エピソード37⑩:並行異動

今回の話も人事のことなので、並行「移動」ではなく並行「異動」です。いったい何が“並行”なのか。それをこれからお話しします。

 

今回の出来事は、教職に就いてから10年目に起こったことですが、異例さで言えば3年目に起こったこと(「143. エピソード37④:高から中へ」参照)と似ています。あの時は高校から中学校に異動するということ(元勤務校ではそれ以前に1例のみ)、また、管轄が県教育委員会から国立大学に変わることなどが異例でした。さらに、将来の管轄が高校教育課(指導第二課)から義務教育課(指導第一課)へ変わるということもありました。そして今回は、ある国立大学の附属中から別の国立大学の附属中へ“並行異動”するという,在職校では過去に例のない事態でした。

 

それは2校目に勤務して7年目(教職10年目)の10月頃のことでした。

 

3年目に異動したことの中でユニークだったのは、県の中学校の教員作用試験を受け直したことでしたが、(「154. エピソード37⑥:二度目の採用試験」参照)、今回のエピソードとしてはこれまた過去に例のなかった「辞退届」を書いたことと、それがある時点で“破棄”されたことでした。

 

事の次第は以下のとおりです。

 

2校目で埼玉県の中学校教員採用試験を改めて受けた理由は、将来的には埼玉県の教員に戻るためのものでした。この制度は「任用協定」と呼ばれますが、そのときのそれは埼玉県と埼玉大学との間で結ばれたものなので、他大学に移ればそれは無効になってしまうのです。そこで、任用協定の「辞退届」を書かされました。

 

ところが、しばらくしてから副校長に呼ばれ、「あの時に書いてもらった辞退届は破棄になったよ」と言われました。「???」という顔をしていると、「あの書類が県教委で係長、課長と決済が進んで副部長のところに行った時に、『これでは可哀想だ。オレが筑波大学と県の任用協定を結んでやろう』とおっしゃって破棄されたそうだ。だから、あっちへ行っても埼玉県に戻れるよ」と言われました。

 

結果的には埼玉県に戻ることなく教職を定年退職してしまったので、その協定の効力を確認することはできませんでしたが、会ったこともない私に対しての当時の教育副部長さんのご配慮とご尽力には心から感謝したいと思います。

 

自分の知らないところでもいろいろな方のお力があって今の自分があるのだなということを、改めて考えさせられた出来事でした。(10/22/2022)

 

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