つづりの指導

「英語のつづりは例外が多いから、とにかくいっぱい書いて覚えるしかない…」。これは筆者が中高生のときにもっていた英語のつづりに対する印象です。おそらく読者の方-多くは英語の先生でしょう-も同じような印象を持って一所懸命単語や英文を書いてつづりを覚えたことと思います。そして、その経験からご自身の生徒たちにもノートに何度も単語の練習をさせる家庭学習を課しているにちがいありません。

 

復習として書く練習をさせることに対しては異論はありませんが、それ以前にある重要な指導を行っていないとしたら片手落ち、いや大変な指導不足です。その重要な指導とは、つづりの基本的なルールを教えるということです。それをしないでやみくもに書く練習をさせても、一部の勘のいい生徒を除いてなかなかつづりは身につきません。そこで、ここでは筆者の前任校で行っていたつづりの指導を紹介します。ぜひご自身の指導の参考になさってください。

 

1. 指導の前提

 

(1) つづりは実際の発音を論理的に示したもの

冒頭で「英語のつづりは例外が多いから…」としました。確かにそれは事実です。しかし、それは「ルールがない」ということではありません。英語のつづりも基本的にはルールどおりです。なぜなら、ルールが無ければ、ネイティブ・スピーカーであっても誰もが単語を見て瞬時に発音したり、相手の発言や自分の伝えたいことを瞬時に正しく書いたりすることはできないからです。

 

ここからわかることは、英語のつづりは書かれていることをそのまま読めば「話しことば」どおりの発音になるようにできているということです。つまり、英語のつづりは実際の発音と密接に結びついており、かつかなり論理的なルールに則ってできているということです。したがって、その基本的なルールを指導するのは英語教師としての基本中の基本と言えるでしょう。

 

(2) 生徒が気づくことができるルールを指導する

英語のつづりの指導と言うと、多くの人が「フォニックス」(phonics)を思い浮かべると思います。フォニックスは英語を第1言語とする国の子供のつづりの指導法として発展したものです。それを1980年代に日本に紹介したのが松香洋子先生で、氏が提唱した「松香フォニックス」は当時の日本の英語教育界では画期的な指導法でしたので、一時期は全国でフォニックスの指導が流行しました。しかし、しばらくすると、「難しくて自分の生徒には合わない」とか「途中で挫折した」などという声が聞こえ始め、いつの間にかフォニックスは下火になってしまいました。

 

なぜそのようなことが起こってしまったのでしょうか。それは紹介された指導内容のすべてを教師が教え込もうとしたからです。前述のとおりフォニックスは英語のネイティブ・スピーカーを対象にした指導法ですから、普段の生活で英語を使うことがない日本人にそのまま適用したらうまくいくはずがありません。そもそも子供たちが元々持っている土台がちがうからです。

 

では、フォニックスはダメのかと言えばそうではありません。フォニックスを指導するのは私たち日本人の生徒にとっても有効なことなのです。大切なのは、すべてを教え込もうとするのではなく、生徒が理解できる(=気づくことができる)ルールだけを指導するということです。けっして教え込んではいけません。あるつづりのルールを教えるときは、いくつもの例を見せてその中にルールがあることを生徒自身に発見させるのです。その範囲を超えるようなところまで教えようとすると生徒の頭がパンクします。大切なのは、自分の生徒の力を見極め、その生徒たちの頭の中を整理するような指導法を考えることです。

 

筆者の前任校(筑波大学附属中学校)では2000年頃から中1の入門期指導にフォニックスを取り入れていますが、やはり最初の頃は生徒に加重負担を課してしまって生徒がつらそうな顔をしていました。その後はその反省を生かして、年を追うごとに生徒の学習状況に応じた指導を行うようになり、現在ではほぼ”定番”となる指導内容及び指導方法が確立しています。

 

(3) 最低限の達成目標を示す

何度もふれているとおり、英語には数多くの例外を含む多くのルールが存在します。それらすべてを指導しようとするのではなく、「これだけは知っておいてほしい」というつづりを厳選して指導するようにします。そして、そのために示す具体的な単語も限定し、それらのつづりのルールが理解できて正しくつづることができるようになればよいという最低限の達成目標を示すようにします。

 

筆者の前任校では、そのために「アルファベット・チャンツ」という26の単語を準備しました。そして、次のような流れで指導を行っています。

➀ つづり字のないハンドアウトを使って26単語の発音練習をする。

➁ つづり字のあるハンドアウトを使って26単語の発音とつづりを結びつけるとともに覚えるべきつづりの達成目標を示す。

③ 次項「指導の実際」の指導を行う。

④ 専用のハンドアウトで26単語を書く練習をする。

⑤ 専用のハンドアウトで26単語を書く小テストを行う。 

アルファベットの音の学習の時点では

つづりのないものを使用

発音のつづりの学習の時点では

つづりのあるものを使用


 

2. 指導の実際

 

ここでは筆者の前任校の“定番”となっている発音とつづりの指導を順を追って紹介しましょう。それぞれの指導内容は、学習内容としてすでに拙著一般向けホームページ『目から鱗が落ちる英語学習』で紹介済みです。もともとは前任校で実際に指導していた内容を一般向けの学習内容として書き直したものですので、それを指導者の立場で実行していただければいいであろうということで、詳細な内容はそちらをご覧いただくことにし、それぞれの要点だけをお話しします。

 

(1) 文字の「音」

フォニックスの基本中の基本です。これをやらずして先には進めません。また、フォニックスを指導しないという場合においても、英語教育を行う上で最低限指導すべきことです。

<参照ページ> 一般向けHP「発音とつづりに関すること」

「1. アルファベットの名前は読めても英語は読めない」

※本コーナー「7. 文字の指導」→「(1) アルファベットの名前と音」

 

(2) 音の連続だけで読める語

(1)が指導できたら、bat, set, mix, pot, cut などの音の連続だけで読める語を指導します。dog も「ドゥ・オー・グ」が理解できて初めて「ドッグ」と言えることに気づかせるようにします。

<参照ページ> 一般向けHP「発音とつづりに関すること」

「K1. 犬はドゥ・オー・グ(音の連続だけで読める語)」

 

(3) 語末の e で直前の母音の発音が変化する語

最初のつづりのルールとして、語末の e で直前の母音が名前読みになる語を指導します。mad - made, sit - site, cut - cute などの組み合わせからルールに気づかせるようにします。

<参照ページ> 一般向けHP「発音とつづりに関すること」

「K2. マジックe(音を変身させる魔法の文字)」 

 

(4) 子音2~3つで出す1つの音がある語

子音の指導の次の段階として、2~3つの子音の連続で1つの音になるつづりの語を指導します。ph, ck, ch, tch, ng, sh, th, dge などのよく見かけるつづりの音に気づかせるようにします。

<参照ページ> 一般向けHP「発音とつづりに関すること」

「K3. こわいゾウ(子音2~3つで出す1つの音)」

 

(5) 2つの音がある子音を含む語

子音の中には2つの音があるものが存在することを指導します。city - cap, gym - gas などのよく知っている語を例にしてそれに気づかせます。

<参照ページ> 一般向けHP「発音とつづりに関すること」

「K4. ジキルとハイド(子音の2つの音)」

 

(6) 母音2連続の音を含む語

母音には長母音や二重母音があることを指導します。tree, sea, room, August, dayout, now などのよく見かけるつづりの音に気づかせるようにします。 

<参照ページ> 一般向けHP「発音とつづりに関すること」

「K5. 2人の母(母音2連続の音)」

 

(7) 母音+ r の音を含む語

母音の中でもっとも英語らしい発音を含む語を指導します。park, sports, her, bird, turn などのよく知っている語を例にしてそれに気づかせます。

<参照ページ> 一般向けHP「発音とつづりに関すること」

「K6. R同名(一緒にいると舌を巻く)」

 

(8) 同じ子音字が重なることで直前の母音が変化する音を含む語

少し高度な内容である、同じ子音を重ねることで直前の母音が音読みになることを指導します。later - latter, diner - dinner, cuter - cutter などの例から気づかせるようにします。

<参照ページ> 一般向けHP「発音とつづりに関すること」

「K7. りんごの謎(同じ子音が重なると起こる現象)」

 

(9) 弱母音を含む語

英語の発音の特徴の1つとして強弱がはっきりしていることを「弱」の面から指導します。lion, rabbit, octopus などのよく知っている語を例にしてそれに気づかせるようにします。

<参照ページ> 一般向けHP「発音とつづりに関すること」

「K8. 弱いライオン(弱く、短く、てきとう~な音)」

 

(10) その他のつづりを含む語

(1)から(9)だけでは説明できない26単語のつづりの残りの部分を指導します。picture, culture, nature などのよく知っている語を例にしてそれに気づかせるようにします。 

<参照ページ> 一般向けHP「発音とつづりに関すること」

「K9. その他のつづり(これで残りもバッチリ!)」

 

(11) アルファベット・チャンツ26単語の読み書く練習

(1)~(10)の指導が終了した時点でそららによって読めるようになった「アルファベット・チャンツ」26単語(1.(3)のハンドアウト参照)を読んだり書いたりする指導を行います。その際は“チャンツ”と呼ぶにふさわしい音声や映像を使ってリズムに乗って楽しく活動をします。以前は音声のみで指導していましたが、2020年のコロナ禍では遠隔指導用に映像を製作しました。その映像を以下のYouTubeに上げておきます。

 

① アルファベット・チャンツ(モデル入り) ※映像製作by植野、モデル音声by肥沼

 

② アルファベット・チャンツ(カラオケ) ※映像製作by植野

 

3. 指導上の留意点

 

(1) 継続指導

つづりはルールを教えたからといってすぐに身につくわけではありません。継続的な指導が必要です。そのためには、新出単語を示す際には安易に単語カード等でつづりを読ませるだけでなく、既習のルールについては繰り返し根付いているかを確認することが重要です。

 

(2) 追加指導

上記の指導内容はあくまでも入門期に指導している最低限の内容です。つづりのルールは他にもいろいろありますので、新たなルールに則った単語が出てきたところで追加指導をするとよいでしょう。ただし、くれぐれも生徒が気づくレベルを越えないような無理のない指導をしてください

 

<参考文献> 前任校の指導内容及び教材は以下の資料を基に作成しました。

・手島良著『スラすら・読み書き・英単語』(1997、NHK出版)

・手島良著『英語の発音・ルールブック』(2004、NHK出版)

 

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