1. 「育てたい生徒像」を考えること

(1) 「育てたい生徒像」とは?

まず「育てたい生徒像」とは何でしょうか? 簡単に言えば、中学校あるいは高校の3年間に(これからは小学校の4年間も考えるべきでしょう)、生徒にどのような英語力を身につけてもらいたいかということを明示化することを指します。したがって、一般的には「~ができる生徒」のように表現されることが多いようです。

 

ただ単に「~ができる生徒」だからと言って、例えば「人前で3分間英語でスピーチができる生徒」とか「中学校3年生で英検の準2級を取れる生徒」などと言う具体的な「目標値」のようなことを掲げるというのは、わかり易いように見えて、英語教師として指導する目標としてはちがう感じがします。なぜなら、このような具体的な目標値は、何も英語教師が指導しなくても、自学自習でもクリアーすることができるからです。

 

では、どのような生徒像を考えたらいいのでしょうか。それは、授業でしか指導できないことで、指導した結果としてそれが生徒の姿に表れるようなことを考えるということです。何だか狐につままれたような話だと思われている方もいるでしょうから、一例として筆者の前勤務校の英語科で設定している「育てたい生徒像」をご紹介しましょう。

 

(2) 筆者の前勤務校の「育てたい生徒像」

筆者の勤務校の英語科では、今から20年以上前の平成8(1996)年に設定した「育てたい生徒像」を今でも拠り所にして指導を行っています。その年の夏休みに3日連続で丸一日の教科会を行い、自分たちが目指すべき生徒像とは何かを考えました。その生徒像とは次の2つです。

 

① 「生きたことば」でコミュニケーションできる生徒

まず「生きたことば」とは、例えば「話すこと」であれば本当に伝えたいと思って自分のことばで話しているかということを指します。音読やスピーチなどの活動を行うとき、とにかく正しい発音と文法的に正しい文で音声化できればいいというレベルで指導していると、生徒は自分が発していることばに自分の気持ちを乗せようとせず、まるで暗号を音声化しているかのような話し方をしてしまいがちです。これではその生徒が発していることばは「死んでいることば」です。

 

コミュニケーションをする上で大切なことは、自分が発する英語に自分が伝えたいと思っているメッセージをノンバーバル(nonverbal = ことばに表れないもの)なものを含めたすべての「ことば」で伝えられるようになることです。そのようなことばを発することができるようになって初めて「生きたことば」でコミュニケーションできる生徒になると考え、そのような生徒を育てることを目指そうと考えました。

 

② 困難に対して、臨機応変に粘り強く取り組む生徒

英語を外国語として学ぶ生徒は、英語という言語の初学者であり、語彙も文法力も会話経験も乏しい中でその言語を使ってコミュニケーションをしなければなりません。教師もそれを意識していますから、「このレベルの活動は今の生徒にはできない‥」と思い、活動させることよりも知識を植え込むことに集中しがちです。

 

しかし、私たち人間は経験を積むことで力を付けていきます。時にはやや難しいと思われることに背伸びしてチャレンジすることで力を付けることもあります。したがって、英語学習でもそのような経験を積ませることが大切です。どのように伝えたらいいかわからないような「困難」に直面しても、あきらめたりせずに、自分で考えて「臨機応変に粘り強く取り組む」姿勢とそこから生まれる力を身につけてもらいたいと考えたのです。

 

そのためには、授業中にそのような「困難」にあたること、すなわち「言語活動」を行う必要があります。ただ、それを何の計画性も系統性も考えずにやろうとしても長続きはしません。そこで、筆者の勤務校では各学年で毎時間行う継続的なコミュニケーション活動というものを考えました。

 

その中では、その後に15年も続いた「What Am I?」という活動があります。活動の詳細は別項に譲りますが、毎時間の約10分間をこの活動に宛て、生徒一人一人が仲間の前で「困難」な状況に置かれてそれを乗り越えていくコミュニケーション活動でした。今ではそれに代わる活動が各学年に用意されていますが、そうした活動をとおして、生徒はたくましい実践力と生きたことばでコミュニケーションをしようとする姿勢を身につけています。

 

(3) 「育てたい生徒像」の持ち方

ここまでの話を読んでも、「育てたい生徒像」とは何かがイメージできない方もいるでしょう。そのような方に、誰でもできる「育てたい生徒像」の持ち方をお話ししましょう。「育てたい生徒像」がどのようなものであるべきかということをここで言うつもりはありません。その代わりに、それがどのようなものであっても、それを勤務校の英語科教師全員で共有する方法をお話しします。

 

筆者の勤務校の英語科で考えた「育てたい生徒像」は先述のとおりですが、それらをどのように具現化しているのでしょうか? それは、英語科の各教師が自分の考える「『生きたことば』でコミュニケーションできる生徒」や「困難に対して、臨機応変に粘り強く取り組む生徒」だと思う実際の生徒の姿を映像で残し、それを全員で見合って共有し、さらに自分の生徒にそれをフィードバックするという方法です。

 

例えば、本校では30年近く前から生徒に発表活動をさせるときにビデオ撮影をしていますが、その中から上記のような生徒を抽出して「ベスト集」を作成するのです。そうすると、自分や英語科として目指したい具体的な生徒像が見えてきます。次に指導する時には、その生徒像にできるだけ多くの生徒を近づけたい、できればそれを越えさせたいと指導内容を考えるようになります。そして、同僚や仲間の指導している生徒と自分が指導している生徒のちがいを認識し、自分の指導に足りないところを見つけるのです。すると面白いもので、自分の授業の指導の重点が変わり、その結果として育つ生徒の姿も変わるのです。ここではそれが「育てたい生徒像」に近づくようになることを指します。

 

上記の「ベスト集」は、自分が現在指導している生徒の指導にも使えます。ベスト集を改めて生徒に見せ、生徒に自分の発表とのちがいや学ぶべき点を考えさせるのです。仲間の発表というのはとても効果のある「教材」です。生徒は仲間の発表から自分の改善点を学び取ります。また、その「ベスト集」は次に指導する学年にも使えます。以前に指導した学年と同様の活動をさせたいと思ったら、活動前にそれを生徒に見せます。そうすると、生徒は自分では未体験の活動なのに、明確な達成目標を事前に持つことができます。これは教師のどのような説明や指導よりも効果的です。

 

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