スピーキングの指導

筆者が中・高生だった頃は英語の授業でスピーキング活動を行うことはほとんどありませんでした。筆者が初めて英語を“話した”のは、大学の英会話の授業だったと思います。しかし、今では小学校から英語のスピーキング活動が盛んに行われ、中学校では20年以上前からほとんどの学校で当たり前の活動になりました。

 

現在のこの状況は、平成元(1989)年の学習指導要領の改定でそれまでの「聞くこと・話すこと」が「聞くこと」と「話すこと」に分離され、「コミュニケーション活動」を行うことが推奨されたことを出発点としています。しかし、「聞くこと」「話すこと」を重視した指導を行うことは実は100年以上前から提唱されてきたことを忘れてはいけません。例えば、筆者の前任校である筑波大学附属中学校の前身、東京高等師範学校附属中学校では1910年に学校が発行した『教授細目』という内部規定のような書籍に現行の学習指導要領で言うところの「授業は英語で行うことを基本とする」に通じる記載があり(「授業は英語で」コーナーの「1. 『授業は英語で』の基本的な考え方」参照)、それ以来伝統的に「聞くこと」「話すこと」を中心とした授業を行ってきました。

 

筆者自身は、大学の英語科指導法で「聞くこと」「話すこと」を中心とした指導の重要性を習い、教育実習でそれを実践できたことがすべてのベースになっています。教員になってからも、初任の県立高校、2校目及び3校目の国立大学附属中学校で37年間「聞くこと」「話すこと」を中心とした授業を行い、仲間とともにその普遍的なあり方の研究を続けてきたつもりです。

 

そこで、ここではスピーキングの指導に関する重要なポイントについてお話しします。指導法の教科書などに載っているような基本的なことは省略して、その先にある重要な点について議論していきたいと思います。

 

1. 授業におけるスピーキング活動

授業におけるスピーキング活動を言語の習得と活動の難易度の視点で分けてみると、次の4段階に分けられると思います(私見)。

 

① 新しい文法事項の練習

② 新しい文法事項を使った言語活動

③ 既習事項を使って準備して話す活動

④ 既習事項を使って即興で話す活動

 

①は新しく習った文法事項を理解・定着させるための練習活動です。最低限の言語材料を使って導入した文法事項を暗唱して言う練習(Mim-Mem: Mimicry-Memorization)、特定の箇所を次々に入れ替えて言う練習(Pattern Practice)、場面や状況に合った英文を言う練習(oral practice)などがあります。なお、これらの具体的な活動例は「新文型のオーラル・イントロダクション」のコーナーにあります。

 

②は新しい文法事項を使って実際に仲間とやりとりをする活動で、いわゆる「コミュニケーション活動」と呼ばれるものの1つです。この活動のポイントは、相手の言うことをしっかり聞いてそれに合わせて反応するということで、与えられた会話文を単に暗唱して再生する活動は含まれません。また、相手が何を言うかわからない、自分も相手に何を反応するかは聞いてみないとわからないという「インフォメーション・ギャップ」がある活動を行うことも大切とされています。なお、これらの具体的な活動例は「コミュニケーション活動」のコーナー及び本コーナーの「16. コミュニケーション活動の指導」にあります。

 

③は過去に学習したすべての言語材料を駆使して話すもので、あらかじめ原稿を自分で準備して話す活動です。現行の学習指導要領では「話すこと」の「発表」にあたる活動と言えます。代表的な活動例は個人で発表するスピーチですが、仲間と友にシナリオを考えて発表するスキットや既製の内容に少しオリジナルの台詞を加えて演じる英語劇などもこれに含まれます。なお、これらの具体的な活動例は「イベント活動」のコーナーにあります。

 

④も過去に学習したすべての言語材料を駆使して話すものですが、事前に準備したりせずその場の状況で臨機応変に対応して話す活動です。現行の学習指導指導要領では「話すこと」の「やりとり」にあたる活動で、今回の改訂でもっとも重視されている活動になります。代表的な活動例としては自由なテーマで話すチャット(小学校では Small Talk がこれにあたります)やディスカッションなどがあります。なお、これらの具体的な活動例は「コミュニケーション活動」のコーナー及び本コーナーの「16. コミュニケーション活動の指導」にあります。

 

☆「読むこと」の音読を「話すこと」に☆

以上に加えて、以前の学習指導要領では「読むこと」に含まれていた音読を「話すこと」の活動ととらえる考え方もあります(例:筆者の前任校)。例えば、教科書の音読をただ文字面を追うようにして読んで音声化させるのではなく、少なくとも "Read and Look up" で自分のことばで話しているかのように音読させたり、教科書の対話文を演じさせたり、物語文をグループで役割分担して教科書のピクチャーカードを紙芝居のように見せながら演じさせたりすれば、これらも立派な「話すこと」の活動になります。つまり、音読は「話すこと」の表現力の基礎を培う活動だととらえる見方です。

 

【コラム】「話すこと」の活動の留意点-あってはならない“あるある”指導―

(1) 新しい文法事項の練習に関して

経験の浅い先生などの公開授業を見ていると、新しい文法事項が導入された際に次のような板書と共に口頭練習をさせる場面にときどき出会います。

 

<板書>

◇「~している」という意味の現在進行形

 He plays tennis every day.

 He is playing tennis now.  <be動詞+動詞のing形>

  

<指導>

T: Now, everyone.  Please repeat after me.  "He is playing tennis now."

S: He is playing tennis now.


上記のような指導にはある決定的な“欠陥”があります。それが何であるか即答できるでしょうか。

 

この活動の目的は新しい文法事項(ここでは「現在進行形」)の意味と形を理解し、それを口頭で表現することで脳裏に焼き付けることです。ところが、この活動ではその後者ができません。なぜなら、黒板にその頭に入れるべき内容がすべて書かれたままになっているからです。このままでは、生徒は目の前にある英文の文字面を目で追って何も考えずにそれを音声化することになります。意味も文の形も意識する必要はありません。つまり、頭の中にこの文の文型が残らないことになります。このような指導をしていると、黒板を消されたら生徒は何も言えなくなるばかりか、その日に習ったはずの文型のことは授業が終わったら頭から抜けてしまいます。おそらく次の授業のときには覚えていない生徒が多いでしょう。

 

この活動のキモは「聴覚心像」(acoustic image)を構築することです。つまり空でこの文を言えるようにならなければなりません。そのためには対象となる英文を消してしまうか、赤字の部分を消してしまうことが必要です。何のヒントもないと言えない判断される場合はヒント語を残したり場面設定で使った絵を示したりして援助します。

 

(2) 新しい部法事項を使った言語活動に関して

こちらも“あるある”の指導例です。次の活動の問題点がわかるでしょうか。

 

<ハンドアウト>

次の例文を使って仲間と尋ね合い答えを記録しよう。

Did you study English last night?

Yes, I did./No, I didn't. 

[答え]Aさん:   Bさん:   Cさん:

<指導>

T: Look at the handout.  Please ask this question to some of your classmates and collect their answers.


 

上記のような活動には2つの問題点があります。

 

1つは、(1)と同様で生徒が話すべき内容がすべてハンドアウトに書かれていることです。このようなハンドアウトでこの活動を行うと、生徒は目の前にハンドアウトを置いてそれをただ読んでいるだけになります。相手の目を見ることもなく、自分のことばではない単なる書き言葉の音声化をしていることになります。

 

これに対処するには、使うべき表現をあらかじめしっかりと口頭練習させ、空で言えるようになったことを確認してから活動を行うことです。それでも覚えられない生徒がいる場合は、せめてハンドアウトを裏返しにして持たせたり、英文と記録覧を表裏にしたりして、実際に話す時にはできるだけ英文が目に入らないようにします。

 

もう1つは、尋ねるべき疑問文が全員同じであることです。これでは「インフォメーション・ギャップ」がありませんから、相手の質問を聞く必要がありません。せっかちな生徒は相手の質問を聞く前に Yes, I did./No, I didn't. と答えてしまうでしょう。

 

これに対処するには、English や study English の部分を生徒に自由に変えさせることです。このようにすると相手の質問を聞かないと答えられませんし、尋ねる方も自分で設定した内容なので尋ねる意欲が高まります。また、活動意欲という点では、仲間の答えを予想させてから尋ねさせるとより熱心に活動します。自分の予想が的中するかどうかを確認したいという動機が加わるからです。

 

2. 授業で「話すこと」を圧倒的に増やす指導

1.で示した活動はすべて意味のある大切な活動ですが、それでも授業全体の中ではそれぞれ数分間しか各生徒は活動していません。結局のところ、「~活動」を行っているだけでは十分な「話すこと」の活動を授業で確保したことにはならないのです。

 

では、どうしたらいいでしょうか。それは「11. リスニングの指導」でも述べた「授業全体を英語で進める」という指導を行うことです。この点について、現行の学習指導要領でそのことを述べた部分をもう一度確認してみましょう。「3 指導計画の作成と内容の取扱い」の「(1) 指導計画の作成上の配慮事項」の「エ」という項目に記されています。

 「生徒が英語に触れる機会を充実するとともに,授業を実際のコミュニケーションの場面とするため,授業は英語で行うことを基本とする。その際,生徒の理解の程度に応じた英語を用いるようにすること。」

これを読むと、「生徒が英語に触れる機会を充実する」という部分はリスニングの量を圧倒的に増やすために、「授業を実際のコミュニケーションの場面とする」という部分はリスニングとスピーキングの量を圧倒的に増やすためであることがわかります。つまり、授業を英語で行うことは、生徒が英語を聞いたり話したりする機会を最大限に確保する方法であるということです。

 

なお、その際にもいつくかの留意点があります。それらは長年それを実践してきた者として「授業は英語で」のコーナーに詳しく記していますので、そちらを参照してください。

 

3. 人前で英語を話す際の心理的プレッシャーに関する指導

筆者は長年英語で授業を行ってきており、生徒も入学時から英語で表現することに慣れているので、上級生になっても臆すること無く英語を話していましたが、埼玉大学や神奈川大学で英語科指導法の授業を受け持った際に、多くの学生から「英語を人前で話すのが恥ずかしい」という声を聞き、将来自分が指導する生徒もきっとそうであろうと考えていることがわかりました。

 

この点に関しては次のようなことを学生に伝えました。おそらくすでに「授業は英語で」を実践なさっている先生は意識して指導なさっていることだと思います。

 

(1) 話す側の指導

なんと言っても話す本人の心理状態を改善しなければなりません。次の3点を押さえて指導すればいいでしょう。

 

① 恐怖心を「無くす」から「上手に付き合う」へ

生徒はよく「緊張しないようにするにはどうしたらいいですか?」という質問をしてきます。これに対して筆者は「緊張しないようにはできない」と答えます。そのために、何万時間と授業をしてきた筆者でさえ、毎回の授業は緊張しているという事実を伝えます。そして、そのときも手の平にいっぱい汗をかいていることを生徒に見せます。

 

その上で、「無くすことはできないが、上手に付き合うことはできるようになる」と話します。ただし、そのためには自信がつくまでの準備と練習が必要であることを伝えます。筆者がよく見せるのは、教卓の上に置いてある指導案ノートです。そこには1時間の授業の流れと各活動で使う例文やオーラル・イントロダクションの手順や具体的な表現まで書かれています。そして、実際に授業を行う前にそれを何度も読み直して覚え、実際にその中の台詞を言う練習をすることもあることを伝えます。それをあらかじめ準備しているから、緊張していても緊張しすぎて止まってしまうということはないということを理解してもらいます。

 

最終的にはしっかりとした準備と「慣れ」が重要であることを理解してもらうようにします。

 

② 経験させることを「心配し過ぎる」から「恐れない」へ

これは教師の立場からのことです。おそらく少なくない先生が「自分の生徒は人前で話すのが苦手だから…」とか「都会の子とちがって田舎の子は人前で話すことに慣れていないから…」などと考え、「生徒に仲間の前で英語を話させることには躊躇する」とおっしゃるのではないでしょうか。しかし、それを心配するあまりそうした活動を行わないままでいると、生徒は成長しません。そして、そのような活動を行っている先生の生徒との差はますます広がっていきます。

 

この場合に大切なことは、「心配し過ぎる」から「恐れない」へ一歩踏み出すことです。生徒たちは教師が考えている以上にしたたかで大人です。少しくらいのプレッシャーで簡単につぶれたりはしません。自分の生徒の力を信じて挑戦させるようにしてみてください。もちろん実施する際には細心の注意が必要です。それは次の③で述べます。

 

このようなときにも単に上辺だけの一般論を話すのではなく、先生自身が経験してきたことを生徒に話してあげるといいでしょう。筆者はよくアメリカに留学したときのことを話します。留学が決まるまでは無我夢中でやってきたので気がつかなかったのですが、いざ飛行機に乗ってシートベルトをするとその先のことが心配になって脚がガタガタと触れてきたエピソードを紹介します。そのときは「もう逃げられない。現地に着いたらなんとか自分一人でやろう」と思った途端に脚の震えが止まったことを話します。つまり、気の持ちようでいくらでも状況を変えられることを伝えるのです。

 

③ 細かいステップを踏んで自信を付けさせる

「そうは言っても中には引っ込み思案の生徒もいるし、そうした生徒に自信を無くしてほしくないから、なかなかスピーチなどの活動はできない」と言う先生もいるでしょう。しかし、そのような生徒でもきちんと細かいステップを踏んで指導すれば、だんだんと大きな活動もできるようになります。

 

よく勘違いされていることですが、「それは優秀な附属中の生徒だからできるんだ。公立中ではできない」という先生方の意識です。そのような先生は、それを理由に自分では行わない言い訳にしていないでしょうか。附属中の生徒でも引っ込み思案の大人しい生徒はいますから、公開授業で見せているような発表活動をいきなり行っているわけではないことを理解してください。附属中では短・中・長期の研修の先生を受け入れていますが、多くの方が普段の指導の様子を見て「附属中の方が公立中よりもずっと丁寧に指導している」とおっしゃいます。

 

例えば、スピーチをさせるためには、生徒の心理状態を考えた場合にそれ以前に次のような細かい指導のステップが必要です。

 

ア)仲間の中で英語の音を個人で発音させる

イ)仲間の中で単語を個人で発音させる

ウ)仲間の中で単文を個人で発音させる

エ)仲間の中で複数の文を個人で言わせる

オ)仲間の前で教科書の音読を披露させる

 

まずは大勢の中で one of them として英語を口にする楽しさを感じさせ(ア〜エ)、それに慣れたら衆目の中で既製の文章を読み上げる姿を披露させるようにします(オ)。このようにして初めて、自分のオリジナルの英語を仲間の前で堂々と発表できるようになるのです。

 

また、先輩たちの発表ビデオを事前に見せることも効果があります。附属中では何か新しい活動を生徒にさせるとき、その活動の上級生のビデオがあればそれを見せるようにしています。そうすると、生徒はどこまでやればいいのか(そこまでやってしまっていいのか)の達成目標を理解し、目指す目標ができたことで意欲的にその活動に取り組むようになります。自信の無い生徒でも「あんなふうにできたらいいなあ…」と思って自分の殻を破る者が出てきます。

 

(2) 聞く側の指導

人前で話す際の心理プレッシャーに関しては話す側本人のことばかりが議論されがちですが、実は聞く側の指導をいかに行うかが大切であるということは経験のある先生であればご存知でしょう。

 

①「聞く側」の態度が「話す側」の意欲を大きく左右する

学生の話を聞いたときもそうですが、「自分の発音を笑われて自信がなくなった」、「せっかく頑張って発表したのに冷たい目で見られて二度とやらなくなった」という生徒は少なくないようです。つまり、聞く側の態度が話す側の意欲に大きな影響を及ぼしているというわけです。

 

もし聞く側の生徒が好意的態度、例えば投げかけによく反応する、ほほえんで見てくれる、まちがっても応援してくれる、などを見せてくれれば、話す側は自信を失うこと無くその活動を続けられます。逆に聞く側の生徒が否定的態度、例えば投げかけても反応しない、ばかにした顔で見ている、まちがいをあざける、などを見せた場合、話す側の意欲はとたんにしぼんでしまいます。

 

以上のことから、特に発表活動をさせる際に重要な教師の役目は、聞く側が好意的態度で話す側を見るようにし、けっして否定的態度で見ないように指導するということになります。

 

② 集団の良好な雰囲気を醸成することが教師の役目

「一人一人の生徒はいいな子なのに、集団になるとその良さが出ない」ということがあります。これは小・中・高の児童・生徒の指導上でもっとも憂慮すべき現象です。そのような集団は、集団内の人間関係ができていなかったり安定していなかったりすることが考えられます。それを改善しないと、思ったような発表活動はなかなかできません。

 

学級の雰囲気作りは基本的に学級担任に任されることが多いと思いますが、だからと言ってその学年の他のクラスも受け持つ教科担任が手を出せないということではありません。例えば、英語の授業では誰とでも分け隔て無く活動することを徹底的に指導したり、生徒同士の人間関係を醸成するような活動をあえて行ったりするという方法があります。

 

また、英語科の教師として担当学年の生徒指導の先頭に立つということもあるでしょう。筆者は定年退職する直前まで学年内で最年長であったことがありませんでしたが(巡り合わせでベテランが多い学年でした)、すべての学年で全クラスの学級委員の指導を担当し、最後の3学年(計9年間)では入学式や進級時にクラス替えがあった際に、学年全生徒を対象にした構成的グループ・エンカウンター活動を行って、クラスだけでなく学年全体の良好な人間関係作りを自ら買って出て実践しました。そうしたことやベテランの担任団の先生方の安定した指導もあって、これらの学年では大きな人間関係のトラブルはほとんどなく、発表活動もとてもよいものができました。

 

教師自身が日頃からそのような意識を持って生徒に接しているかどうかで生徒の態度も大きく変わります。特に英語教師はコミュニケーションを扱う教員ですから、常に良好な人間関係作りに対する意識を高めておきたいものです。そしてそれがスピーキング活動の成否を大きく左右するのです。