文法の指導

文法の指導と言うと、一般的には英語の文法をいかにわかりやすく説明するかということをイメージすると思います。このこと自体に異論はありません。新しい文法事項が出てきたときに、先生がわかりやすく教えてくれたおかげでその文法のことがよくわかったという人も多いからです。

 

しかし、「わかりやすく説明する」で終わってしまっては片手落ちです。このように言うと、「ならば、文法問題をいっぱいやらせて定着を図ればいいではないか」という声が聞こえてきそうです。それも1つの方法ではありますが、それだけでは「知識」としての文法を定着させることはできても、「技能」としての文法の力を伸ばすことはできません。

 

そこで、ここではどのようにしたら文法の知識(理解)を与えつつその技能(表現)の力を伸ばしていけるのかということを述べたいと思います。

 

1. 基本的な考え方

(1) 文法指導の内容

冒頭で「わかりやすく説明する」を認めつつそれで終わってしまっては片手落ちであると述べました。では、それを含めて他に何を指導することが必要なのでしょうか。それを考えるには、中学校の先生であれば教科書で新文型が登場したときに何をするかということがヒントになります。おそらく多くの先生が次のような活動をなさるでしょう。

 

① 新しい文法事項の意味・形・使用方法等の導入

② 導入した文法事項の練習

③ 導入した文法事項を使った活動

 

①は、何らかの方法で生徒にその新しい文法事項を理解させる指導です。使用した例文の意味、文法事項の典型的な形、それをどのような場面で使うか等を理解させます。

②は、導入した文法事項をいろいろなパターンの例文を使って理解の範囲を広げる指導です。例えば、主語によって動詞の形が変わったりするような文法事項では可能なかぎりのバリエーション(例文)を経験させて理解を深めさせます。いわば練習問題です。

③は、導入した文法事項を擬似的な場面の言語活動で使用させる指導です。一般的に「新出事項を使ったコミュニケーション活動」がこれにあたります。単に練習問題をこなすだけでなく、実際に使用させることで理解を深めさせるとともに定着を図ります。

 

以上の3つが実現できれば、その時間に指導すべき新出の文法事項の指導ができたと判断できるでしょう。

 

しかし、実はこれでもまだ足りないことがあります。それは、新出の文法事項は繰り返しスパイラルに指導しなければ身につかないという考えから来ています。つまり、単位時間の指導はうまくいっても、生徒はしばらくするとそれを忘れてしまう可能性があるので、繰り返し指導する必要があるということです。

 

「それはわかっているけど、次の時間にはまた別の新しい文法事項を同じように指導しなければならないんだから、そんなことをやっている時間はない」という声が聞こえてきそうです。しかし、それをやらなければ生徒に真の学力は身につきません。では、どのようにしたらいいのでしょうか。それは次の第4の活動を毎回の授業の指導過程に入れることです。

 

④ 既習事項を総合的に使った言語活動

 

この活動は直近に習ったばかりの文法事項だけでなく、過去に習ったすべての文法事項を駆使した「聞くこと」「話すこと」の言語活動(コミュニケーション活動)を指します。どのようなテーマで、どのくらい活動すればいいのかはそれまでの指導内容で決まります。中1であればごく簡単な内容でしか活動できないかもしれませんが、中3ともなればかなりの表現のストックがあるでしょうからいろいろな内容で活動ができます。この活動があって初めて新出文法を含めた既習事項を定着させることができ、かつ実践的な場面で使用できる力も身につけられるのです。

 

「それは国立大の附属中や私立中などレベルの高い学校ではできるかもしれないけど、公立中では学力の低い生徒もいるからできない/やったけどできなかった」というぼやきが聞こえてきそうですが、それは大きなまちがいです。公立中学校でもそれを毎回の授業でかなりのレベルで実施している先生が全国に大勢います。この活動を維持できている先生は、この活動をあるときいきなり行うのではなく、最初から意図的・計画的・系統的に継続して指導を重ねてきているからこそ実現できているのです。公開授業や研究発表を見てアイデアだけを知ってポッとやってみて失敗し、「やっぱりできるわけがない」という結論に達するのは短絡的すぎます。その裏にある指導感や細かい指導手順まで学ぶ必要があります。

 

(2) 文法導入の基本

(1)では文法指導の全体像についてお話ししました。ここでは特に新しい文法事項の導入にあたって押さえておくべき基本的なことを述べたいと思います。

 

「えっ?わかりやすく説明できればいいんじゃないの?」

 

いえいえ、けっしてそんな簡単なことではありません。(1)①でも「何らかの方法で理解させる」とはしていますが、「説明する」とは言っていません。

 

この点に関しては、すでに「新文型のオーラル・イントロダクション」のコーナーでも述べていますが、ここで改めてまとめておきましょう。それは次の3点です。

 

① 場面設定をしっかりする

② 生徒とやりとりをしながら進める

③ 帰納的に理解させる

 

①は、新しい文法事項が使われる場面をしっかりと提示することを指しています。何の場面設定もなくいきなり話を持ち出しても生徒はポカンとしたり、首をかしげたりします。結果として、導入したはずの新出事項がどのような目的・場面で使われるのかを理解できないまま、とりあえず表面的に示された文法事項を言ったり書き写したりすることになります。

 

②は、3つの点で大切です。1点目は教師が一方的に説明してしまうのとはちがい、やりとりをすることで生徒の頭が活性化することです。先生の言っていることを理解して反応しようとする気持ちがそれを助長します。2点目はやりとりをすることで生徒のその時点での理解度を確認できることです。うなずきながら反応しているのか、首をかしげてどう反応していいかわからない顔をしているのかでそれかわかります。3点目はやりとりをすることで、それ自体がコミュニケーション活動になることです。何もコミュニケーション活動は「~活動」などと設定しなくても、このような活動の中でリアルなものとして実現できます。

 

③は、生徒に「気づかせる」指導を行うということです。とかく教師は効率を重視して一方的に説明してしまう(演繹的指導を行う)傾向がありますが、生徒は説明を聞いたからといって理解できているとはかぎりません。本当に理解させるには、生徒自らに指導内容(意味、形、使用方法等)に気づかせることが重要です。そのために、生徒とのやりとりをとおして1つ1つ生徒の理解していることを生徒から引き出し、最終的に教師がそれをまとめる手助けをするような指導を行うことが重要です。

 

【コラム】学習者としての筆者の経験から

自分の生徒にもよく話したことですが、筆者は高校時代は英語が不得意でした。当時の通知表を見ても、9教科11科目の中で最低の評定がついています。大学入試(共通一次試験)でも5教科7科目中で最低点でした。特に仮定法のことがよくわかっていませんでした。もちろん、仮定法過去と仮定法過去完了の意味や使うべき表現は頭に入っていましたが、高校時代に実際に使ったことはなかったので、単なる知識でしかありませんでした。

 

実は、それに気づいたのは大学2年生で受けたアメリカ人の先生が担当する「英会話(上級)」の授業で仮定法を使った会話活動が行われたときでした。教科書に書かれている会話文は場面設定がしっかりしており、それを説明してくれた先生も受講生とやりとりをしながらその文法事項の使い方を受講生に確認していってくれたのです。

 

他の受講者にとっては高校で学んだことの復習であったかもしれませんが、筆者にとってはそれは「目から鱗が落ちる」ほどの衝撃的な内容でした。「なんでこんなことを今まで知らなかったんだろう…」それまでただ形式的に覚えていただけでモヤモヤしていた気分が一気に吹き飛んで視界が開けた、つまり初めて仮定法を真に理解できたと感じた瞬間でした。

 

そして、このときに「場面設定」「やりとり」「帰納的」の重要性を学び、筆者の指導感の根本が築かれたように思っています。

 

2. 指導の実際

ここからはこれまでに述べたことを念頭に置いた実際の指導方法について述べたいと思います。ただ、それには膨大な紙幅が必要ですので、すでにアップしてあるページをお読みいただくことで代替します。以下に内容に応じた紹介ページのリンクを貼っておきます。

 

(1) 新出文型の導入・練習・活動について

◇コミュニケーション活動

→新出の文法事項を使ったコミュニケーション活動の実践例を紹介しています。

 

◇文法指導

→本ページで述べた内容を作成当時(2018年)での視点で述べたものです。いくつかの文法事項についての実際の指導例も紹介しています。

 

◇新文型のオーラル・イントロダクション

→英語を使ったオーラル・イントロダクションの実際のやりとりを文法項目別に示してあります。

 

◇中学校教師が行う高校授業

→かつて4年間だけ併任の高校で行った「オーラル・コミュニケーション」の授業の中から、(3)コミュニケーション活動のサブ・コーナーで新出文法を使った言語活動の指導内容を紹介しています。 

 

◇授業は英語で

→英語でオーラル・イントロダクションを行う意義、指導過程の組み方、実際のやりとりの方法などを筆者の実践をもとに紹介しています。

 

◇筆者の授業

→筆者の実際の授業の何本かについて、生徒と教師の実際のやりとりをビデオから書き起こした資料があります。1本は中1の can の導入を含めた50分の授業、1本は中2の more, most を使った比較級の導入場面(約16分)がそのまま紙面で再現されています。

 

(2) 既習事項を総合的に使った言語活動について

◇発表活動

→音読発表やスピーチなどの発表系の活動の実践例を紹介しています。

  

◇コミュニケーション活動

 →既習事項を総合的に使ったコミュニケーション活動の実践例を紹介しています。

  

◇イベント活動

→準備に時間をかけたイベント的な言語活動の実践例を紹介しています。

 

◇授業は英語で

→授業全体をコミュニケーションの場とする意義、その指導過程の組み方、実際のやりとりの方法などを筆者の実践をもとに紹介しています。

 

◇筆者の授業

→筆者の実際の授業の何本かについて、生徒と教師の実際のやりとりをビデオから書き起こした資料があります。1本は50分間丸々を再現し、1本は文法導入の場面のみを再現するとともに教師の1つ1つの投げかけの意図も細かく説明してあります。

 

3. 文法演習について

ここまで読まれて何かすっきりしないなと思われた方は、おそらく「言語活動だけで文法が習得できるのか?」という疑問があるからではないでしょうか。さらにそれは「文法問題などの演習をする必要があるのではないか?」という提案でもあるでしょう。

 

もちろん、筆者及び元同僚もそのように考えています。ただし、それを教科書本文を扱うような時間には行いません。それは「書くこと」の活動は時間がかかる上に生徒の学力差によって課題終了の時間に大きな差があるからです。それをやっていると、本来指導しなければならない、授業でしかできないことができなくなってしまいます。

 

そこで、たいていの場合は教科書の各レッスンの最後に載っている「文法のまとめ」のようなページを独立した時間として確保して指導しています。ただし、そこに書いてある内容をダラダラと説明するのは授業運営上よくないので(生徒が飽きます)、そのページを元にした自作のワークシートを作り、それを生徒にやらせるようにしています。

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これは平成28~令和2年度版 NEW CROWN(三省堂)3年生 Lesson 4 で扱った SVOC(第5文型)と<It is ~ to不定詞>の文法のまとめです。このタイプのハンドアウト(ワークシート)のキモは2つあります。

 

① 例文は教科書に書かれているものを使っている

→答えを入れて教科書を開くと答え合わせができます(教科書に答えがないものは一番下に模範解答があります)。作る側としても例文をあれこれ探したり考えたりする手間を省くことができます。

② ぜひ指導しておきたい内容の詳しい解説を入れる

→導入時には説明しなかったことを中心に、口頭で説明すると眠くなってしまうような詳しい解説を文字で読ませます。ノートを取ることなく詳しい説明を手に入れられるので、生徒は家庭学習で再利用することできます。

 

実は、筆者がこのようなハンドアウトを作るのが好きなので、教科書が新しくなる度に筆者が全学年分を作成しています。もちろん一度に3学年分を作成するのは無理なので、自分が指導している学年(多くは2学年にまたがる)分を先に作るようにし、翌年以降に残りの学年分を順次作っていきます。筆者がいなくなった今、どうしているのかは不明です。

 

なお、表面の右上にある「No. 336」とは「3年生の36番目」という意味ではなく、入学以来の手作りハンドアウトの通算番号です。年度切り替え等で指導者が替わった場合も基本的に前指導者が作成したハンドアウトの通算番号を引き継ぐのが慣習になっています。多くの学年で卒業するまでに400番を超えていたと思います。ちなみに最後に3年間指導した学年の最終番号は「491」でした。