P. はじめに
今回の学習指導要領の改訂では、学校教育において育成を目指す資質・能力を以下の三つの柱にまとめたとしています。
○知識及び技能
○思考力・判断力・表現力等
○学びに向かう力・人間性等
さて、正直に言うと、これだけであれば「また何だか知ったようなお題目が出てきたな。まあ、とりあえず文言だけは覚えておいて…」で済ますところなのですが、ことはそう簡単にはいきません。なぜかと言うと、これが評価の観点(実際の文言はページ末に)にもなるからです。
平成10年の改訂のときは、初めて登場した「観点別評価」というものに現場が大変混乱しました。それまで単に数字の5段階(小学校は3段階)でつけていた評定を観点別評価を基準にしてつけるとなったからです。その観点とは、「関心・意欲・態度」、「思考・判断・表現」、「技能」、「知識・理解」でした。これらは英語科では「コミュニケーションへの関心・意欲・態度」、「表現の能力」、「理解の能力」、「言語や文化についての知識・理解」とされました。この4観点をどのように理解して評価をつけるかということには大いに悩んだものです。しかし、時が経つにつれてだんだんとそれにも慣れ、先生方もある程度の自信を持って評価をつけていらっしゃることでしょう。
それが、今回はすべての教科が上記の「三つの柱」と呼ばれている観点で評価をつけなければならなくなったのです。これまでとはまったく異なる観点でつけなければならなくなったので、それぞれの観点が意味するところをしっかりと理解しなければなりません。しかし、筆者を含めて先生方の多くが次のような疑問を持っているのではないでしょうか?
①「知識及び技能」と「思考力・判断力・表現力等」のちがいは何だろう?
→いずれも“能力”の要素を含むけど、どう分けたらいいんだろう?
②「学びに向かう力・人間性等」っていったい何だろう?
→そもそもそんなものを評価できるのだろうか?
これを書いている時点で筆者には上記の疑問が解けていません。それをこれから学習指導要領等を
読み込むことで理解していこうと思います。みなさんもどうぞお付き合いください。
1. 「資質・能力」について
「1. 改訂の主旨とねらいについて」でもふれていますが、今回の学習指導要領を改訂するにあたり、文科省が出している『幼稚園教育要領、小・中学校学習指導要領等の改訂のポイント』には次のような一節があります。
「○ 教育基本法、学校教育法などを踏まえ、これまでの我が国の学校教育の実践や蓄積を活かし、 子供たちが未来社会を切り拓くための資質・能力を一層確実に育成。その際、子供たちに求められ る資質・能力とは何かを社会と共有し、連携する「社会に開かれた教育課程」を重視。」
この中で、「資質・能力」ということばが使われていますが、これについて『学習指導要領(平成29年告示)解説 総則編』(p.35)には次のように書かれています(太字強調は筆者)。
「中央教育審議会答申において指摘されているように,国内外の分析によれば,資質・能力に共通する要素は,知識に関するもの,思考や判断,表現等に関わる力に関するもの,情意や態度等に関するものの三つに大きく分類できる。本項が示す資質・能力の三つの柱は,こうした分析を踏まえ,生きる力や各教科等の学習を通して育まれる資質・能力,学習の基盤となる資質・能力(第1章総則第2の2(1)),現代的な諸課題に対応して求められる資質・能力(第1章総則第2の2 (2))といった,あらゆる資質・能力に共通する要素を資質・能力の三つの柱として整理したものである。」
つまり、出発点と終着点を以下のように対応させることができそうです。
・知識に関するもの→知識及び技能
・思考や判断、表現等に関わる力に関するもの→思考力・判断力・表現力等
・情意や態度等に関するもの→学びに向かう力・人間性等
もちろん、ここに学習指導要領を作成する際に検討した「あらゆる資質・能力に共通する要素」を加えてあるので、必ずしも学問的な見地と一対一で対応するものではありませんが、資質・能力を考える出発点としたことと結果的に学習指導要領にまとまったこととの関係がわかります。
2. 「三つの柱」である理由
今回の改訂で「育成を目指す資質・能力」及びその評価の観点を上記の「三つの柱」に整理した理由は、前出の『…総則編』の「第1章 総説」→「1 改訂の経緯及び基本方針」→「(2) 改訂の基本方針」→「② 育成を目指す資質・能力の明確化」に次のように書かれています(太字強調は筆者)。
「中央教育審議会答申においては,予測困難な社会の変化に主体的に関わり,感性を豊かに働かせながら,どのような未来を創っていくのか,どのように社会や人生をよりよいものにしていくのかという目的を自ら考え,自らの可能性を発揮し,よりよい社会と幸福な人生の創り手となる力を身に付けられるようにすることが重要であること,こうした力は全く新しい力ということではなく学校教育が長年その育成を目指してきた「生きる力」であることを改めて捉え直し,学校教育がしっかりとその強みを発揮できるようにしていくことが必要とされた。また,汎用的な能力の育成を重視する世界的な潮流を踏まえつつ,知識及び技能と思考力,判断力,表現力等をバランスよく育成してきた我が国の学校教育の蓄積を生かしていくことが重要とされた。このため「生きる力」をより具体化し,教育課程全体を通して育成を目指す資質・能力を,ア「何を理解しているか,何ができるか(生きて働く「知識・技能」の習得)」,イ「理解していること・できることをどう使うか(未知の状況にも対応できる「思考力・判断力・表現力等」の育成)」,ウ「どのように社会・世界と関わり,よりよい人生を送るか(学びを人生や社会に生かそうとする「学びに向かう力・人間性等」の涵養)」の三つの柱に整理するとともに,各教科等の目標や内容についても,この三つの柱に基づく再整理を図るよう提言がなされた。」
上記からわかることをまとめると以下のようになるでしょうか。
・長年育成を目指してきた「生きる力」を今後も学校教育は重視していくことにする。
・「生きる力」とは、社会の変化に主体的に関わり、どのように社会や人生をよりよいものにしていくかという目的を自ら考え、自らの可能性を発揮し、よりよい社会と幸福な人生の創り手となる力である。
・「生きる力」を具現化し、教育課程全体を通して育成を目指す資質・能力を
ア)何を理解しているか、何ができるか
イ)理解していること・できることをどう使うか
ウ)どのように社会と関わり、よりよい人生を送るか
という視点で考え、それぞれを
ア)生きて働く「知識及び技能」の習得
イ)未知の状況にも対応できる「思考力・判断力・表現力等」の育成
ウ)学びを人生や社会に生かそうとする「学びに向かう力・人間性等」の涵養(※かんよう=ゆっくり養い育てること)
とする。
つまり、「生きる力」を育成するには「三つの柱」に整理された資質・能力を確実に育成することが大切であるということです。
3. 「三つの柱」の内容
育成を目指す資質・能力が新たな「三つの柱」に整理された理由はわかりました。では、いよいよそれぞれの「柱」の中身を見ていきましょう。ただ、それぞれの詳しい内容は教科によってまちまちなので、ここでは外国語(英語)科のものについて取り上げることにします。「3. 目標について」と重なる部分もあります。
(1) 「知識及び技能」に関して
この点については、『学習指導要領(平成29年告示)』の「外国語」→「第1節 外国語科の目標及び内容」→「第1 目標」の中で次のように説明されています。
「外国語の音声や語彙,表現,文法,言語の働きなどを理解するとともに,これらの知識を,聞くこと,読むこと,話すこと,書くことによる実際のコミュニケーションにおいて活用できる技能を身に付けるようにする。」
ここからわかることは、ここで言う「知識・技能」はそれぞれ次のようなものであるということです。
・知識…外国語の音声や語彙、表現、文法、言語の働きなどを理解する
・技能…聞くこと、読むこと、話すこと、書くことによる実際のコミュニケー ションにおいて活用できる
これについて、『解説 外国語編』に書かれていることをまとめると、「~を理解する」とは、単に個別の知識を習得することだけを指すのではなく、 既存の知識と関連付けたり組み合わせたりして学習内容を深く理解し、社会における様々な場面で活用できる概念としていくことを指します。また、「活用できる技能を身に付ける」とは、個別の技能を身につけるということだけでなく、それを自分の経験やほかの技能と関連付けて、変化する状況や課題に応じて主体的に活用できる技能として習熟・熟達していくことを指します。
つまり、私たち教師が授業で目指すことは、英語そのものに関する知識を授けるだけでなく、それらを活用して実際の場面で使える技能を身に付けさせるような指導を行うということになります。
(2) 「思考力・判断力・表現力等」に関して
上記同様に「目標」には次のように書かれています。
「コミュニケーションを行う目的や場面,状況などに応じて,日常的な話題や社会的な話題について,外国語で簡単な情報や考えなどを理解したり,これらを活用して表現したり伝え合ったりすることができる力を養う。」
これについて、『解説 外国語編』に書かれていることをまとめると、コミュニケーションを行う際は、その「目的や場面、状況など」を意識した上で、「簡単な情報や考えなどを理解」したり、理解したことを活用して「表現したり伝え合ったりする」ことが重要だということです。そして、「思考力、判断力、表現力等」の育成のためには、外国語を実際に使用することが不可欠だということです。
つまり、私たちが授業を行う上では、目的や場面、状況などを意識して、情報や考えなどを理解したり、表現したり伝え合ったりするコミュニケーション活動をしっかりと行うことが重要であるということになります。
(3) 「学びに向かう力・人間性等」に関して
「目標」には次のように書かれています。
「外国語の背景にある文化に対する理解を深め,聞き手,読み手,話し手,書き手に配慮しながら,主体的に外国語を用いてコミュニケーションを図ろうとする態度を養う。」
これについて、『解説 外国語編』に書かれていることをまとめると、外国語学習を行う上では、対象となる外国語の背景にある文化に対する理解を深め、相手の理解を確かめながら話したり、相手が言ったことを共感的に受け止める言葉を返しながら聞いたりすることなどが大切だということです。そして、そうした「学びに向かう力・人間性等」が生徒が主体的に外国語によるコミュニケーションを図る資質・能力を身に付ける上で重要な要素になってくるということです。
つまり、私たちが授業を行う際には、生徒が興味をもって取り組むことができる言語活動を行ったり、自己表現活動の工夫をしたりするなど、様々な手立てを通じて生徒の主体的に学習に取り組む態度の育成を目指した指導をすることが大切だと言えるでしょう。
E. おわりに
では、以上のことを指導計画にどのように位置づけ、それをどのように実際の授業で指導し、そして最終的にはどのような方法で評価するのかというのはまた別の機会に述べたいと思います。もちろん、それらについても文部科学省から何らかの資料の提供があるでしょうから、みなさんもそちらをご覧になってください。
なお、学習指導要領が施行された時点で、三つの柱は実際の評価の観点として以下のように整理し直されました。
◇知識・技能
◇思考・判断・表現
◇主体的に学習に取り組む態度
中学校では令和3年度から上記の3項目で観点別評価をつけることになっています。
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