※記事の一番下に雑誌記事の現物(PDF)があります。
1.外国語科における言語活動の位置づけ
今回(注:平成20年公布)の学習指導要領の改訂では、各教科等において「言語活動」の充実を図ることが、生徒に足りない力(思考力・判断力・表現力)の向上に欠かせないとされ、各教科においてかなり議論がなされているが、外国語科(以下「英語科」とする)においてはほとんど話題になっていない。それは、英語科ではすでに平成元年度改訂の学習指導要領においてそれまでの「学習活動」と切り離された「言語活動」を授業に位置づけることが求められ、それが「聞くこと」「話すこと」を中心としたコミュニケーション能力(中学校は「コミュニケーションをしようとする態度」)を育成することにつながるとされ、全国的に「言語活動」が盛んに行われるようになったという実績があるからであろう。
一方、英語科における「言語活動」は他の教科における「言語活動」とはかなり異なった位置づけにあることも確かである。すなわち、他の教科ではそれが主に学習内容の理解を深めたり、学習したことを発表したりするためのツール(道具)であるととらえられているのに対して、英語科ではそれは学習したことを定着させるために必要不可欠な活動であると考えられている点である。したがって、英語科では「言語活動」は単位時間、課(他教科でいうところの「単元」)、ユニット(多くの教科書では学期のまとめ)毎にすでに教科書でも設定されており、学習指導上必要な指導項目の1つとなっている。
もちろん、だからと言って「言語活動」が今回の改訂で軽視されているわけではない。むしろ、益々その指導を充実させることが求められており、改訂に伴って中学校の英語科の授業時数を増加(週3時間→週4時間)した主な理由が、「言語活動の充実を通じて、言語材料の定着を図り、コミュニケーション能力の基礎を育成することを意図したものである」(文部科学省『中学校学習指導要領解説 外国語編』)とされていることにもそれが表れている。
2.「言語活動」充実のあり方
(1) 「育てたい生徒像」と「言語活動」
英語科における「言語活動」の充実が言語材料の定着を図り、コミュニケーション能力の基礎を育成するためであるとするならば、授業で行われる言語活動は中学校(高等学校)の3年間で生徒につけさせたい英語力を見据えたものでなければならない。そして、それは最終的な達成目標を実現するために計画的かつ系統的に設定されるべきである。これは、個々の「単元」で身につけさせたい力を重視する他の教科よりも、中・長期的な視野で生徒の力を伸ばすことを重視する英語科においてはより重要なことである。
さて、ここでいう「コミュニケーション」とは、知識のように目に見えないものではなく、実際の生徒の行動に現れるものである。したがって、コミュニケーションという行動に関して達成目標を考えるのであれば、卒業するまでの3年間で生徒に身につけさせたい技能のレベルをどこに置くかを議論しなければならない。それをここでは「育てたい生徒像」とする。
多くの学校の英語科の指導目標には、「積極的にコミュニケーションを図る生徒を育てる」というような表現がよく見られる。ところが、ここでいう「積極的に…」とはどの程度それができている生徒をイメージしているのかはあまり明示されていない。それはそれを数字や言葉に表すことが難しいからである。しかし、その具体的なイメージが無ければ、達成目標として挙げられていることばは何の意味も持たない。逆に、「ここまでできる生徒に育てたい」という具体的な生徒の姿がイメージできていれば、それが指導を行う上での目標となり、それを達成するための言語活動を設定する上での指標となる。
勤務校(以下「本校」とする)の英語科では、平成8年度に次のような二つの「育てたい生徒像」を考え、以来16年間にわたって全教員で共有してきている。
① 「生きたことば」でコミュニケーションできる生徒
② 困難に対して、臨機応変に粘り強く取り組める生徒
ここで、①の「生きたことば」とは、本当に伝えたいと思って話したり書いたりしているか、本当に知りたいと思って聞いたり書いたりしているかということを意味する。一方、②の「困難」とは、伝えたいがなかなか伝えられない、知りたいがなかなかわからないと生徒が感じるような課題(活動)を指す。
そして、3年後の「育てたい生徒像」を見据えた様々な言語活動を各学年のに位置づけ、誰がどの学年を教えてもその言語活動を行うようにしている。
(2) 「言語活動」の指導と評価の留意点
①「育てたい生徒像」をイメージする方法
先述のとおり、カリキュラムに言語活動を設定する際には、3年後の「育てたい生徒像」を見据えて、そこに至るまでのステップを踏んだ内容を考える必要があるが、個々の言語活動においてもその達成目標を具体的にイメージできていることが重要である。では、どのように指導すれば、「育てたい生徒像」に迫れるのであろうか。また、そもそも「育てたい生徒像」はどのようにしたらイメージできるのであろうか。
その一方策として本校英語科で長年続けているのが、言語活動を行うときは必ずその様子をビデオで録画しておき、そのときの最高レベルのものを残しておくという方法である。特に、生徒に発表をさせる活動を行う際は、生徒の互選や教師の推薦により優秀発表集を作っている。こうすると、各言語活動における達成目標をイメージできる「生徒」という作品を残しておくことができる。それを繰り返していくと、自分や並行して同学年を指導している同僚と「育てたい生徒像」を作り上げることができるようになるのである。
また、その優秀作品集を当該学年すべてのクラスで生徒に見せ、それらの発表から何が学べるのかを議論させれば、生徒は自分の努力点に自分で気づき、次の活動の際にはそれぞれの生徒が一歩進んだ発表をするようになる。さらに、その優秀作品集は自分や同僚が次の学年の生徒を指導する際の達成目標にもできる。例えば、同じ活動を次の学年の生徒にも行わせるのであれば、前の学年の優秀作品集を生徒に見せてしまえば、生徒にその活動の達成目標を瞬時に理解させることができる。しかも、生徒は先輩達を越えようと努力する。これらの指導の効果は、それらを毎年のように行っている本校で実証済みである。
② 足りない力を伸ばす「振り返り学習」
授業における「言語活動」は、ともするとやりっ放しになりがちである。特に、「聞くこと」「話すこと」の言語活動にそれが見られる。もちろん、その時間で活動した内容をカードのようなものに記録させていく指導を行っている教員はいる。しかし、活動内容を記録するだけでは不十分である。できれば、自分の活動内容を振り返り、内省させ、よりよい表現や活動姿勢を生徒自身に考えさせる機会を与えたい。
本校英語科では、数時間をかけて指導するようなプロジェクト的な「聞くこと」「話すこと」の言語活動を行った際は、必ず振り返りのレポートを書かせている。主な内容は、自分の発表したことを録音テープから書き起こさせ、工夫した点や失敗した点などを明らかにさせた上で、さらに上を目指すためのよりよい表現を考えさせるというものである。
これらの指導は単に過去に学習したことの定着を図るということだけでなく、自分で自分の活動(学習、発表)をモニターする力、そしてそれを自分の力でさらに伸ばそうとする意欲を喚起するものとして重要である。これらの「振り返り学習」もレポートを書くという「言語活動」であり、それを繰り返すことによって、生徒は思考力、判断力、表現力を磨けるのである。
3.「増えた」教材の扱い方
中学校の英語科では、授業時数が増えたことによって、教科書のボリュームが大幅に増えた。例えば、ページ数は各社とも10~15%程度、各ページの語数も同程度増えている。新出語句の数も900語程度から1200語程度へと増やされたので、3年間で学習する内容はこれまでよりもずっと多い。このような状況の中で、従来のやり方で授業を進めていると、教科書を最後まで扱うことができなくなる可能性が大きい。特に、教科書を隅々まで丁寧に教えないと気が済まない教員の授業ではそれが起こるであろう。したがって、新教科書を扱うにあたっては、「教科書を授業中に隅々まで詳しく扱わなければ生徒は理解できない」という考えを捨て、重点的に指導する項目と軽く扱う項目を事前にしっかりと見極め、指導過程にも軽重をつけられるようにする必要がある。
一方、教科書の内容は学年が進むにつれて生徒の心に訴えかけるようなものが増えてくる。しかし、それでも教科書で使用できる言語材料には限りがあり、かつ生徒の表現力も母語に比べるとはるかに稚拙である。そこで、題材に対して生徒の表現力が追いつかないようであれば、表現力にこだわって稚拙な言語活動を行うのではなく、むしろ題材に関連した発展的教材を与えて、生徒の精神的レディネスに合った授業展開を考えた方がよい。
以上のような考えから、平成23年度の本校研究協議会では、新学習指導要領下における教科書の扱い方を提案するために、筆者が中学校3年生の公開授業を行った。題材は自身も地雷の被害に遭いながら地雷除去に奔走するある実在のランナーの話、言語材料は関係代名詞の主格を新出事項とした後置修飾満載のページである。これを通常の授業のように扱っては、とてもではないが単位時間内に終わらないばかりか、せっかくの内容を表面的になぞるだけのつまらない授業になってしまう。そこで、言語材料は前の2ページ分と合わせて事前に導入及び練習を済ませてしまい、本時は本文の内容理解の後に、生徒でも参加できる地雷除去への協力の方法を示し、地雷除去運動への貢献によりノーベル平和賞を受賞した女性のスピーチをリスニング教材に使うとともに、そのスピーチを全員が暗唱発表するという発展的言語活動につなげるという指導過程を披露した。当日は約300名の参加者を得たが、本時の指導過程は参加者からおおむね好評であった。そこで、事後のアンケートから典型的な感想を2点載せて本稿を締めることにする。
◆教科書の題材をもとにここまで教科の中で教えることができるのだと思いました。言葉以外も教えることが大切なんだと思いました。
◆内容理解と音読充実で、先生の背景となる話も挟んで、英文理解に日常の事柄を丁寧に盛り込んでいるのがわかりました。また、シールの紹介、ジョディ・ウィリアムズのスピーチなど、本物の教材を使い、現代に生きる英語を体感させているのが印象的で、とても大切なことだなと改めて思い知らされました。
(『指導と評価』2012年4月号、図書文化)
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