同じことでも、それを見た(聞いた・読んだ)人の立場や状況によって感じ方がちがうことがあります。例えば、ある人にとっては嬉しいことでも、別のある人にとっては嬉しくない(つらい)ことに感じられることなどです。したがって、筆者を含めて教師はこの点を常に意識しておく必要があります。特に、生徒に話す内容については細心の注意が必要です。多くの生徒にとってためになると思って話したことが、一部の生徒の心を傷つける可能性があるからです。
それは本ホームページの内容に関しても同じです。筆者としてはきっと多くの先生方に「役立つだろう」、「勇気を与えるだろう」、「前向きな気持ちになってもらえるだろう」、などと思って記事を書いているわけですが、筆者の何気ない一言や言葉使い(特に若い先生を対象にしていることを前提とした“上から目線”の言い回しなど)によって、一部の読者の方の気分を害してしまったこともあるでしょう。そういう経験をされた先生は、二度と本ホームページは訪問なさらなくなってしまったかもしれません。
このようなことを考えるようになったのは、自分で嬉しくない(つらい)方の立場を経験したことがあるからです。すなわち、多くの人にとっては「感動する」(あるいは「何とも思わない」)と思われるであろうことに、筆者自身がとてもつらい気分を味わったことがあるということです。それは、ある一流企業のテレビ・コマーシャルを見たときでした。まずはYouTubeに上がっている件のコマーシャルをご覧になってみてください。
これは2018年10月頃にテレビで放送されていたもので、30秒のショート・バージョン(本作品)の他に1分30秒のロング・バージョンもあります。このコマーシャルの言わんとしていることは、一家の大黒柱である父親が運悪く娘の大学進学前に亡くなってしまったけれども、死亡保険金で授業料を払えるので、娘は無事に大学に進学できて良かったということだと思います。そして、「そういうことを想定して保険に入っておきましょう」というのが最終的なメッセージでしょう。
作品自体は同社の過去のコマーシャルの中でもかなりよくできた作品だと言えると思います。また、当時はまだそれほど有名ではなかった清原果耶(2021年度前期NHK朝ドラ『おかえりモネ』主演)を起用したあたりにも一流企業らしい先見性があったと思います。ただ、他の生命保険のコマーシャルと決定的にちがうのは、あまりにもリアルなドラマ仕立てにしたことです。それによって、“当事者”にあたる人にはとてもつらい思いを起こさせる可能性がある映像になっています。
このコマーシャルは、見る人によって様々な気持ちを起こさせます。まったく同じ状況を経験した家族は「うちもよかった」と思うでしょう。そうでなかった家族は「うちもそうしておけばよかったのに…」と悔やむかもしれません。同じような立場の子であれば、父親に感謝するでしょうし、反対の立場の子は親を批難するかもしれません。また、はっきりは言ってはいないものの、ついに病院のベッドで父親が亡くなる瞬間を心臓の停止を意味する機械の音と父親の手を握って泣き崩れる娘の姿で表しているシーンは、人によってはとても平常心では見られないものかもしれません。
実は、これが放送されていた3年前の10月、筆者はある病気の治療のために3ヶ月の病気休暇(1ヶ月の入院と2ヶ月の自宅療養)をとっている真っ最中でした。当時は定年までの残り約3年半の間を無事に勤め上げられるだろうか、いや、それ以前に東京オリンピックを見られないかもしれない…、などという不安があったので、このコマーシャルは自分の心にぐさりと刺さりました。特に、父親が亡くなるシーンはまるで自分の最期の姿を見ているようでドキドキしました。幸いにも、今はそこまでの危機感は感じていないので、比較的気楽にこの作品を見ることができますが…。
話を元に戻します。このように、多くの人にとっては感動的であったり良い話であったりする話であっても、その話の内容と事情が重なる人にとっては耐えがたい痛みを感じさせることがあるのです。私たち教員で言えば、自分が受け持っている生徒(児童)にも本人の健康状態や家族の事情などによって、こちらがまったく意図していなかったのにもかかわらず、その生徒(児童)にしかわからない心の痛みを与えてしまう可能性があります。このコマーシャルは改めてその危険性を意識せてくれました。(10/3/2021)
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