきちんとさせるための継続的指導の第一弾にすることでした。また、その間にある2つの大きな行事(学芸発表会と合唱発表会)を成功裏に終えるための意識付けということもありました。さらに、第57話でもふれたように、11月に予定されている研究協議会の公開授業へ向けての布石という意味合いもありました。

 

【手順・工夫】

話のとっかかりは前回の話の最後に仕込んでおいたことを利用して、比較的簡単に入ることができるようにしました。次に、その話題を論理的かつ系統的に進められるように、話の流れと細かい内容を手帳にメモしながら考えておきました。

 

なお、「3つの『○○○る』」は当日朝まで2つ(こだわる、きわめる)しか決まっていなかったので、残りの1つ(実際には最初の1つ)はコンセプトだけを伝えて生徒にふさわしいことばを探してもらうような流れを考えていましたが、直前になってあることば(みつめる)が思いついたので、それを採用しました。これは過去にも何回か使っている手法ですが、「話をするときは『3つの~』という言い方をするとまとまった話ができるよ」という先輩の教えにしたがって自分の話を構成することを優先したからで、生徒に示すことばが取って付けたようなものにならないようにするのに苦労しました。

 

【実際の会話】10/19

T:それではですね、後期の始業式でもありますので、恒例ではありますが、シーズン6が始まったところでもありますので、話をさせてもらおうと思っています。

S:(それまでざわついていたが、ようやく静かになった)

T:いつもは話す内容を頭に入れているのですが、今日は一部頭に入っていないところ、それからいっぱい考えていることがあるので、メモを見ながら話をさせてもらいます。(手帳を開いて教卓に置く)

S:(神妙な顔で静かに聞こうとする体制ができる)

T:前回ですね、「シーズン5」なんてたまたま言ったら受けてしまったので、今日は「シーズン6」の始まりということで。今日はシーズン6の始まりですけども、ここからシーズン6のドラマ…、残り5ヶ月のドラマがどういうふうになるのかということを私は今からとても楽しみにしています。

S:(驚くほど真剣な顔で聞いている)

T:ただ、そのドラマは、月並みな言い方ではありますが、シナリオはまだ書かれていない…。ね? みんな自身が書くシナリオであります。もちろんですね、このドラマの最終回…、つまり卒業式でありますが、それは実は私にはどんな卒業式になるかは見えています。

S:(「えっ?どういうこと?」という顔)

T:みんながどういう顔で育鳳館に入ってきて、どんなふうな顔で座って、どんな表情で校長先生のお話を聞いて、そして出て行くのか…。ということを実はもう思い描いちゃっています。それはなんでかというと、みんなの先輩のことを毎年毎年見ているからです。ただね、みんながそれができるかというと、まさかそんなことはできるわけはないですよね。だって経験がないもんね?

S:(だまってうなずいている)

T:もちろん、何人かの人は学級委員として参加したことがあり、うちの学校の卒業式がどんなかっていうことは知っているので、「あんなかなあ…」とイメージできるかもしれません。でも、他の人はほとんどそういうことは難しいでしょう。

S:(話の方向を計りかねている様子)

T:もちろん、その~、卒業式うんぬんよりも…、たぶんそれはみなさんにとってもっと遠い話で、それ以前のものがいろいろあると思います。いろんな行事のこともあるし、入試のこととかね、そういうことがこれからいろいろ出てくると思いますから、そっちの方が先に頭に出てくるかと思います。それはごくふつうのことだと思います。

S:(「入試」ということばに一瞬の緊張が走る)

T:さっき「ドラマの最終回」というような比喩で卒業式のことを言いましたけども、私としては卒業式の日にみんながこの半年間、1年、あるいはこのクラスでの2年間、この学校での3年間を振り返って、「ああ、よかった~!」って思ってもらえることを楽しみにしています。

S:(黙って真剣に聞いている)

T:そのためには、毎回毎回のエピソード…、これは喩えですけど、要するに毎日毎日の学校生活をできれば手抜き無く、一生懸命やってくれることが大切かなと思っています。そうやって一日一日をしっかり過ごしてもらえば、おそらく全員の人がいい最終回を迎えられるだろうなと思っています。

S:(見回してみると、みんな驚くほど真剣に聞いている)

T:そのシーズン6を…、シーズン6は「ザ・ファイナル・シーズン」でもありますが、それをみなさんが有意義なものにしてもらいたいという思いも込めて、シーズン5の最終回のときに「こんなことばをシーズン6では大切にしてもらいたい。ちょっと考えておいてね」なんていう話をしました。

A男:(何か言いたそうな顔をしている)

T:確か3つの「○○○る」(それを板書する)と書いたんですが、何か考えた?

B男:(何か言ったが聞こえない)

T:(B男に)何?何て言ったの?

B男:(「信じる」と言ったように聞こえた)

T:「信じる」?

B男:いえ、まあ、その…。それでいいです。「信じる」でいいです。

S:(笑いが起こる)

T:「信じる」か。それはちょっと入ってないんだけど、それを採用すればよかったな。

S:(ようやく緊張の糸がほどけて笑いが起こる)

T:なるほどね。他に?

A男:「きくばる」。

T:「きくばる」! なるほどねえ…。えっ?「気配る」って動詞あるか?

S:(笑いが起こる)

T:「気配り」っていうことばはあるけど。「気配る」はないよね?

A男:(恥ずかしそうにうなずいている)

T:はい、他に?

C子・D男:「がんばる」

T:「がんばる」? ああ、「がんばる」はね、実は最初に考えました。だけどちょっと月並みなのではずしました。実はね、なぜはずしたかっていうのは、月並みだっていうだけじゃなくて、前の学校の国語の先生に言われたことで「ハッ」としたことがあるからなんですよ。

S:(「いったい何だろう?」という顔)

T:その国語の先生はね、「ぼくは『がんばる』っていうことばは嫌いなんだよ」って言ったんですよ。それで「えっ?」と思って。そういうふうに聞くと、頑張るという姿勢とか意識とか、一生懸命やるとかいうのが嫌いなのかと思ったら、そうじゃなくて、「がんばる」の元の意味があんまり良くないからだっておっしゃったのね。

S:(多くが驚いた顔をしている)

T:誰か知ってる?

A男:「がんをはる」っていうことじゃ?

T:「がんをはる」か。おしい!

E男:(前後の生徒と何か言い合っている)

T:E男くん、何か思いついた?

E男:(あわてて)いえ、なんでもありません。

S:(笑いが起こる)

T:「がんばる」ってね、辞書調べてもらうとわかるんだけど…、私もたまたまその先生に聞いたから調べたんですけど、「我を張る」というのが元の意味なんだそうです。つまり、自分を押し通す、他人のことなんかおかまいなく我を張るということばが元で、それがなまって「がんばる」ということばになって。今の「頑張る」って、もと(元)を書いてその右側におおがい(頁)でしょ?あれ、当て字なんだそうですね?

S:(何人かがうなずいている)

T:で、「がんばる」ということばも考えたんですけど、ちょっとその国語の先生のことばがあったので、今回ははずしました。

S:(まだ飽きずに聞いている)

T:で、3つのことばはみなさんにぜひ覚えていてもらいたいんですけど…。これから言うことはぼくが考えていることであって、みなさんが大事にすることかどうかはわかりません。ただ、これは人から聞いたことではなくて、自分が考えたことなので、自信をもって話したいと思います。

S:(緊張感がまた高まる)

T:1つめは…、(「みつめる」と書く)「みつめる」です。何を見つめるのでしょうか?

C子:自分!

T:なるほど、そうですね。自分を見つめる。で、なぜ大事かというと、やはり自分の得意なところ、自分の良さ、あるいは足らないところも含めて、そういう自分をしっかり見つめて、できることをきちんとやっていってもらいたいということ。それから、ぜひ仲間を見つめてください。残り半年間のおつきあいの中で仲間を見つめてもらって、仲間の良さも知り、引き出してもらう…。そういうことをしてもらえたらなと思っています。そして、最終的にはこの5組のね、全員のね、この5組のクラスの雰囲気、あるいはその集団の形、そういうものを見つめてもらって、このクラスができる最高のものができるといいなと思っています。

S:(辛抱強く聞いている)

T:2つ目。これ、一番最初に思いついたことなんですけど…。(「こだわる」と書く)「こだわる」。「こだわる」ってどういう意味?

S:(少し飽きてきたのか反応がない)

T:漢字で書くと…、(「拘る」と書く)こういう字なんだそうです。一応、調べて来たんですけどね。普段はあまり漢字を使わないので…。「こだわる」っていうのは…、適当にやるとかそういうのじゃなくて、とにかく最後までやりとげるとか、1つのことを集中してやるとか、いろんな意味があると思います。これ、いい意味で使うときと悪い意味で使うときがあって。悪い意味で使うと、どっちかっていうと何かに固執する、ずっとなにかにこだわっちゃって、他のことが見えないとかね。そういう意味で使いますよね? ただ、いい意味で使うこともあると思います。例えば、人には左右されず…、これがいいかどうかわかりませんが…、自分が考えたことを貫きとおす、 というようなことね。で、これがなぜ大事かっていうと、やはり「こだわる」ということでいろんなものが質が高くなる。いい加減にやるんではなくて、「よしっ!これは徹底的にやろう!」というふうにね、こだわることでいろんなことの質が高くなるかなと思っています。

F男:(時間を気にして時計を見る)

T:例えば、失敗しても起き上がる。「よしっ!やり直すぞ!」とこだわってみる。あるいは、うまくいっていることがあれば「もっとうまくなってやろう!」とこだわる。で、こだわりがあるものっていうのは、みなさんも自分で自信を持っていると思うし、中には誇りをもっていることもあると思います。ぜひ、こだわりをもってもらいたい。それは中学校生活だけでなく、私はこれは長い人生においてもとても大事なことだなと思っています。

S:(F男が再び時計を見るが、他の生徒は辛抱強く聞いている)

T:実は、このクラスのある人にチラッと言ってしまったことがあるんですが、私にもこだわっていることがあって…。って言うと、先生方に「肥沼先生はこだわりが多いからなあ」って言われるんだけど…。

S:(小さな笑いが起こる)

T:1つ、ものすごくこだわっていることがあります。教員になってから27年間ずっとこだわっていることがあります。今、私を見ても気づくことなんですけど、ものすごくこだわっていることがあります。それはまた折を見て話しますけど。そのこだわりというのは私の中にあるこだわり。他の先生はこだわっていないんですけど、私はこだわっていることがあります。それは自分なりのこだわりで、誰が何と言おうとこだわる。時々その話をすると、自分の奥さんに「いいかげんにしなさい。そんなバカなことにいつまでもこだわって」って言われますが、そのこだわりを無くすと私が…、自分が折れてしまう気がするので、こだわっています。ぜひみなさんもいろいろなことにこだわりをもってね、自分の「ここはこだわるぞ!」という部分はぜひこだわってもらえたらなと思っています。(※私が27年間こだわってきたのは、「教室で生徒の前に立って話す日は必ずネクタイをする」ということです。)

S:(驚くことにまだ真剣に聞いている)

T:3つ目。これの続きなんですけど…、(「○○める」と書く)こう書いてあったら、最初の2文字は何だかわかる? 「こだわる」に近いんですけど…。

E男:(手を挙げる)

T:(E男を指して)はい。

E:「きわめる」。

T:ピンポーン! そうですね。(「きわめる」と書く)「きわめる」です。(さらに漢字で「極める」と書き足す)もちろん、意味は「これよりも上のものがないというレベルまで達すること」ですよね。みなさんには言うまでもないことですけど…、いろんなことを一生懸命やってくれている人たちです。私の中学校のときのことを考えると、みなさんの方がずっと質の高いことをやってくれていると思います。だけど、さらに自分の中でそれを極めてもらいたい、と思います。例えば、何かをやる。よくできたなっていうことがある。形ではできたな、成功したなということがある。それを例えば先生が「よくできたね」と褒めたとします。でも、自分の中では「全力でやったわけではないけどできちゃった」ということはありませんか。それで、なんか褒められるとこそばゆい。「いやあ、そこまで頑張ったつもりはないんだけどなあ…」ということはありませんか?もし、そんなときには、さらに自分が納得ができるレベルまでやってもらって、自分が納得できる、自分の中で極める、そういうレベルまでやってほしいなと思っています。

S:(外がだいぶ騒がしくなってきたが、辛抱強く聞いている)

T:というのが、今回私がみなさんにぜひ覚えておいてもらいたいなと思った3つです。繰り返します。「みつめる」、「こだわる」、「きわめる」。この3つのことですが、やはり授業への取り組み…。どうでしょう?少し最近甘さがありませんか?

S:(緊張した表情になる)

T:まず授業。どの教科の授業もしっかり受けてもらいたいと思っています。なぜかというと、私は思いますけど、普段みなさんがなにげなく受けている授業…。私の授業なんか非常に表面的な授業だなっていつも思うんだけど、他の教科の先生の授業…、ときどき聞こえてくるんだけど…、みなさんに気づかれないようにこっそり後ろから聞いていることがあるんですが、やはりすごい深いことをみんな習ってるよね。みんな気づかないかもしれないけど。とってもいいことを習っている。たぶん、普通の中学校では学べない素晴らしいことを習っている。ですので、ぜひ大事にしてもらいたいと思います。

F男:(時計を見る)

T:2つ目。やはり行事です。これから来る行事。何だ? 学発? どうでしょう? それぞれやることが進んでますよね?

C子(責任者)・G子(副責任者):(うなずいている)

T:今日もこの後ね、しっかりと練習をして、高いものに到達してほしいと思います。学芸発表会が終われば、合唱発表会。まだ代表が決まっていないとかがありますが、ぜひ早く決まってもらって、動き出してもらえたらなと思っています。

S:(そろそろ飽きてきた様子)

T:3つ目。係や委員会の仕事。(強い視線で生徒を見回す)

S:(また緊張が高まる)

T:後期の係と委員会がようやく決まりました。さっきチラッと言いましたけど、まず担当の先生への挨拶。そこから始まると思います。今度自分がなったということ、継続であってもね、きちんと挨拶をしてもらって、それぞれの係・委員の仕事をしっかりやってもらいたいと思います。そして4つ目。意外に忘れちゃいがちなんですが、日頃の生活の中の何気ない、いろんな時間帯。例えば、朝の会とか、終礼、掃除、週番活動。さっき、校長先生が「1、2年生の見本になるように」というお話をなさいましたけども、もちろんそういう意味もありますが、ぼくはみなさん自身に自分の中で「よしっ!こだわれたな」、「きわめられたな」っていうふうに思ってもらいたい。それがきっと結果的に後輩の模範になるんじゃないかなと思います。

S:(うなずいている)

T:もう、黒板掃除をみんなに回さなければいけないなと思っています。いつまでも私がやってるからダメなのかなという思いもあります。この後はみなさんにそれぞれ仕事をしっかりやっていってほしいなと思っています。ということで、冒頭の話はこれで終わりにしたいと思います。

 

【こぼれ話】

今回の話も前回同様にやや長め(約18分)の話だったのですが、生徒は予想以上に辛抱強く聞いてくれました。それは始業式の日の話であるという特別な状況であったからなのか、冒頭で「メモを見ながら話します」と言ったことで私がきちんと準備してきた話はしっかり聞いた方がいいと思ったからなのか、直前に席替えをしたために新しい座席でどのように振る舞ったらいいかがわからずにいたからなのか、あるいはそれらがすべて少しずつ影響していたからなのか…。いずれにしても、かなり固い話を長時間していたはずなのに、ほとんど全員が最後まで真剣に聞いてくれていたのに驚きました。ただ、その裏返しとして、いつものような生徒からの軽快な反応はありませんでした。

 

なお、この日の放課後の活動では多くの生徒が残って学芸発表会へ向けての準備活動を熱心にやっており、その姿をビデオに撮っていた私を笑顔で受け入れてくれました。

 

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