【きっかけ・ねらい】
今回の話は、運動会前に話しておくべき大切なことの第2弾として企画したものです。
すなわち、運動会は勝つことが大切なのではなく、全員が元気で楽しく参加できることが大切なのだということを明示的に話そうとしたものです。前回の話(「38.口出しせずにはいられない(運動会に向けて①)」)では、そのことをはっきりと伝えられなかったので、改めてその機会を作ることにしました。
一方、運動会前日の英語の授業では日頃の学習の成果を発表する「リーディングショー」という音読テストを行う予定でいました。前回(6月)の発表では練習不足が明らかな低調な発表しかできなかったので、運動会への積極的な取り組み姿勢を評価して、学習面でも努力する姿勢を見せるよう指導し、良い発表ができたことを感じさせて、やや苦手意識のある英語学習への自信を取り戻させようと思いました。
【手順・工夫】
まず、生徒がこちらの話を聞こうとする気持ちになるように、生徒のプラス面を評価する話から入ることにしました。次に、けがや病気等で調子を悪くしている個人を心配することで、運動会の真の目的に対して担任がどのように考えているのかを間接的に感じさせるようにしてみました。そして、生徒が話を聞く気になった頃を見計らって、最も大切なことを明示的に示すことにしました。また、他のチームがやっていない楽しいことを仕込むことで、生徒の結束力を一層高めると共に、担任が生徒の活動に深く関わろうとしていることを印象づけるようにしてみました。さらに、運動会の話が一段落したところで、それに関連させるように英語の発表活動の話題を出すようにしてみました。
【実際の会話】9/13
T:今、週番からの反省にもありましたが(注:学級週番よりこの日の反省として「今日は3時間も運動会の練習があったわりに、他の授業も頑張っていたと思います」という発言があり、みんなから拍手が起こった)、みんな疲れてませんか?
S:(数名が「疲れました~!」と言う)
T:そうだろうねえ。だから、まあ、さっきからちょっと終礼がだらけていたのもしょうがないかなあと見逃しました。とは言え、きちんとしなきゃいけないところはきちんとしてほしいので、運動会が終わったらまた厳しく言うぞ。
S:(多くが下を向く)
T:ただね…、全体としてみると、みんなはクラスとして成長したなと思います。
S:(多くの顔が上がる)
T:それをどこで感じたかと言うと…、昨日の5時間目の授業です。
S:(一瞬の沈黙が走る)
A男:先生、昨日は休みです。(注:前日9/11は本校の開校記念日で自宅学習だった)
T:(あわてて)ああ…、一昨日の5時間目。
B子(チームリーダー):体育の時間!
T:そう。あの時間に先生が授業を見に行ったでしょ?
B子:先生、来てた!
T:あの時のね、みんなを見て…。男子は男子で固まってしっかり相談してたでしょ? 女子もしっかり話し合ってたし…。「ああ、みんな成長したなあ…」って。「もう自分の出る幕はないなあ」と思って、すぐに帰っちゃった。
C男:ええ~! 怖い顔をしてたから、てっきり先生は怒っているのかと思ってた! 「イカダ(学年種目の『いかだ下り』という競技)が遅い」って。
T:ちがうよ。あんなに速く走れるのに、そう思うわけないじゃん。それより…、なんて言うか…、あの時は…、本当はみんなに何かアドバイスしてやろうって意気込んで行ったんだけど、みんなだけでしっかり話し合っている姿を見たら、これは自分の出る幕はないなと…。つまり、何て言うか…、その場に居辛くなって帰ったというわけ。
S:(ニコニコしながら聞いている)
T:あれだけちゃんとやってれば、結果は自ずと付いてくるでしょう。というか…、もう勝つとか負けるとか関係なく、あそこまでできるようになった君たちだから…、たとえ勝てなかったとしても、運動会をやる意味はあったなと思って。
S:(真剣な顔で聞いている)
T:まあ、本番まであと2日だから…、みんなけがをしたりしないように。今のところ、けが人が数人いるけど…。(見回して、A男に)A男くん、足首の方は大丈夫かい?
A男:足は大丈夫です。でも、腰がヤバイっす。
T:やっぱり、腰が痛いかい? (注:A男は陸上部の練習で腰を少し痛めていた)
A男:走るとマジ痛いっす。
S:えええ~!
T:まあ、そう言ったって、君は走るんだろ?
A男:はい。
T:そう言うと思った。でも、無理はするなよ。
A男:はい。
T:(B男に)B男くん、腰や頭の痛みは大丈夫かい?
B男:(恥ずかしそうに)はい…。
S:(笑いが起こる) (注:A男は一昨日6限の授業中に後ろに転げてけがをした)
T:(C男に)C男くん、もう指の骨折は大丈夫かい?
C男:はい。
T:それから…、あとは誰だっけ…?(見回す)
D子:(E男を指して)先生、E男くん。
T:ああ、そうだった。ごめん、ごめん。(E男に)指はどうだい?
E男:指じゃなくて、手首です。
T:ああ、そうだったね…。大丈夫かい?
E男:たぶん、大丈夫だと思います。
T:他にけが人はいないかい?
S:(答えはない)
T:いないようだね。けが人はそのくらいのようだけど、体調を崩している人もいる。
F子さんは…、一昨日から熱を出してお休みだけど…、さっき電話したら、明日は来られるそうです。お母さんが本人は運動会を楽しみにしていると言ってました。
S:(女子数名が「よかった~!」という声を上げる)
G子:熱を出してたんだ…。
T:まあ、ここんとこ天候不順だったからねえ…。あと、H子さんのことなんだけど…。
S:(長欠のH子のことにふれたので、緊張が走る)
T:H子さんと最近話したんだけど、彼女も運動会に出たいとは思っているようで…。
だけど、競技には参加できそうにないと…。でも、チームパフォーマンスならできるかもしれないと言ってて…、もしかしたら来るかもしれないから、もし来たら教えてあげてください。
S:(数名がうなずくが、多くは反応に困っている様子)
T:H子さんが運動会に出ようと思ったのは…、さっきも連絡をしてくれる人が何人か手を上げてくれたけど…、そうやってちゃんと連絡をしてくれるので…。誰かこんな曲を使ってこんな踊りをするんだって教えてあげてくれたんだって?
I子(対象の生徒):(隣の男子と話をしていて、こちらを見ない)
T:そうやって話してくれたので、(運動会に)来ようと思ったようです。
S:(反応に困っている様子)
T:ところで、さっきリーダーが…、J子さんが言ってた応援っていうのは、いつやるやつ? 開会式の時の?
J子(パフォーマンスリーダー):3回あるんです。1回目は開会式のときで…。2回目は…。
K男(チームリーダー):2回目は「チームパフォーマンス」の前です。
J子:3回目は「選手リレー」の前です。
T:じゃあ、それ以外の時は?
S:(キョトンとしている)
T:競技を応援している時のは?
L子(チームリーダー):ないです。
T:じゃあさ…。もし、どんなものでもいいって言うんだったら、1つ先生から提案があるんだけどなあ…。
S:(数名が「おお?」と言って強い関心を示す)
T:あのね…、赤組になったらぜひやってみたいとずっと思ってたやつなんだけど…。
S:(目をキラキラさせながらこちらを見る)
T:かけ声は何でもいいんだけど、リズムはこんなやつ。(プロサッカーチーム「浦和レッズ」のサポーターが「うらわレッズ!」のかけ声の後に「パパンパ、パンパン」と手を打つ合図をする)
S:おおお~!
T:これにね…、そうだなあ…、例えば…、「赤組ファイト!」パパンパ、パンパンみたいに…。
S:おおお~!
T:えっ? けっこう気に入ってくれた?
S:(数名が嬉しそうにうなずく)
T:じゃあ、みんなでやってみようか?
S:(背筋を伸ばして準備の態勢になる)
T:先生が「赤組ファイト!」って言ったら、(たたきながら)パパンパ、パンパンってたたいてみて。行くよ! 赤組ファイト!
S:(嬉しそうに大きな音で手をたたく)
T:赤組ファイト!
S:(嬉しそうに大きな音で手をたたく)
T:どう?
S:おおお~!!
M子:これ、ずっとやるんですか?
T:いや、ずっとやってたら手が痛くなっちゃうから…。
S:(ニコニコしながら聞いている)
T:ただ、みんなで応援しようっていう時は、誰かに音頭をとってもらってやるといいと思う。
B子:(うなずく)
T:いやあ…、これねえ…、みんなに紹介しようかどうか迷ってたんだけど、さっきね、
リーダーが配った広報紙のね、タイトルを見たらね、これはやるしかないって思ったんだね。
S:(多くが件の広報紙を見る)
T:タイトルがさあ、"The Reds" ってなってるでしょ? これとね、さっきの手拍子は関係があるんだよ。それとね、当日の先生の格好も関係あるんだなあ…。
S:おおお~!!!
T:さ~て、先生は当日どういう格好をしてくるか、お楽しみに!
A男:(何か言う)
S:(笑いが起こる)
T:何? 何だって?
A男:休む!
S:(再び笑いが起こる)
T:「休む」って…、それはどういうこと?
A男:先生のことだから、またみんなを期待させておいて、当日休んじゃおうなんてことをするんじゃないかと…。
S:(爆笑が起こる)
T:(笑いながら)先生がそんなことをするわけないだろ? 第一、今まで期待させておいて休んだことなんかないし…。まあ、楽しみにしていてください。拍手と(広報紙の)タイトルと先生の格好は、あることでちゃんと関係がありますから…。
G子:それって、浦和レッズということじゃないんですか?
T:(ズバリ言われたが、無視して)とにかく…、明後日それがわかります。
S:(G子の発言で多くが何かに気づいたのか、静かになる)
T:でだ…。そんな元気なみんなに…、運動会当日よりも前にプレッシャーをかけておこう。それは明日の英語の授業だ!
B子:もしかして、リーディングショー?
(注:「リーディングショー」とは年に数回行う公開音読テストのこと)
T:ピンポーン!
S:(そのことで大騒ぎになる)
T:すでに5組と3組でやったんだけど、両方ともすごく上手かったぞ~! ということで、1組にも期待しています。
S:(どう反応していいかわからず、互いに顔を見合わせる)
T:前回、終わった後に先生がみんなに何て言ったか覚えてる?
S:「下手くそ~!」
T:よく覚えてたなあ~。よっぽど印象に残ったようだなあ~。まあ、「附属中に来てから20年間で一番下手くそだ!」って言ったからねえ…。
S:(笑いながらうなずく)
T:たださ、才能がないという意味じゃないって言ったよね?
S:練習不足~!
T:そう、明らかに練習不足。だから、今回は今から言っておくからね。しっかり練習してくるんだぞ。
S:(数名が「はい」と言う)
T:(強く)いいですか?!
S:(ほぼ全員が大きな声で)はいっ!
T:よろしい。じゃあ、おしまい。
【こぼれ話】
件の「当日の格好」とは、上に浦和レッズのレプリカ・ユニフォーム、下に黒のサッカーパンツと真っ赤なサッカー用ハイソックス(以上、息子から拝借)、頭には赤組のはちまき、首には浦和レッズのタオマフ(タオル生地マフラー、妻から拝借)という、浦和レッズ・サポーター以上に全身を真っ赤に着飾ることでした。当日、そんな出で立ちで生徒の前に出たところ、予想以上の反応があって嬉しい気分になりました。
実際の運動会では、全員がよく頑張りました。そして、学年種目は「クラスリレー」と「いかだ下り」が総合1位、「じゃんぷロープ走」が2位と、赤組(1組)連合の競技優勝に大きく貢献しました。また、競技中もお互いに声を掛け合って励まし合っている場面が随所に見られ、担任としては競技に優勝したことよりもそちらの方が嬉しく思いました。後者のことについてはその日の終礼で生徒に伝えましたが、その時の生徒は、「結果よりも過程を大切にしている」と語っているような顔をしていました。
一方、英語の時間のリーディングショーでは、前回より数段上手になった生徒が大勢いました。特に、日頃から生活態度がややいい加減であった男子数名が、それと不釣り合いなほど(?)一生懸命取り組んでいたのがとても印象的でした。
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