【きっかけ・ねらい】
この話は、昨年のほぼ同時期に話をした「私には夢がある」①(運動会に向けて、第3話)、同②(研究協議会に向けて、第5話)と合わせて「私には夢がある」三部作(?)として準備していたものでした。ところが、昨年はタイミングの悪さから話すのを諦めたので、改めて今年のクラスの生徒に対して話すことにしました。
この話のねらいは、12月に行われる合唱発表会のクラス合唱曲の候補に自分が薦める曲を入れてもらい、あわよくば選んでもらおうというものでした。実は、過去に3度にわたって2年次に同じようなことをしたことがあったのですが、諸々の理由(「こぼれ話」参照)でいずれの時も落選してしまいました。もっとも、本校の合唱発表会は、伝統的に「音楽科の授業の延長にある行事であって、学級担任は手出しをしてはいけない」という位置づけになっているので、私がこのようなことをするのは音楽科の指導に対する越権行為となります。しかしながら、クラス合唱は学級担任にとっても学級経営上とても大切な機会でもあると考えていたので、どうしても口出しをしたくなる行事であり、実は過去にもこっそり自分の意向やアイデアをクラス合唱に少しずつ注ぎ込んできました。今回は、それを選曲の段階にまで食い込ませようとした記録です。なお、今回は教育的な意味合いよりも自分の個人的な欲求を満たすことの方が大きい話でした。
【手順・工夫】
実は、この話はすでに数ヶ月前から準備していたことだったのですが、話す時期にはもう少し余裕があるだろうと考え、かつ複数回に分けてじっくりと迫っていこうと思っていました。ところが、その日の昼休みに教科担任の先生から他のクラスで曲を決定する話し合いがあったということを耳にしたので、時間割をみたところ、翌日に自分のクラスの授業があることがわかり、急遽その日の終礼で話をすることにしました。
そこで、机の中から推薦曲(「木琴」)のカセットテープを出してズボンのポケットにしのばせ、パソコンの古いデータの中から以前提案したときに作成した歌詞ファイルを探し出して、今年用に書き換える作業を行いました。
話の手順として工夫したことは、いきなり本題に入るのも唐突なので、その日にあった別のことがらから話し始めて生徒の関心を引きつけておき、その後に本題に切り込もうという作戦を立てたことでした。
【実際の会話①】10/20
T:実は今日、会報係からおもしろいことを頼まれたので、そのことについて話したいと思います。
A男:会場係?
T:会報係。「えんぴつ」(生徒会新聞)とかを作っている係だよ。
A男:「かいほう」ってどういう字を書くんですか?
B男:運動会の「会」だよ!
T:そう、会社の「会」。「会う」という漢字。それに報告の「報」。
A男:ああ、わかりました!
S:(あきれたような笑いが起こる)
T:で、その会報係が来てね、今度の新聞に載せるんだけど、先生は自分のクラスを漢字一文字で表すとしたら何と書きますかって言うんだよ。実は、もう決めて、書いたやつをここに(ワイシャツの胸のポケットからはみ出している紙をさわる)持っているんだけど、何と書いてあると思う?
S:(最初に出た5~6個は、メモしてなかったので忘れてしまった)
T:残念だけど、それらは全部ちがうね。
C子:ひょう!
T:えっ?ヒョウ?動物の?どういう漢字書くの?
C子:「うかんむり」に「つつむ」。
T:(空中にその文字を書いてみるがわからない)えっ?わからないよ。
D子:「雨」の下に「包む」ですよ(「うかんむり」とは「あめかんむり」であった)。
T:雨の下に包む?(空中に書いたがまたもわからない)ちょっと書いてみて。(裏紙とペンを渡す)
E男(D子のとなり):(「雹」と書いて紙を渡してくれる)
T:へえ、これ、「ひょう」って読むの?先生、知らなかったよ。で、なんで「雹」なの?
C子:いえ、別に、たまたま国語の時間に先生が言っていたから…。
T:なんだ、そういうことか…。他には?
F男:軽い!
T:それじゃあ、悪い方だろう。そうじゃなくて、もっとちゃんとした意味の漢字だよ。
で、正解は何かというと…。
S:(固唾をのんで聞いている)
T:新聞が出てからのお楽しみ!
S:(「はぐらかされた!」と緊張が解けた顔になる)
T:ただね、表に出るわけだから、そんな悪いことではないよ。先生はこのクラスのことをうまく言い当てていると思っていて、それを気に入っています。(正解は「穏」)
ということで、見てのお楽しみ。
S:(「話はこれで終わった」という安堵の顔)
T:でね、そのみなさんにもう1つ話したいことがあるんだ。
S:(「まだ続くの?」という顔)
T:それはね、「私には夢がある」、I have a dream.っていう話。実はね、去年の今頃、1年5組の人たちにも話したんだけど、覚えている?
S:(該当の生徒が何人か笑顔でうなずいている)
F男:(歌を歌うように)ぼくには~、ゆめ~がある~。きぼうがある~…。
E男:アフラック!
T:(保険会社のCMソングだと気づいて)おいっ!俺は「持病がある~」じゃないぞ!
S:(笑いが起こる)
T:それで、みんなにも聞きたいんだけど、I have a dream.って有名な人が言ったんだけど、誰だか知ってる?
G男:リンカーン!
T:そりゃあ、ちがう。
H男:ケネディー!
T:おっ!近いぞ!
H男:へっ!やったね!
T:同じ1960年代だ。
I男:キング!
T:ピンポーン!だけど、キングって誰?
J子:キング牧師!
T:よく知ってるね。フルネーム知ってる?
K男:マーチン…
T:マーチン?
L子:ルーサー・キング!
T:そう、マーチン・ルーサー・キング・ジュニア牧師。1960年代の公民権運動のリーダーだったんだけど、暗殺されちゃった。そのキング牧師がね、I have a dream.って言ったんだよ。元5組の人、覚えてた?
S:(旧5組の数名が笑顔でうなずいている)
T:どんな夢かって言うと、自分の子供たちが肌の色で判断されるんじゃなくて、人柄で判断される世の中になってほしいというような内容だった思う。
M男(学級委員の一人):(急に立って前に歩み寄ってくる)
T:どうした?トイレ?
M男:いえ、そうじゃなくて、自治委員会が…。
T:(時計を見ると、自治委員会開始予定時刻3分前の3:32である)まあ、いいさ。あとちょっとだから聞いてちょうだい。遅れて怒られたら、「肥沼先生の長話のせいで遅れました」って言い訳していいから。
M男:わかりました。(自分の席に戻って座る)
T:でね、去年の今頃、先生はI have three dreams.って言ったんだよ。
N男:すげ~!
T:先生には3つの夢がある。1つは運動会でみんなが楽しく活動すること。2つ目は研究協議会で公開授業を見に来る先生達に生徒と先生とで夢を与えること。だけど、その時は3つ目の話をしなかった。それは、今年その話をしたかったからなんだよ。ただね、その夢は自分で頑張ればかなうというものじゃなくて、自分から離れて、生徒であるみんなに頑張ってもらうものなんだ。だから、ちょっと難しい。
O男:(何か思い当たることがあるらしく、となりのC子に話している)
T:えっ?何だい?
O男:いいえ、何でもありません。
T:でね、それはある行事に関することなんだよ。
P子:学発(学芸発表会)!
T:残念、ちがうんだなあ。この学校に来てから15年間果たせなかった夢なんだ。実はすでに3回トライしたんだけどね。
O男:やっぱりそうだよ!
T:O男くん、何だい?
O男:このクラスから委員長陣を出すことじゃないですか?
T:(ドキッとした。確かにそれもそうであった。しかし、過去に自分のクラスから委員長陣が当選したことがないという事実は、実際に立候補しているS男がいる中では言えないことであった)う~ん、それもちょっとちがう…。
S男:(笑っている)
T:もうちょっと先の行事。
Q子:合唱発表会!
T:そうなんだ。実はそれなんだよ。時間がないから言っちゃうけど、先生の夢というのは、先生がみんなに歌ってもらいたい曲があって、それをみんなが歌うのを聞くことなんだ。過去に3回、2年生をもったときに提案したんだけど、残念ながら落選しちゃった。とてもいい曲なんだけど…。
R子(旧5組の生徒で一番前に座っている):(小声で)「木琴」じゃないですか?
T:あれっ?去年もこの話したっけ?
R子:(うなずいている)
T:えっ?本当?1年生にこの話をした?おかしいなあ。今まで2年生にしかしてないはずなんだけど…。でも、話したとしたら、「私には夢がある」とは別の話でしたかもしれないね。
R子:(笑っている)
T:そうかあ。でね、もしまだ選曲が終わっていないのなら…。選曲委員って誰だっけ?
C子:(手を上げて)私です。あと、○○さんと○○くんと○○くんです。
T:それで、もう曲は決まったの?
C子:いいえ、まだなんです。今日中に決めなくちゃ行けないんですけど…。
T:「今日中」って、この後に決めるの?
C子:今日中に候補曲を決めなくちゃいけないんですけど、まだ話し合ってないんです。
T:じゃあ、先生の曲も入れてくれる?
C子:CDとかあればいいですけど。
T:カセットならあるよ。(ズボンのポケットからカセットテープを出して見せる)
C子:あと、歌詞とか楽譜とかありますか?
T:歌詞ならすぐに出せるよ。楽譜は家にあるから明日には用意できる。
C子:わかりました。後でください。
T:そうかあ。間に合ってよかった。あっ!曲名はね、「木琴」っていうんだけど、とてもいい曲なんだよ。でも、なかなか採用されなくて…。もし、みんながこの曲を歌ってくれたら、先生はきっと涙をこぼしちゃうなあ…。
M男:(「そろそろ自治委員会に行かなくては…」と時計を見ながらそわそわしている)
T:(時計を見ると3:38である)ごめん!もう自治委員会始まっちゃったね。学級委員は、しかられたら、先生の長話のせいにしていいから。
U子(学級委員の一人):(「心配はしなくていいですよ」という感じで笑っている)
T:じゃあ、今日はこれでおしまい。
【こぼれ話①】
放課後にパソコンから推薦書を兼ねた歌詞を打ち出し、選曲委員の一人であるC子の机の上に置いておきました。すると、C子は教室に備え付けのCDラジカセを使って大音量で「木琴」をかけて聞いていました。また、翌日の朝一番に楽譜をコピーしてC子の机の上に置いておきました。
ただ、このことを翌日の朝に音楽科の先生に報告したところ、「先生のクラスだけそういうことがあるというのは、公平感や委員の活動や評価の上でも難しいことになるかもしれないので、私もどうしようかなと思っています…」と遠慮がちにおっしゃっていました。確かにそのとおりなので、やはり出過ぎたことをしてしまったかなと反省しました。
曲を決める授業はその日の3時間目にあったのですが、昼食時に教室に行くと、誰もその話をしませんでした。おそらく、私が推薦した曲に決まらなかったという気まずさがあって話を控えていたのでしょう。そのような空気は終礼時にも流れており、誰もそのことにはふれないようにしているということが感じられました。実際、決定した曲の歌詞のコピーが配布されている最中に、ある男子が「オレ、『木琴』覚えちゃったよ」と言ったときに、となりの女子に「シーっ!」と言われてつつかれていました。過去のときもそうだったのですが、これは生徒にも余計な気を遣わせてしまったなと反省し、直後の話でそのことにふれておくべきだと思いました。
【実際の会話②】10/21
T:なんだかさあ、みんな先生に遠慮してないかい?先生の推薦した曲にならなかったからって、先生に悪いなあなんて思ってくれているんじゃないの?
S:(多くが下を向いている)
T:だって、誰も先生に何も言わないじゃない。いいよ、そんなに気を遣わなくても。
A男:先生の曲って何ですか?
S:(「お前、何言っているんだ!」という空気が流れる)
T:みんなが決めたことだから。先生はそれを気にしたりしないよ。
S男(選曲委員の一人):ちがうんです。先生の曲は条件を満たしていなかったんです。
T:条件?
S男:長すぎるんです。先生の曲は6分以上あって、制限時間の倍以上の長さだったので、候補からはずれたんです。
T:えっ?そうなの?今配られた曲の楽譜だってかなりの枚数があったようだけど。
C子:あの曲はけっこうテンポが速いので、制限時間内に収まるんです。
T:あれまっ!そうだったの? ということは、これからも、提案しても候補にもなれないってこと? 今までもそうだったのかなあ…。もうあきらめるしかないかあ…。
S:(引きつったような笑いの顔をしている)
A男:(周りの生徒に)先生の曲ってどれだったの?
S:(誰も反応しない)
T:そう…。それで、決定した曲の題名は何て言う曲なの?
S:「虹」!
T:それってどういう曲? さびの部分はどういう感じの曲?
S:(誰も答えない。実際にまだ歌えないということなのだろう)
T:まあ、いいや。そういえばね、11月のHRHでも発表する機会があるから、それまでにしっかり練習して、いい歌を聞かせてくださいね。楽しみにしていますから。
S:(ようやくホッとしたような顔になる)
T:では、今日はこれでおしまいにします。
【こぼれ話②】
本心を言えば、推薦した曲が今回も採用されなかったのは残念でした。それは、過去のことを考えると、今回が最もその確率が高いと思っていたからです。例えば、1回目(平成8年度)と2回目(平成14年度)は、生徒との人間関係があまりうまくいっておらず、生徒の中に「先生が推薦する曲をやるわけにはいかない」というような雰囲気がありました。3回目(平成18年度)は逆に生徒との人間関係はうまくいっていたのですが、「自分たちの元気なクラスカラーには合わない」という意見が大勢を占めていたと聞きました。そして今回は、前回同様に生徒との人間関係作りは順調にいっているように感じており、しかもかつてないほど落ち着いた雰囲気の大人っぽい生徒が多かったので、「木琴」の良さをわかってくれるのではないかと思っていました。ところが、候補曲としての資格がなかった…。もしかしたら、それは選挙の結果で私の推薦曲が落選したことに対して、私を傷つけないための、生徒なりの上手な口実だったのではないかとも思っています。
いずれにしても、ここまで何度も失敗が続くと、私もこのことに関して学ばなければなりません。本校における合唱発表会の位置づけ、生徒のメンタリティー等を考えると、やはり担任は出しゃばったりせず、できあがった作品について温かく見守りながら、そのできばえの如何に関わらず、生徒達の努力の跡を讃える道を探ることで、学級経営に生かすというという方向で考えていくべきなのでしょう。いろいろなことを考えさせられた、今回の一件でした(と、このときには思ったのですが、懲りずにこの後また関わることになりました…「37.第4の段階(合唱発表会に向けて②)」参照)。
ただ、終礼の話の大きな目的の1つである、生徒と話題を共有しながら楽しいやりとりをするということだけは今回も実現できており、それができたということでよしとすべしという満足感もあることだけは確かです。そのようなことから、内容的には公開できるようなことではない、他の方に知られるのは恥ずかしいことではありましたが、今回の話も載せることにしました。
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