リスニングの指導

テレビ番組などを見ていると、「あなたは英語が得意ですか?」という質問に対して次のように答えている人が多いように思います。

 

① リスニングとスピーキングは得意だけど、リーディングとライティングは苦手だ。

② リスニングとリーディングは得意だけど、スピーキングとライティングは苦手だ。

 

①は音声系には自信があるが、文字系には自信がないという意識から出たことばでしょう。②は理解系には自信があるが、表現系には自信がないという意識から出たものと思われます。

 

①と②に共通したことがあります。それは「リスニングは得意だ」という点です。しかし、筆者はこれについて疑問を持っています(個人の感想に対してとやかく言う権利はありませんが…)。それは、筆者自身はリスニングがもっとも難しいと思っており、筆者が生徒から受ける質問でもっとも多いのが「リスニングの力を付けるにはどうしたらいいですか?」だからです。

 

もっとも、生徒からの質問に対しては、筆者の前任校では基本的に英語で授業をしており、定期試験もそこそこ難しいリスニング問題を出しているからということもあるかもしれません。しかし、みなさんが TOEIC、TOEFL、英研の上位級などを受験したことがあれば、筆者と同様のことを感じていないでしょうか。そのような経験がない人でも、英語を長年勉強してきたのに洋画は字幕なしではよくわからないという思いを抱き続けてきている人は少なくないと思います。

 

そこで、簡単そうな印象はあるが実はそうではないリスニングの指導についてお話ししたいと思います。

 

1. リスニングの指導の方向性

(1) 指導に対する考え方

筆者自身の個人的な指導経験や多くの英語関係者の話として、従来のリスニング指導の考え方は「とにかくいっぱい聞きなさい」であったと思います。確かに量を聞くことは大切で、それによって段々とわかってくることはあります。しかし、それだけでは力はつかないと考えます。

 

リスニング力は、英語の“総合力”の指標だと言えます。なぜなら、聞こえてくる情報はどんどん進んで行くからで、聞いている間にすべてを理解する必要があるからです。途中で止めたり考えたり聞き返して確認したりすることはできません。そこがスピーキング、リーディング、ライティングと異なる点です。

 

その難しいリスニング活動で聞こえてきた情報を瞬時に正確に理解するためには、それを可能にする“総合力”が必要です。それはちょうど野球の守備で飛んで来たボールを瞬時に正確にキャッチするのと同じです。それを可能にするには、日頃からあらゆる基礎的な動きを鍛えておく必要があります。相手が自分が取りやすいように投げてくれたボールを取るだけのキャッチ・ボールとは異なる総合的な力が必要です。

 

そのように考えると、英語学習に関するあらゆることを鍛えないとリスニング力は高まらないということがわかると思います。

 

(2) 指導の方向性

では、何を鍛えればいいのでしょうか。それを筆者は次の3つだと考えています(生徒にも同じことを言ってきました)。

 

① 音を聞き分ける力

② 語彙力

③ 文法力

 

①は基本中の基本です。とにかく聞こえてくる英語を頭の中で単語に変換できなければ先に進みません。そのためには英語の音のシステムを知りそれに慣れている必要があります。この点については、「6. 発音の指導」及びそこで紹介している拙著一般向けホームページ『目から鱗が落ちる英語学習』の「発音とつづりの関すること」の各記事に詳しく書いてありますので、それらを参照してください。

 

②は聞こえてきた音を単語に分解できた後に必要なことです。聞こえてきた英文に知らない(意味のわからない)単語がどのくらいあるかで理解度が変わるからです。ただし、「語彙力を高める」と言っても単に単語をたくさん覚えればいいというわけではありません。「え~と、あの単語の意味は…」などといちいちやっていたら、その後に続いて聞こえてくる単語を聞き逃してしまいます。つまり、一瞬で意味を判断できる語彙力が必要だということです。この点に関しては、「9. 語彙の指導」も参照してください。

 

③は理解できた単語がつらなった文の意味を理解するのに最終的に必要な力です。ただし、ここで言う「文法力」とは文型などの知識のことではありません。これも語彙力と同様にどんどん聞こえてくる単語のつらなりから瞬時に文の意味として理解するための力を指します。いわば聞こえてくる情報を何枚もの“文法フィルター”にかけて、そこで得られた情報を総合して文の意味として理解する力と言っていいでしょう。この点に関しては、「10. 文法の指導」も参照してください。

 

2. リスニング指導の具体的方法

(1) リスニング活動の典型例

授業で行うことが可能なリスニング活動としては次のようなものがあげられます。

 

・教科書のモデル音声を聞く

・リスニング教材(教科書、投げ込み教材)を聞く

・仲間の発表(スピーチ等)を聞く

 

以上のような活動をどれだけ授業に取り入れられるかで授業で生徒のリスニング力を高められるかが左右されます。

 

(2) 授業で英語を聞く量を圧倒的に増やす方法

(1)で取り上げたような活動をかりに毎時間実施したとしましょう。しかし、それでも生徒が実際に英語を聞く時間は5~10分程度です。もし残りの40分間を教師が日本語で説明しているだけの時間に費やしてしまたったら、せっかくリスニング活動で英語に慣れた耳と脳が元に戻ってしまいます。

 

そのようにならないために、授業において圧倒的に聞く量を増やす方法があります。それは次の2点です。

 

① コミュニケーション活動を増やす

② 教師も生徒も授業を英語で進める

 

①は、「仲間の話す英語も教材である」という視点と「自分が話して聞こえてくる英語も教材である」という視点から重要な活動です。仲間や自分が話す英語は言語の質や正確性という点では既製の教材には到底及びません。しかし、コミュニケーション活動で聞こえる音声に生徒は主体的にかかわっていますから、そこから得られる音声情報は頭に残りやすくなるという点でとても貴重な教材であることを忘れてはいけません。

 

②は、「授業全体が英語を学ぶ教材であり機会でもある」という視点から重要です。生徒が英語を聞く機会は、何も設定された「リスニング活動」や「コミュニケーション活動」だけではありません。むしろ、それらの間にあるあらゆる指導場面の方が生徒が聞く英語の量を左右します。ただし、これは教師が英語で授業を進めればいいというものではありません。教師が英語で話しかけたことに対して生徒も英語で反応するような時間にしないと効果は半減します。生徒も英語を話してこそ、その英語がリスニング教材になるのです。

 

3. リスニング・テストに関して

(1) リスニング・テストの実態

リスニング指導が重要であることは、上位校の入試問題や外部の資格試験などでリスニング問題の割合が増えていることからも教師の間では認識されています。しかし、授業では英語を聞かせる時間を増やしているのに、定期的に行われる試験等ではまだまだリスニング問題の割合はその重要度に見合ったものになっていないという実態があります。

 

① リスニング問題の割合に関して

リスニング問題の割合が少ない理由は、次のようなことが考えられます。

 

ア)授業内容の構成からくるもの

授業の内容がもともと教科書の内容を読み取ることや文法の理解を中心としているために、その成果を評価するテストとしてリスニング問題はそぐわない。

 

イ)評価に対する理解の不足からくるもの

授業は「聞くこと」「話すこと」を中心としたものが増えてきているのに、その成果を測るテストはそれに見合ったものになっていない。

 

以上については、学習指導要領の目的や「指導と評価の一体化」という部分を改めて熟読していただいて改善していただきたいと思います。

 

② リスニング問題の有無に関して

中には「定期考査ではリスニング問題は出さない」という学校も高校を中心にしてあります。その理由はおそらく次のようなものでしょう。

 

ア)教師自身の事情によるもの

・授業でリスニング活動を行っていない

・自分が生徒の時代に経験していないので、そもそも出題するという発想がない

・適切な教材を探したり問題を作成したりするのが面倒である

 

イ)学校の都合によるもの

・リスニング試験の運営方法や支援体制が整っていない

・生徒全員が公平に聞ける放送設備が整っていない

 

しかし、これらは英語教師が本気になって取り組めばすべて解決が可能なことです。イについても英語科として教職員全体に粘り強く訴え続ければ糸口が見つかるはずです。

 

(2) リスニング・テストの実際

ここまでお読みになった方の中には、「リスニング・テストの重要性はよくわかった。でも、あなたやあなたの学校の実際のテスト問題はどうなの?」と思った方もいらっしゃるでしょう。そこで、筆者の前任校の実践をご紹介します。

 

① 定期テストの問題構成

以下の表は、筆者が前任校で最後に3年間主担当として教えた学年の定期テストの問題構成を表したものです。25年以上前からいわゆる“総合問題”(例:リーディング問題なのに語彙、文法、表現の問題が含まれているもの)は出しておらず、すべての問題を評価観点別に構成した問題としています。

上記の中で網掛けの部分が「放送を聞いて答える問題」、つまりリスニング問題です。3年間をとおしてほぼ30~40%(最終回を除く)がリスニング問題にあてられ、1年生の前期中間考査にいたっては75%がリスニング問題(しかも1問1点の75問)となっています。授業で「聞くこと」「話すこと」を中心にした活動を主に行っているので、テストもそれに見合ったものにしているというわけです。ただし、これらの中には「理解」の力を問うものと「理解したことを表現する」力を問う問題の両方が入っています。

 

② 実際のテスト問題

リスニングテストの具体的な問題の例は、「テスト作りの基本と事後指導」のコーナーの「3. 本校の定期考査問題と事後指導の実例」のページに上記一覧表に対応した3年間の問題をアップしてあります。リスニング問題の音声はホームページ上の制限(音声ファイルはアップできない)でありませんが、録音時に使用した放送台本はありますので、そちらをご覧いただければ具体的な出題内容は理解していただけるでしょう。