教育機器は、今や英語教育にとって無くてはならない存在になりました。授業で何も教育機器を使わずに、かつてのように「チョーク1本で」授業をしているという先生は、中学校ではかなり少数派ではないかと思います。そこで、ここでは効果的な教育機器の使い方について考えていきたいと思います。
1. 教育機器の利点
英語の授業では、なぜ敎育機器が大きな力を発揮するのでしょうか。それは、英語という外国語は日常生活の中では生徒にとってはあまり馴染みがないもので、扱いたい情報を見たり聞いたりするには、敎育機器が必要だからです。
もちろん、それらが無くても教科書だけで授業をすることはできます。しかし、生徒が教材に対して興味・関心を持ち、効率的に言語を身につけるためには、紙面からは得られない視聴覚情報が欠かせません。
冒頭でも述べたとおり、英語教育において教育機器は不可欠な存在になっています。大昔であれば、それは黒板やチョークでした。レコードやカセットテープが使えるようになってからは、それらを再生するプレーヤーが大きな力を発揮しました。やがて映像を゙再生できる機器が使えるようになり、それらはほぼ10年くらいの周期でより便利な機器へと進化してきています。
2. 教育機器利用上の留意点
以上のような経緯もあり、特に英語の授業では様々な教育機器が使われています。ただ、それだけ便利で効果的な教育機器も、使い方を誤れば効果が望めないばかりか、使うことでかえって授業の質を下げてしまうこともあります。そこで、ここではどのようなことに留意したらいいのかということをお話しします。
(1) 目的・場面に応じた利用
これは教育実習生にありがちなことなのですが、「◯◯が使いたいから…」と言ってそれを使おうとすることがあります。それは、教具(教育機器)だけでなく、教材についても同様です。例えば、「羽生結弦選手のビデオを使いたい」、「自分の好きなアニメのキャラクターを使いたい」などです。しかし、そのような発想で使っていては、教育機器の本来の力を発揮させることはできません。
教育機器は、それを使う目的と場面に応じて選択して使うべきです。特に、視覚教材・教具が要注意です。例えば、羽生結弦選手を紹介するだけなら、ビデオでなく写真で十分です。ビデオだと必要以上の時間を取りますし、生徒はビデオの内容の方に頭が行ってしまって、その間に先生が言っていることは耳に入ってきません。また、自分の好きなアニメのキャラクターについても同様です。特にマイナーな作品のキャラクターなどを出すと、生徒が混乱します。
これでは本末転倒です。本来は理解を助けるための物として用意したものが、かえって生徒の理解を阻害していることになります。教師は、目の前の生徒の学習を最大限に促進させるためには、どのような教育機器を使ったらいいかということを、常に意識していることが大切です。
また、教育機器の利用法として頭に入れておきたいことは、特に次の(3)で取り上げるような機器においては、それを常に、どんな場面でも使うということにこだわらずに、使用場面を取捨選択することです。その機器の効果がもっとも期待される活動で使うということが大切だと思います。
(2) 突発的事態への対処
教育機器を使う上での最大の難点は、突発的状況でそれが使えなくなることです。多くの機器で、音が出ない、映像が映らない、という事態が起こることを想定し、その対策を講じることが肝心です。
たいていの場合は、機器に対して何らかの間違った操作をしてしまったか、単に接触不良を起こしているだけです。そのようなことが起こらないように事前に十分な確認を行うことが大切ですが、「さっきは映ったのに…」ということはよくあることです。
それに対処するには、あらかじめ機器の使い方に慣れておくことです。まちがっても、その時に初めて使ったなどということがあってはいけません。その機器の“クセ”のようなものがわかっていると、「また起こったな」くらいであわてません。
また、小さな部品であれば、予備を携行することをお勧めします。特にコードや電池などはあっと言う間に切れたり消耗したりしてしまうので、教室に携行する籠や袋に予備を準備しておきたいものです。
(3) 「使わなければならない」に関して
教えたい内容がまずあって、それをもっとも効果的に教える道具として教育機器を選択すべきであるというのは、先に述べたとおりです。つまり、教育機器の使用自体が目的になることはありません。しかし、実際には「あるから使わなくてはならない」という状況もあるでしょう。
例えば、「ギガ・スクール構想」によって、2020年頃に全国の学校の生徒一人一人が授業中にタブレットを使えるようになりました。また、2022年には全国の中学校の英語の授業で、電子黒板を積極的に使うことが求められました。確かに、いずれにも便利な機能は付いていますが、やはり多くの先生方から「使い方が難しい」という声が上がりました。
しかし、そこにあるものを使わないわけにはいきません。「なぜ◯◯先生は使わないのか?」と保護者から突き上げられる可能性もあります。そこで、多くの先生が「仕方がないから使うか…」という気持ちで使い始めたと聞きます。
そうであれば、その教育機器がもっとも有効に作用する活動を後から考えてあてはめるということも考えなければならないでしょう。
例えば、タブレットなら生徒の発言を録音したり、発表の様子を録画したりすることができますから、各生徒に音読を録音させたり、スピーチの様子を録画させたりする活動を新たに取り入れることができます。筆者の前年校では、すでに20年以上も前から次項で紹介する音声・映像機器を使って生徒の発言を録音したり、発表を録音したりして、それを「振り返り」の活動に利用して、大きな成果を上げてきました。現在はそれがタブレットになっています。
おそらく、電子黒板についても同様のことが言えると思います。ただ、残念なことに、筆者は現役時代に電子黒板を使ったことがないので、ここではその使用事例を自信を持って紹介することができません。各種報告書やネット上では、いろいろな学校の取り組みが紹介されていますので、具体的な事例はそれらを参照してはください。
これらの機器を使う場合に心がけておきたいことは、授業中のすべての活動でそれらを利用しなければならないという強迫観念にとらわれないことです。この場面では使うが、この場面では使わない、とはっきり区別をつけることが大事です。そうすれば、使い始める前はおっくうに思っていた機器も、案外使い勝手の良い機器に思えるでしょう。
3. 教育機器の種類
教育機器は、「教材」に対する「教具」とほぼ同義のものと考えることができます。その教具には、どのようなものがあるか、まずは概観してみます。もしかしたら、学生や若い先生方にはピンとこないかもしれないと思われるものも、あえて取り上げてあります。
(1) 音声に関するもの
音声に関する教育機器は、教科書本文や語句の音声を聞かせたいとき、歌などを聞かせたいとき、リズム音声を聞かせたいときなど、授業中に使う機会がもっとも多いものです。
① テープ・レコーダー
今や“骨董品”的なものですが、かなり昔に録音された教材を再生したりするのに有効です。筆者の前任校では、2000年頃から2010年頃まで、生徒一人一人にポータブル・カセット・レコーダーを貸し出して、授業中の発言や発表を録音させたり、テストの放送問題の音声を録音させたりしていました。しかし、ほとんどの生徒がカセット・レコーダーの使い方を知らないという状況になって、④のICレコーダーに移行しました。
② CDプレーヤー
1980年代に急速に浸透した機器で、すでに40年以上も使われている機器です。CDは今でも主要なデジタル音声媒体の1つでしょう。普通のCDは録音・編集ができませんが、パソコンで使えるCD−Rであればできるので、プレーヤーさえあれば便利です。
③ MDプレーヤー
1990年代に登場した、デジタル音声機器です。MDとは「ミニ・ディスク」の頭文字であることからもわかるとおり、機械の中に小さなディスクを入れて再生したり、カセットテープのように簡単に交換したりすることができます。CDと異なり、簡単に録音・編集ができることが利点です。また、あらかじめ使いたいところにトラックを切っておけば、頭出しは瞬時に行うことができ、また聞かせたい部分を繰り返し連続再生することもできるので、大変便利な機器です。ただし、広く一般に広まる前に市場から消えてしまったのが残念です。
④ ICレコーダー
もともとは会議などの音声を録音する物として広まりましたが、取り外し可能な記憶デバイス(SDカード等)を使えるタイプであれば、パソコンを使って編集した音声を手軽に再生したり、それぞれの生徒が録音した音声をまとめたりすることができます。筆者の前任校では、①を生徒一人一人に貸し出していましたが、2010年ころから順次こちらに移行しました。しかし、それもタブレットを使うことになった2022年頃からは、そちらに移行しています。
⑤ iPod、iPad
これらは④の使い勝手をさらに良くしたもので、いずれも音声だけでなく映像も扱える点が便利です。iPod であれば手のひらより小さいので、持ち運びにも便利です。ただ、アップル社の製品は使い方が独特で、またアプリの汎用性も低い(他社製品との互換性がない)ので、他のデバイスとの併用という点では課題があります。
⑥ タブレット
※(2)④参照。
⑦ リズム・マシーン(シンセサイザー)
英語のリズムは日本語にはないものがあります。日本語は音の高低(ピッチ)で大切な部分とそうでない部分を表現しますが、英語は音の強弱(ストレス)でそれらを表します。そして、音の強い部分は長くはっきりと、音の弱い部分は短く曖昧に発音されます。そこで、生徒に英語を話させるときは、それらのリズムを意識させるようにします。それを支援するものとして、シンセサイザーが有効です。シンセサイザーと言うとピアノのサイズのものを思い浮かべるかもしれませんが、手の平サイズの物もあります。筆者の前任校では、英語教師全員が持っていました。今ではスマホで代用できます。
(2) 映像に関するもの
① テレビ・モニター
録画した教育番組を見せたり、DVDプレーヤーやパソコンなどのデバイスを通して映像教材を提示するのに便利です。薄型テレビが一般的になった頃に多くの学校で取り入れられましたが、現在はプロジェクターや電子黒板に置き換わりつつあるようです。
② プロジェクター
各種の映像デバイスからの映像を大きなスクリーンや黒板に投影する物として、現時点ではもっとも一般的な機器でしょう。筆者の前任校では、2020年頃に全教室にプロジェクター(16:9以外に、16:6や2画面分割に対応のタイプ)が設置されたので、コロナ禍の頃からよく使っていました。定年退職後は、大学の授業で毎時間使っています。
③ パソコン
なんと言っても、映像教材を提示するデバイスとしては、現時点でもっとも使い勝手のよいものでしょう。自分のパソコン上で教材を作成してそれを持って行くこともできますし、他のパソコンで作った教材をSDカード、USBなどの媒体やネットを通して教室で使うパソコンに移すこともできます。いざとなれば、その場で内容を修正することも可能です。
④ タブレット
現時点ではもっとも使い勝手のよい機器の1つでしょう。国の施策で生徒一人一人が使えるようになったことも大きな利点です。音声と映像の両方を扱える点が便利なので、生徒自身に自分の発表の様子を録画させたり、それをネットで提出させたりすることができます。ただ、製造会社によって使い方がかなり異なるので、自治体をまたぐ異動のある先生は、移動先で別の会社の製品を使わなければならなくなった場合に、慣れるまでしばらく大変だと聞きます。
⑤ 実物投影機・書画カメラ
小さな物や資料、生徒のノートの中身などを共有したいときに、そのままプロジェクター等につなぐことができるカメラがあると便利です。もしなければ、三脚にビデオカメラを取り付けて、上から覗き込むように置いても、ほぼ同じような効果を発揮します。
⑥ ビデオ・プレーヤー
古くはべータやVHS、次は8ミリやHi8、そしてミニDVと、時代とともに進歩してきたビデオ・テープ。使い方が簡単で、管理も楽であったので、大変重宝しました。あらかじめテープを見せたい部分に止めておくことができるのて、複数のクラスで使うときも無駄な時間を使わずにすみます。
⑦ DVDプレーヤー
家庭ではよりきれいな映像が再生できるブルーレイ・プレーヤーが増えてきましたが、少し前に発売された映像教材のほとんどがDVDであり、最近のパソコンはDVDを再生できないものも増えてきているので、プレーヤーが教室にあると便利です。ただし、ビデオプレーヤーのように見せたい場所にあらかじめ止めておくということができないのが難点です。
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