53. トイレの心理学

【きっかけ・ねらい】

この話の核となる部分(2、3回目の話)は、そのタイトルと共に1年余り前の5月に原稿を書いてあったものです。ところが、その時に話す機会を逸してしまい、以来なかなか話す機会がなく、“お蔵入り”になってしまっていました。そのような時に、導入の部分(1回目の話)のアイデアが浮かんだので、それを枕にしてお蔵入りとなっていた話を引っ張り出すことにしました。この話の元になった「トイレの心理学」は、前回担任した学年(平成19年度卒業生)で一緒に担任団を組んだ国語科のAA先生が5年前(平成18年)に紹介してくださったものです。それを生徒に対して教育的な内容になるようにまとめてみたのが1年前に考えた話でした。

 

この話のねらいは、トイレをどのように使うかという話をとおして、自分たちが見知らぬ人と無意識のうちに取ろうとする距離感とそれを元にした公共の場における他の人への配慮ということを改めて意識化しようとするものでした。

 

【手順・工夫】

1年前に考えてあった話にはすでに生徒の関心を引くための導入部分を用意してありましたが、さらにその一歩手前の導入部を思いついたので、導入部と核心部の2つに分けて話すことにしました(結果的には核心部をさらに2つに分けて話しました)。これは一度に話すと長くなってしまいそうだった話をやや短めの話に分けることで、生徒の集中力の維持や疲労感の軽減をねらったものでもありました。

 

【実際の会話①】6/27

T:(保護者面談の通知と個人面談の話をした後で)面談と言えば、約1年ぶりにみんなに関するあるデータを示そうかな。さ~て、いったい何を表すでしょうか?

S:(「いったい何だろう?」という興味津々の顔。数名がすでに何かを言い始める)

A子:「しよあし」!(1年前に話した面談時に挨拶をした人の数のことを指している。

 …第27話「大人のたしなみ」参照) 

T:(黒板に縦に「26、11、2、1」と書く)これはいったい何を表す数字でしょうか?  まあ、これだけでわかったら天才だね。

S:「天才」?

B子:(一番前でニコニコしながらゴニョゴニョと何か言っている)

T:何だよ、B子さん。何だって?(聞こえた内容を一部拾って)26人が…?

B子:「さようなら」をきちんと言って、11人が…

T:おじぎだけして?

B子:そうです。それから2人が立っているだけで、1人が座っていた。

T:なるほどね(これは以前に「さようなら」の挨拶をどの程度きちんと言っているかを観察した上で指導したときのことを指している)。残念だけどそうじゃないんだ。

B子:(「わかっています」という顔で笑っている)

C男:(黒板の数字を指しながら隣の女子に何か言って笑っている)

T:何だい、C男君? もしかして、しょうもないこと言ってる?

C男:はい、かなりしょうもないことを言ってました!

T:まあ、わからくて当然です。では、ヒントを出しましょう。この4つの数字はね、

 こんなふうに4つに分けられるんですよ。(右のような図=縦横2マス、計4マスを描く)

 この4つの四角の中に4つの数字が入ります。

D男:先生、合計が41(クラスの生徒の人数)じゃありません。

T:おっ、よく気がついたね。実はそうなんだ。合計は40なんだよ。(数字の下に線を引いて「40」と書く)

D男:(まちがいを指摘できたと思って自慢げだった顔が失望で歪む)

T:実はね、1人分のデータが足らないんだ。だから40。あとでね、その足りない人に何のことだか当ててもらうことにしよう。

E子:(何かを言ったが忘れてしまった)

T:ちがいます。

F男:(何かを言ったが忘れてしまった)

T:ちがうんだなあ。じゃあ、次のヒントを見せましょう。これを見れば何だかわかるんじゃないかな?(自分の顔写真が2×2に4つ写っているシールを見せる)

G子:どこをはがしたかですか?

T:おお!よくわかったねえ。この数字はね、4つの写真のどれをはがした人が何人いたかといういうことを表しています。

S:(「な~んだ、そんなことか」という顔をしている)

T:そうなんだよ。先生はさ、みんなにこれをただ渡して1枚だけ生徒手帳に貼るように言ったでしょ? そうしたら、面白いねえ。人によってどの1枚をはがしたかがちがうんだよ。

S:(ニコニコ笑いながら聞いている)

T:それでね、みんなは自分がどの1枚をはがしたかを覚えていますか?

S:覚えてませ~ん!

H子:先生、私、覚えています。

T:おお、そうかい。どこだった?

H子:(手を挙げて)右上です。

T:じゃあ、確認してみよう。(手元の封筒からH子の写真シールを取り出す。左上がはがされている)残念!左上だよ。

S:(笑いが起こる)

H子:(恥ずかしそうにしているが、それほどは気にしてなさそう)

T:どこをはがしたか覚えているのに自信のあるひと?

I子:(手を挙げて)右上です。

T:ほお。(I子の写真シールを取り出す。右上がはがされている)お見事!当たり!

 他には?

J男:(手を挙げて)左上だと思います。

T:(J男の写真シールを取り出す。左上がはがされている)正解!

J男:よっしゃ~!

T:というわけですが、では、この4つの数字がこの4カ所のどこに入ると思いますか?

 一番多い「26」はどこでしょうか?

S:左上!

T:ピンポーン! そのとおり!(四角の左上に「26」と書く) じゃあ、「11」は?

S:右上!

T:そのとおり!(四角の右上に「11」と書く) じゃあ、残りの2つは…(ここで1枚足りない生徒のことを思い出す)そうだ! K子さん、実は1枚足りないのはあなたのなんですよ。あなた、自分で写真を持ってない?

K子:ええっ!? あの時先生に返したはずですが…。

T:ええっ! そうかい? おかしいなあ。この袋の中に入ってないんだけど。先生がなくしちゃったかなあ…。

K子:(不安そうな顔をしている)

T:まあ、いいや。先生、もう一度探してみるね。

K子:(すまなそうに)すみません。よろしくお願いします。

T:(K子に)それで、あなたは自分がどこをはがしたか覚えてる?

K子:覚えていません。

T:じゃあ、しょうがないから今は40人のデータでいきましょう。次の「2」はどっちでしょう?

S:(反応がない)

L男:あの「1」はオレじゃないかなあ。

T:(L男ではないことを知っていて)さあ、どうでしょう? 「2」はどっちだ?

S:左下!

T:残念! 右下が「2」で左下が「1」です。

M男:先生、「1」は誰ですか?

T:それは言えないよ。言ったら「お前は変なヤツだ」ということになるかもしれないから。先生が言いたいのはね、こういう一見すると何でもないようなことの中におもしろいことがあるなあっていうこと。それは、人によってどこをはがすかということがちがうということです。

S:(感心しながら聞いている)

T:実はね、先週の金曜日の学年会でこのことを話題にしたら、担任団の先生方も「ああだ、こうだ」と言い出して、10分くらい盛り上がったんだ。それで、「こういうのって面白いと思いませんか?」って言ったら、ある先生に「そういうことを考える先生の方が面白いですよ」なんて言われちゃった。

S:(ニコニコしながら聞いている)

T:ただね、人によっては無意識に選んだ人もいれば、「ここを最初にはがすぞ!」って思ってはがした人もいると思うんだよね。そのあたりはどうだろう? さっき手を挙げてくれた人は、なんでそこを選んだか覚えている? I子さんは?

I子:勘です!

T:H子さんは? あの時は左上だと思ったんでしょ?

H子:今だったら「右上」を選ぶと思います。

T:どうして?

H子:なんとなくです。

T:なるほどね。先生はね、たぶん「左上」を選ぶな。なんでかと言うと、先生から見ると4つ並んでいる場合の一番は左上だと思うから。

S:(うなずいている生徒と「そうかあ?」と反対の表情をしている生徒がいる)

T:いずれにしろ、人間の行動っていうのには必ず何かわけがあるんですよ。何か言ったりやったりするときには必ず理由がある。たとえそれが無意識のものであったとしてもね。そういう人間の気持ちと行動の関係を研究する学問を何て言うかというと…

N子(元保健委員):心理学!

T:そう、そのとおり! 心理学っていうんだ。(黒板に「心理学」と書く)たださあ、どの写真を最初にはがすかなんていうことはどうでもいいことだよね?

S:(「まったくだ」と言わんばかりに笑いながらうなずいている)

T:ところがね、中には「ぜひこうした方がいい」ということを論理的に導き出せる心理学もあるんだよ。その中の1つにね、とても面白いものがあって、それを(黒板の「心理学」の左に「○○○の」と書いて)「○○○の心理学」と言います。この○○○の中にはカタカナ3文字が入ります。

S:(「さらに話が続くのか?」という顔をしている)

T:大丈夫。今日の話はもうこれで終わりだから。

S:(ホッとしたような顔)

T:それで、この○○○の中に入るカタカナ3文字は何か? 次回までに考えてきてください。では、今日はこれでおしまい。

S:(盛り上がったところで話を切られたためか、答えを考えているのか、ボーっとした顔をしている生徒が多い)

T:週番! 号令!

 

【こぼれ話①】

この日の話は久しぶりに大いに盛り上がり、生徒とのやりとりを活発に行うことができました。それは、投げかけた質問が自分に関係のある数字であったことや、誰でも公平に答えを言うことができるものであったことで、生徒の知的好奇心を刺激したからでしょう。また、数字の意味するところを少しずつ明らかにしていく手順もうまく生徒の好奇心をそそったようでもありました。もっとも、そういうことが起こるであろうことは事前にある程度予想していました。それは、会話の中にもあるように直前の学年会で担任団の先生方にもうけた内容だったからです。

 

なお、話し終えた時点で残りの話の内容を精査したところ、まだ多くのことを話さなければならないことに気付いたので、この時点で残りを2回に分けて話すことにしました。

 

【実際の会話②】6/29

T:一昨日は4つの写真のどれをはがすかという話をとおして人間の言動と心には何かしらのつながりがあるという話をしました。そして、そういうことを研究する学問があるということも話しましたね。その学問とは何でしたっけ?

S:心理学!

T:よく覚えていました。(黒板に「心理学」と書く)ところで、その心理学ですが、英語で何て言うか知っていますか?

S:(反応無し)

T:きっと聞いたことがある単語だと思うんですが、誰か知っている人はいませんか?

A子:(何かカタカナ語を言ったが聞き取れなかった)

S:(笑いが起こる)

T:(A子に)えっ?何だい?何て言ったの?

A子:何でもありません。

T:では、言いましょう。英語では「サイコロジー」と言います。

S:(「知っている」という反応はない)

T:あれっ?みんな聞いたことない?

S:(首を振っている)

T:そうですか。「サイコロジー」って言っても、「サイコロを振ってる爺さん」というわけではないよ。

S:(数名が笑うが、多くは寒いオヤジ・ギャグに冷たい視線)

T:では、英語のつづりは何だと思いますか?

B子:「s」「c」「i」…

S:(他の生徒もああだこうだと言っている)

T:ちょっと待って、何?「s」?

S:「s」「c」「y」…

B子:「i」でしょ?

T:(上記4文字を書いて)まあ、「y」も「i」もありかな。それから?

S:「c」「o」「l」「o」「g」「y」

T:(上記を言われたとおりに書いていき、「scycology」と書く)なるほどね。

 おしいなあ。実際のつづりはこうです。(「psychology」と書き直す)

S:ええ~!

T:そうなんですね。なかなか読めないし、発音どおりに覚えようとしてもダメなんです。だから、先生が高校生のときにどうやって覚えたっていうかというと?

B子:「プサイチョロギー」

T:すごい!さすが!つづりどおりだとそう読むよね。だけど、先生もそうでしたが、多くの人は「プシチョロギー」って言って覚えたものです。

S:(笑いながら)プシチョロギー!

T:その心理学ですが、前回のようにどうでもいいことではなく、きちんとした論理的な答えを出せる心理学もあるといいましたよね。そして、「○○○の」と書いて(「心理学」の左に「○○○の」と書く)「○○○の心理学」というのがあると言いました。

S:(うなずいている)

T:ここにはカタカナ3文字が入ると言いましたが、何だかわかりましたか?

S:(特に声は出ない)

T:わかるわけないよね?  では、ヒントです。家にも学校にもあるものです。

C男:(何かを言ったが覚えていない)

T:ちがいます。

D子:マンガ!

T:ちがいます。だいたい、マンガは学校にはないでしょう?

S:(その後は何も出てこない)

T:では、1文字だけ教えましょう。(2文字目に「イ」と書いて)真ん中の文字は「イ」です。

S:(数名の生徒がいろいろ言う)

E子:トイレ?

F男:トイレ、トイレ!

S:(「そんなはずはないでしょ!」と笑いが起こる)

T:そのとおり!トイレ!

S:えええええ~!

T:(残りの2つの○に「ト」と「レ」を書き込んで)これは「トイレの心理学」と言います。

S:えええええ~!

T:あっ、これはね、とても真面目な話なんですよ。それで、「トイレの心理学」と言ったらどういうことをイメージしますか? トイレの中で考え事をすることですか?

S:(「そんなバカな」という顔をしている)

T:もちろん、そういうことではありません。では、どういうことかを話しましょう。

 (トイレの見取り図の外周を描き、右下に入り口を描く)ここが入り口だとして、便器が5つ並んでいるとしましょう。(便器を横一列に5つ描き、右から順に1~5の数字を書く→5 4 3 2 1)

S:(描いている最中に「ああ!」だとか「わかった!」だとかの声が上がる)

T:おっ? もしかして何の話だか知ってるかい? これは男子トイレですが、便器をボックスだと考えれば女子トイレと考えてもいいと思います。

S:(「いったい何の話をするのか?」と少しあきれている)

T:そこで、問題です。このトイレに誰もいないとしましょう。あなたがそこに入って行ったら、何番を使いますか?

D子:4番!

S:(D子の間髪を入れない発言をきっかけにみんなが自分の好きな番号を言い出す)

T:ではですね。みんなにアンケートをとります。自分は1~5のどれを使うか。その時によってちがうという人は6番に手を挙げてください。では、1番の人?

S:(4~5人が手を挙げる)

T:2番の人?

S:(十数名が手を挙げる)

T:へえ、これが多いんだあ。では、3番?

S:(7~8名が手を挙げる)

T:じゃあ、4番?

S:(7~8名が手を挙げる)

T:じゃあ、5番?

S:(7~8名が手を挙げる)

T:じゃあ、そのときによってちがう、どれでもいいという人?

S:(誰も手を挙げない)

G男:なんだ、そういうのもあったんだ。

T:へえ、面白いねえ。ほぼどれも同じ人数なんだ。ということは、誰もいなければ均等に分かれるということか…。じゃあ、こういうことだったらどうだい? 誰か一人だけいたとしよう。どこにその人がいたら入りやすい?

H男:2番!

I男:4番!

T:えっ?本当かい?

D子:1番!

J子:5番?

T:ほお、J子さん、なんで5番なの?

J子:だって、安心できるから…。

T:へえ。J子さん、なんで安心できるの?

J子:(少し考えてから)ええと、一番奥だったら…、こういう場所では近くに他の人がいない方がいいからだと思います。

T:すご~い!そこなんですね。人間ってさ、いいことの場合は近くに寄りたがるけど、悪いこととか人に知られたくないことの場合は他の人から遠ざかろうとするんだよ。特に周りが知らない人ばかりだったりすると、基本的にはできるだけ遠ざかろうとする。例えば、電車に乗るときはどの席からみんな座る?

S:端っこ!

K子:なんか真っ先に端っこが全部埋まるよね?

T:そうでしょ? トイレなんてなおさらですよ。できるだけ人から遠ざかりたい。そうすると、一番安心できるのはどれ?

S:1番と5番。

T:でも、1番と5番にはちがいがあるんだ。どっちの方が安心できると思う?

S:(考えているようだが声はない)

T:1番はね。けっこう気になる場所なんだよ。だって、その人の後ろを通っていかなければならないでしょ?それから、1番の人からすれば自分の後ろを人が通るんだよ。

L男:後ろを通られたらなんか怖い。

T:そうでしょ? だから、5番が一番いいんですよ。

S:(「なるほど」と納得した様子)

T:じゃあ、次は何番でしょう?

M男:3番!

T:そういう考えもあるけど、3番より遠くて安心できるところと言えば?

B子:1番?

T:そうでしょ。次は1番ですよ。ここなら一人目から一番遠いし、入り口にも近いから入りやすいでしょ?

S:(「へえ、そうかあ」という反応)

T:じゃあ、5番と1番にいたら次は?

N男:4番!

T:う~ん、4番だと5番の人にくっつきすぎじゃない? これは3番でしょ。

S:(再び「へえ、そうかあ」という反応)

T:というふうに、後は4番、2番と順番に埋まっていくのが一番ストレスがない使い方なんですよ。こういうことを考えるのが「トイレの心理学」というものなんです。実は、この「トイレの心理学」は普通の生活にも応用できるんですね。

S:(「もうまとめに入ったと思ったらまだ続くのか?」という顔)

T:今日はこれでおしまいにしますが、次の時はどんな場面にそれが応用できるかを考えてみましょう。では、今日はこれでおしまい。

 

【こぼれ話②】

今日の話も一昨日と同じように生徒がよく食いついてきてくれました。話し始める前は前回の続きなので生徒が興味を示してくれないのではないかという危惧を持っていましたが、それは杞憂に終わりました。後は面白そうな話を含まない最後のまとめをどれだけきちんとできるかだと思います。そこで、少しばかり他のことを利用して聞く姿勢を作ってから話し始めることにしました。

 

ところで、今日の話をして感じたことは、論理的思考力に優れた生徒が多い本校の中でも特に知的好奇心が旺盛な自分のクラスの生徒であっても、対人関係を含んだ社会性が中心の話になると、社会生活経験の不足が露呈するものなのだなということでした。すなわち、彼らの思考は自己中心的な部分がまだ強く、他の人のことを考慮して行動するということにまでは状況分析が及ばないことが多いということです。

 

【実際の会話③】7/1

T:そういえば、今週の月曜日にあった指導会議に出たことを話していませんでしたね。

S:(ちょっとした緊張感が走る)

T:指導会議では授業に出ている先生からいろいろと意見をいただきました。個人的なことは面談時に話しますので、今日はクラス全体に関わることを話しましょう。

S:(それほど悪い話は出ないであろうと楽観している様子)

T:ほとんどの先生は5組の状態について好意的にとらえてくださっています。知的好奇心は高いし、意見はいいものを言ってくれるし、授業を妨害するようなひどい生徒がいるわけでもないと。ただ、ある先生がおっしゃったことが「なるほどそうだなあ」と感心するほど5組の様子をずばりいい当てていたように思いました。

S:(真剣な顔で聞いている)

T:それはね、基本的には5組はいいんだけど、いいときとそうでないときの波が大きいということです。例えば、他のあるクラスではいつもシーンとしている。また、あるクラスはいつも明るい反応が返ってくる。つまり、そのクラスのカラーがコンスタントに出ているとのことです。それに対して、5組はいいときはいいんだけど、そうでないときは落ち込むんだそうです。

S:(何人かの生徒が「そうだ!」と言わんばかりに笑い出す)

T:もうちょっと言うと、みんなが関心を持つような話だとそれこそどこのクラスにも負けないくらいこうやって(手で空中に波線グラフの頂点を示す)よく聞いている。ところが、自分たちの興味のない話になるととたんにこうやって(同じく底を示す)、スト~ンと落ちてしまう。その差が激しいとおっしゃっていたんです。

S:(「そのとおりだ!」という大きな笑いが起こり、みんなで顔を見合わせている)

A子:先生、誰が言ったんですか?

T:それは言えないね。でも、やっぱり自分たちでもそう思うかい?

S:(多くがうなずいている)

T:実は先生もそう感じているところがあって、終礼でこうして話しているときもすごく食いつきのいいときはどんどんみんなが何か言ってくれるけど、いったんつまらないなあと思うとほとんど反応してくれないもんなあ。

S:(どう反応していいか迷って笑っている)

T:ということで、5組の課題の1つはこれかなと思う。みんなも自分の興味が有る無しにかかわらず、もう少し辛抱強くいろいろなことに取り組むようにしなさい。では、みんながそういう辛抱ができるかどうかを試します。

S:(「えっ?いったい何?」と驚いたような顔をする)

T:これから先生が話をしますから、どこまで辛抱強くつきあえるか試してみましょう。

S:(「なんだ、そういうことか」という顔)

T:先生は、今週の月曜日と水曜日に人間の言動と心には関係があること、そしてその1つの例として水曜日には「○○○の心理学」という話をしました。何の心理学と言ったか覚えていますか?

S:トイレ!

T:そうでしたね。トイレの使い方をとおして、そのときの人の心のあり方、そしてそれを考えたときの理想的なトイレの使い方ということを話しました。あっ!みんな「トイレの心理学」って先生が勝手に考えたいいかげんなものなんて思っていないよね?

S:思ってないですよ。

T:そうか。もし興味があったらインターネット検索してごらん?英語だと toilet とか bathroomとか restroom psychologyで出てくると思うよ。

S:(「へえ、そうなんだあ」という顔をしている)

T:それで、今日はその話の最終回として、トイレの心理学が私たちの生活の中でどうやって一般化できるかということを話したいと思います。

S:(いやな顔をせずに聞いている)

T:ここにいるみんなの多くは電車通学していますよね。そうするとその人たちはほとんど毎日それを見ているか、あるいはたまにはそれを使っているのではないかというものがあります。いったい何だと思いますか?

B子:先生、それはホームにあるものですか?

T:そうそう、ホームにあるものです。例えば、有楽町線を使っている人だったら、護国寺のホームにあります。

C男:冷水器?

D子:冷水器だ!

T:えっ?冷水器なんてあったっけ?

D子:ありますよ。

T:どこに?

C男:階段の下です。両側から行くと真ん中にありますよ。

T:へえ、そうだったんだあ。先生は知らなかったなあ。今度使おうっと。ただ、冷水器ではありません。ちょうどこの間話したトイレと同じようなものです。でも、トイレではないですよ。         

S:(反応はない)                                             

T:(黒板に右のような絵と番号 54321 を書きながら)ちょうどね、トイレのときのようにこうやって横に一列に5つ並んでるものなんだけど…。

E男:ベンチ?

T:そう、ベンチ。

B子:JRにもありますよ。

T:まあ、JRにもあるだろうねえ。それで、地下鉄のはたいてい席が5つくっついているでしょ。それで、もし階段がこっち(絵の右側から矢印(←)を書く)のほうにあって、こっちの方から来るとします。そのとき、みんなならどこに座りますか?

F子:2番!

G男:やっぱり1番でしょ?

T:そういえば、トイレのときもそうだったけど、なんでみんは2番がいいんだろうねえ。ちょっと聞いてみたい気がするんだけど、今日はやめておこう。それで、一人のときの話をするとトイレと同じになっちゃうから、2人のときのことにしよう。みんなはたいてい友達と駅に行くでしょ?もし2人で行ってこのベンチに来たらどうやって座る?

F子:2番と3番!

T:どうして真ん中に座るかなあ…。

H男:2番と4番!

T:やっぱりそうやって離れて座るかい? ただ、まさか仲のいい2人で来て1番と5番ということはないよね?

S:(爆笑が起こる。数名が冗談で「俺とお前だ!」のようなことを言い合っている)

T:で、正解を言う前に…、これがきっと理想的ではないかということを言う前に、先生が2年くらい前に経験したことを話します。その日はね、夜遅くまで仕事をしていてクタクタだったんですね。だから、駅に着いたときはベンチに座りたいと思ったんです。ところが、すでにベンチには若い女の人が2人すわっていて…、そうだなあ、歳は20代真ん中くらいのOLかなあ…、その2人が座っていたから先生は座れなかったんですよ。いったいどうやってその2人が座っていたと思いますか?

I男:ベンチに横に寝転んでた。

T:そういう話じゃない。何番と何番に座っていたと思いますか?

S:(数名が「ああだ、こうだ」と言う)

T:正解は(〇④〇②〇と4と2のところを囲んで)2番と4番です。ただ、困ったことに座っていただけじゃなくて…

B子:荷物を置いていた!

T:そうなんですね。( 3と1のところを△で囲んで)こういう風に荷物を置いていたんですよ。そうすると、あとはもう5番のところしか座れないでしょ?(5番のところに×を描く)

S:(キョトンとしている)

T:残っている席がここじゃあ、座れないよねえ?

S:えええ~!

T:えっ? 座れる?

S:(「うん、うん」と大きく首を縦に振っている)

T:みんな、座れるの?

B子:座れますよ~。

T:そうかなあ。それはもし先生が若いイケメンの男だったらいいかもしれないけど、イケメンでもこんなおじさんだったら、となりの女の人はイヤだろう?

S:(自分を「イケメン」と言った部分に冷たい視線)

T:例えばだぞ、(一番前のB子の横に行って座る振りをする)こういう風に先生が横にピタッと座るんだぞ?

B子:(わざと身体を反対側にそらす)

S:(大爆笑になる)

J男:B子、お前、今本気でやっただろう?

S:(再び大爆笑になる)

T:(B子に)ほ~れ、見ろ。やっぱりいやがるじゃないか!

B子:(「してやったり!」と笑っている)

T:それにね、こんなにくっついて座っていたら、2人の会話が丸聞こえだから、それもあんまり気分がよくない。だから、先生は座らなかった。

S:(ニコニコしながら聞いている)

T:では、どうやって座ったらいいですか?

F子:1番と2番!

K子:4番と5番!

T:やっぱり、荷物をきちんと持って4番と5番だよね。(図の下の4番と5番のところに○を描く)あるいは、もし荷物を置くなら2人の間に置けば許せるかな。(さらに下の5番と3番のところに○、4番のところに△を描く)

S:(大笑いしたせいか疲れてきた顔をしている)

T:それで、なぜ先生がこんな話をしているかというと、実は先生がこのときに思ったことが重要なんです。どう思ったと思いますか?

S:(答えようがなくて反応がない)

T:それはね、「お前ら、もうちょっと考えて座れよ」なんです。

S:(ことばがきつかったので緊張が高まった顔をしている)

T:つまりね、みんなも、もしかしたら「おい、中学生、そこをどきなさい」って言われたことがある人もいるかもしれないけど、言われなかったからといってそれですんでしまっているわけではなく、言わないけれど心の中ではそう思っている大人がけっこういるかもしれないということを知っておくべきです。そういうことが度々あると、「まったくこの中学生たちはしょうがないなあ」と思われちゃうんですよ。

S:(下を向く生徒が出てきた)

T:そういえば、附属中の生徒が一番多く苦情を言われるのはどういうことか知っていますか?蒔田先生がときどき紹介しているでしょ?

L男:道に広がって歩くこと。

T:そう。音羽の坂を広がって歩いていて、苦情がくるやつですね。あれも同じことなんですよ。ただね、みんなもそれはわかっているんだろうけど、なかなかそれができない。先生も朝一緒に音羽の坂を上ってくるけど、しょっちゅう前を歩く生徒に「おはよう!」と声をかけて道を空けさせている。ところが、附属高校の生徒だとそういうことがないんだよなあ。帰り道で追いつくと、「人が来たぞ~!」とか「自転車が来たからどけ~!」って声を掛け合っている。

L男:そうそう、よく言ってる。

T:そうでしょ? だからね、おそらくはみんなも高校生になる頃にはそういうことができるようになるにちがいない。今はまだ中学生でそういうことに気付かないだけなんだと思う。だけどさ、せっかく今日先生がこういう話をしたんだから、今日からはそういうことを気にして行動できる人になってもらいたいな。それが今回3日間もかけて先生が話したかったことの結論です。

S:(納得したような顔)

T:今日も最後までよく話に付き合ってくれました。では、今日はこれでおしまい。

 

【こぼれ話③】

心配した3回目のまとめの話でしたが、話し始めのところでその後の話をしっかり聞かせるための導入の話を入れたので、今までなら飽きたような顔を見せがちな場面でもよく聞いてくれ、結論の部分を効果的に伝えることができたように思います。もっとも、その導入の話をする前に、その日のHRH(運動会に向けての準備)でのリーダーや全員の活動ぶりを褒め、かつ担任との絆を深めるようなリーダーの配慮があったことにふれ、その後の話を聞きたくなるような雰囲気作りにも気を遣いました。ただ、今回の話を成功させるためにそこまでやらなければならなかったのには疲れましたが…。

 

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