37. 第4の段階(合唱発表会に向けて②)

【きっかけ・ねらい】

この話は、12月に行われる合唱発表会に向けて、担任としてできるサポートは何かを考え、時期に応じて生徒の取り組み姿勢を少しでも向上させようとして話したものです。実は、選曲の時点で一度それに関わる話をしたのですが、その時は自分の描いていたような展開にはならなかったので(「35.私には夢がある③(合唱発表会に向けて)」参照)、今度は側面から活動を支えるという視点で関わってみることにしました。

 

なお、本校の合唱発表会はあくまでも音楽科の授業の延長としての行事であり、かつては学級担任が関わること自体が御法度とされていたのですが、ここ数年は保護者にも公開する大きな行事となっており、今年はさらに3年に一度の文京シビックホールでの開催ということもあり、生徒に少しでもよい発表をしてもらいたいという思いで関わることにしました。さらに言えば、合唱はその練習時における生徒の取り組み姿勢や生徒間の葛藤が学級経営に大きく影響することを前任校で学んでいたので、学級担任としてはそれを教科担任に任せっぱなしにしてはいけないという思いもありました。

 

【手順・工夫】

選曲が終わって、音楽の授業での活動が始まってから本番まで約1ヶ月がありました。音楽科の先生は本番に向けて生徒をじっくりと育てていきたいという方針で指導をしているとのことでしたので、私も生徒の上達段階を見極めながら、その時に応じた話をして生徒の気持ちを盛り上げるようにしようと思いました。

 

あと、これは教科担任の先生に対して越権行為となるので申し訳ないことなのですが、授業時間の枠を越えた終礼という場面で代表生徒が右往左往して困っている姿を目の当たりにすると、授業以外の時間に担任が手を入れないと学級集団が壊れてしまいそうな不安感を覚えたので、生徒の自主的活動を重んじる教科の指導方針とは合わない部分があることを承知の上で、‘学級指導の一環’として本活動に関わらせてもらいました。

 

なお、長期間にわたって指導したので、結果的に6回も話すことになりました。

 

【状況1】

研究協議会前日のHRHで、1時間分をクラスで自由に使える時間があったので、その前半の部分で担任に対してクラス曲の初披露をしてもらいました。ところが、女子は声を合わせるのがやっと。男子に至っては歌詞を覚えていないこともあって、ほとんど声が出ないという状況でした。直後にクラス責任者(女子)に話を聞いてみると、授業中の練習があまりうまくいっておらず、特に男子はほとんど遊んでいて練習になっていないとこぼしていました。

 

この状況を目の当たりにしてしまうと、担任としてそれでよしとすることはできず、事態を打開するために何か動機付けになるような話をしようと思ったのです。

 

【実際の会話①】11/12

T:さて、合唱発表会のことだけれども、今日のHRHのみんさんの歌を聞きながら、いろいろなことを考えていました。

S:(「やはりそのことの話になったか」のような顔をしている)

T:本校では合唱発表会は音楽科の授業の延長であるという行事で、担任は基本的には口出しをしないことになっているんですが、先生としては前の学校でけっこう合唱コンクールに力を入れていたから、どうしても口出しをしたくなっちゃうんですね。だから選曲のときも口出しさせてもらいました。

S:(ニコニコしている)

T:それで、今日のみなさんの練習を聞いているうちに、合唱には4段階あるかなあなんて思いつきました。

S:(「いったいどういうこと?」と関心を示している)

T:つまりですね…、たった今思いついたことなのでうまく言えないんですけど、素晴らしい歌声を響かせてくれるようになるまでには4段階あるのかなということです。

S:(「何だろう?」とすでに頭を働かせて聞いているようである)

T:第1段階は、「上手に歌えるようになる」です。歌詞を覚えて、音程がしっかりとれて。まあ、歌としてある程度のレベルで流れるようになる。

S:(「へえ、そうですか」ととりあえず納得している様子)

T:第2段階は…、そうですね…、「美しく歌えるようになる」でしょうか。みんなの歌が、ただ歌っているというというのじゃなくて、美しいハーモニーとして聞こえるようになるレベルです。

S:(「その上は何?」という関心をもって聞いている)

T:第3段階は、「心を込めて歌えるようになる」かな。歌詞の意味をきちんと理解して、自分はどのように歌ったらいいかということを考えながら、気持ちを込めて歌えるようになるレベルです。

S:(話の流れが想像できるのか、次の段階が不明なのか、目の輝きが少し落ちる)

T:それで、第4段階というのは…、もう第3段階までで十分という感じがするでしょ?

 でも、先生はね、その上の段階があるなって思っているんです。

S:(みんなの目の輝きが増す。関心の度合いが高まったのがわかる)

T:それで、それは何だと思いますか?

A子:(ニコニコ顔で元気に)楽しく歌う!

T:う~ん、なるほど、「楽しく」ね。まあ、結果的にはそういうことになるかもしれないけど、先生が考えていることとはちょっとちがいます。

A子:(半分当たった嬉しさと正解でなかった残念さを含んだ表情をしている)

S:(他の生徒も周りと相談しながら何やらぼそぼそ言い始めた。)

T:今日はね、それをみなさんに話さないようにします。みなさんの練習風景を見ていて、第3段階になったかなと思ったら、その上を目指してもらうために改めてそれを話すことにしましょう。

S:(「な~んだ、またはぐらかされた」という顔で笑っている)

T:それで、そういう意味で今日のみなさんの合唱を評価してみると、まだ第1段階にもなっていないというところかな。女子の声もバラバラだし、男子は全然声が出ていないし。まあ、はっきり言って人に聞かせるレベルでないことは明らかです。

S:(自分たちもわかっているらしく、苦笑いより明るい笑顔である)

T:ところで、みんなはどういう練習をしているの?

B男:パートごとに練習しています。

T:じゃあ、伴奏とかはどうしているの?

C子(責任者):そのパートの中の誰かが弾いているんですけど、男子の片方に弾ける人がいないんです。だから男子が遊んじゃって…。

T:(それ以上のことを公に言わせてはまずいと思い)ああ、そう。じゃあ、それは何とかしないといけないね。先生に1つアイデアがあるから、後で責任者と伴奏者は先生のところに来てください。

C子:はい。

D子(伴奏者):(うなずいている)

T:それからさ。みんなは歌う前に発声練習ってやってる?

S:やってませ~ん。

T:えっ?そうなの?いきなり歌っているの?

S:そうです。

T:発声練習って…、例えば、「ア~ア~ア~ア~ア~」(ド・ミ・ソ・ミ・ドの5音を歌う)って低い方から高い方へ声が出なくなるまでやるやつだけど、これ知らない?

S:知りません。

T:じゃあ、もし今日の終礼の後に練習するっていうなら、先生が音頭をとって教えてあげるよ。これは先生が高校の音楽の時間で毎回授業の最初にやってたことだから。

S:(期待感をにじませている生徒もいれば、面倒くさそうな顔をしている生徒もいる)

T:では、今日はこれでおしまい。

 

【こぼれ話①】

責任者の提案で、「さようなら」の後にクラス曲の練習をすることになったので、全員が合唱隊形に整列した状態で、上記で話した発声練習の方法を教え、私が先頭に立って一緒に発声練習をしました(シンセサイザーを英語科から持参し、伴奏者に音を出してもらいました)。生徒はこの練習がとても新鮮に感じたらしく、楽しそうに大きな声を出していました。そして、その後に歌ったクラス合唱は、気持ちが高揚したのか、HRHのときとは見違えるほど上手になっていました。一方、練習後、音取り練習が難しい男子のために、伴奏を録音したテープを作ってはどうかと責任者に提案しました。

 

その後に英語科準備室に戻ると、英語科のAA先生とBB先生から「あの素敵な歌声はどこから聞こえてきたのかと思ったら、先生のクラスだったんですね」と嬉しいコメントをいただきました。そこで、翌週の月曜日の終礼でそのことを生徒に話すと、とても嬉しそうな顔をしていました。

 

【状況2】

この日のHRHでは、初めて学年全体で集まってそれぞれのクラスが学年合唱曲を披露しました。後に学年全体で歌ったときは、学年主任のCC先生が上手に生徒のやる気を高めてくださったので、歌声が美しく講堂に響き渡りましたが、最初にステージ上でクラスごとに歌ったときは、どのクラスも練習不足であまり上手ではありませんでした。5組は、一番元気なクラスだと評判の3組と同等くらいかなという程度で、出だしとしてはまあまあかと思いましたが、男子の声があまり出ていなかったことと、全体にまだバラバラなように感じたので、そこを何とか改善させる話をしようと思いました。

 

【実際の会話②】11/19

T:以前、合唱には4段階ありそうだという話をしたのを覚えていますか?

S:(みんなうなずいている)

T:そうですか。では、第1段階は何だったでしょうか?

A子:楽しく歌う!

B男:面白く歌う!

T:そうじゃないでしょ?

C男:上手に歌う。

T:そう、「上手に歌えるようになる」。じゃあ、第2段階は?

D子:心を込めて歌う!

E男:それは第3段階だろ?

F子:きれいに歌う!

T:う~ん、おしい!それでもいいんだけど、確か先生は「美しく歌えるようになる」と言ったはずです。それで、第3段階はD子さんが言った「心を込めて歌えるようになる」でした。

S:(話の流れに対してようやく頭の中が整理できたという安堵感が漂う)

T:さ~て、では第4段階は何だと思いますか?その後何か思いつきましたか?

A子:聞いている人を楽しませる!

T:ほ、ほ~。それもいいねえ。でも、ちがいます。

E男:心の底から歌う。

T:おっ!近いのが出たな。でもね、それもちょっとちがうんだなあ。あのさ、先生の性格からして…、それからこれまでの話からして…、何を言いそうかって想像できる人はいない?

S:(…)

T:まあ、いいや。それでね、その第4段階に関わることなんだけど、先生がどう思っているかのヒントを月曜までに用意しておこうと思います。

S:(「いったい何だろう?」という関心のある顔をしている)

T:月曜日に学校に来ると、教室の中が一部変わっていることに気付くでしょう。それがヒントです。

G男:じゃあ、オレ、今日下校まで残ってようっと。

T:残念でした。その作業はみんなが帰ってからやります。

G男:(悔しそうな顔をして)ちぇっ!

T:ところで、今日のHRHの学年合唱ですが、最初はどうなるかと思ったんだけど、CC先生が「そんなんでいいの?」っておっしゃってから、もう一度歌ったときはなかなかいい響きをしていましたね。

S:(けなされたのかほめられたのかわからず、どう反応していいかわからない様子)

T:それで、実は先生もみんなと一緒に音合わせのときに声を出してみたんだけど、バス(Bass)は…、あれは出せないねえ。「ア~」(実際の低音を出す)でしょ。1つ上の「ア~」(1オクターブ上の音を出す)なら出るけど、「ア~」(低音)は出ないなあ。ちょっとバスの人、一緒にやってみて。せ~の、「ア~」。

S(バスの男子):ア~(小さくてほとんど聞こえない)。

T:そうだよね。この音を中2の男子が出すのは難しいなあ。でも、だからといって、それでいいということを言っているわけではないよ。難しいからこそ、あの音をきれいに出せたらすごいぞ~。だから、バスの人たちは頑張ってください。

S:(バスの男子は恥ずかしそうにしている。他の生徒はあまり関心がなさそう)

T:それから、クラス単位で学年曲を歌ったけど、このクラスはどういう風に聞こえたと思いますか?

S:(急に全員の顔色が変わり、高い関心を示しているのがわかる)

T:他のクラスの先生は整列指導をしたり、自分のクラスと一緒に移動したりしていたけど、先生は5クラスとも定点で聞いていたんですね。そうじゃないと、ちがいがわからないからです。仕事をせずに同じ場所にいたなんて、自分のことしか考えない肥沼先生らしい行動でしょ?

S:(笑っている生徒もいるが、反応に困っている生徒もいる)

T:それでね。全クラスを同じ場所で聞いていた私からすると、今日の段階では5組が一番だったかな?

S:(いきなり言われて驚いた顔をしている)

A子:えっ?3組よりよかったんですか?

T:3組もよかったと思うけど、みんなの方が上だったと思うな。

S:オ~!(大きな歓声が上がる)

B子:やった~!

T:ただね、そのほとんどは女子のおかげかな。女子は声も大きくてきれいだった。

S:(女子は満足げに笑っている。男子は顔を見合わせて苦笑いをしている)

T:なんて言うと男子が落ち込んじゃうけど、男子はどこのクラスも同じだね。まだまだどこもダメだ。まあ、さっき言ったようにバスがすごく難しいからねえ。だから、男子が出るようになったクラスはきっと上手に聞こえるようになると思います。

S:(男子はより強いプレッシャーを感じたような顔をしている)

T:まあ、というかね。他のクラスは余りにも練習が足りなかったという感じだね。

S:(苦笑いをしている)

T:来週はクラス曲の発表があるんだったよね?

H子(責任者):そうです。

T:じゃあ、みんなが今度はどのくらいの歌を聞かせてくれるのか楽しみにしていよう。

S:(プレッシャーをかけられて不安な顔をしている)

T:では、今日はこれでおしまい。

 

【こぼれ話②】

まず、教室の一部に自分の考えのヒントとなることを提示するということについては、その日は学年会が夜遅くまでかかったので、結局することができませんでした。そこで、翌週の月曜日にそれを行い、祭日(勤労感謝の日)明けの水曜日にわかるようにしました。なお、その具体的な“変化”とは、教室の前方右側の掲示板に模造紙大の大きさの紙でクラス合唱曲「虹」の歌詞を掲示しておくことでした。

 

次に、責任者の指導ですが、担任が関わり始めたこともあり、頻繁に相談に来るようになったので、あせらずにじっくり取り組むことを言い含めるとともに、リーダーとしてできる具体的な指示内容や作業を提示し、それらをよく考えて進めるように促しました。そうしたことを続けていたところ、月曜日の昼食後に教室で生徒の行動を観察している際中にその責任者が私のところにやってきて、「先生の顔を見ると何だかいつも合唱発表会のことが思い浮かんじゃいます。先生の頭のこの辺(天頂部を指す)から『合唱の練習はどうなってる?』みたいなオーラが出ているからです」と言っていました。

 

【状況3】

日曜日と祭日に挟まれた月曜日、他のクラスもそうだったのですが、5組は授業中も終礼中も落ち着きがありませんでした。しかも、祭日明けの水曜日と木曜日は私が泊まりがけの出張(講演)で学校を留守にする予定でした。このまま放っておくと、出張中に何か事件が起こったり、授業を行う先生方にしかられるような状況になることが心配です。そこで、最終目標を金曜日のHRHで行われる予定の学年クラス合唱発表会でよい発表をさせることに置いた話をすることにしました。なお、以下の会話はその日の問題点を厳しく指摘した後のものです。

 

【実際の会話③】11/22

T:さて、ここまでいろいろな話をしてきたのは、実は先生が24日と25日の2日間、出張で学校を留守にするからです。

A男:先生、どこに行くんですか?

T:島根県です。

B子:いいなあ~。

C男:先生、お土産!

T:残念。そんなものを買う余裕がないほどタイトなスケジュールで飛行機に乗らなければならいから、それは期待しないで。

S:(「なんだ、つまんないの…」という不満な顔)

D子:島根のどこに行くんですか?

T:初日は出雲で、2日目は津和野。出雲とか津和野とかいうと有名な観光地だけど、仕事で行くんだからね。

E男:先生、何をしに行くんですか?

T:まあ、いろいろとね(公開授業の指導助言と講演であることはあえて伏せた)。

S:(またもや答えてくれなくて不満そうな顔)

T:それで、2日間留守にするわけだけど、心配なことがあります。

S:(話が想像できているらしい顔をしてこちらを見ている)

T:さっきから言っていることだけど、どうも最近のみんなは落ち着きがない。今日はそれがひどかった。それで先生がいないということになると…、まあ、みんなも2年生だから、どういう行動をとりそうかはわかっているんだけど…、みんなが先生がいないから羽を伸ばそうという気持ちになるのも予想して言っているんだけど…、

F子・G子:(手紙のようなものを書いている)

T:F子さん、G子さん、先生は大切な話をしているんだから、書くのをやめなさい。

F子:(すまなそうな顔で書くのをやめる)・G子:(不満そうな顔で書くのをやめる)

T:先生がいないのをいいことに、騒いだり、物を壊したり…、

C男:物を壊したりはしないですよ(笑)。

T:まあ、そうだね。みんなはそういうことはしないね。でもね、完璧にやれとは言わないけど、羽目を外しすぎるようだと先生も困る。さらに言えば、先生がいないときこそみんなだけでしっかりやってもらいたいんだ。それが本校で言う「自治」っていうものだからね。学級委員にはよく言っているし、みんなにも前に言ったことがあると思うけど、自治の基本は学級自治だと先生は思っています。それができなければ、その先の学年全体、学校全体の自治なんてできやしない。先週、委員長陣選挙(生徒会長と副会長にあたる3名を選ぶ選挙)があったばかりなので、みんなも自治について高い意識をもっていると思うけど、そうであれば、まず学級自治をしっかりやらなければダメだ。

S:(思っていた以上によく聞いている)

T:だからね、みんなも知っているはずだけど、先生は終礼の途中で自治委員会(3学年全部の学級委員が集まる立法組織)に行こうとする学級委員を「ちょっと待った」と止めることがあるよね。

H男(学級委員):(うなずいている)

T:それはクラスで大切なことをしている最中に、それが終わらないうちにクラスを抜け出して自治委員会に行くというのが許せないからです。

S:(「許せない」ということばの語気の強さのせいか、益々真剣に聞くようになる)

T:だから、自治委員会とけんかをしたこともあります。「早く学級委員をよこしてください」なんて偉そうに言いに来たから、「ふざけるなっ!」って言ってやった。

S:(「ふざけるなっ!」の語気に相当緊張している)

T:ということで、クラスがまずしっかりしてこその学校の自治だから、先生がいない2日間はみんなだけでしっかり過ごしてほしい。まさか、金曜日に来たときに「先生がいなかったのでうるさかったです」なんて聞きたくないし、あってはならない。「先生がいなかったので、自分たちでしっかりやりました」という感想をぜひ聞きたい。それには、まず週番がしっかり指示を出すんだぞ。

I男(週番):(どう反応してよいかわからず、こわばった顔をしている)

T:それから、学級委員。最終的には君たちが責任をもってみんなをまとめなさい。もし、みんながちゃんとてきていなかったら、しっかり注意をしなさい。いいですか?

J男・K子(学級委員):(恐る恐るうなずいている)

T:で、みんなが2日間どう過ごしたかというのは、きっと金曜日のHRHの合唱に表れると思います。ちゃんとできていればきっといい発表をするだろうし、ダメな発表をしたとしたら、おそらくそれはこの2日間もだらけていたということだろう。その合唱のでき具合で、2日間の過ごし方がどうだったのかを判断することにします。

S:(厳しい条件を与えられたので、みんな緊張している)

T:そういえば、その合唱については先生も考えていることがあります。

S:(急に話題が変わったこともあって困惑した顔をしている)

T:先週の金曜日に「教室が変わっているかも」と言ったことをまだやっていないので、今日それをやることにしています。水曜日に学校に来たら見てください。

S:(「そういえば、そんな話もあったか」というような顔をしている)

T:ということで、今日はこれでおしまい。

 

【こぼれ話③】

その日の夜、インターネットで「虹 森山直太朗」をキーワードに歌詞を探し、それをパソコンでA4の紙いっぱいになるような大きさのフォントで打って印刷し、さらに拡大君で幅90センチの大きなロール紙に転写して、教室の前方右側の掲示板いっばいにそれを貼っておきました。

 

【状況4】

出張で2日間学校を留守にした後の金曜日に教室へ行ってみると、月曜日に貼った歌詞の紙がはがされた跡があり、一部が破けていました。いったい何があったのかと少し落ち込みながらその部分を修正していると、心配した女子数名が近寄ってきて、木曜日の音楽の時間にそれを責任者がはがして音楽室に持って行ったということがわかりました。事情はわかったものの、このことについては何らかの形でふれようと思いました。

 

また、留守中の学級日誌や週番引き継ぎでわかったことは、授業中はしっかりと活動できていたものの、自分たちで運営する朝の会や終礼はうるさくなってなかなか進められなかったということでした。もっとも、それは司会を務める週番側にも責任がありそうだということがわかっており(週番自身の行動がルーズであったり、声がけが苦手であったりという事情がありました)、その事情を抜きにして、自分の目で見ていないことを強く責め立てることはあまり得策ではないと思いました。一方、前回の終礼で「2日間の過ごし方はHRHの合唱を見ればわかる」という主旨の話をしていたことや、これまで生徒たちの活動を応援する姿勢を貫いてきたこととの整合性を図るためには、やはりHRHにおける活動の成果をきちんと評価してやることが大切だと思いました。そのHRHでのクラス合唱発表会では、相対的なレベルとしては担任の期待に沿う発表をしてくれました。そこで、その日の終礼ではその点を評価して、自治活動がまだ未熟であることを指摘しつつも、合唱発表会に向けて生徒の意欲をさらに高められるような話をしようと考えました。

 

【実際の会話④】11/26

T:先生が留守をした2日間は、学級日誌や週番引き継ぎの話を総合すると、朝の会や終礼は結局うるさかったようですね。

S:(しかられることを予期して多くが下を向く)

T:まあ、それも想定内であったので別に驚いてはいませんが、出かける前の日に週番や学級委員が責任をもって注意するように言っておいたのにそれができなかったようなので、週番引き継ぎの際に週番と学級委員を厳しくしかりました。もちろん、それはみんなの責任でもあるのですが、今回は彼らにそれを負ってもらいました。みんながしっかりやらなかったので、週番と学級委員がしかられたわけです。それがどういうことかみんなも真剣に考えてください。いいですね?

S:(誰かが反応するでもなく、ほとんどの生徒が下を向いている)

T:ただ、先生が本当に心配していたのは、先生がいない間に誰かがけがをしたり、けんかをしたりということがないかということでした。週番引き継ぎの際に尋ねたところ、そういうことはなかったということなので安心しました。みなさんにも聞きますが、そういうことはなかったのですね?

S:(危機を脱したと思ったのか、多くの生徒が顔を上げる)

A男:ありません。

B子:大丈夫です。

T:そうですか。これで先生も安心しました。では、久しぶりにあるデータを示します。

S:(「何だろう?」とほとんどの生徒が顔を上げてこちらを見る)

T:(右表を黒板に書いて ※ここでは省略)何のデータだと思いますか? 

C男:テストの点!

T:これからやるんだからちがうでしょう。

D男:挨拶の人数!

T:もうそれは出さないって言ったでしょ?

E子:あっ、わかった!合唱だ!

T:そうです。合唱についてです。実は、先生は各クラ

  スの合唱を採点していました。

E男(旧5組):先生、去年もやってましたよね?

T:そう。去年も先生の採点結果をクラスで言いました。今年もね…、(上着のポケットから採点結果を書いた紙を出す)ここに採点しながら聞いていました。

S:(ほとんどの生徒がそこに何が書かれているのかに関心を示している)

T:それで、何について採点していたかというと、まず“A”は「練習程度」です。

D男:何ですか、それ?

T:練習をどのくらいしているかということです。歌詞をちゃんと覚えているかとか、声がそろっているかとかいうことです。それから、“B”は「声量」、“C”は「美しさ」です。それぞれについて5点満点で採点してました。

S:(旧5組以外の生徒は「へえ、そんなことをしていたんだ」という顔)

T:5組がそれぞれ何点だったかを知りたいですか?

S:知りたいです!

F男:先生、他のクラスは?

T:それは教えません。

S:え~!

F男:なんでですか?

T:だって、他の人のテストの点数を教えるようなものだから、本人のものしか言いません。

G子:え~!先生、いいじゃないですか~!

T:ダメです。その代わり、他のクラスも含めて何点くらいをつけたかはいいましょう。まずは「練習程度」です。これは2点から4点ですね(Aの下に「2~4」と書く)。それで、5組が何点だったかというと…?

H子:4点!

T:4点でした。

S:オ~!(歓声が上がり、拍手が起こる)

H子:一番じゃん!

T:これは責任者2人のおかげでしょう。2人が終礼でも練習しようっと言ってくれて、みんなもそれに応えてしっかり練習していたからです。○○さんと□□くん、よく頑張ってくれました。

I子(責任者):ありがとうございます。

T:ただ、これは気をつけなければいけません。それはうちのクラスが先行しているというだけで、他のクラスが練習をすればすぐに追いつかれてしまうからです。あっ!別に競争しているわけではありませんが、他のクラスも練習をするようになればこのクラスと同じレベルになるのはすぐだということです。

S:(ニコニコして聞いている)

T:次に「声量」です。これは2.5点から4点をつけました。それで、5組は何点だったかというと…?

J男:3点!

K子:4点!

T:4点です。

S:オ~!(再び歓声が上がるが、拍手はない)

T:ただ、これも気をつけなければなりません。というのは、今年は文京シビックホールだからです。

S:(「えっ?なんで?」という顔)

T:みんなはチビッコホールがどのくらい大きいか知っていますか?

S:(一部の生徒から爆笑が起こる)

T:何だよ?何がおかしいの?

L子:先生、今「ちびっこホール」って言いました。

S:(全体から爆笑が起こる)

T:へっ?先生、そんなこと言った?「ちびっこ」なんて言った?

L子:言いました!

S:(多くの生徒がうなずいている)

T:へっ?そうかい?そんなこと言ったかい?その、ちびっこホールじゃなくてシビックホールだけど、みんなはシビックホールで生徒が歌っているビデオを音楽の時間に見せてもらったことない?

S:ありません。

M男:写真は見ました。

T:へえ、写真は見たの?

S:見ました。

T:じゃあ、今度、先輩たちの…、ちょうど今の高3が3年生のときがシビックホールだったから、先生が持っているビデオを見せてあげるよ。とにかく、すごく大きいから。どのくらい大きいかっていうと、幅は育鳳館の2.5倍くらいかな。

S:(控えめな数字だったのか、驚かない)

T:縦は…、そうだなあ…、2倍から3倍。高さは…、

N男:5倍!

T:そんなにはないと思うけど、3倍くらいはあるんじゃないかな。ところがだ、それだけじゃないんだよ。

S:(「いったい何?」と関心を示している)

T:重要なのは舞台の奥行きだ。そうだなあ、舞台の奥行きがこの教室の長さの2倍以上はあるんだよ。

S:ええ~っ!(驚きの声が上がる)

O子:なんでそんなにあるんですか?

T:さあね。おそらく、劇をやるからじゃないかい?舞台にいろいろ用意しなければらないでしょう?

S:(よほど驚いたのか、ざわめきが収まらない)

T:だからね、声が後ろにも行っちゃうんだよ。ということで、この「4点」はシビックホールだと1.5点くらいにしか聞こえないと思う。

O子:ええ~っ!そんなに聞こえないんですか?

T:やっぱり、来週ビデオを見せてあげるよ。先生の前のクラスは学年で一番元気のあるクラスだったんだけど、それでもあまり聞こえなかったから。

S:(ようやくざわめきは収まる)

T:それで、最後の「美しさ」だけど、これは2.5点から4点をつけました。5組は何点だったかというと…?

J男:3.5点!

T:4点でした。

S:オ~!(三度歓声が上がる)

L子:全部最高点じゃん!

T:そうです。トータルすると、5組が総合で一番だったと思います!

S:(すでに自明のことであったためか、喜びの声は上がらない)

E子:4組が一番じゃないんですか?

G子:4組より上だったんですか?

T:そうだよ。なんで? 先生の採点は5組が一番だったよ。

S:へえ~。

T:それでだ。どこがよかったかというと、まずは女子の出だしがよかったねえ。

S:(女子がみんな顔を見合わせて喜んでいる)

T:ただね、次のパートに入ったところでずっこけちゃったね。

S:(「は、は、は、は~!」と声を上げて苦笑いをしている)

P子:あそこはダメなんです。音が狂っちゃうんです。

T:そうかい。じゃあ、もっと練習しなきゃ。それから、ソプラノの独唱の部分ね。あそこは今日は美しかったなあ。結局、あそこはソプラノ全員で歌っているんでしょ?

H子:ちがいます。アルトもなんです。

T:えっ?そうだったの?

S(女子全員):そうです!

H子:ソプラノだけだとまだ小さいので、アルトも有志が歌ってるんです。

T:へえ、そうなの…。じゃあさ、どうせなら、有志なんていってないで女子全員にしたらどう?その方がはっきりしていいでしょう?

H子:男子も入れますか?

T:Uh, uh....(英語の「それはダメ」の台詞とともに首を振る)。それはやめておいた方がいい。メチャクチャになっちゃうよ。

S:(みんな笑っている)

T:それから、男子も声が出るようになってよかったねえ。

J男:○○くん(男子で一番声を出している生徒)のおかげです!

T:(それには特にふれず)ただね、途中で男子だけのところがあるでしょ?あそこはさあ、歌というよりただの台詞だったね。

S(男子):ええ~っ!?

D男:そんなにダメでしたか?

T:ああ。まったくメロディーになってなかったよ。なんだか、ただしゃべっているみたいだった。

S(男子):ええ~っ!

T:男子はあそこを重点的に練習しなさい。

S(男子):(納得したような、そうでないような顔)

T:あとね、指揮者の○○さんね、あなたは指揮をする度にうまくなるねえ~。

S:オ~!(歓声が上がり、拍手が起こる)

T:いろいろと手の動きが凝ってきたよね。さらにどれだけ工夫できるか楽しみにしているよ。

Q子(指揮者):(恥ずかしそうに笑っている)

T:それから、○○さんのピアノは…、美しすぎる!

H子:CDより上手いって言われているんです。

T:そうだろう。だってさあ、あのイントロ。そこだけ聞いただけで、先生は体がブルブル震えっちゃったよ。弾き手がいいとピアノっていうのはあそこまで美しく聞こえるのかって思ったねえ。

R子(伴奏者):(あまりにもほめられて戸惑った顔をしている)

T:もうさあ、「R子さんのピアノ」っていうんじゃなくて、「○○ちゃん(愛称)のピアノ」って感じだったなあ…。

S:(冷たい視線を送られる)

T:あれっ?なんか、自分でもわけのわからないこと言ってるような気がするけど…。

H子:(笑いながら)意味がわかりません!

S:(笑いが起こる)

T:まあ、といわけで、今日のHRHは合格点だった。そこで、以前から言っていた第1段階…、「上手に歌えるようになる」はクリアーしたということにします。ということで、次の目標は第2段階だけど、何だったか覚えていますか?

S:(誰からも答えが出ない。もう話に飽きてきた様子)

T:えっ?誰も覚えていないの?

H子:美しく歌う。

T:そう、「美しく歌えるようになる」。もう試験間近だから、さっき代表者が言っていたように、練習は試験の後になるけれど、次の課題は「美しく歌えるように」練習することです。この歌詞が書かれた紙にそれを書いておきますからね。

S:(歌詞の書かれた大きな紙を見る)

T:ところで、みんなは先生がどういう気持ちでこれを作ったかわかりますか?

S:(いきなり言われて、何をどう答えたらいいのか戸惑っている様子)

T:これを先生がどういう気持ちで作ったか…。先生のその気持ちを理解できれば、みんなの合唱は最高のものになるんだけどなあ…。しかも、それは「第4段階」にも関連していることなんだけどなあ…。

S:(誰も答えない)

T:その大切な紙を、誰かが勝手にはがして…。しかも、一部が破れていたりして…。先生はショックのあまり…(泣いている演技をする)

I子(責任者):先生、ちがうんです!音楽の時間に…、まだみんなが歌詞を覚えていないと思ったので…、急いで教室に帰って、その紙を持って行こうとしたら…、急いではがしたら、破れちゃったんです。ごめんなさい…。

T:そうか、そういうことだったんだね。だけどさ、これはここに貼っておくものなんだよ。先生がなぜこれをここに貼ったかわかるかい?

J男:他の組の人に見せるため。

T:そんなことのために貼ったんじゃないよ。これはねえ、もっと大切なことのために貼ったんだよ。だから、このままにしておいてください(I子を見る)。

I子:はい!すみませんでした!

T:これね、どうやって作ったかわかる? まず、できあがりがちょうどよくなるようにこの場所の幅と高さをメジャーで測ったわけ。それで、インターネットで歌詞を探して、それをパソコンでA4の紙に打って、それがここに収まるように調整して…。

S男:「黄金比」ですね!

T:それを「拡大君」っていう機械で大きくして。それだけでは少し大きいから、こうやって端の部分を折り曲げて…。そこまでして作ったんだけどなあ…。

H子:そこまでするんだ…。

T:そうだよ。先生がそのくらいのことをするのはみんなもわかってるんじゃないの?

S:(どう反応していいか戸惑っている)

T:(時間が相当経っていることに気づいて)あれまっ!またずいぶん長く話しちゃったね。ということで、今日はこれでおしまいにします。

 

【こぼれ話④】

実は、終礼に先立つHRHの発表直後に、自分の席に戻ってきた生徒たち対して、親指を立てて「よかった」、人差し指を立てて「1番だった」という評価をジェスチャーでしており、それに対して生徒は声を出さずに「やった~!」と喜んでいました。そして、その後の休み時間は特に女子はグループごとに集まって、2回目の発表に備えた練習をするほど気持ちが盛り上がっていました。したがって、生徒は終礼の話はどちらかといえばほめられるものになるのではないかとあらかじめ思っていたのではないかと思います。今回は生徒が長話によく食いついてきてくれましたが、それはそうした生徒の期待(?)に沿った話をしたためかもしれません。

 

また、この件に関しては、学年担任団の一人として他のクラスの生徒の意欲向上にも寄与できるのではないかと考え、授業時間を使って他のクラスの生徒の意欲向上も試みてみました。HRH前に授業のあった3組に対しては、「君たちは先週の学年曲の発表の様子から、他のクラスの目標になっていることは明らかだ。君たちの合唱のできが学年全体の雰囲気を左右する」という主旨の話をしたところ、「オ~!」という歓声と共に大拍手が起こり、やる気を見せてくれました。また、HRH後に授業のあったクラスではそれぞれ次のように自分の感想を話しました。1組…授業中の元気さからすると発表はやや物足りなく、それはひとえに練習不足のためであるから、これからの練習によっては一番伸びる可能性がある。2組…女子の声の美しさと男子の声の大きさがよかったので、それがハーモニーとして熟成すれば素晴らしい歌になる。4組…指揮者と伴奏者が共に男子でそれが格好良く、クラス全体のまとまりも良かった。さて、この中で4組は直前の学芸発表会への取り組みがやや不調で少し落ち込んでいたので、学級担任以外の教員からほめられたことがとても嬉しかったらしく、直後に何人もの生徒が「肥沼先生にほめられました!」と学級担任に報告に行ったそうです。これは、「人に認められること」は大切なことだ(第1巻第1話参照)と改めて思ったできごとでした。

 

なお、翌週の月曜日に、シビックホールでの発表風景を卒業記念DVDを使って見せたところ、元気なクラスでさえ声がかなり拡散してしまっている事実に驚いていました。

 

【状況5】

合唱発表会の前々日、音楽科の先生の計らいで、英語の授業を音楽の授業に振り替え、

講堂で生徒たちが自主的に練習をする機会が与えられました。それは、その時間がないと、定期考査と行事の関係で当日まで約2週間も音楽の授業が全くないまま本番を迎えなければならないという事情があったからでした。ところが、久しぶりの練習であったこともあり、生徒だけの自主的な活動ではうまく練習ができなった(特に男子が非協力的であった)という報告が責任者よりありました。もっとも、それは日頃の生徒の様子から火を見るより明らかなことでありました。

 

一方、この日の全校集会で、生徒部長の蒔田先生から12月の長期目標として「アフター3の自治-終礼と清掃を自主的にきちんと行う」という行動目標が示され、生徒の意識向上を促す話がありました。

 

そこで、生徒にその自主的な活動の重点項目の1つである終礼と、合唱発表会に向けての自主的活動を関連させて、生徒の意識を向上させようと思いました。この指導をするにあたっては、まず生徒に終礼をしっかり行わせるための学級自治会を開かせることにしました。昼休み中にそれを予告していたこともあって、この日の終礼は比較的よくできていましたが、そこで甘やかしてしまっては生徒の意識改革はできないと考え、あえてきつく指導することにしました。そして、結果的には40分程度の時間をかけて終礼の問題点と解決策を話し合わせました。話し合いの具体的内容は割愛しますが、なぜこの日に生徒にそこまでの活動を要求したのかを最後にまとめとして話したので、それを記しておくことにします。

 

【実際の会話⑤】12/6

T:みんなは、なぜ先生が今日、このタイミングで、終礼について学級自治会をやってもらったかわかりますか?

A男:「このタイミングで」?

T:そう。合唱発表会の直前で、しかも責任者ができれば終礼後に練習したそうにしていたのに。学級自治会をやったから、その時間もなくなっちゃったでしょ?

S:(緊張してこちらを見ているが、答えはない)

T:それはね、実は、合唱発表会と関係があるからですよ。(掲示板に貼ってある歌詞を指して)これを貼った理由をみんなにはまだ言っていなかったよね?それはね…、その答えを今言うつもりはないんだけど、先生にはとても高い目標があってこれを貼ったんです。

S:(「いったい何のことだろう?」と緊張して聞いている)

T:でもね、もしかしたら、先生の目標は今のみんなには高すぎたのかもしれない。なぜかと言うと、みんなはそれ以前の段階のところでつまずいているように思うからだ。

S:(固唾をのんで聞いている)

T:今日の英語の授業を音楽に振り替えたでしょ?でもね、先生が想像するに、みんなだけでちゃんと練習できていたとは思えないんですが、どうですか?

S:(何人もの生徒がうなずいている)

T:実は、何人かの人から耳に入ってきてはいるんだけど、そんなことを聞かなくても、先生にはみんながちゃんと練習できていなかったことがわかります。ちがいますか?

B男:そうです。

C子:そうです。

T:なんでそれがわかるかと言うと、終礼の様子を見ていればわかるからです。人の話を聞かない、みんな勝手なことをしている、おしゃべりまでして邪魔をしている人までいる…。終礼がそういう状態だということは、合唱の練習も同じだろうということは容易に想像できる。

S:(かなりきつい話をしているつもりだが、多くがこちらを見て真剣に聞いている)

T:おそらく練習のときも、ふざけたり、おしゃべりをしてりして、みんながバラバラになっていたと思う。

S:(何人かの心ある生徒が「そうだ、そうだ」とうなずいている)

D子(責任者):(助けを求めるような表情でこちらを見ている)

T:そんな状態で、明後日の本番を迎える気かい?合唱というのは、みんなの心が1つになって初めて美しいハーモニーになるものだよ。みんなの心がバラバラで、それぞれが勝手なことをするのが当たり前の状態ではいい合唱なんてできるはずがない。

S:(こちらを凝視している者とうつむいている者が半々くらい)

3年生男女:(教室の前のドアをノックして開けて)すみません。保健委員会ですが、役員選挙をしなければならないので、保健委員を出していただけないでしょうか?

T:(丁寧に、しかしきっぱりと)悪いけど、今はまだ終礼中です。とても大切な学級自治について話しているので、出すわけにはいきません。

3年生男女:わかりました。(ドアを閉める)

T:ということで…、もし、今のまま本番を迎えたらどうなると思う?

S:(反応はないが、緊張して次のことばを待っている様子)

T:「俺たちはこれしかできないんだ」というマイナスのイメージをもって舞台に登ることになる。でも、もし次の練習でみんなが心を合わせて全力で歌うことができたら、「俺たちはここまでできるんだ」と自信をもってシビックで歌えるだろう。先生はね、みんなに「楽しく歌えてよかったなあ」って思って終わってもらいたいんだよ。だから、テストの振り返りをしなければならない大切な英語の時間を音楽に振り替えてもらって、その時間を作ったわけ。でも、それが有効に使われなかったというのはとても残念です。

S:(納得している様子)

T:幸い、明日も1時間目はDD先生(4組担任)のご厚意で国語の時間をもらうことができました。

 前半は英語の授業でテストの復習をしますが、後半は音楽の時間になっています。授業で歌えるのは最後になります。みんなで協力して活動できますね?

F男:はい。

E子:はい。

S:(4分の1くらいの生徒がうなずいている)

T:おい、本当かい?しっかりできるんだね?

S:(半分くらいの生徒がうなずいている)

T:(これ以上しつこく言うのはやめる)じゃあ、みんなに任せることにしよう。

D子(責任者):(ホッとしたようにニッコリ笑っている)

T:それから、これは本当は今日やろうと思っていたことなんだけど…、もうこんな時間になってしまったので、明日に回すことにしようと思うんだけど…、今月は5組が音羽の坂の掃除当番だということをこの間言ったよね?

S:(うなずいている)

T:先週の金曜日にテストが終わってから下校時にやるって言っていたけど、あの日は嵐が来てテストが1時間遅くなってしまったので、できませんでした。

S:(「そういえばそうだった」という顔)

T:そこで、それを明日やろうと思います。

G男:先生、誰がやるんですか?

T:先生はね、今回はそれをボランティアにやってもらおうと思っています。

S:(前回は当番だったので、「当番じゃないの?」という驚きの顔)

A男:なんでですか?前回は当番だったじゃないですか。

T:それは、これも自治的な活動だからですよ。本当はみんなに任せてしまってもいいんだけど、先生は先生で5組が任されたからには責任を持って果たしたいので一緒にやっているんです。だから、今回はボランティアにこだわりたいんです。

G男:いつやるんですか?

T:昼休みです。

S:ええ~!(驚きの声があがる)

A男:(笑いながら)それじゃあ、誰もやりませんよ。

T:(真剣に)「誰もやらない」なんて言わないでください。一応、先生も考えているんですよ。だって、放課後は部活に出たい人や委員会がある人がけっこういるでしょ?

S:(何人かがうなずいている)

T:今日の放課後はできないし、水曜日は合唱発表会だし、木曜日は昼休みが学級委員会で放課後が自治委員会でしょ?金曜日は週番引継ぎがあって、放課後は先生方の学年会だし…。結局、今週は明日の昼しかないと思ったんです。

S:(「なるほどそうか」と納得している)

T:なので、明日の昼休みにやります。かなりいっぱい落ち葉があって大変そうなので、時間内にやれる分だけとします。ちなみに、先生はたとえ一人でもやりますから。

S:(「先生、またそんなことを言って…」という表情)

T:昼休みにボール遊びをするだけなら、学校のために働こうという気持ちのある人に手伝ってほしいと思っています。では、今日はこれでおしまい。

 

【こぼれ話⑤】

さすがに学級自治会とその後の私の話があったので、その日の掃除は手際がよく、その様子を見る限りでは、この日の話の内容は心に響いているようでした。

 

翌日も、朝の会は時間前に週番が声をかけて時間どおりに静かに始まりました。また、それは終礼のときも同様でした(こちらは若干のおしゃべりが気になりましたが…)。1時間目後半の合唱練習は、こっそり講堂へ練習を見に行ったところ、生徒同士で声を掛け合い、あまりよくできていない部分の修正もしながら練習をしていました。

 

そして、昼休みに実施した音羽の坂(学校の敷地に沿った長い坂道の歩道部分)の掃除には、14人(男子3人、女子11人)が自主的に手伝いに来てくれ、手際よく、しかも仲良く楽しそうに落ち葉集めをしてくれました。

 

【状況6】

いよいよ合唱発表会前日の終礼になりました。そこで、これまでずっと関わってきた合唱発表会に向けての生徒の活動について、最終的なコメントをしたいと思いました。

 

【実際の会話⑥】12/7

T:まずは、昼休みに音羽の坂の掃除をしてくれた人たちにお礼をいいたいと思います。計14人の人が自主的に手伝ってくれて、スムーズに作業ができました。ありがとうございました。

S:(手伝ってくれた生徒は嬉しそうな顔、その他の生徒は苦笑いをしている)

T:中には委員会等で来たくても来られなかった人が何人かいたということも聞いています。

S:(該当の生徒が嬉しそうにしている。)

T:あと、もう1回くらいはやらなくてはいけないと思うので、その時は今回参加できなかった人も含めてお願いします。

S:(ニコニコしながらうなずいている生徒と知らんふりをしている生徒がいる)

T:さて、いよいよ合唱発表会が明日になりました。これまで先生はいろいろとこの行事に関わってきた…、というか‘首を突っ込んできた’と言った方がふさわしいかなあ…。なので、最後の最後に一言みなさんに話をさせてください。

S:(ほぼ全員の顔が上がり、思っていた以上に真剣にこちらを見ている)

T:おそらく、先生はこの学校の担任の先生の中で一番合唱発表会に深く首を突っ込んでいる教員だと思います。

S:(何人もの生徒がうなずいている)

T:それで、音楽科の先生は何もおっしゃらないけど、きっとそのことに対してはあまりよく思っていらっしゃらないと思います。

S:(「えっ?どうして?」という驚きの顔に変わる)

T:だって、そうでしょう。音楽科の授業の延長であるこの行事に、英語科の私がああだ、こうだと首を突っ込んでいるんですから。これは音楽科の先生からしたらいい気はしないでしょうね。別にそんなことを言われたりしているわけではないけど、おそらく怒っていらっしゃるのではないかと思います。

S:(「へえ、そういうものか…」という感じの表情で聞いている)

T:実は、先生自身のことを考えても、今回はこれまでで一番深く関わってきたと思っています。そこで、なぜそうしてきたのかということをお話しします。

S:(個人的な話などに関心はないのではと思ったが、聞きたそうな顔をしている)

T:これは少し前のことにさかのぼりますが、先生はある曲をみなさんに推薦しました。

B子:「木琴」!

T:そう、その「木琴」。あれを推薦した時点で、先生の気持ちは最初の大きなピークを迎えていました。でも、結果的にそれが採用されませんでした。正直に言うと、あの時、先生はけっこう落ち込んだんです(泣くふりをする)。

S:(優しい笑いが起こる)

T:つまり、合唱発表会に対する気持ちがガタンと落ちちゃったんです。でも、みんなが選んだ「虹」という曲を知ってから、これがまたどんどん高まったんですね。

S:(笑顔で聞いている)

T:最初にみんなが選んだ曲が「虹」だと知ったとき、先生はその曲のことを全然知りませんでした。それであのとき誰かに聞いたら森山直太朗の曲だっていうじゃないですか。森山直太朗と言えば、「さくら~、さくら~、いま咲きほこ~る」(『さくら』 のさびを歌う)の人だよなあって。

A子:ええ~!そうだったの?

C男:お前、知らなかったの?

T:ということは、「虹」もいい曲だろうなって。それでその曲を初めて聞いたのが、HRHの時間に教室で聞かせてもらったみなさんの悲惨な合唱でした。

S:(苦笑いをしている)

T:「悲惨な」なんて言ったら機嫌悪くするかもしれないけど、はっきり言って、あのときは悲惨でした。でも、曲自体はとてもいい曲だなあって思ったので、ネットで歌詞を調べて、曲も聴いてみました。

D男:YouTubeだ。

T:そうしたら、やっぱりいい曲じゃないですか。それでね、それだけいい曲なので、みんなに上手に、美しく、心を込めて歌ってほしかったんです。

S:(自分たちが選んだ曲がほめられて、とても嬉しそう)

T:だから、みんなに「上手に」「美しく」「心を込めて」って、この4段階の3段階目までを言ったわけです。それから、そんなことを考えていたら、またあることが思い浮かんだんです。それが何かというと、合唱って英語の活動と似ているなって。

S:(「どういうこと?」と驚いた顔をしている)

T:特にね、リーディング・ショーに似ている。あの活動はね、全国の先生方に「『生きたことば』でコミュニケーションできる生徒」を育てる活動というふうに紹介しているんだけど、この「生きたことば」っていうのは、自分の中にわき上がってきた、本当に伝えたいなあって思って話しているかっていうことなんですね。だから、あの活動ではいつも「上手に」「美しく」読んでもらうとともに、一番強調しているのが、気持ちを込めて自分のことばで伝えているかという3番目の評価項目ですよね。

S:(うなずいている)

T:つまり、自分の中にわき上がってきた気持ちをことばに表す。たまたまそれが英語では英語ということばなんだけど、合唱ではそれが歌として出てくるというだけなんではないかと…。

S:(話がわかりづらいらしく、難しい顔をしている生徒がいる)

T:さあ、そこで、例の「第4の段階」です。ここまでの話から、先生がどういうことばでそれを表そうとしていると思いますか?

D男:さあ、何でしょう?

T:それはね…(少しもったいぶって)「心を歌う」なんです。

S:(しばらく沈黙が流れ、柔らかい笑いが起こる)

T:あれ~?ちょっとわかりづらかったかなあ…?つまりね、自分の心に感じたことを、この場合はたまたま「歌」という詞とメロディーの組み合わさった形で声に出すということです。

S:(ようやく納得した様子)

T:それでね、この[虹」という曲は、今回歌われる曲の中では曲相が一番いい曲じゃないかって先生は思っているので、ヘペレケに歌ったら曲がかわいそうだよ。

A子:先生、もし私たちが「木琴」を歌ったらどうですか?

T:え~、それは…。きっと涙が出てきてその場にはいられなくなるでしょうね。

A子:もし、「木琴」をヘペレケに歌ったら?

T:そんなことは許さないさ。あの曲をヘペレケに歌うなんて!

D男:(つぶやくように)そうしたら、先生は別の意味でそこにいられなくなるよ。

S:(これらの会話を優しい笑顔で聞いている)

T:ただ、そのレベルになるにはやっぱりかなり歌い込まなければならないようです。週に1回の音楽の時間だけでは第4の段階まで行くのはやっぱり難しいね。でも、難しいかもしれないけど、気持ちだけはそれを目標に持って歌ってもらいたいと思っています。だから、もう、みんなに期待することはただ1つ。当日、そのときにみんなができる最高の声で歌ってくれることだけです。その歌声をビデオカメラとヘッドホンを通して聞かせてもらいます。ぜひ、頑張ってください。

S:(ことばには出さないが、「わかりました」という笑顔をこちらに向けている)

T:では、今日はこれでおしまい。

 

【こぼれ話⑥】

今回の話は生徒の気持ちをかなり高揚させたようです。それは、直後の「さようなら」

の声の大きさでわかりました。

 

翌日は合唱発表会当日でした。毎年のことですが、私は行事の最初から最後までビデオを撮影する係だったので、1年生から順番に発表される学年合唱とクラス合唱をビデオカメラのモニターとヘッドホン越しに聞きながら、自分のクラスの番が回ってくるのを、それこそ我が子の発表を待つ親のような気持ちで、手に汗を握りながら待っていました。待つこと1時間余り、いよいよ自分のクラスの発表が始まりました。そこで耳にした合唱は、声の大きさもハーモニーの美しさもこれまでで最高のものでした。そして、歌い終えた彼らの達成感に満ちた顔を見たとき、それまでの緊張が切れてしまったためか、脱力感でイスの背にもたれかかるとともに思わず目頭が熱くなってしまいました。

 

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