71. 「目的」と「目標」(運動会に向けて②)

【きっかけ・ねらい】

今回の話は、運動会を前にした最終確認として企画したもので、いつかどこかで話そうと思っていたことでした。それをこの日に話すことになったのは、前回の話(「70.寄り添う」)にもある、休みがちな生徒への対応をリーダーたちに相談されたのが直接のきっかけでした。その相談とは、クラスの中に未だに休みがちな生徒が運動会に出ることに不満を持っている者(その場にいなかったリーダーを含む)がおり、どのように対応したらいいか悩んでいるということでした。そこで、改めて運動会にどのような気持ちで臨むべきかを指導することにしました。

 

【手順・工夫】

今回の話は、前回の話と同様に微妙な内容を含んでいたので、核心の部分は慎重に考えて話すことにしました。そしてその部分は、リーダーたちに事前に話して彼らを納得させられた内容を使うことにしました(リーダーたちには終礼で全員に同じ話をすることを告げておきました)。また、核心の部分に入る前に、その話のイントロダクションになるような関連の話をし、さらに、その話に生徒が食いついてくれるように、その前の話も用意することにしました。

 

【実際の会話】9/16

T:運動会専念期間になり、いよいよ運動会が間近だなという気がしてきましたね?

 (※本校では運動会のある週は「運動会専念期間」として放課後の部活動等が中止になり、運動会の練習や準備の活動に全員があたることになっている)

S:(まだ話に興味を示していない様子)

T:でも、だからと言って、やるべきことをサボっていいということにはならないからね。例えば、掃除はしっかりやってほしい。(※本校では掃除は終礼後に当番がやることになっていて、全校週番がその指導・監督にあたっている)

S:(「またうるさいことを言い出したなあ…」と思ったのか、多くが下を向く)

T:でだ。A男(フルネーム)くん、君には確か当番の長としてみんなの先頭に立って掃除をしてほしいと先週直接言ってあったよね?(※A男は学級委員)

A男:(何を言われるかわかっているらしく、苦笑いをしている)

T:なのに、なんで君の名前が2日連続で「掃除サボり者名簿」にあるんだい?

S:(笑いが起こる)(※A男がそういうことをしそうだとわかっているため)

A男:(苦笑いをしている)

T:こりゃあ、ちょっと重いよなあ…。ただの人がサボったってまずいのに、学級委員の君がサボったんじゃあ…。

S:あああ~!(ほぼ全員が顔を上げて話に乗ってくる)

T:しかも、先生が直接頼んだことを無視したんだからなあ…。

S:あああ~!!!

A男:(苦笑いをしているだけで、答えない)

B男:やべ~ぞ、お前!

T:さあ、どうする?

C男:英語科準備室の掃除だ!

S:(爆笑が起こる)

T:どうしようか?

A男:やります。

T:何を?

A男:今週もやります。

D男:(学級週番に)掃除者名簿に書いとけよ!

E男:(学級週番)もう出しちゃってるよ!

S:(数名が「書き足しゃ、いいじゃん!」と言う)

F子:ちょうど6人しかいないし!(※基本は7人で当番をするが、この週は6人のグループが当番になっていた)

D男:7人目だ!

S:(笑いが起こる)

T:じゃあ、そうしてもらおうか…。

A男:わかりました。

T:でだ…、なんか別の話になっちゃったけど…、運動会については…、この間は「ムカデ(=むかで競争)」のことを話したよね?

S:(うなづく)

T:で、今日は「クラスリレー」の話をしよう。(※41人全員が4つのグループに分かれて、クラス対抗リレーを4本行う)もう、みんなはリレーのことはよくわかっていると思うけど…。もう練習はしたの?

A男:まだやってません。明日やります。

T:そうか。じゃあ、ちょうどよかった。もしかしたら、去年も話したかもしれないけど…。陸上のプロがいるところでなんなんだけど…。(陸上部のG子を見る)

G子:(「いえ、いえ、いいんです」のように手を顔の前で振る)

T:リレーのときに一番大事なのは何だったっけ?

A男:全力で走る!

T:まあ、それもそうだけど…。

S:(数名が「バトン!」と叫ぶ)

T:そうだったよねえ。どんなに速く走っても、バトンを落としちゃいけない。バトンの基本は何だ?

H子:左手で持つ!

T:いつ?

A男:走ってるとき!

T:そうだったね。受け取るときは?

S:右手!

T:そうだよね。まずはそれが基本。それがくいちがうと、あたふたする。渡すときに気をつけることは?

H子:見ない!

T:見ないって?

I子:見ると、手を動かしちゃって、取りにくいから。

T:そうだよね~。そういうことがあるよね~。(ジェスチャーでその場面を演じる)

S:(その話でざわつく)

T:それも気をつけることだけど、それでも落としちゃうことがある。どうすればいいと思う?

S:(しばらく沈黙する)

T:これは先生が中学生の時に聞いたんだけど…、体育の先生がきちんと基本の技術を教えてくれたんだけど…。要するに、落としちゃうのは2人の息が合わないからだよね? 渡したと思ったら取ってなかった。取れると思ったら渡されなかった…。ということは、息を合わせなければいいんですよ。

S:(何のことかわからず、ポカンとする)

T:つまり、渡す方は相手の手を見てそこにバトンを置くけど、相手が引っ張るまで放さない。こうやって(ジェスチャーで示して)、グッと持ってる。取る方はつかんだら引っこ抜く。渡す方は引っこ抜かれるまで放さない。

H子:なるほど~!

T:もちろん、取られる方は相手が引っこ抜こうとしているのに放さないってのはダメだぞ!

S:(冗談のつもりで言ったが、あまりにもばかばかしかったのか、笑わない)

A男:バトンゾーン、オーバーする!

T:ということで、そうやって一人一人が確実にやれば落とさないよ。

S:(納得したような様子)

T:さてと…。(出席簿を立てて、その上に両腕をおもたれかけて)先生がなぜ今こんな話をしたかと言うと…。

B男:優勝するため!

T:いいや、そうじゃない。(H子を見て)いつも先生が何を言おうとしているかを鋭く見抜いてしまうH子さんはどう思う?

H子:(少し驚いて、しばらく考えて)そうですねえ…。私たちの気持ちを盛り上げようとしてるんだと思います。

T:残念。さすがのH子さんにもわかるわけないよなあ…。先生は言いたいことの逆の話をしてるから…。

S:(興味津々の顔になる)

T:先生はさ、運動会の話をするとき、たいてい2種類の話をするでしょ?

S:(「何だろう?」とは思っているようだが、反応はない)

T:う~ん、難しいか…。2種類っていうのは、「目的」と「目標」ということ。

S:(数名が「ああ~!」と言う)

T:これまでも何度か「目的」と「目標」のちがいについて話してきたよね?

S:(うなずく)

T:今日話した、リレーにどうやって勝つかなんていうのはどっち?

A男:目的!

H子:目標!

T:「目標」だよね?

S:(多くがうなずく)

T:でね、こういう、どうやって勝つかなんていう話をしたときは…、先生はいつも…、一方でそれにこだわってばかりじゃいけないなと思って…。そういう話をしなくちゃいけないなっていうことが頭をよぎっています。

S:(真剣に聞いている)

T:前回も話しましたけど(「70.寄り添う」参照)、運動会の目的は一人一人が運動会を楽しむこと。そして、それを楽しい思い出にすることです。結果的に勝てれば…、それが「目標」ですが…、さらに嬉しい。

S:(真剣に聞いている)

T:こんな話を聞きました。みんなの中に…、今休んでいる人たちが…、当日参加すると…、練習ができてないから、遅くなるから、入ってほしくないって思っている人がいるって…。

S:(緊張感が走る)

T:もちろん、先生もその気持ちはわかります。毎日一生懸命練習してるのは、「速くなりたい」「上手になりたい」っていう気持ちがあるからだからね。

S:(真剣に聞いている)

T:でも、だからと言って、その人たちを排除しちゃっていいんだろうか? その人たちだって、運動会でみんなと楽しい思いをしたいと思ってる。練習できてなくて…、 遅くなったら悪いなあって思ってる。そういう人たちを排除して勝ったとして、何の意味があるんだろう? 

S:(真剣に聞いている)

T:(しばらく沈黙して)勝って嬉しいなっていう気持ちは一瞬だけ。でも、運動会でいやな思いをしたっていう気持ちは一生残る。そんな気持ちを持たせてしまって、いいんだろうか?

S:(真剣に聞いている)

T:(しばらく沈黙して)それから、先生は、みんなにもそれでよしとする人にはなってもらいたくない。クラスの大切な仲間を…、2年間一緒にいる人たちを…、そんなふうにして、平気でいられるような人にはなってほしくない。

S:(真剣に聞いている)

T:運動会は…、先生は…、そういうことを考えるいい機会だと思っています。ぜひ、「目的」と「目標」のちがいをもう一度よく考えてほしいと思います。

S:(真剣に聞いている)

T:(しばらく沈黙して)じゃあ、これでおしまい。

 

【こぼれ話】

今回の話はほとんどの生徒の心に届いたようでした。生徒たちは、休みがちな仲間が登校して教室に来たり運動会の練習に参加したりしたときに、彼女たちをごく自然に輪の中に入れて一緒に活動していました。

 

しかし、「ほとんどの」としたように、中にはそれでも勝ちにこだわって、休みがちな仲間が来ることに不満を持っている者が相変わらずいるようで(リーダーからそのことを聞きました)、そのような生徒を指導することの難しさを改めて感じました。

 

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