86. かなえたい夢

【きっかけ・ねらい】

今回の話は、卒業を間近に控えた生徒に対して、心を豊かにするために自分ができる話をしようと思って企画したものです。もっとも、直接的に「役に立つ」と思われるような話ではなく、表面的にはばかばかしいと思われる内容の中に、これからの人生を送る上で大切にしてほしいと思うことをメッセージとして込めようと思いました。

 

具体的には、自分が密かにやってみたいと長年思ってきたことを話し、そのほのぼのとした(?)内容から、個人が社会のためにできる地道な活動の大切さを伝えようと思いました。なお、【実際の会話】にもあるとおり、今回の話は以前担任した学年でも同様の話をして、生徒がよく食いついて来てくれたという実績がある話です(拙著『では、最後に先生のお話です。』「50.密かな企て」参照)。

 

【手順・工夫】

今回は最初から3回に分けて話をすることを計画しました。まず、1回目で生徒がその話に興味を持つかどうかを探り、かつ次回の話に期待を持たせるような「予告編」のようなものにすること。次に、2回目を「本編」とすること。そして、3回目を「動機編」として、本編を思いついたきっかけとなる子供の頃の経験と教師になってから一時期行っていたことを紹介し、その中にある人間の心理について議論することでした。

 

なお、本編と動機編を話すにあたっては、生徒の関心を一気に引きつけ、話の実現性に対する印象を高めるための小道具をそれぞれ用意することにしました。

 

【実際の会話①】2/29

T:ついさっきまで汚かった黒板がこんなにきれいになって…。おそらく週番がきれいにしてくれたんだろうけど…。何だかきれいな黒板を汚すのはもったいないんだけど…。まずは注意を兼ねた連絡をします。それは…、(右のグラフを描きながら→注:5本の縦棒グラフ。図解不可により省略)この絵を見てもらって話したいのですが…。これは何でしょうか?

A男:テストの点数!                                    

B男:5クラスの平均点!

T:ちがうんだなあ…。                                                    

C子:左が1組で、だんだんと5組になっていく?                            

S:(笑いが起こる)                                     

T:(C子の発言を受けて)このグラフには数字がつきます。

 何でしょう?

D子:一番左が1で、あとは2、3、4、5。

T:そのとおりです!(1、2、3、4、5と書く)

S:(笑いが起こる)

T:では、何を表しているかというと?

D子:1組から5組!

T:そのとおり!

S:(笑いが起こる)

T:で、これが何を表しているかというと、英語科準備室前にある、あるものです。

E子:必修テキスト(問題集)の高さ!

T:高さって?

E子:積み上げた高さ。

T:よくわかったね~。そうなんですよ~。

S:(何のことかわかって、気が抜けたような笑いが起こる)

T:つまり、1組はこれしか出てないってこと。しかもだ…。(1組のグラフの上から5分の1くらいの高さのところに横線を引き、下側を赤チョークで塗り始める)

E子:女子?

T:男子は4人しか出てないぞ! 8割が女子だ!

S:(大爆笑が起こる)

T:テストの採点が終わっているけど、男子がボロボロだ!

S:(再び大爆笑が起こる)

T:やはり、テスト勉強をしっかりやったかどうか、つまりそれは必修テキストの出方でわかるな。

S:(シーンとなる)

T:ただ、今からでも遅くない。この間、最後の成績の話をしたけれども、出すか出さないかで、評定が変わるかもしれないから、必ず出すように。

S:(反応はない)

T:さて、もう1つ…。これは書かないけど、ある数字をみんなに示そうと思っています。何だと思いますか? 先生がずっと考えてきたことなんだけど…。これまで何度か話したことに関係するんだけど…。

F男:2億!

T:何だって?

F男:2億円の借金をどうやって返すかっていうこと。

S:(大爆笑が起こる)(※F男の発言の意図と大爆笑の理由は、「55.先生、ひどいですよ!」の内容を受けている。同話参照)

T:まだこだわってるのかよ!

S:(笑いが起こる)

T:そうじゃなくて、今日だからこそ先生が言いそうなこと。

G男:29!

T:ああ!(2月)29日だからね。うん…、まあ…、それに関係がある。

A男:(手を上げて)35!

T:(A男に)おっ! なんで、そう思った?

A男:だって…、36ヶ月のうちの35が過ぎたから…。

T:素晴らしい! そのとおり!

S:おおお~!!!

T:(A男に)まあ、3年間つき合ってきたからね。(※3年間担任のクラスであること)

A男:まあ…。

S:(笑いが起こる)

H男:ゴールインはいつだ~!

S:(爆笑が起こる)

T:まあ、今日で中学校生活の36分の35が過ぎたわけで…。いよいよ明日から最後の月になります。今日の全校集会での話によれば、あと13日だとか。

I子:それしかないの?

J子:なんか、やだ~!

T:で、卒業式までの間に…、先生はあと3回話をしたいと考えています。

E子:3回でいいんですか?

T:う~ん…、まあ…、君たちに話したいことはいっぱいあるんだけど、厳選して…、なんて言ってたいした話じゃないんだけど…、3つの話をしたいと思います。そこで、今日はそのうちの1つの予告編として…、時間がないから本編は話しませんが…、それがどういう話かっていうことだけを話しましょう。

S:(聞く気はあるという顔をしている)

T:それはですね…、以前に夢の話をしましたよね? 先生の夢は何でしたっけ? 多分、果たせそうもない話?

S:(数名が「宇宙飛行士」と言う)

T:そうですね。それから、先日話した、長年かけて実現したことは?

S:(数名が「家系図」と言う)(※「84.ライフワーク」参照)

T:そうでした。それで、今度の話は、実現させようと思えば実現できる夢。だけどまだやったことがない夢というやつです。ただね、その夢っていうのが…、実は先生の奥さんに以前その話をしたら、「お願いだから、それだけはやめてちょうだい」って言われちゃったんだね。

A男:浮気?

S:(爆笑になる)

T:ちがうって! それから、4年前にも…、今の大学1年生の人たちにも話したんだけど…、その時は「やらないほうがいいと思います」って言われました。

S:(ニコニコして聞いている)

T:もちろん、別に何か悪いことをしようっていうわけじゃないんです。まあ、その話は別の機会にしましょう。

K子:先生、ヒントをください。

T:ヒント? う~ん…、そうだなあ…。まあ、社会貢献っていうか、まあ人の役に立つことだと自分では思っています。まだ、話が頭の中でまとまっていないので…。それから、その話をするには小道具が必要なので、準備ができたら話そうと思います。

  ということで、今日はこれでおしまい。

 

【こぼれ話①】

今回の話は本編の予告編でしたが、本編への期待を持たせるという意味では成功したと思います。

 

前半の話にあった問題集の提出率については、高校受験が全員終わってしまってからの提出物であったので、日頃からのクラスの雰囲気の差がさらに大きく出たように思います。日頃から真面目な5組はほほこれまでと変わらない提出率でしたが、他のクラスは大きく水を空けられ、特に1組は男子がほとんど出ないという惨憺たるものでした。男子は元々だらしない生徒が多かったのですが、それを厳しく指導してこなかったことで、さらにだらしなさが広がってしまいました。もちろん、それは予想されていたことなので、事前に授業や終礼で学年末考査に臨む姿勢をじっくり指導してきたのですが、女子には通じたものの(女子は5クラスで唯一全員提出)、男子には通じませんでした。

 

【実際の会話②】3/4

T:昨日はすみませんでした、終礼ね。まさか、5時間目までいて、終礼にいないとは思わなかったと思うんですが…。

S:(数名がうなずく)

T:実はですね、一昨日ちょっとある電話をもらってですね…、帰らなければいけなくなったんですよ。

A男:芸能人!(続いて他の数名も「有名人!」と言う)

T:芸能人?(※以前の話に関係した反応か。「79.すべきでなかった話」参照)

 全然ちがうんだけど。実はですね、オーストラリアから高校生が来るんだけど、それのホームステイ先を探しているって…、やってくれないかっていう電話が来たんです。

S:へえええ~。

T:それはどういう経緯で来たかっていうと、地元の…、狭山市にある地元の県立高校がオーストラリアのある高校と交換留学していて…、今年はオーストラリアの子たちが来るんだけど…。ところが今年、どうしてもステイ先が何件か見つからないっていう話があって…。なんでそれがうちに来たかなんだけど…、それはですね、たまたまその高校にうちの娘が中学生の時に…、3年の時の担任の先生が、高校と中学校の交換人事で3年間だけその高校に行ってて。うちの娘を知っている、息子も教わっている、私が英語の教師だっていうのをその担任の先生は知っているから、〇〇先生(筆者)のうちだったら預かってくれるんじゃないかって言って電話がかかってきて。そして「明日、担当者を連れて説明に行きたいんですけど」っていきなり来たわけ。「えええ~!」と思って。それで、「まあ、わかりました」って話を聞いたわけです。

S:(「この先どうなるのだろう?」という顔で聞いている)

T:結局、引き受けることにしまして…。と言ったって、たいした期間じゃ…、8日間なんだけどね。高校生…、十…六かな? 16歳ですね。

S:(数名がああだこうだと言う)

T:ブラッドリーくんという…、I am tall. 背が高い、I am shy, and I am silly. おバカ。

S:(笑いが起こる)

T:自己紹介に書いてあるんですけど。

A男:謙虚だなあ~。

T:まあ、謙虚ですね。ということで、そういう子を預かることになりました。すみません。それで帰っちゃいました。

T:で、ちょっとお時間をいただきたいのは、みなさんにお伝えしたいことの、3つあるうちの、1つ目、でありますが…。この間、関係することで夢の話をしましたね?

S:(シーンと聞いている)

T:「かなわない夢」、「かなえちゃった夢」。もう1つのその間をつなぐ、「かなえたければ、かなえられそうな夢」の話をしたいと思っているんです。で、それは何かと言いますとですね…、電車の中にですね…。電車に乗っているといろいろと問題が起こることがありますね? 電車の中の問題って言ったら、何が思いつきますか?

A男:痴漢!

T:痴漢。他には?

B子:けんか。

T:けんか。

C男:すり!

T:すり? なるほど。

B子:人が倒れる。

T:まあ、そうですね。というものすごいトラブルがあるんだけど…、そんなすごい…、犯罪にはなりそうもないんだけど、困ったなあっていう…、ものは思いつかない?

D子:すり!

A男:若い人が席に座っていて譲らない。

T:(A男に)それは、優先席の話ね?

A男:(黙ってうなずく)

T:まあ、そういうのがありますね。他に?

D子:通話!

E男:イヤホンから音がもれる。

T:イヤホンから音がもれる! うるさい! ちょっとうるさいよをキーワードに。

F子:うちの学校の生徒がうるさい。     

T:ああ、うちの学校の生徒がうるさい?

A男:子供がうるさい。

T:子供がうるさい。来ました!

D子:泣き声。

B子:ああ、赤ちゃん!

T:来ましたね~。さあ、泣き声…、子供が泣いている、というシーンにみんなが出くわしたら、どうしますか?

C男:ヘッドホンする。

B子:イヤホン聞いて…。

F子:大変だなあ…って、心の中で思う。思うくらい。

T:(F子に)はあ、何もしない。で、その時に…、実はですね、私はね、昔からあることをしたいんです。

G男:ベロベロバー!

S:(大爆笑になる)

T:えっ? 何だって? ベロベロバー? ああ!ベロベロバーほどじゃないけど…、もうちょっとね、控えめなことは何度もやったことがあります。

H男:ヘンガオ。

T:H男、何だって?

H男:変顔。

T:変顔? これはね、時々やります。

I男:(何か言う)

T:(I男に)何? そのままで変顔?

I男:変顔したら、泣いちゃった。

S:(爆笑になる)

T:そういうこともあるかもしれないね。強烈な変顔じゃなくて…。あのう…、赤ちゃんとかだと、フッと注目してくれるものがあって…。それは何かって言うと、私はよくやるんだけど…。赤ちゃんてキョロキョロしてるじゃないですか。で、パッと目が合った時にね、目をこうやってやるの(片目を交互につむるジェスチャーをする)。

S:えええ~!!!(続いて爆笑になる)

J男:やばいよ、それじゃあ!

K子:あやしいよ!

T:で、だいたいお母さんがこうやって(子供の顔後ろ向きに)だっこしてて、わあわあ泣いてて、こっち向いてるでしょ? 

D子:目が合う。

T:だから、お母さんに気づかれないところでこうやって…(再び片目ずつつむる)。

S:(大きな笑いが起こる)

L子:でも、他の人が見てる!

T:そうすると、普通は(赤ん坊がこちらに注目するジェスチャーをして)「んっ?」ってなって、止められるんですね。これ、よくやるんですけど。実はね、もっと積極的なことをやろうと思ってるんです。でも、これをやってみたいと言ったら、奥さんに「それだけはやめてくれ」と言われ、今の大学1年に言っても、「先生、それはやらない方がいいです」と言われたことなんですが…。さて、何だと思いますか?

M子:(自分の頬を両手で引っ張って)ほっぺたをさわる。

T:いや、いや。さわったら…、相手にさわるの? これはまずい。

S:(笑いが起こって、ざわつく)

T:ちがう!

M子:ダンスを踊る!

T:ダンスはしないが、何かをする。

M子:歌う!

T:歌わない!

S:(他にも数名がああだこうだと言ってざわつく)

T:実は、あるものを見せる。

M子:スマホに入っている自分。

S:(笑いが起こる)

T:ちがう。実は、その小道具を、(教卓の下から通勤鞄を出して)この鞄の中に…。

S:えっ?(続いてざわつく)

T:さて…、さて、何でしょうか?

S:(ああだこうだとざわつく)

F子:マラカス!

T:マラカスじゃ、うるさい。さあ、何だと思いますか? 

M子:ヒント!

T:相手はちっちゃい子。

M子:ぬいぐるみ!

T:近い! ぬいぐるみ、近い。こん中に入ってるんだよ。

D子:指人形?

T:指人形! ピンポーン!

S:えええ~!!!(続いてざわつく)

T:さあ、何の指人形だと…。これね、男の子バージョンと女の子バージョンがある。

S:イイイ~!!!(続いてざわつく)

A男:まじ?(続いて他の数名も「まじ?」と言う)

T:男の子バージョンは、あるキャラクターに統一されています。

I男・D子:アンパンマン!

T:いや、アンパンマンは…、アンパンマンはすごく人気があるけど…。

S:(他にも「デカレンジャー」、「仮面ライダー」、「ポケモン」などが出てくる)

T:ごめん! もうちょっと古い。

B子・A男:ウルトラマン!

T:ピンポーン! ウルトラマ~ン。

S:あああ~。

T:ウルトラマンなんだよ、実は…。(鞄の中からウルトラマン・シリーズの指人形5体を入れたジップロックを取り出す)

S:(大騒ぎになる)

F子:本気だ!

T:(1体目を右手の指にさして)まず、ウルトラマンでしょ…。それから…、(2体目をさして)ウルトラセブンでしょ…。

S:(大笑いが起こり、以下しばらくざわつく)

T:それから…、(3体目をさして)ウルトラマンエースでしょ…。それから…、(4体目をさして)ウルトラマンタロウでしょ…。

D子:タロウ!

T:そして…、(5体目をさして)ウルトラの父!

S:ほう!

T:(指にさした5体をかざして)これで、泣いてるところに行って、(声を変えて)「M78星雲から来たウルトラマンだぞ~!」

S:(大騒ぎになり、何人もが「やばいよ~!」「通報!」「警察が来るよ!」と叫ぶ)

T:これで…、これで反応が良ければ…。これで反応が良ければ、もう5体ある。

N子:(大声で)あ、は、は、は~!

A男:怪獣?

T:ピンポーン! 怪獣。(再び鞄の中をさぐりながら)怪獣編があるんだよ…。

S:(再び大騒ぎになる)

D子:やばすぎるよ~!

T:(ジップロックを出して)怪獣…、怪獣編があるんだよ。怪獣編があって…。さあ、みんな、ウルトラマンの怪獣は何を知ってる?

C男:ゴジラ、ゴジラ!

T:ゴジラ? ゴジラはウルトラマンじゃないだろう!

O子:バルタン星人。

T:バルタン星人!  まずそれだ!(バルタン星人を左手の指にさして)バルタン星人は…、(バルタン星人の鳴き声の真似をして)ってやつですね。はい、他に?

B子:M1号?

T:(B子に)M1号なんて、随分コアなものを知ってるねえ! あれ、ウルトラQ。

D子:ブースカ!

T:ああ! ブースカはウルトラマンじゃない。残念ながら、円谷(プロダクション)だけど、ちがう。

P男:カネゴン! 

T:ウルトラQだけど、あります。(カネゴンの指人形をさして)カネゴン。「金が欲しい!」カネゴン。はい、他に?

Q男:ウェブスター!

T:何、それ? 知らない。他に、有名どころ?

R男:シマウマ模様のやつ。

U子:タダ。

T:ダダ!

S:ああ!(続いて大騒ぎになる)

T:よく知ってるねえ~!(ダダの指人形をさして)よく知ってるねえ、ダダなんて。

 俺、大好きなんだよ、ダダ。ウルトラマンから。はい、他に?

P男:ゼットン!

T:ああ! ゼットン、持って来ようと思ったんだけど、忘れた。

V男:(P男に)お前、よく知ってるなあ。

T:(ピグモンの真似をして)こういうの。ピグモンって知らない?

S:あああ~!!!

T:(ピグモンの指人形をさして)そして、ウルトラマンに3回出てくる、最強の…?

P男:ゼットン、ゼットン!

T:いや、いや。ゼットンじゃなくて、レッドキング。

S:(P男に対して「なんでお前、急に元気になったんだよ!」とはやしたてて、大笑いが起こる。P男が授業中いつも居眠りをしていることに対する反応である)

P男:(いじられて恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに笑っている)

T:ゼットンもあるんですけど…、すみません。これ、全部で105体持ってるので…。

S:えええ~!!!

W男:マニアだ、マニア!

T:俺んじゃない、俺んじゃない! 息子の、息子の!

S:えええ~!!!

T:息子にあげるって言って、実は私が買ったんですけど。

S:(大笑いが起こる。続いてああだこうだと言って大騒ぎになる)

T:ということで…。

M子:やってみて!

T:(両手を見せて)こうやって戦ってみたり…、やってみようかなと思っています。

S:(ざわつきが続いている)

T:で、これをやったら、どうだろうね?

S:(「やめた方がいい」「やばいよ」「気持ち悪い」「こわいよ」などと言う)

B子:まだやったことはないんですか?

T:やったことはない。

W男:あかちゃんは喜ぶかもしれないけど…。

T:あかちゃんは喜ぶかもしれないけど、他の人は?

D子:お母さんが引く!

F子:あからさまに、その赤ちゃんと会話すべきタイミングだったらいい。

T:それで、シラーっとしたら仕方がないので…(引き下がるジェスチャーをする)

D子:スッと!

T:スッと。戻ろうかなと思ってます。

S:(大笑いが起こる)

M子:はめてる途中で(相手が)降りたら、どうするんですか?

S:(笑いが起こる)

T:後残されたら? そうだね…。いや、でも、いつかやってみたいんだよ、これ。

W男:せめて、せめてボックス席にして。

T:何? ボックス席ならいい?

S:ああ!

T:通勤列車じゃ、ダメ?

F子:それはダメ!

D子:公園とかだったら、いいですけど。

T:ええ、やりたいんだけど…。

F子:あからさまにレジャーとかに行く時とかだったら。

X男:先生が逮捕されたら、また…(騒ぎで聞こえない)

T:ええ? 俺が逮捕されるかもしれない?

D子:逮捕されるよ。

M子:しゃべんなけりゃいいんだよ。指にはめてるだけなら。

I男:いや、それはダメだろう。

T:しゃべらないで(両手を見せて)こうやれば、いいかなあ…。

F子:お母さんにばれないようにっていうのはやめた方がいいと思います。

T:わかりました。もうこれで、ちょっと、考えを変えます。

S:(笑いが起こる)

T:あまりにも評判が悪いので…。でも、やり…。

D子:でもそういう考えは大事だ思います。

T:(D子に)ありがとうございます。(つぶやくように)やりたいんだよ、これ…。

Y子:女の子バージョンは?

S:(笑いが起こり、急にまた関心を示す)

T:女の子バージョン!  女の子バージョンは持ってきてないんですけど…。

M子・B子:セーラームーン!

T:素晴らしい! 女の子バージョンはセーラームーン。誰がいるか知ってる?

S:(女子を中心にああだこうだと騒ぎになる)

F子:誰も見てないですよ、いまどきの子は!

T:セーラームーンだったら…。女の子に、「いつまでも泣いてると、お仕置きよ!」

 っとか言って。

B子:ああ!

F子:知らないって!

T:知らない?

F子:私は、すごい見てましたけど…。

T:今の子は知らない?

S:(女子たちが)はい。

T:でも、最近また…。

F子:二十歳くらいの子がすごい世代ですけど…。

T:だから私もよく知ってるんですけど…。娘と一緒に見てたから。

F子:なるほど。

T:ちっちゃい子は知らないか?

D子:絶対知らない。

T:(すごすごと引き下がる振りをして)不人気なので…、ちょっと考えます…。

D子:そういう気持があるのはいいと思います。

T:でも、D(D子の愛称)が言ってくれた、そういう気持があるのはいいと?

D子:全然しない人よりは、そういうことをしようと思うのはいいと思います。

A男:知ってる人なら、冗談が通じると思う。

C子:親戚の子供なら。

T:ああ! 親戚の子供ならいい?

B:うん、うん、うん。

F子:親戚ならいいと思う。

S:(ああだこうだとざわつく。大人しい女子生徒は呆れたような顔をしている)

T:わかりました、使用範囲を変えて…。電車はやめます。じゃあ、鞄の中に入れるのも、もうやめる。

B子:(うなずいて)はい。

S:(ざわつきが収まらない)

T:(わざと落ち込んだような振りをして)ダメだな…。評判が悪かったな…。だけどね…、これはね、これね、実はこんなことをやろうと思ったのはね、ずうっと子供の頃の経験まで遡るんですけど。次回その話をします。

D子:あはは…。

T:はい、じゃあ、終わりにします。すみません。ありがとうございました。お付き合いいただいて…。

S:(笑いが起こる)

T:やめます…。

S:(笑いが起こる)

 

【こぼれ話②】

今回の話は、事前に予想していたとおり、過去最大級の盛り上がりのある話になりました。大人しい女子生徒は「先生、いったいどうしちゃったんだろう?」という顔をしていましたが、多くの生徒はその話の面白さ(バカバカしさ?)をクラスで共有できていることを楽しんでいるようでした。

 

なお、最後に次回の話で今回の件の発端になったことがあることを予告しましたが、ここでもまた生徒にこれまでに見せたことがない、きっと生徒が驚くであろうと思われる小道具を用意して、その完結編を締めくくろうと思います。

 

【実際の会話③】3/10

T:それでは…、まだアルバム(卒業アルバム)を見ている人がいますが、聞いてください。

S:(数名がまだアルバムを見ることに集中している)

A子:先生が話してるよ!

S:(全員がこちらを向く)

T:それにしても、今日のみんなの「卒業宣言」は良かったなあ…。

    (※午前中に2時間かけてクラス全員が卒業にあたってのスピーチをした)

S:(数名はニコニコするが、多くはまだどう反応していいかわからない様子)

T:それを聞いていて、先生が思ったことをお話ししたいと思います。その時に先生が感じたことは…、(黒板に縦に「K」を3つ書いて)それをことばにすると、3つのKです。

B男:KKK。

C子:クー・クラックス・クラン。

T:(C子に)あれっ? 以前にその話をどこかでしたっけ?

C子:確か、授業でお話しなさったと思います。

B男:白人至上主義。

T:そうだったかね? ただ、もちろん、ここでいうのはそれじゃない。私の気持ちを表すことばの頭文字です。日本語ね。

C子:感謝?

S:(数名がああだこうだと言う)

C子:えっ? 感謝、感激、感動の他に何がある?

T:(C子に)その中の「感動」を取りましょうか。そうです、「感動した」です。とにかく、みなさんの話に感動しました。どの人の話にもその人の3年間の学校生活に対する気持が凝縮されていて、素晴らしかったと思います。他には?

D男:興奮した!

S:(笑いが起こる)

T:(D男に)お前、面白いこと言うな。手帳にメモしておこう。(手帳にメモする)

D男:えっ? メモするの?

T:他には?

S:(数名がああだこうだと適当なことばを言い、その度に笑いが起こる)

T:これはちょっと難しいだろうなあ。普通の発想からは出てこないし、先生が勝手に思ったことだから。2つ目はですね、「怖かった」です。

S:(驚いた顔になる)

T:まあ…、じゃあ、いったい何が怖かったのかというと…。一人一人の話がとても面白かったので…、しかも聞いてる方が笑ったり感動したりできる話ばかりだったので、もし自分が後から話せと言われたら、はたしてみんなを感動されられるような話ができるだろうかと思って、怖くなってきました。

S:(表情が柔らかくなる)

T:しかも…、発表してもらった順番はあれでよかったねえ。もし男子が先に話したら、女子の多くの人は話しにくくなったんじゃない?

 (※話す順番は生徒自身が英語の発表時と同じ決め方-司会が座席表を目を隠して差し、当たった人から出席番号順に発表する-で決め、女子の最後から2番目の女子から始めて、番号を遡る順番に決まった)

S:(女子数名がうなずく)

T:確かに男子は原稿を用意せずにその場の雰囲気をとらえて話す人が多かったけど、

 あれを先にやられてしまったら、原稿を考えてきた人は考えてきたことを修正しなければいけなかったかもしれないし…。

S:(多くの女子がうなずく)

T:その意味で言うと…、(E子に)E子さんは最後に話すのは話しにくかったでしょ?

E子(結果的に一人だけ男子の後になった女子):(うなずく)

T:(E子に)だから、本題に入る前にあんなに長い前置きがあったんだよね?

 (※E子は原稿を読み上げる自分の発表に対して、始める前に長い言い訳をした)

E子:(苦笑いをする)

T:でも、E子さんが最後にきちんと「3年後の自分へ」という手紙のようなメッセージを読んでくれたから、最後はきちんと収まったっていう感じだね。

E子:(にっこり笑う)

T:じゃあ、最後です。3つ目は何だと思いますか?

S:(数名がああだこうだと言う)

T:これも難しいかなあ…。教員的な発想だから、みんなにはわからないだろうなあ…。

 これはですね。「確信した」です。

S:(「へっ?」というような顔になる)

T:じゃあ、何を確信したんだと思いますか?

F男:もうすぐ卒業する!

T:ちがう。

D男:俺はもう終わりだ~!

S:(爆笑になる)

T:あのね、ふざけないでくれ。これは真面目な話なんだから。

S:(シーンとなる)

T:これはですね。実は、これまで2年間みんなの担任をしてきて、いろいろ迷っていたことがあったんですが、「これでよかったんだ」と確信したということなんです。

S:(真剣な顔で聞いている)

T:それは…、このクラスの人たちは…、みんな自身もそう思っていると思うんですが、明るくて元気で…、先生がこうやって話しかければすぐに反応するし…。みんな仲良しで…、行事の時もみんなが参加して楽しくやっているし…。それはとてもよいことなんだけど…、はたしてそれだけで良いのかどうか…。他に足りないところがあるし、改善しなければならないところもあるし…。そこを何とかしなければいけないとずっと思っていて…、何度かそれを修正しようとしたこともありました。その中にはうまくいったこともあれば、うまくいかなかったこともあり…。うまくいかなかったことについては、そのままでいいのかとずっと悩んできました。

S:(真剣な顔で聞いている)

T:しかし、今日の発表を聞いて、これまで自分がみんなに対して指導してきたことはまちがっていなかったと確信しました。いや…、それはみんな自身がこのクラスの一員として築いてきてくれたことでもあるんだけど…。例えば、今日のみんなが話していた場面を思い出してもらえればわかると思いますが、それぞれの人の話のときに、すぐにチャチャが入ったり…、「チャチャ」というと聞こえが悪いか…。合いの手が入ったり、コメントがあったり、反応したり…。誰一人としてここで話していてひとりぼっちで話しているという感じはしなかったと思うんですね。

S:(数名がうなずく)

T:それは…、いつものこのクラスの様子ではあるんだけど…、今日はそれがこれまでで一番すごかったと思います。このクラスの良いところが最大限に出ていた時間だったと思います。そんなことを考えていたら、これまでやってきたことはまちがいなかったと確信したというわけです。

S:(真剣な顔で聞いている)

T:そこで、そんなみなさんに…、先生の方からも自分のことについて1つ話をしたいと思います。これは前回話した内容の続きです。前回はあることを話しましたよね?

A子:ああ! 指人形。

T:そうでしたね。それで…、そのときに、なぜあんなことをしようと思っていたのかはまた別の機会に話すつもりだと言いました。

A子:(うなずく)

T:そこで、今日はその話をします。そもそも先生があんなことをやろうと思ったきっかけは、先生が小学校の低学年の時まで遡ります。近所に腹話術をやるオジサンがいて、町内会の時なんかにみんなにそれをやってくれたんですね。それが先生にとってはとても衝撃的で、先生は(あんぐりと口を開けて見上げる顔をして)こんな顔をしてそれを見ていました。そして、いつかそのオジサンと同じようなことをやってみたいと思っていたんです。だから…、きっとあの指人形もその印象があったからだと思います。

S:(数名がニコニコする)

T:で、あれは「やろうと思ってやってない夢」なんですが…、実は関連ですでにやってきたことがあるんですね…。(教卓の下にかがみ、大きな旅行バックに入れた腹話術の人形を出す作業をする)

S:(「いったい何が始まるんだろう?」という感じのざわつきが起こる)

A子:(どうやら担任の様子を横からのぞき見しようと動きだしたらしい)

G男:A(A子のニックネーム)だけズルして見るなよ!

T:(A子の様子は確認しないで)Aだけズルしちゃダメだぞ!

H子:えっ? 腹話術の人形が出てくるの?

S:(H子の発言にざわつきが起こる)

T:実はですねえ…。(腹話術人形をセットして目の高さまで教卓の上から見せる)

S:えええ~!!!

T:(人形の目をパチクリさせる)

H子:すご~い!

D男:気持わる~!

S:(笑いが起こる)

T:そうなんですよ…。(人形の全身を見せる)

S:(驚きとも歓声とも言える不思議な声が起こる)

T:(人形に)さて、ケンちゃん、みんなに自己紹介をしてくれる?

ケン:(声色を変えて)こんにちは~! ケンちゃんで~す!(声がかすれて咳き込む)

S:(唖然として、どう反応していいかわらかない様子)

ケン:あれっ? 先生、このクラスの生徒はこういう時に拍手をしてくれるって言ってたじゃない?

S:(大拍手が起こる)

ケン:こういう時は「おおお~!!!」って言ってくれるって…。

S:(大きな声で)おおお~!!!

ケン:こういう時は「イエ~イ!」って言ってくれるって…。

S:(大きな声で)イエ~イ!

T:(みんなに)はい、どうもありがとうございます。みんなにはこれまで出したことはありませんでしたが、先生は以前はこの人形を使って授業をしたりしてたんですね。これがとても便利で…。例えば…、(人形に)Can you play the guitar?

ケン:Yes, I do.

T:あっ、ちがった!

ケン:Yes, I can. I can play the guitar well.

T:…とかやると、簡単に新しい表現の導入ができるというわけです。

D男:なんか声が枯れてね?

S:(小さな笑いが起こる)

T:そうですね。以前は…、15年くらい前はもっとちゃんと出てたんですが、最近はほとんど授業で使ってないもんで…。ケンちゃん、あなたは何歳なの?

ケン:僕は6歳だよ。

T:そうか。でも、それじゃあ、歳が合わないなあ…。いったいいつ生まれたの?

ケン:平成元年。

S:(一瞬の沈黙の後に数名が「じゃあ、27歳じゃん」のように言う)

T:まあ、そうですねえ…。なんだか変ですねえ…。それにちゃんとシナリオを考えてないから、話の内容も面白くないし…。

S:(どう反応していいかわからに様子)

T:ということで…。これで終わりにします。ケンちゃんでした~!

S:(大きな拍手が起こる)

T:(人形を教卓の下に置いて)ということで…。(話が思い浮かばす)まあ、こんなことをしたのも、きっと指人形と同じ発想なんだと思うんですね。小さい子に喜んでもらいたいという…、生徒に喜んでもらいたいという…。

A子:そういうの、いいと思います。

T:なんだかわけのわからない話になってしまって…、わけのわからないものを見せたようで…、せっかくのみんなの素晴らしいスピーチを汚してしまったような気もするんですが…。まあ、そんなことを夢に見てきて、実際にやったことがあるということを伝えたかっただけでなんです。聞いてもらって、ありがとうございました。

S:(疲れたような顔をしている)

T:では…、今日はこれでおしまい。

 

【こぼれ話③】

今回の話は、結果的には当初の目論見のような雰囲気のものにはなりませんでした。その最大の理由は、公務の忙しさのせいで腹話術の人形を出した後の展開をきちんとシミュレーションできていなかったことによると思います。内容のあるシナリオができていなかった上に、声出しの練習もできなかったので、せっかくの人形の登場を生かし切ることができませんでした。また、終礼直後に教室のワックスがけ作業が控えていたことも、その一因であったと思います。すでに終礼を終えた他のクラスの騒音が聞こえてきており、生徒が落ち着いて話を聞く雰囲気ではありませんでした。事前にそれは予測していたのですが、残った日の日数を考えるとこの日が最後のチャンスだったのです。

 

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