【きっかけ・ねらい】
この話は特に生徒に話す必要のないことでしたが、自分にとっては一大事であったので、「こんな話も聞いてくれる?」というようなスタンスで話したものです。つい一週間ほど前に50歳の誕生日を生徒に祝ってもらいましたが、その後、気持ちは若いつもりでも体力的には厳しくなっていることを実感させられることが続いたので、そうした事実を伝えるのもいいかなと思って話しました。もちろん、41名という大人数の生徒を相手にして、パワーバランスを生徒側に自ら傾けてしまう可能性のある話をすることは得策ではないという思いもありましたが、自分のいろいろな気持ちを吐露する姿を見せることでこれまでにない効果もあるのではないかと考え、話すことを決断しました。
【手順・工夫】
どうでもいいような話をきちんと聞いてもらうためには、嘘をつかない範囲で少し劇的に話をする必要があるので、自分にとっては恥ずかしい内容の話ではありましたが、楽しんでそれを話しているという雰囲気を出すようにしました。
【実際の会話】6/9
T:先程の週番の反省では「先生がいなくてもきちんとしましょう」という話があったくらいですから、昨日、一昨日は終礼がうるさかったようですね?
S:(訴えるようにうなずいている生徒と下を向いている生徒がいる)
T:2日連続で終礼を留守にしてすみませんでした。昨日の終礼は元々午後から出張する予定だったので、どちらにしろ終礼には出られないことがわかっていましたが、朝からいなかったのは予定外でした。また、一昨日の火曜日は朝はいましたけど、終礼時は事情があっていませんでした。なぜそういうことになってしまったかというと…、先生にとっては人生初の一大事を経験してしまったからです。
S:(全員が「いったい何があったんだろう?」という顔でこちらを見ている)
T:何があったかというと…、誰か他の先生から聞いていますか?
S:(首を振っている)
T:他のクラスでは授業の最初に英語で話をしたんですが、みんなにはきちんと日本語で説明します。実は、月曜日の夜に大変なことがあったんです。
S:(真剣に聞いている)
T:夜10時過ぎのことだったんですが、いつものように学校で仕事をしていて、側面黒板に貼ってある総合学習のコース発表用紙を完成させた直後に急にこのあたり(へその左側付近を押さえる)が痛み出したんですね。
A子:ええ~!
T:それで、これはお腹でも壊したと思ってトイレに行ったんですが…、あっ、こんな話をしてすみませんけど…、何も出なかったんですよ。
S:(どう反応していいかわからない様子)
T:それどころか、益々痛みがひどくなってきて…。その時にね、自分の父親も同じような痛みで七転八倒したことがあったのを思い出したので、もしかしたら自分も同じ症状かなって思ったんです。それで、もう痛くて痛くて我慢できなくなってきて…。
A子:ええ~!
T:このまま失神でもしてしまったら大変だと思って、誰かいないかと探していたら、ちょうどAA先生(学年主任)が体育科準備室にいらしたんですよ。それでAA先生に痛くてしょうがないという話をしたら、「救急車を呼びますか?」と言われたので、しばらく我慢した後で「すみません、お願いします」って言って、119番してもらったんです。
S:ええ~!
T:そうしたらね…、救急車って本当に早く来るねえ。
S:(あまり深刻ではない話を出したので笑いが起こる)
T:手ぶらで乗っていくわけにはいかないから、すぐにかばんと上着を取りに準備室へ戻ったら、もうサイレンが聞こえてきたもんなあ。
S:(「へえ、そうなんだあ」と感心している顔)
T:それで、急いで門の外の所に出て行ったら救急車が来て、「どなたが病人ですか?」って言うから「私です!」って元気に言って…。
S:(笑いが起こる)
T:いや、本当は痛くて痛くて顔をゆがめて言ったんだよ。
S:(ニコニコして聞いている)
T:それから、AA先生が「一緒に乗っていきましょうか?」って言ってくださったん だけど、私の方から「けっこうです」って断ったんだ。だって、一緒に乗っていってもらったら、AA先生も帰れなくなってしまいそうだったから。
S:(「なるほど」と納得している顔)
T:それで、救急車の人があっちこっちに電話してくれて、結局は近くにある都立大塚病院に搬送されたです。
S:ええ~!
T:いやあ、今までに生徒の付き添いをしたり、自分の子供のために乗ったことはあるけど、自分のために救急車に乗ったのは初めてだったなあ。
S:(笑いが起こる)
T:でもね、救急車の人ってすごいねえ。まずはね、私が気を失わないようにするためだったと思うんだけど、とにかく続けざまに話しかけてくるんですよ。こっちは痛くて苦しんでいるんだけど、話しかけられたら答えなきゃいけないと思って、痛みをこらえながら一生懸命答えていたんですね。そうしたら、「それだけ話ができるなら大丈夫だ」だって。
S:(笑いが起こる)
T:それからね、実は病院に着いた頃には痛みが治まっちゃったんですよ。
S:(笑いが起こる)
T:なのに、ずっと一緒にいてくれようとしていたので、救急車の人に「もう結構ですからお帰りください」って言ったら、「いや、医者に引き渡すまでそれはできないんです」って言って、診察が始まるまでいてくれたんです。なんか申し訳なかったなあ。
S:(ニコニコしながら聞いている)
T:それから何があったかというと、尿検査をして、血液検査をして、レントゲン撮影をして、エコー検査をして…。全部終わったのが1時近くだったんです。ところが、入院させてもらうわけでもなく、追い出されちゃったんですね。でも、夜中の1時っていったら、電車だって動いてないし、結局帰宅できなかったんですよ。
S:(少し飽きてきた様子)
T:それで、仕方がないから、大通りに出て、タクシーをつかまえて、学校に戻ってきて、鍵を開けて、英語科準備室に入って、結局朝までそこで寝てしまいました。火曜日の朝教室に来たときは、その後だったわけです。
B子:先生、それで結局何だったんですか?
T:それはね、やっぱり自分が予想していたとおりのやつで…。(黒板に腎臓を表す2つの○を描く)これが腎臓。腎臓って左右に2つあるのを知っているよね? そこからこうやって管が伸びている(尿管の絵を描く)。そうするともう1つ袋がある(膀胱の絵を描く)。ここからもう1つ管が伸びている(尿道の絵を描く)。それで、ここ(尿管の場所)に小さな石がつまってしまったらしく、それで尿がここにたまってしまって、パンパンになって痛かったらしいんだ。
A子:ええ~! 痛そう~。
C男:尿管結石ですね?
T:おっ、よく知ってるね。
D子:えっ? 何、それ?
C男:だからさ、あそこに石ができちゃうんだよ。
D子:なんでそんなものができちゃうの?
C男:尿の中にあるカルシウムだったか何かが固まるんだよ。
T:(本当にそうかどうかも知らずに)へえ、すごいねえ。よく知ってるねえ。
C男:(得意げな顔をしている)
T:それで、病院に着いた頃には痛くなくなっていたから、きっと石が流れちゃったんだろうね。
D子:えっ? 先生、石が出てきたんですか?
T:いや、出てこなかったし、検査でも見つからなかった。
E子:じゃあ、なんでそうだとわかったんですか?
T:尿検査で血が混じっていたからきっとそうだろうって。
S:(「へえ、そんなものか」という顔をしている)
T:まあ、とにかくひどい目に遭ったよ。先週50歳になったばかりだけど、50になったとたんにこれだもんなあ。気持ちはまだまだ若いつもりなんだけどなあ。
S:(ニコニコしながら聞いている)
T:気持ちは若いっていえば、先週も歳をとったなあということがあったなあ。中庭でさ、バレー部の子が練習していたから…、(正面一番前のA子に)主将のあなたはいなかったけど、○○さんとか、△△さんとか、ええと…、
A子:□□ちゃんですか?
T:そうそう。3人がいたから、一緒にやろうって言って入れてもらって、最初は調子よく、こんな感じで(レシーブのジェスチャーをする)格好良くやっていたんだけど、ボールが後ろにちょっとそれた時に後ろに下がったら、足が引っかかってそのまま後ろにバターンって倒れて頭を打っちゃった。
S:(どう反応していいか困っている様子)
T:昔取った杵柄っていうか、自分ではけっこうできると思ってやってたんだけど、身体がついてこなかった。そのシーンをこのクラスの男子数名にも見られたよね?
F男・G男:(顔を見合わせて何か言い合っている)
T:あのときさあ、その男子たちにゲラゲラ笑われたのを覚えているんだけど、特にF男くんの笑い声がよく聞こえたなあ…。
S:(笑いながらF男を見る)
F男:(みんなの視線を受けてバツが悪そうに笑っている)
T:というわけで、気持ちは若くてもいつかは身体がついてこなくなる日が来るという話でした。みんなのお父さん、お母さんも同じような経験をしている人がいるかもしれないし、これから経験するかもしれないので、そういうときはみんなが助けてあげてください。今日の結論はそれです。では、これでおしまい。
【こぼれ話】
今回の話はほとんど教育的価値のない話でした。ただ、全体をとおして緊迫感と脱力感を交互に織り交ぜた話ができたので生徒もよく聞いてくれ、話し終えたときの気分としては、比較的大きな満足感を得ることができました。
なお、こうした個人的な話を親身になって(?)聞いてくれてよく話しかけてくれる女子が終礼後にやってきて、彼女の父親も30代後半に尿管結石で苦しんだ経験があるとのことを話してくれました。実は、これまでも何度か話し終えた後にその内容に対して「自分もそうだった」とか「自分の家族もそうだった」というような話をしてくれる生徒がけっこういました。そのような生徒達には私がみんなに話しかけている間にそのことを話題にしてくれれば対話がもっと盛り上がったのにと思うことがしばしばありましたが、生徒からすれば自分のプライバシーに関することを仲間の前でさらすことには抵抗があるようでした。ただ、そのような事実からすると、これまでの話題には自分の体験とからめて関心を持ってくれていたのだなあと思いました。
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